2009年11月18日(水曜日)

第4弾 サトーカメラ 佐藤勝人の巻[第2回/業態転換]

カテゴリー: サトーカメラ 佐藤勝人の巻  16時25分05秒

結城:

ヨドバシカメラとビックカメラが、どんどん成長してるけど、
あとは皆、苦しくなっている。

僕も商業界の社長をやっていた時代に、
商業界にはエルダーという先輩の方たちがいるんですけどね。
佐藤さんもよくご存じだと思いますが、
カメラのキムラの会長をされていた
木村迪夫さんっていうエルダーの方がいた。、
経営されていた会社はとてもいい会社でしたけれども、
やはり非常に大変になって、
カメラのキタムラと一緒にならざるを得なかった。

本当に、この数年間、カメラ業界はドラスティックですよね。

あの牛丼の吉野家の安部修仁社長が、
BSEの問題でアメリカンビーフを売ることができなくなってしまった。
お先真っ暗ですよね。
それを耐え忍んで900日間頑張った。
それに似てるんですけど、
牛丼のBSE、アメリカンビーフはいずれ販売できるようになるから、
そこまで待てばいいんでしょうけど、
フィルムは無くなっちゃうんですからね。

★フィルムと現像で儲けていたカメラ業界

佐藤勝人氏:

そうですよ。
だから、お客様に怒られたのが、一番ショックでした。
お客様に「お前は何、言い始まるんだ!」と。

間違いなくフィルムは無くなる、
だから今からもう変えていきましょうと、
お客様に教えるわけです。
そのお客様に本気で怒られるわけです。

「お前何考えてるんだ。そんなわけないだろう」
「フィルムを無くすな。カメラ屋のくせして」

お客様にそう言われたのが、一番ショックでしたね。

今は、そんなこと言う人はいませんよ。
当然のことだって、そうなっていますから。

結城:

やっぱりフィルムで儲けてたんですか?

佐藤勝人氏:

そうですね。
カメラそのものは、極端にいえば、儲けがなくてもいい。
多少でも利益額の方で、利益率じゃなくて、入ればいいんです。

写真現像は、製造小売りのようなものです。
だから、それがきちんと回っていれば、
現像と写真代で儲かったという時代がずっと、あったんです。

フィルムがなくなるから、
これからはこうしようって動き始めたんですけども、
私もまだまだ若造ですから、勉強が浅いですから、
利益の取る分が遅かったというか・・・。

変化の読みは早かったんですけど、
商品構成やら、値付けやら、何やら、その後の展開が浅かった。

昔は写真を撮れば、フィルムだから、
現像しないと見られない。
だから皆さん、お店に現像しに持ってくるわけですよね。
黙っていても、お客さまは来店したんです。

スーパーマーケットもそうですよね。
夜になれば食材が無いわけで、
黙っていても買いに来ていただける。

カメラ屋もそれで良かったということなんです。

それが変わってきちゃった。
フィルムが無くなっちゃったわけです、急に。
車屋さんで言えば、明日から車が無いというようなもんです。
スーパーマーケットで、
明日から玉ねぎがない、大根がないっていってるようなもんです。

そんなこと考えろって言ったって、
普通は考えられなかった。
ではなぜ、自分が考えられたかといえば、
しいて言うなら、若かったからかなと。

佐藤勝人氏:

実は、自分たちの過去を調べたんです。
サトーカメラの過去。
サトーカメラが何で急成長したのかを調べた。
だって、この業界では、一番ビリッケツからスタートしたんですよ。
それが一気に上がってきたのはナゼかなって思って、
自分で自分の会社を調べ始めたです。

そうすると、1988年、
われわれの会社が始まった当時というのは、
オートフォーカスの一眼レフカメラが出始まった時なんです。

それまで「マニュアル式の一眼レフカメラがカメラだ」といってた店が
みんな潰れちゃった。
うちは新参者だったんで、
これからはピントが自動の新しいカメラが間違いなく使われるであろうと、
そう考えて、後から参入して、それを広めたんですね。

それで、
「違うんだ、昔からカメラとはこういうものなんだ」っていった
会社が、店が、みんな潰れてったんですよ。
メーカーさんも問屋さんも。

それを20年の間の始めのうちに経験していたので、
その時と今と同じだと気づいたわけです。
だから、しがみついてたらこれは終わるぞと言うことを、
自分たちがやった経験を題材にして、
これを理論化して、皆に説明して、納得させた。

★トヨタは織物の自動機械から業態転換した

結城:

商売っていうのは、時代の変化って一言でいいますけど、
暮らしの変化だとか、イノベーションだとか、
そういうことに合わせていかなきゃいけない。

考えてみると、日本最大の会社のトヨタ自動車も、
元々は豊田自動織機。
豊田佐吉が発明した、織物の自動機械からスタートしたんですね。
豊田自動織機は今でもありますけど、
その豊田自動織機の中に自動車部というのがあって、
事業部を作って、その自動車部が独立して、トヨタ自動車なった。
今やトヨタ自動車の方が、断然大きくなった。
豊田自動織機というのはあるけれども、
織物とかそんなのはやっているわけではない。

つまり業態の転換をする、乗物の転換をするという、
そういう歴史を持ってるんですね。

今日も本屋に行ったら、
鈴木自動車の会長が、本を出していて、バーンと並んでましたけど、
スズキも同じように、東海地方の自動織機から始まって、
スズキの場合は、二輪車を始めたんですね。
自動二輪、オートバイ。
それから軽自動車を始めて、
今、インドの軽自動車の80%のシェアを持っている。

もともとの自動織機の織物の会社でいたら、
とうになくなっている。
いち早く時代の流れを、転換を見て、そちらに切り替えていった。
やっぱりそういうことは、とても大事ですよね。

カメラ業界は、この2000年に起こったということですよね。

続きます  

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