スーパーマーケットのマーケティング Vol.6

2010年12月14日(火曜日)

カテゴリー: スーパーマーケットのマーケティング  15時33分55秒

6. スーパーマーケットの使命

■食生活の向上に貢献する
 さて、ここまで少し冗長に過ぎる私のマーケティングの認識の変遷過程を述べてきた。というのも、長い間、この言葉の含みの広さ、深さ、曖昧さゆえにモヤモヤした思いを残したままで過ごしてきたからである。

 しかし、黒田さんの「ミスマッチを正すこと」という切れ味の良い定義に接し、モヤモヤを払拭することができた。

 黒田さんの言うところの「スーパーマーケットのマーケティングとは企業の政策と顧客の食生活とのミスマッチを正すこと」という定義は「顧客の食生活のニーズに応えること」であり、さらに「食生活の向上に貢献すること」と言い換えることもできよう。

 では、何のために「食生活の向上に貢献する」のか?

 これに対する答えは哲学的、宗教的、あるいは経済学的にかの見解によって異なる。
だが、経営学的に求めれば「使命」であろう。

 企業は使命を果たすことによって、存続発展を成し得る。使命を果たせない企業、あるいは使命を終えて、当たらし使命を見つけられない企業は消滅する。江戸時代の駕籠屋、明治に入ってからの馬車などもその一例である。現代的な一事例としては、米国の地方メディアが使命を終えたのではないかと危ぶまれている。

 わが国の小売業の中にも業種業態により、使命が終わったのではないかと思われるものも少なくない。

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スーパーマーケットのマーケティング Vol.5

2010年12月8日(水曜日)

カテゴリー: スーパーマーケットのマーケティング  13時52分02秒

5. 黒田節子さんのスーパーマーケットのマーケティング

■「ミスマッチ」発生の要因
 ちょうどその頃、『食卓革命』などの著者である黒田節子さんとも会合などでたびたび会うことがあり、話し合う機会が多かった。

 黒田さんの著書には「スーパーマーケットのマーケティングとは企業の政策と消費者の食生活とのミスマッチを正すことである」ということを教えてもらった。

 当時のスーパーマーケット各社はマスを追及するあまり、顧客の食生活の買物行動、調理方法、献立のメニューなどともミスマッチが目立ち始めていた。

 ただし、これらのことは大多数の男性経営者や仕入れ担当者達は気づいていなかったと思う。自分で買物をすることもなく、キッチンで料理することもなく、夕食も家族と共にとることなど稀であったからである。

 一方では、買物客のほうにも色々な変化が起き始めていた。 主婦の毎日の日課であった買物は、電気冷蔵庫の普及や主婦の有職化などで買物頻度、買物場所も変化し始めた。また調理では、魚をさばくことのできない主婦、時間をかけて煮物をしない主婦、“味噌汁にご飯”の和食から“コーヒー、トースト、ベーコン”への洋食化など、変化を挙げればきりがない。

 このようにライフスタイルが多様化し、それぞれのライフスタイルの食生活は、パターナイズすることができないほどに多岐にわたるものになったのである。

 そのような消費者の変化を考えると、私が感心したところの関西スーパーマーケットの店舗づくりにも惣菜売場がないというのはミスマッチという黒田さんの指摘は妥当である。

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スーパーマーケットのマーケティング vol.4

2010年12月2日(木曜日)

カテゴリー: スーパーマーケットのマーケティング  11時52分20秒

4. スーパーマーケット談議

■井上氏との実り多き議論 

 その頃(昭和40年代の中頃)、私は大阪に出張するたびに夕方、若くして急逝したニッショー の井上部長を呼び出し、夕食を共にすることが多かった。主にスーパーマーケット談議をするためであった。

 この会合は私には大変勉強になったので、故・井上氏には今でも感謝している。会合では、関西スーパーマーケットやサミットの評価が必ず話題にのぼった。2人の見解が一致することもあったが、相反することもあった。一致する場合は話がすぐ終わり、話題が移る。不一致の場合は、議論になるので、より多くの時間を費やした。この議論が私にとって大いに有意義で、勉強させてもらった。

 それらの議論の一つに次のようなことがあった。

 関西スーパーマーケットの業務システムの論議を進めていた時、井上さんは「システムが硬直化して新しい戦略の展開を拒否しているのではないか」と述べられた。

 そこで私は、「鮮度管理自体が重要な戦略ではないか」と反論した。
これに対して井上さんは「鮮度管理だけではマーケティングとは言えまい?」と反論してきた。

 当時、ニッショーではマーケティングのデータシステムの開発を始めていたようだ。ちなみに同社ではレイバースケジューリングシステムが第一義的に完成され、コンピューターを使って作業割り当てを行っていた。

