〈第33話〉 ブルックリンの橋の上で

2010年9月2日(木曜日)
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第11章 - Thank You

 11時58分48秒

第11章 ―――― Thank You 命をありがとう

ブルックリンの橋の上で

グラウンドゼロを見学した後、未だ一度も訪れたことのなかったブルックリンへ向かうためにSUBWAY(地下鉄)のFラインに乗って、Yorkという駅で下車した。屋外へ出ると、橋の袂に100年以上前に建てられたであろうレンガ造りの倉庫を居抜きにし、アートギャラリー、ブティック、本屋等の店舗が造られていた。

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寂れて治安も良くなかったこの地域を再開発し、ビジネスオフィスやアートディストリクトとして生まれ変わらせたプロジェクトをDUMBO(Down Under Brooklyn Bridge Project )と呼び、土地代が高額なマンハッタン島から若いアーティスト達が移り住んでいるらしい。

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一度聞いたら忘れられないユニークな名称に興味を抱いたことと、美味しい手作りのチョコレート屋があるという噂につられて来た私は、すっかりこの個性的な地区の虜となった。道行く人に尋ねながら例の手作りチョコレート屋を見つけて、お土産を買った。そして、チョコレート屋の向かい側に偶然見付けたフランス人が営むケーキ屋で、フルーツが山盛りに乗せられたケーキとカフェラテを注文し、ショーケースの前に置かれたテーブルセットに腰掛けて休憩した。一切れのサイズが日本の倍はあるケーキだったが、とても美味しく、あと昼食を食べていなかった事もあり、ペロッと平らげてしまった。店の名刺を貰うのを忘れなんという店か覚えていないのだが、またいつかブルックリンへ行ったらこの店を探してみたいと思っている。(この5月に再度訪問した際に、そこはアマンディーユという名であることが判明した。写真を載せたので、もしブルックリンへ行く機会があれば寄って見て欲しい。)

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帰りは、マンハッタン方向へ向かうSUBWAYに乗るはずだったが迷ってしまった。結局、ブルックリン橋を歩いて渡る事にした。10月だというのに気温は30度近くあり、夕方近くになっても蒸し暑さは一向に改善されなかった。この時期のニューヨークは涼しいからと聞かされ、1枚も半そでを持ってこなかった事を後悔した。私は長袖シャツの腕を捲くり、汗で足に張り付いたロングパンツを指で摘み上げ中に風を通した。タンクトップとショートパンツで颯爽と自転車に跨る赤毛でショートヘアーの若い女の子を横目に、流れる汗を拭いながら部屋に忘れてきた地図を思い出し、「あれさえ持参していれば、ブルックリンから地下鉄に乗れたなあ。」と自分の物忘れを反省して呟いた。

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橋のちょうど真ん中あたりまで差し掛かったところで、ペットボトルにわずかばかり残っていた生暖かい水を取り出し、欄干にもたれて飲み干した。実は、この橋を渡る前、道に迷い始めた頃から、グラウンドゼロで自らに問いかけた事について考え続けていた。というよりも、セドナから戻って来てからずっと心の奥底に存在してきた大きな宿題であるような気がしていた。

“病の床から立ち上がった私は、統合的なヘルス&ウエルネスの提供機関の実現に携わるという夢を抱いた。しかし、私はその夢に何処まで近づく事が出来ているのか? 自分の体験を人々とシェアーすることや、私が闘病を通して本当に伝えなければいけない事を、まだ形にさえ出来ていないのだ。”

私はあせりと苛立ちで泣きたい気持ちになった。うだるような暑さと足の疲れも、沈む気持ちを更に重くしていた。足元を見つめながら一歩、一歩、歩き、一体どのあたりまで来ているのかわからなくなってぼんやりと前を見つめた。その時、このブルックリン側から真正面に見えたマンハッタンが夕焼けに染まり、とても美しいことに気付いて立ち止まった。目の前に広がる景色は大自然とはまた違い、もっと身近で躍動的な感じがして、人が生活する息遣いや匂いがあった。それは、あの同時多発テロの大惨事から立ち上がり再び蘇った力に満ちた美しさであり、混沌とした経済状況さえもきっと打破出来ると確信させる光景だった。

15年前に初めてマンハッタンを見て感動した以上の思いが溢れてきて、私は目の前に広がる街に完全にノックアウトされていた。ずっと自分のイメージの中にあったマンハッタンの摩天楼とは異なっていた。ここから見える街は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようにごちゃごちゃと賑やかで、圧倒されるような力で満ち溢れている。私が道に迷わなければこんな光景を見るチャンスは無かったのだ。方向音痴もまんざら悪くはないなと思った。

