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	<title>ウォルマートからメイシーズまでの一丁目一番地、アルバートソン悲惨 へのコメント</title>
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	<description>結城義晴ブログ</description>
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		<title>結城義晴 より</title>
		<link>http://www.shoninsha.co.jp/blog/2012/10/24/17360/#comment-12528</link>
		<dc:creator><![CDATA[結城義晴]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 25 Oct 2012 08:43:56 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[T.M.さん、私も参加できなくて、
残念でした。
ニチイのDNA。
それを引き継いでいくことが、
尊いのだと思います。

素晴らしい会合でしたね。

商人は一生続けてください。
私も応援します。

素晴らしい人たちが、
それを応援しています。

ご報告ありがとうございました。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>T.M.さん、私も参加できなくて、<br />
残念でした。<br />
ニチイのDNA。<br />
それを引き継いでいくことが、<br />
尊いのだと思います。</p>
<p>素晴らしい会合でしたね。</p>
<p>商人は一生続けてください。<br />
私も応援します。</p>
<p>素晴らしい人たちが、<br />
それを応援しています。</p>
<p>ご報告ありがとうございました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>T.M. より</title>
		<link>http://www.shoninsha.co.jp/blog/2012/10/24/17360/#comment-12480</link>
		<dc:creator><![CDATA[T.M.]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 24 Oct 2012 17:24:31 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[結城先生
　昨夜、大阪の梅田まで『西端春枝さんの卒寿を祝う会』に行って参りました。
　卒寿と言えば九十歳、とてもそのようなお歳とは信じ難い程にご活躍なさっておられることは申すまでもありません。
　それはそれは盛大な催しでした。マイカル(ニチイ)が消滅して久しいこの時期に、ましてや春枝奥様がニチイを退職されて三十余年も経ちますのに、予てよりご縁のあった社内外の人々が数百名も集まってお祝いすることとなりましたのは西端社長ご夫妻の人徳故でありましょう。

　出席者の顔ぶれも小生からしますと雲の上の方々ばかり。料理の味どころか何を食したかさえもよく覚えておりません。
　それでも、またまた幾多ものことを勉強させてもらいました。

　プログラムの末尾には、こう記されていました。

　“人生四十年　まだまだ半分や!”
　“人生六十年　まだまだ若い!”
　“人生九十年　まだまだこれからや!”
　～縁により縁に生きる。人生ご縁に感謝祭～
　
　春枝奥様を筆頭に結城先生をはじめとする還暦をお迎えになった皆様方のご活躍ぶりを目の当たりにしますと、いったい誰が何を根拠に60歳が定年だと決めたのだろうかと思わずにはおれません。
　
　法制上の枠組みや要員構造上の事情を根拠に定年年齢がおしなべて60歳となっていることは承知していますが、それは個々人の人生観や生き方とは関係のないところで決められてしまっています。自身の人生を定年年齢に合わせて設計しているサラリーマンが多いのも事実です。
　小生の周囲を見てみますと、定年へのカウントダウンの音が大きくなるにつれて仕事に対する意欲が縮んでいく傾向がうかがえます。人生設計は人それぞれではありますが、定年が終着駅ではないことを思い知らされた一夜でした。サラリーマンは定年が区切り。でも商人は一生辞めません。少なくとも『定年後は余生を・・・云々』とは言いたくないものです。

　ところで、昨夜は思いがけないことがありましたので報告させていただきます。春枝奥様が『たった一人の朝礼』のことをスピーチでお取り上げくださった上、小生のことを紹介までしてくださったのです。
　ただただ、ニチイのDNAを受け継ぎたい、ニチイのDNAをニチイ以外の商人たちとも共有したいとの思いで投稿させていただいただけですのに。
　宴のあと、何人かのハトヤ時代の大先輩たちから、『わたしの思いも君と一緒や』、『辞めて何十年経った今でも朝礼の詞、全部言えるでえ』と声をかけてもらいました。嬉しいことです。
　拙い投稿文を春枝奥様にお伝えくださった結城先生にあらためて感謝申し上げます。間接的ながら、投稿文の題名のルーツを提供してくださった丸谷才一さんにもお礼申し上げないといけません。

　元NHKのアナウンサー村上信夫さんとも会話することができました。個人的には『コミュニケーションとは、聴くこと、伝えること、わかり合うこと』と理解しているのですが、村上さんとの会話の中から、どうやらそのあたりは同じようにお考えではないかと感じた次第です。一度、村上さんのご講演などを拝聴したいものです。