 私は井上さんの再反論に出合って、関西スーパーマーケットの“店舗づくり”について感じていた、ある不安が明確になった。先にも述べたように、関西スーパーマーケットの“店舗づくり”には敬意をはらっていたが、何度か視察させてもらった際に受けた諸説明の中には、マーケティング意識のベースが明確に見えてこなかったからである。

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スーパーマーケットの競争力強化の視点 vol.42

2010年4月26日(月曜日)

カテゴリー: スーパーマーケットのマーケティング  10時33分38秒

第42回スーパーマーケットのマーケティング-“マスカスタマイゼーション”

■ 店と顧客の複雑な関係

 小売業、外食産業などのサービス業のポスト・マス追求の時代のキーワードは“マスカスタマイゼーション”である。
不特定多数のマスに対し、カスタマイゼーションとは、固定客づくり、つまり、相対立する概念である。つまり、マス化と固定客づくりを両立させようとする新しい概念である。

  小売業では、かつて、工業的商業に変革した時、カスタマイゼーションを放棄した。

  今日、本来、小売業の重要概念である、カスタマイゼーションを呼び返す必要に追われている。
かつて、我が国の小売業は上得意を多く持つことによって、繁栄をはかっていた。焦点と上得意の間は、信頼の絆によって支えられていた。

  スーパーが出現し、この信頼関係を軽視、いや、無視するような商売を始めた。消費者もロープライス商品を売りつけるような商売をするスーパーに反応して、バーゲンハンターと呼ばれる買い物をする人達が増えた。
しかし、間もなく、スーパーは思ったより安くはない。目玉商品だけの安売り、というような認識が主婦の間に広まってしまった。

  オイル・ショックのあった頃、私がお手伝いをしていた中堅どころのチェーン企業の営業企画課長が、ある日、2人だけの会食の場で、小さな声で、
「サシミだけは、うちの会社の商品は買わないようにしている」
と漏らした。

  スーパーマーケットと顧客の間の信頼関係が最悪になっていた頃の話である。

  そこで、ポスト・マス追求の時代のスーパーマーケットのマーケティングを議論する必要が出てきたのである。
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スーパーマーケットの競争力強化の視点 vol.41

2010年4月21日(水曜日)

カテゴリー: スーパーマーケットのマーケティング  14時10分58秒

第41回スーパーマーケットのマーケティング-“マス”の追求

■ マスの時代

  そもそもスーパーマーケットは当初から“マス”をキーワードに、“店舗づくり”の開発を続けてきた。
マス・プロダクションとハイ・マス・コンサンプションを結ぶためには、大量流通システムの開発が必要ということが、我が国のチェーンストアが本格的に増え出した頃のうたい文句であった。
大量仕入で商品原価を安くするため、スケール・メリットを合言葉に、やみくもに出店を急ぐ企業も少なくなかった。
マスの追及によるロー・プライス戦略。これは誰にとっても解りやすい議論である。

  私は、東京オリンピックが開催された年に初めてアメリカの視察チームに参加した。その時の強い印象の1つが、広い清潔なフロアのゴンドラエンドの大量陳列である。これこそ、マス・セールの象徴だと思った。

  また、量販店以外の小売店にも見られたことだが、POPはもとより、ウィンドウに貼られた、ビラにも書かれている“off”の文字がやたらに多かったこともはっきり覚えている。
その頃、親交のあった業界ジャーナリストの1人は、「これからは、工業的商業の時代」を口癖のように唱えていた。

  チェーンストア、特にスーパーマーケットは、“店舗づくり”のハードウェアの設計にも、ソフトウェアの業務システムにも、製造業のノウハウの導入をはかった。また、商品調達の面でも、バックワード・バーティカル・インテグレーションならびに共同仕入れを行うなど、マス・メリットの追求に勢力を注いできた。

  ところで、小売業の“マス”とは、不特定多数の客を増やして、売上増をはかることを意味する。製造業のマス・プロダクションも、フォード社のT型フォードに代表されるように、低価格商品を開発して、不特定多数のユーザーをつくり、業績を伸ばしてきた。

■ マスの時代の終焉

  しかし、日本のチェーンストアがマスの追求を始めた頃、アメリカの製造業は、マス一辺倒の時代を終え、顧客をセグメントする時代に移行していた。

 再び自動車産業を例にとれば、ステータス・シンボルとしてのキャデラック、キャリアウーマン用のコンパクトカーなどの車種が脚光を浴びていた。
イギリスの産業革命に端を発した素朴な工業化が近代化の始まりであるとすれば、近代化は、日本の小売業のマス追求の始まった頃には、すでにポスト近代化の時代に移行していたのである。
ポスト近代化、即ち、ポスト工業化の時代は現代化と呼ばれる。産業としては情報産業などが中核となって急成長を遂げつつあることは説明の要もあるまい。

 我が国の流通産業も、遅ればせながら、マス追求不辺到の時代が終焉し、ポスト・マス追求の時代に入っている。

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スーパーマーケットの競争力強化の視点 vol.40

2010年4月13日(火曜日)