「ああ、私達の生きるこの世界はなんて素敵なのだろう。そして、そのことをいつも私に気付かせてくれるのは一体誰の仕業なのだろう?」と、考えた。

私はその時、前の晩にブロードウェイで観劇した“カラーパープル”というミュージカルの演目を思い出した。ベストセラーになりピューリッツア賞〔米国で出版物に与えられる最も権威ある賞〕を受賞したこの物語は、1985年にスピルバーグ監督によって映画化もされている。物語は、主人公の貧しい黒人女性が学校にも通えず、実の父親から暴力と性的虐待を受け、身篭った子供を取り上げられ、母を失い、妹と引き裂かれ、暴君のような夫にも虐待されながらも、生きて、生き抜いて困難と立ち向かい、やがてたった一人で自分の人生を切り開いく様子を、彼女が”Dear God,”と呼びかける心の中に居る神様と、届くあてがなくても書き続けた妹への手紙で綴られていた。そしてその妹へ書き続けた手紙の束が第三者に発見されることにより、大きく人生が開かれていくのだ。私の脳裏に、物語のクライマックスで主人公の女性が謳い上げる感動的な一節が再現された。

“私は貧しく、黒人で、
決して美しいとは言えない。
でも、私はこの場所にしっかりと立ち生きている。
私は素晴らしい、
そう、素晴らしい人間なんだ!”

与えられた運命が何であれ、それにキスして抱き締めて、ゼロの状態をプラスに転化させていく、そんな風に人生を歩んで行きたいと思った。一度は死と背中合わせだった私が再び健康になり、こうして再びニューヨークへ来ることが出来た今、ブルックリン橋の上で煌くマンハッタンを目の前にして、その素晴らしい景色とエネルギーを全身で感じている。私はこれからも、もっと夢を見て実現させていくことが可能なのだ。だって、こうして生きているというだけで、100%の可能性とオポチュニティー(機会)が与えられているのだから。

『サンキュー、命をありがとう!』

心の中でそう叫んだ。今、自分が感じている生きる喜びを、もっと多くの人々に知って欲しいと強く願った。体験の記録や自分の考えていることを文章にまとめ、沢山の人に発信する事。それが今の私に与えられた最初にやるべき仕事なのだと直感した。
“そうだ、私にもきっと出来る事がある!”そう思うと、体の底から喩えようのないエネルギーが沸いてきて、私はマンハッタン目がけて駆け出していた。

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五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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〈第32話〉 グラウンド・ゼロ

2010年8月26日(木曜日)
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第11章 - Thank You

 10時39分17秒

第11章 ―――― Thank You (命をありがとう)

グラウンド・ゼロ

  少し話は遡るが、2007年の秋にニューヨークへ小旅行に出かけた。景気の先行きが不透明になり、サロンでの仕事が減り始めた私が多少の時間を持て余していた時、日本に住んでいる長年の友人からニューヨークへ数週間滞在するので一緒に来ないかと誘われた。私は現地で数日間だけ同行することに決めた。ミッドタウンのど真ん中で1泊100ドルの日本人が経営している宿を、3人でシェアーして節約し、その代わりに連日ブロードウエイで観劇するという計画だった。

  ロサンゼルスから真夜中に飛んで明け方に到着する通称“RED EYE”という直行の夜行便が、200ドル台と言う信じられないほどの破格値(相場は500ドル位)で購入できた。安かろう悪かろうで、多少眠れないのは仕方ないと予測していたが、前席にいた2人連れが一晩中話し続けていたのが気になって、結局一睡も出来なかった。私は文字通り寝不足の“赤い目”で、予定よりも1時間早く夜明け前のラガーディア空港に降り立った。

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  地下鉄(SUBWAY)に乗り継ぐ為に空港から乗ったバスの窓にもたれかかり、刻々と白み始める景色を見ながら、最初にニューヨークへ行ったのは15年前だったかしらと指を折りながら数えていた。あの頃は、同時多発テロで崩れ去ったツインタワーも存在した。建物の中にこそ入らなかったが、“自由の女神”を見学するために乗ったフェリーの船上から「これが憧れのマンハッタンだ。」と、魅せられるようにその姿を眺めていた事を覚えている。

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  滞在3日目、他の2名(1人はプロのダンサー、もう1人も以前ニューヨークでダンス留学をしていた)がダンスレッスンに参加している間に、宿泊先から南へ下る地下鉄に乗り、交代で入手すると決めたミュージカルの半額券を1人で買い出かけた。朝一番に半額券を売り出す事で有名なシーポートビジッジにあるチケッツで券を入手した後に、今回の旅で絶対に訪れたかった“グラウンド・ゼロ(爆心地)”へと徒歩で向かった。

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  そこには白い大きなテントが張られ、内部では数年後に完成予定の新しい世界貿易センター1WTCの建設が行われていた。向かいのワールドコマースセンターへ入ると、ガラス張りの窓から倒壊跡地のほぼ全体が見渡せた。土台がやっと出来上がったばかりの現場では人やクレーンが忙しく動き回っていて事件当時の面影は殆ど無かった。しかし、以前は 当たり前にあったものが、突然無くなってしまう事は悲しい事だと感じた。