　最後に、榎本惠一さんのことを記しておきたいと思います｡榎本さんはマイカルの更生計画案認可後、初の社長としてイオン社から来られた方ですが、既に現役を退かれているにも関わらず、春枝奥様のスピーチの間、最初から最後までずっとペンを走らせておられました。スピーチをメモされていたのではないでしょうか。そのような方は、私の周囲では榎本元社長お一人だけと見受けられました。破たん後、マイカルの従業員は、榎本さんから幾つかのことを教えてもらいましたが、昨夜、またひとつ勉強させていただきました。かく言う小生は恥ずかしい思いでいっぱいです。]]></description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>結城先生<br />
　昨夜、大阪の梅田まで『西端春枝さんの卒寿を祝う会』に行って参りました。<br />
　卒寿と言えば九十歳、とてもそのようなお歳とは信じ難い程にご活躍なさっておられることは申すまでもありません。<br />
　それはそれは盛大な催しでした。マイカル(ニチイ)が消滅して久しいこの時期に、ましてや春枝奥様がニチイを退職されて三十余年も経ちますのに、予てよりご縁のあった社内外の人々が数百名も集まってお祝いすることとなりましたのは西端社長ご夫妻の人徳故でありましょう。</p>
<p>　出席者の顔ぶれも小生からしますと雲の上の方々ばかり。料理の味どころか何を食したかさえもよく覚えておりません。<br />
　それでも、またまた幾多ものことを勉強させてもらいました。</p>
<p>　プログラムの末尾には、こう記されていました。</p>
<p>　“人生四十年　まだまだ半分や!”<br />
　“人生六十年　まだまだ若い!”<br />
　“人生九十年　まだまだこれからや!”<br />
　～縁により縁に生きる。人生ご縁に感謝祭～<br />
　<br />
　春枝奥様を筆頭に結城先生をはじめとする還暦をお迎えになった皆様方のご活躍ぶりを目の当たりにしますと、いったい誰が何を根拠に60歳が定年だと決めたのだろうかと思わずにはおれません。<br />
　<br />
　法制上の枠組みや要員構造上の事情を根拠に定年年齢がおしなべて60歳となっていることは承知していますが、それは個々人の人生観や生き方とは関係のないところで決められてしまっています。自身の人生を定年年齢に合わせて設計しているサラリーマンが多いのも事実です。<br />
　小生の周囲を見てみますと、定年へのカウントダウンの音が大きくなるにつれて仕事に対する意欲が縮んでいく傾向がうかがえます。人生設計は人それぞれではありますが、定年が終着駅ではないことを思い知らされた一夜でした。サラリーマンは定年が区切り。でも商人は一生辞めません。少なくとも『定年後は余生を・・・云々』とは言いたくないものです。</p>
<p>　ところで、昨夜は思いがけないことがありましたので報告させていただきます。春枝奥様が『たった一人の朝礼』のことをスピーチでお取り上げくださった上、小生のことを紹介までしてくださったのです。<br />
　ただただ、ニチイのDNAを受け継ぎたい、ニチイのDNAをニチイ以外の商人たちとも共有したいとの思いで投稿させていただいただけですのに。<br />
　宴のあと、何人かのハトヤ時代の大先輩たちから、『わたしの思いも君と一緒や』、『辞めて何十年経った今でも朝礼の詞、全部言えるでえ』と声をかけてもらいました。嬉しいことです。<br />
　拙い投稿文を春枝奥様にお伝えくださった結城先生にあらためて感謝申し上げます。間接的ながら、投稿文の題名のルーツを提供してくださった丸谷才一さんにもお礼申し上げないといけません。</p>
<p>　元NHKのアナウンサー村上信夫さんとも会話することができました。個人的には『コミュニケーションとは、聴くこと、伝えること、わかり合うこと』と理解しているのですが、村上さんとの会話の中から、どうやらそのあたりは同じようにお考えではないかと感じた次第です。一度、村上さんのご講演などを拝聴したいものです。</p>
<p>　最後に、榎本惠一さんのことを記しておきたいと思います｡榎本さんはマイカルの更生計画案認可後、初の社長としてイオン社から来られた方ですが、既に現役を退かれているにも関わらず、春枝奥様のスピーチの間、最初から最後までずっとペンを走らせておられました。スピーチをメモされていたのではないでしょうか。そのような方は、私の周囲では榎本元社長お一人だけと見受けられました。破たん後、マイカルの従業員は、榎本さんから幾つかのことを教えてもらいましたが、昨夜、またひとつ勉強させていただきました。かく言う小生は恥ずかしい思いでいっぱいです。</p>
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