カテゴリー: スーパーマーケットのマーケティング  10時46分46秒

第40回スーパーマーケットのマーケティング-ショッピングセンターの競い合い

■ マス追及時代の“店舗づくり”


我が国のスーパーマーケット産業も、ショッピングセンター同士で競い合うようになっている。

  駅前商店街の集客力に依存しないでは、採算をとることのできなかった、小さな食品スーパーの時代と思い比べると、スーパーマーケットの成長、成熟ぶりが実感される。

  スーパーマーケットがショッピングセンター時代を迎えた原因としては、外的要因としてモータリゼーションが一番大きい。内的には、単一店舗でも充分な集客力を持つまでに、ハードウェアおよびソフトウェア両面にわたる“店舗づくり”の開発が進んだからである。
大ざっぱに言えば、スーパーマーケット各社は、これまでショッピングセンターでの競い合いをするために“店舗づくり”開発に励んできたようなものである。

  以上をマーケティングの視点から言い換えれば、「スーパーマーケットが、企業と政策を食生活の3要素:買い物の仕方、調理の仕方、食べ方、とのマッチングをはかったから」ということになる。

 ショッピングセンター時代の到来は、素人目には、3要素のうち、買い物の仕方、すなわちマイカーによる買い物の普及に対応する出店戦略というとらえ方が一番分かりやすいであろう。

  しかし、もともと食生活と社会(特に産業技術と経済環境)と食品小売業(ここではスーパーマーケットの“店舗づくり”)の3者は、極めて複雑なアクション、インターラクション(作用→複作用)の関係にある。
ニワトリ、タマゴ、ヒナの関係に似て、いずれがはじめで、何が終わりかを決めることはできない。

  また、食生活の3要素自体も、複雑な相互作用の中で変化し続けている。

  以上のような二重の相互作用関係の中で、スーパーマーケットは、昨今のショッピングセンターにおける競い合いの段階を迎えている。そして、それは、食生活の変化に対応して、スーパーマーケットが“店舗づくり”の開発に励んだ結果、つまりマーケティングの成果でもある、と言えよう。

  ただし、これがスーパーマーケットの成果と言えば、戸惑いを覚える実務家は少なくないであろう。
それは、スーパーマーケットのマーケティングの定義もあいまいで、コンセプトも不明瞭であったことによる。

  そこで、スーパーマーケットのマーケティングを
「家庭食の実態(変化を含む)スーパーマーケットの経営政策のミスマッチを正すこと」
と定義すれば、戸惑いは消散するであろう。

  この場合でも、“意図的に”という言葉を入れるのと入れないのでは、認識に相違が生じるのかも。

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スーパーマーケットの競争力強化の視点 vol.39

2010年4月6日(火曜日)

カテゴリー: スーパーマーケットのマーケティング  14時09分53秒

第39回スーパーマーケットのマーケティング-食品スーパーの成熟期

■ネイバーフッド・ショッピングセンターの時代へ 


生き残り組の競争の象徴的一例は、ネイバーフッド・タイプのショッピングセンターにおける競争である。

  現在、私の住んでいる、埼玉県飯能市は、関東平野の西の端にあり、市全体が山際というより、半分が山の中にあるような古い町である。
池袋から急行電車で50分はかかるので、住宅地としても、発展は遅れ、人口もあまり変わらずに今日に及んでいる。商業開発も関東平野の中で最も遅れている町と言えよう。

  こんな町にも、ネイバーフッド・ショッピングセンターが4つ営業している(うち1つは、総合スーパーによく見られる、2層の大型建物の中に多種の専門店テナント群とキーテナントのスーパーマーケットで構成され、3階が駐車場となっている)。
そして現在、新しいネイバーフッド型のショッピングセンターが建築中であり、オーバーストアになりそうである。

  こんな飯能市の10年前の食料品の主な買い物場所は、駅から歩いて最大10分で行ける範囲にあった2つの小型スーパーマーケット3店と、GMS1店、および、百貨店の地下売場であった。
このうち、現在でも営業を続けているのは、スーパーマーケット1店のみである。その1店も、閉店のうわさが広がり、住民がその店の本部に継続を依頼して、閉店できずにいる、ということである。

  まさに、ショッピングセンターの時代を迎えたかの感がある。飯能の駅前商店街は、ショッピングセンターと長引く不況のダブル・パンチをくらって、急激に衰退しつつある。百貨店が閉店してからは、その感が一層強くなっている。

  飯能の商店街を通るたびに(ほとんど毎日釣行の往復に通る)我が身を思う感がする。共に日を経るに従い、活性を失っていくからである。

  さて、このような状況の中で、スーパーマーケットは成熟している。いわば、成熟度競争の時代を迎えているのだ。成熟度競争のための“店舗づくり”はいかにあるべきか。これを考えるのが、このエッセイのモティーフである。

続きます