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  当時は世界中がショックを受けたが、アメリカで生活する私達にとっては更に強い衝撃だった。私もあの同時多発テロで職を失い、病気になって死と直面し、人生が180度転換したのだ。当時の私は本当に自分の事しか見えていなかった。何故、こんな辛い思いをしなければいけないのかと、漆黒の空を見上げては自分の置かれていた状況を嘆く夜もあった。しかし、ここで犠牲になった多くの命や残された家族の事を思うと、私に起きた出来事など比べものにはならないくらい小さいのだ。そう考えると胸がいっぱいになった。と同時に、命の灯火が消える最後の一秒まで病と闘った私の知る人々の顔が浮かんだ。

  生きたかったと思う、生きていて欲しかったと思う。もっと、もっと見たい夢や、やりたい事もたくさんあって、愛する人が握りしめる手のぬくもりをいつまでも感じていたいと願っていたのに、どんなに辛く切ない思いでその手を離さなければならなかったのだろうか・・・。

  私は口元の前で両手を合わせて小さな祈りを捧げ、この瞬間に自分が生かされていることに感謝し、そして自らにこう問いかけた。
「私は今、何を成すべきなのだろう?」と。

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五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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〈第31話〉 浄化、そして再生していく米国

2010年8月19日(木曜日)
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第11章 - Thank You

 12時04分33秒

第11章 ―――― Thank You (命をありがとう)

浄化、そして再生していく米国

  2007年の秋が過ぎた頃から順風満帆に見えた米国の経済は翳りを見せ始め、翌年に入ると住宅価格の下落が止まらなくなり、事態は急速に負の方向へ向かった。そして2008年の11月にはサブプライムローン、ヘッジファンドの破綻問題などが発端となりウォール街の株が暴落した結果、未曾有の大恐慌が米国を震撼させた。また、同時期に発生した原油価格の高騰も消費者達の生活を収縮させた。当然の如く、アメリカ中の小売業やサービス業は打撃を受け、特に贅沢嗜好向けの高級レストランや美容サロンなどへの客足が遠のいた。

  2003年ごろから2006年の後半まで続いた不動産の異常な高騰期には、全米の中で最も成長が著しかったラスベガスで、新しいホテルや住宅、大型ショッピングセンターの開発工事を目にしない日が無い程だった。しかしバブルが弾け、出資元の資金の凍結や倒産でその動きが突然止まった。

  使い捨てられた映画のセットのように、砂漠の真ん中に人工的に植えられたヤシの木、誰も入居することのないカラフルな建物の外壁が砂塵にさらされている光景は、病的な経済状況の象徴のようだった。それよりも悲惨だなと感じたのは、新興住宅で人々が集まる事を見込み、多くのスタッフを雇ってオープンしてしまった大型食料品店や小売店がバタバタと店を閉じていく姿であった。この状態はラスベガスだけではなく、カリフォルニア州やアリゾナ州でも起こっていた。おそらく全米中が同じであろうと予測できた。そして私の周りの人も仕事や家を失っていった。それだけではない、通常不況の影響を余り受けることの無い公務職の郵便局員、看護士、教師の職まで奪われていったのだ。

  しかし、そのような状態においても顕著に業績を伸ばし続けた企業もあった。彼らの多くはリーマンショック以前から健全な営業を続けてきた企業であった。私が専門的に勉強している食品小売業の流れを例にとってあげると、生き残っている企業における彼らの理念の中心にある考え方、及び方法は、従業員を大事にしてきた事、安全で新鮮、そして健康的な最良商品をお買い得価格で提供する事、笑顔を絶やさず親切に顧客へ接する事、他の店にはないオリジナリティー溢れる商品の提供等、それらを常に維持し、継続してきた事ではないかと考えられる。

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  逆に経済の低迷期において、家計の引き締めにシビアになっていく顧客達に対して、とにかく利益を減らして低価格で商品を販売するなど、急遽で表面的な対策を打ったところは、一時的に人が押しかけたが長期的には頭打ちになっていった。また別な視点に立てば、経済がダウンする時期がけして悪い時期だと一概には言えず、結局の所、あの一件以来から消費者はお金の使い方に賢くなり、中途半端でいいかげんな商売の方法は淘汰されてきたと考えられる。お陰で、物を購入する側にとってみれば1ドルを有効に使える価値は以前よりも高くなった。

  例えばこれらの状況を人の身体の健康状態に置き換えると、心身、またはそのどちらか片方に負担をかけるような無理のある仕事や、食生活の連続は、やがて病という結果を招いてしまう。そしてシリアスな状態=重い病となり、先ずはそれを抑えるために強い薬を飲み、悪い部分やその周りの組織を切り取ったり、高熱で焼いてしまったりなど、急を要する対処を行うのが常である。症状によっては、それらの処方が必要である事は否定できない。しかしそれだけでは根本的に状態を改善させる事にはならない。個々の身体にあった、健全で基本的な食生活や休息(心と身体を大事にする)を維持するライフスタイルを長期に渡って続ける事が、真の意味で肉体を再生していく。そうすることで改善される身体は、場合によっては以前よりも良い状況になるケースもあると考えられる。

  病気になる事はけして悪い事ばかりではないのだ。人は病んでみて、始めて健康に感謝する。一瞬、一瞬の時間がかけがえの無いものだと気づき、一生と言う人生を有意義に生きなくてはいけないのだと気づき始める。この国の経済も、浄化し、何が真に求められているのかを見極め、再生する時期である。そして、いつかこの暗雲が晴れたとき、もっと強くて健全な情勢になるのではないかと私は期待している。

  さて私の仕事の方は、通訳兼コーディネーターとしてのリクエストが徐々に増えてきていた。浅野氏が日本側に提案する米国視察旅行が、景気低迷期にこそ業績を伸ばし続けている小売業を訪問し、事業の活性に役立てるという方向性が顧客のニーズにあった。また不景気とはいえ、アメリカのヘルス志向熱はこの景気で停滞するであろうと言うアナリスト達の予想を外れ、大きく減少することは無かった。米国では沢山の加工食品を長年摂取してきた事による健康障害や、現在に至るまで健康保険を保持していない人が四人に一人存在するという事実が、病になるともっとお金がかかるという結果を深く認識しており、普段からビタミンなどのサプリメントを食事のように摂取している。それらの要因から、米国のウエルネス産業は100ビリオンダラービジネスの位置を維持し続けおり、日本からも関心を持たれている。従って自らの闘病体験からも勉強を続けてきたウエルネス分野の仕事が続いた事も幸いした。代替治療から食事療法へ、食事療法から健康的な食生活へ、そしてオーガニックへ、最終的には食品全てに関する流通の世界へと興味は広がり、仕事の幅は少しずつ広がっていった。

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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〈第30話〉 闇の向こうにある光

2010年8月12日(木曜日)
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第10章 - Rebirth Experience in Sedona, Arizona

 10時06分27秒

第10章 ―――― Rebirth Experience in Sedona, Arizona (セドナでの再生体験)

闇の向こうにある光

 再生体験から戻るとすっかり時間が遅くなってしまっため、リーディングは翌朝行われる事になった。

 翌日、予約時間前の早朝、キャセドラルロックを反対側から見渡せる丘へ、アシスタントの男性の案内で登った。この丘は地元の人ならよく知っているが、一般の観光客には知られていない特別なスポットらしい。
その丘から見えるキャセドラルロックは、神様の大きな手が5本の指先を立て、その手に何かを受け止めているように見える。朝焼けに輝く指先は神々しくて、思わず、あつ子さんと二人で手を合わせた。

 地面に転がっていた石の中に岩山の形をした赤い石を見付けた。それをしゃがんで拾い上げ、持ち帰る事は出来るのかと訊ねると、彼がこう教えてくれた。
「大地にお礼を言って貴方の髪の毛を一本抜き、石の代わりに捧げてください。」
私は言われた通りにして、その石を持ち帰った。それは今も私の部屋に飾ってある。

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 リーディングは、乾燥させた白セージ(サルビアの葉)を燃やした煙と、クリスタルを使用して行われた。自分の前世である過去生を見る事も出来るらしいのだが、私はこれから先に自分の身に起きる事について訊ねた。スピリチャルヒーラーの女性は、一見、幼い少女の様な容貌をしていた。切れ長の大きな目は眼光が強く、見つめていると吸い込まれそうになって少し緊張したが、セージ特有の甘く、クールな香りを吸い込むと気分が落ちついた。幾つかの色の付いたクリスタルを透明なクリスタルの横に並べてから、彼女は目を閉じて話し始めた。

 「今貴方は、これまでの人生を浄化する時に入っています。そしてその浄化を続けるうちに真の目的を発見します。もう少し解り易く例えると、とても大きな山が貴方の前方に控えており、これからそれを登って行きます。今までの人生は、この山登りのための準備練習だったのです。小さな山や中くらいの山を登ったり、途中で諦めたり、引き換えしたり、足を滑らせて落ちてしまったり、そしてまた、別の山を登ったり、或いはどの山に登ってよいのか分からずその入り口で迷ってしまうこと等の繰り返しでした。しかし、もう全ては整いました。貴方は自ら選んでその山を登ります。途中で息が切れて立ち止まる事もあるかもしれませんが、それでも以前のように引き返す事はしないでしょう。そして私には、山のてっぺんでほっとして笑う貴方の顔が見えます。」
「昨日あのような体験をしたのも何かその事と関係ありますか?」
「ええ、もちろんです!浄化とは即ち全てを新しく入れ換える事、再生と同じ意味です。」
「そのう、大きな山を登る事はさぞかし大変なのでしょうね…」
「大変と感じるか否かは全て貴方の考え方次第です。スポーツをするように体は疲れて大変でも、それを楽しんでやっているなら辛いとは思わないでしょう?それでも貴方は必ずこの山へ登ります。例え大変だと思っても、そうでなくてもね。だって、これが貴方に与えられた運命なのですから。」

 私の運命?何か他人の話を聞いている気がして、いまいち実感が湧かなかった。
「運命っていうことは、今まで私に起こった事の全ては既に決められていた事なのですか?」

 「そうだと言えますね。人は誰しも運命を持つと私は信じています。現に、ホームレスの子として生まれてくる子もいれば、世界一お金持ちの家に生まれてくる子もいますよね。それは、その子供達が持って生まれて与えられた運命です。では、お金持ちに生まれたら永遠の幸せが約束され、ホームレスに生まれたら不幸な運命が待ち受けているのか?という判断は出来ないですよね。人は個々にその運命を通し、人生に様々な事が起こった時にプラスかマイナスの生き方を選び、如何に幸福を実感できるのかは本当に自分次第なのです。それが人が個々に与えられた選択という特権なのですよ。周りの人が羨むほどの生活を与えられていても、毎日が不満だらけで、死んでしまいたくなるほど人生を嘆いている人を私は沢山知っています。本当は試練の数だけ、喜びの機会が準備されているのですがね。もっと単純な言い方をすれば、どんなに豪華なご馳走を目の前にしても、それを毎日食べていれば飽きてくるし、下手をすれば身体を壊してしまいます。逆に真の空腹の後には、一杯の粥でさえ極上の味がして、栄養が肉体の隅々まで行き渡るのを感じるはずです。貴方にとって今までの人生は非凡であり、まるでジェトコースターのようにアップダウンが激しい時期も経験されたのではと想像します。しかし困難な状況から学んだ事が、後になって人生の糧となった事も多々あったのはないでしょうか? 今は気付いていないかもしれませんが、貴方には自らの経験を通して得た事を伝え、そして人々のために働くという役目が与えられているからなのですよ。」

 彼女の言葉を聞きながら、心の中には次のような思いが浮かんできた。
“私が運命を信じるか否かは別として、振り返れば母の死に始まり、決して平凡とはいえない人生を歩んで来た。けれど、どんな事も、例え何かに失敗して嫌な思いをした体験さえも後で必ず私のためになり、後に大きな災いから身を守ることが出来た気がする。右の反対側が左のように、闇と光は常に隣りあわせで、私たちの誰もが闇の中を歩く時、たとえ何度も道に迷ったとしても、その場所に立ち止まらずに進んでいけばきっと光の方向へ辿り着く。それは、天が全ての生類に与えた幸せになるための法則なのだ。そして私は夢を持ち、それを決して諦めない思いと、この意思を自ら捨てない限り、明るい光の真ん中へと続く道に向かい、更なる扉を開き続いていくのかもしれない。”と。

 数秒の沈黙の後、気になっていた質問が私の口から飛び出した。
「ところで、あの場所に行かれてどんなお告げがあったのですか?」
「いいえ、今回は特にメッセージの言葉は下りて着ませんでした。ただ最近は非常に忙しかったので、あそこへ行き、自らを浄化しなければいけない必要性が私にあったのかもしれません。もしくは・・・。」と、一瞬彼女の言葉が途切れ、私の目を真っ直ぐに見つめて言葉を続けた。

 「今回呼ばれたのは私ではなく、貴方の方だったかもしれませんね。」
冗談の様にもとれるその口調に、私も続けて笑ってみせた。しかし内心は、その一言に反射したのか、妙な緊張を感じていた。 私はブルッと小さな身震いを一つした。

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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〈第29話〉 道はちゃんと続いている

2010年8月5日(木曜日)
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第10章 - Rebirth Experience in Sedona, Arizona

 10時35分07秒

第10章 ―――― Rebirth Experience in Sedona, Arizona (セドナでの再生体験)

道はちゃんと続いている

 ふと沸いた興味から岩山にぽっかりとあいた穴へと登る事に挑戦した私は、不覚にもバランスを失って後にも先にも進む事が出来ずにいた。抜き差しなら無い状況を見かねて、先に進んで誘導するアシスタントの男性が、下に向かってこう叫んだ。
「彼女を誘導するのに気を取られているうちに、今までとは少し違うルートを取ってしまったかもしれない。この道はかなり険しいので彼女には無理だと思う。もしもの際を考え、僕は先に下へ降り、彼女を受け止めるようにしましょうか?」

 その言葉を聞きながら、絶体絶命のピンチとはまさしくこの事か!と喩えようの無い恐怖を感じた。額から流れ続ける汗が目の中に入り込み、滲みて刺すような痛みを感じたが、片手でそれを拭う事も出来ず、瞬きを繰り返したら目の前が霞んで見えた。そして足の震えは更に激しくなり、岩壁を掴んでいる両手にも伝わって、その場所に立っている事すら危なげな状態になりつつあった。

 その時、あつ子さんの確信ある落ち着いた声が下から聞こえてきた。
「ゆう子さんなら行けるよ、大丈夫」
同じ様な台詞を以前誰かに言われた気がした。そしてあつ子さんに続き、ヒーラーの女性がこう私に話し掛けた。
「それは、古代インディアン達が自ら選んで通った道です。大丈夫、道はちゃんと続いています。自分を信じて進めば必ず辿り着きます。」
続けて彼女はアシスタントの男性に向かって、
「君は降りて来なくても良いから、そこで彼女を先導してあげて下さい。絶対大丈夫!」
と言った。その二人の言葉が私に勇気を与えてくれた。“彼女たちの言葉と自分自身を信じれば大丈夫!私は絶対前に進んで行けるんだ。”という思いに集中した。

 私は数秒瞼を閉じ深呼吸を数回繰り返した。
“前に、行くしかない。”ただそう思うことだけに気持を集中させた。
そしてゆっくりと目を開けて、自分が進むべき方向を見た。
その瞬間、足の震えがピタッと止まった。峡谷に差し込む木漏れ陽がすーと、私の足が踏むしめる道を照らしてくれているように見え、さっきまで狭すぎると感じていた歩幅の間隔が麻痺したかのように気にならなくなった。
そして“もう大丈夫だ。”と自覚した途端に、私の両指が、どの窪みを掴めば崩れないのかを既に知っているかのように動いた。私はどんどんと斜面を登って行き、そのまま一気に目的の場所まで辿り着く事が出来た。

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その穴の中には蒼や赤や黄色、そして透明に輝くクリスタルの石がいくつも置かれてあった。私は手を伸ばしそれらに触れた。指先がジーンと熱くなるのを感じた。ピュウーという口笛の様な風の音に振り返ると、絶景が目の前に広がっていた。少し肌寒い風が汗を掻いた肌にとても心地良かった。私は、達成感で胸が一杯になった。

 「うわあー、凄い眺めですね!こんな景色、生まれて初めて見ました。気持ちいい!」
数分前まで感じていた死ぬほど怖かった感覚は全く消え、到達したという喜びの感情だけが体中に溢れた。
「今、貴方が見ているものは、ここへ辿り着く事が出来た者しか見る事の出来ない景色なのです。」
すぐ傍でアシスタントの男性がそう言った時、私は彼の瞳を見つめて笑顔で頷いた。

 今度は、今しがた登って来た斜面を滑り降りなければならなかった。上から見る斜面が結構急だったため、私はその場に座り込みなかなか滑り出せなかった。すると、アシスタントの男性は私の前に座り、こう説明してくれた。
「この辺りは紙やすりのようなざらざらの砂岩なので案外グリップが掛かりますから、スピードが出て怖いと思ったら足でぐっと踏ん張れば速度が落ちますので大丈夫です。途中まで滑れば不思議と感覚が慣れてくるので、そうすれば一気に下まで行けますよ。さあ準備はいいですか?行きますよ。」
と言って先に滑って行った。

 最初の滑り出しは多少怖かったが、彼の言うとおりにスピードが出たと思ったら、斜面に尻と足を踏ん張るとブレーキが掛かった。感覚に慣れて来たあたりで思い切って滑り出すと、想像したほど怖くはなく、むしろ下から吹く風に煽られて気持ちが良かった。楕円にえぐれた斜面には筋状の帯があり、女性の子宮内はきっとこんな風になっているんだなと感じた。

 再生体験とはまさにこのことなのだと私は理解し、斜面を滑りながら思わず叫んだ。
「わかった!私、こんな風にしてお母さんのお腹から生まれてきたんだ!」

 

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウェルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター  

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〈第28話〉 再生の洞窟

2010年7月29日(木曜日)
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第10章 - Rebirth Experience in Sedona, Arizona

 10時17分35秒

第10章 ―――― Rebirth Experience in Sedona, Arizona (セドナでの再生体験)

再生の洞窟

 セドナ在住のスピリチャルヒーラーである女性とそのアシスタントの男性、そして私と、あつ子さんの合計4人が彼女の車に乗り込んだ。くねくねとした道を上がり、そして下がり、大蛇が渦を巻いているような岩山の横を通り過ぎて行った。

 丁度その大蛇岩の横を通り過ぎる時、誰かに喉のあたりを手で軽く押されているような感覚を覚え、思わずその事を口に出して言った。そう感じたのは4人中、私だけだったようだ。
「ここは、大蛇の首と呼ばれるところですから、そういう風に感じる人もいるようです。もう少し先へ進めば、すぐに治まりますよ。」
と、そのヒーラーの女性が答えた。彼女の言うとおり、そこを通り過ぎたらピタと何も感じなくなった。不思議だった。

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 大蛇の首を過ぎ、更に4~5分ほど走り車を停めた。そこからは徒歩だった。
平坦なトレイル(小道)を少し歩いたところで立ち止った。人の気配が無くなるのを待って、獣道へ入る。私の腰の高さや、時には背の高さ以上に伸びている草を掻き分けつつ、大小の石がゴロゴロ転がっている道なき道を歩いた。この道は古代からここに住むインディアン達の聖なる道だそうで、特別な理由が無い限り他の人に教えないで欲しいと、道中幾度も念を押されたが、かなり酷い方向音痴である私に道を覚える気も無ければ能力も無いと自覚しながらも、神妙に頷いて見せた。

 10分ほどグネグネと歩き、今度は直線方向の登り道を先頭について更に10分ほど進んだ。岩山を登り、縦4メートル、長さ10メートル前後の平たい台座状の岩盤によじ登り顔を上げた。すると、目の前に岩の洞窟が現れた。側面がすり鉢状に大きくえぐれ、そのほぼ中央に人間が一人だけすっぽり入れるようなへそのように丸い穴が開いていた。それはまるで、女性の胎内を内側から見ているような巨大洞窟だった。
不思議なのは、ほぼ真っ直ぐ歩いて来た筈なのに、こんなに傍に来るまでその姿を見る事が出来なかった事である。

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 「ここはインディアンたちが再生(生まれ変わり)の洞窟と崇める神聖な場所であり、何かしら縁のある者、もしくは選ばれた者しか来られないのですが、今日の午後貴方達をお待ちしている時に急にこの場所へ来るようにとのお告げが降り、その時何故か一緒にお連れしようと閃いたのです。しかし、その真意は私にも解らないのです。あそこに見えるへそのような部分は宇宙へと繋がるへその緒で、古代よりインディアン達はあの穴まで登り、この参道のような斜面を滑り降りて再生の儀式を行いました。」
ヒーラーの女性はそう言い、前方の穴を指した。彼女の示すへその穴までは見る限りざっと7~8メートルの斜面を登らなければならないようであった。目を凝らすと、人が一人岩壁に面し片足づつ横歩きに進めば歩いて行けるような出っ張りが穴まで続いており、斜面はなだらかに見えた。

 突然、普段の私では考えられない要求を口に出してしまった。
「あのおへその穴まで行ってみたい!」

 子供の頃から高い所が苦手で落下型の絶叫マシン系も大嫌いである。スキーへ行ってもリフトに乗る時は緊張のあまりポールを握り締めて、なるべく足元は見ないようにするほどの臆病者である私の口から飛び出した言葉だとは、自分自身でも信じがたかった。本当に今思い出しても何故あんな言動に出たのか全く理解出来ないのだが、その時の私は途中の困難を全く考えず、ただあの穴に入ってみたいという気持ちで一杯になった。これもセドナパワーの影響だったのだろうか。

 アシスタントの男性が幾度か登った事があるというので、先頭に立ってサポートしましょうと申し出てくれた。岩肌の一番右端まで行き、滑らないように靴とソックスを脱ぎ素足になって、足場の岩を2~3段登った。ふと右の肩越しに下を覗くと、断崖絶壁の景色が斜め右下方向に見えてちょっと慄いた。しかし、その時は未だ引き返すことなど考えなかった。出来る限り前方だけを見ながら進むように心掛け、しっかりと両手で岩の壁の窪みに掴まりながら慎重に足を進めた。足場には十分なスペースがあったので、下さえ見なければそれほど怖くは無かった。

“これが私にとって、初めてのロック・クライミング体験だわ”などと、最初は悠長なことを考えながら登っていた。
けれども、右から左へ、左から右へジグザグに登って行き、目的のへその穴が約3メートル上方に見えた所で急に足元の出っ張りが狭くなった。手探りで崩れ落ちない岩の窪みを探しながらかかとを浮かし、どうにか指4本が引っ掛けられる箇所を見付けては進んだ。

 いきなり、掴んだ窪みがボロッと崩れバランスを失いかけ“落ちる!”と思った。崩れ落ちた砂岩から砂煙が立ち上った。とっさに硬めの窪みを掴みなんとか体制を取り戻したが、先ほどの恐怖で両足がぶるぶると震え出し一歩も進めなくなった。
“ここで落ちれば、下の丘に立っている人に激突し大怪我になるか?それとも勢い余って更に下の崖まで落ちて即死か?私は何故こんな無謀なことに挑戦しようと思ったのだろうか?これじゃあ自殺行為ではないか”
冷や汗がこめかみを伝い、血管がドクンドクンと波打つ音が聞えた。後悔が頭を過ぎる。でも私は引き返すことも出来ない状況に立たされていると分かっていた。

「もうあかん、これ以上は前に進めません。どうしよう!」
背中越しに大きな声で、あつ子さんに向かってそう呼びかけた。

“今すぐ警察に電話をし、ヘリコプターを呼んで救出して欲しい”

心の底からそう思った。

 

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウェルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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〈第27話〉 セドナパワー

2010年7月22日(木曜日)
カテゴリー:

第10章 - Rebirth Experience in Sedona, Arizona

 11時06分04秒

第10章 ―――― Rebirth Experience in Sedona, Arizona (セドナでの再生体験)

セドナパワー

アリゾナ州のセドナは、私が連載している「米国エステシャン日記」に度々登場する場所である。10年前に初めて訪れてから、私はセドナに魅了され続けている。ラスベガスへ引っ越してからはロサンゼルスへ行くのと変わらない距離で行けるので、1年に最低でも2度は行く事にしていた。私にとってセドナはアメリカの大自然の中で最も愛すべき地だ。

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 標高1400mに位置し、地殻変動と侵食によって生み出された壮麗で神秘的な赤い断層が彩る、様々な形をしたレッドロック。それらには、ボルテックスと呼ばれる、地球の磁力が集まって外部へ湧き上がるエネルギーが渦巻いている。

 セドナは世界7大スピリチャルスポットの一つともされ、全国からスピリチャルヒーラーや芸術家などが集まって暮らしている場所でもある。中でも大聖堂という名称で呼ばれるキャセドラルロックには女性的なエネルギーがあるとされ、そのレッドロック内部には大きなクリスタルが存在し、そこへ登る事で魂を浄化すると言われている。その姿は、愛し合い見詰め合う男女を祝福する人々が取り囲み、まるで聖堂で結婚式を行っているかのように見えたり、男女がお互いの背をくっつけながらそれぞれの方向を見詰めているようにも見れる。

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 日本から戻った私は、早速その翌月にも子供を連れてセドナへ出掛けた。美恵さんと初めて会った時にここの話をした事があり、“元気になったらアメリカへ遊びにおいでよ、セドナへ連れて行くからね”と言った事を思い出したからである。

 日没前だったので、前から一度挑戦したいと思っていた赤いジープでオフロードを走りながら、夕焼けのレッドロックを見学するツアーに申し込んだ。ボルテックスエネルギーに溢れ、一番強力なパワースポットとも言われるエポートメサまで、お尻をポンポンと跳ね上がらせながらオフロードのでこぼこ道を登ると、やがてセドナの美しいレッドロック群を見渡すことが出来る高く広い岩山の上に着いた。

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 オレンジ色の沈み行く陽に照らされ一段と赤く染まる感動的な景色を眺めながら、暫し、美恵さんの事を思い瞳を閉じた。すると彼女が本当にそばに居るような気配を感じた。そんな不思議な事が当り前に感じられるのもセドナのパワーの成せる技だと思う。私はここへ来るといつも必ず新しいエネルギーを貰って元気になれる。

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ある貴重な体験

そして2007年の4月のセドナで、私は一生忘れない出来事を経験する。この日は、友人のあつ子さんと二人で1泊2日のセドナ旅行へ出掛けた。
ラスベガスから車で約4時間半、約400キロの道のりをひたすら東へ向かって運転し、北上すればグランドキャニオンへと続くフラッグスタッフという街の手前で89番線に乗り換え、オーククリーク川に沿って南へ下がり、峡谷の樹海を抜けると、息を呑むような絶景が目の前に現れた。レッドロックと呼ばれる真っ赤な岩山と豊かな緑のコントラストが素晴らしく美しい。セドナの中心であるオールドタウンで一旦車を停め、崖端のコーヒーショップで壮大な眺めを見ながらお茶を飲み休憩した。

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 今回の旅には目的があった。友人からの薦めで、セドナ在住のスピリチャルヒーラーに会い、サイキックリーディングをしてもらう計画であった。女性という人種はこの類に男性以上の興味を示す。私も友人のあつ子さんもその部類に入るようだ。

 コーヒーショップを出て時計を見ると、リーディングの予約時間まで未だ2時間ほど時間が余っていた。オールドタウンにある土産店を二人でぶらぶらしていると、私の携帯電話が鳴った。“予約の再確認かな?”と思い電話を取ると、
「もう到着されていますか?でしたら、少し早めに来ていただけますか? というのも、リーディングを始める前にどうしても急に行かなければならない場所が出来ました。出来れば一緒にお連れしたいのですが…」
「はあ、別に構いませんけど。私達2名がお供してもお邪魔ではないのですか?なんなら、時間をずらしますか?」
「いえ、来て頂けると嬉しいです。そのようにお告げがありましたので。」
“お告げ、誰から?” 一般人の私には理解し難い言葉であったが、逆に好奇心も沸いた。
「あのう、それは別料金が掛かるのですか?」
思わず庶民的な質問をしてしまった。
「いいえ、お金など掛かりません。私が勝手に連れて行きたいと言っているのですから。」
私は、
「取り合えず一旦電話を切って、友人と相談してからまた掛け直します。」
と伝えた。あつ子さんは、横で一部始終を聞いていた。そしてこう言った。
「ちょっと面白そうじゃないですか、行ってみましょうよ。」
私も同感だったので、すぐ折り返し電話を掛けた。

 オーククリーク川が流れ、キャセドラルロックが真正面に見える観光ポイントのレッドロック・クロッシングと呼ばれる公園付近にヒーラーが借りているスタジオがある。私達はそのスタジオ前で待ち合わせた。

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五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウェルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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