基本的理念に立ち返ること

2011年4月11日(月曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこからのメッセージ  15時14分14秒

 東日本震災からちょうど一ヶ月がたちました。原発の屋内避難区域からは比較的離れていますが、私の親類は福島県の会津若松にいます。さらに仕事を通じてお世話になった方々が被災をされ、安否の確認や、余震、福島の原発事故問題などで気持ちが沈み、ブログに手をつけることが出来ませんでした。

 仙台へは昨年の夏に息子と旅をしました。“瀬音ゆかしき杜の都”と歌にあるように、水と緑の美しいところでした。

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 青葉城址の高台から見下した夕日に輝く景色を今でも思い出します。

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 つい数ヶ月前に日本生協のツアーでご一緒した岩手生協を始めとする東北の生協方々も数多く被災されました。その被災地に生協連本部の根本さんが現地先遣隊として、先月の14日に岩手県の三陸河の最大被害エリアに入られたそうです。その時のことについて、彼は、「壮絶な状態で2日間は眠れず、本当に足がすくみ、写真など撮れなかった・・・」とメールで語っていました。

 今回の震災は私たちが日々あたりまえに感じていた命、暮らし、安全などを、全てひっくり返してしまうほどの大きな出来事だったとあらためて実感しました。

 被災された人々の暮らしが、元の状態に戻るには時間がかかると思います。けれども結城先生が標語に書かれている、“ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ”という言葉のように、立ち止まらずに、今、出来る事から始めていかなければいけないのだと考えます。

 先日、衛星放送でNHKの日曜討論を見ていたら、“花見や旅行や買い物などの自粛をすることが本当に被災された人々の為になるのか?”ということを話していました。その時、数日前に東北の酒造者の方が、被災を免れた酒を手にして「花見の自粛などせずに、どんどん花見をして私達の作った酒を飲んで欲しい。」と言われていたこととダブりました。結城先生も「店を開けましょう、店の前に立ちましょう」と震災の時より、何度もブログで謳われています。経済を活性化させるには、“お金を使える人から使う”ということでなければいけないと、私も感じます。

 ところで最近の米国の景気は回復の兆しが見えてきたのですが、ご存知のように原油価格の上昇で再びその成長に歯止めがかかっています。Whole FoodsやWalmartの株価もマイナスの日が続いています。

 ただ、その中で一番影響を受けやすそうな高級スーパーマーケットGelson’sの親会社である、Arden Groupが健闘しているのです。

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 つい先日、南カリフォルニアのセンチュリーシティーにある店舗に寄りました。ここは結構古くからある店舗で、以前は視察ツアーでもよく訪問していた店です。アップスケールなオープンショッピングモールの一角にあります。

 私がこの店舗に訪れた最初の目的は買い物ではなく、ただ、お手洗いを使用したかったのです。というのも、先月視察でマリナデルレイのGelson’sでインタビューをした際の質疑応答の中で、「まわりにRalphs Fresh Fareの新店やWhole Foodsがありますが、競合に対抗するために行なっていることは何ですか?」と聞いた際、答えの中の1つが非常に印象に残ったからでした。

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 「Gelson’sはハイエンドなデパートメントやホテルと同じ環境を顧客に常に提供しています。例えばお手洗いはどのグロサリー店より清潔できれいです。2時間おきに掃除を行い、それ以上にもお客様からの報告や、アソシエートが気が付けば常にキレイにしています。これは他の店では行なっていないことだと思いますよ。私が客の立場で考えても、どんな高級レストランや、見た目が華やかな店でも、お手洗いが汚いとがっかりしますね。私は以前アルバートソンで8年働いていましたが、アルバートソンではそのような意識は無かったと思います。Gelson’sに来るパトロンはこういう日々の姿勢も理解し、来店されているのだと信じています。」

 その言葉を聞いた参加者の人達から感心の溜息が漏れたのを今でも覚えています。凄く基本的なことなのですが、これが顧客サービス理念の中で一番大事なのだと気付かされました。

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 と言うことで、まずお手洗いに行きました。私はやはりあのときの店長さんの言葉に間違いはなかったと確信しました。特に感心したのは、この店は忙しいショッピングモールの中にあり、他店舗よりお手洗いを利用する人が多いはずです。その状況できれいなお手洗いを維持するのは、素晴らしいことだと思いました。

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 そのお手洗いの中に”WE CARE”と書かれた用紙が壁にかかっていました。

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 そこには「ハイクオリティーのクリンネスを保つために、2時間おきの掃除とサプライの補給を行なっています。もし、クレリンネスの状態が保たれていないと感じられた方はすぐフロントデスクか店長にお申し付けください」と書かれと書かれていて、トイレ掃除を行なった担当者の署名がありました。

 お手洗いを借りただけでは申し訳ないという気分になった私は、バスケットを掴み、多少お高いとは知っていながら夕食の買い物をして帰りました。

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 店内を見て回ると、店中クリンネスが行き届いていて、グロサリーの陳列は期待通りの美しさでした。

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 アスパラガスも、「買ってね!」といわんばかりに美味しそうな陳列だったので、その日の我が家のメニューに加わりました。

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 精肉売場もクオリティーの高いお肉が美味しそうに並んでいました。

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 この店もすぐそばにSafewayのアップスケール店舗である、Pavillionsができ、Whole Foodsもあるので、それらの競合に囲まれて厳しい戦いをしているはずです。しかし、平日にしては客足は結構ありました。

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 “トイレには それはそれはキレイな女神様がいるんやで”という歌が昨年大流行しましたが、(私もおばあちゃん子なんで、この歌を聴いて2回も大泣きしました)トイレには女神様だけではなくて、商売の神様も女神様の隣に居られるのだと思いますよ。

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(故松下幸之助氏も職場に行って一番にトイレ掃除をしたそうですから。それが株価に出たのかもしれませんね。)

 景気が厳しくなる中でも、顧客にリピートして来店してもらうため、何か小さなことでも出来ることから始め、それを維持するということ。これも結城先生の標語に通じているのだなと気付かされました。

“ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ”

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

”No More Cry.”

2010年8月11日(水曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこからのメッセージ  10時32分45秒

  先日、大阪で起きた痛ましい幼児二人の遺棄事件を受け、長妻厚生労働相が児童虐待防止法の改定を視野に検討し、事件の現場である大阪市では、児童相談所が緊急性が高いと判断した場合、消防局の救助隊が安否の確認を行なうシステムを導入するという報道をテレビで見た。しかし、現実的には虐待が疑われる現場への強制立ち入りは法的な手続きのハードルが高すぎるため、動けないのが問題のようである。

  一体あと何人の幼い命が失われたら、そのハードルを根本から覆すくらいの対策を行なうのか?正直言ってこれ以上、胸が引き裂かれんばかりの悲しい報道を目にしたくない。これほど物が溢れている現代の日本で幼児が餓死するなど、あってはならないことだ。

  日本では2009年度に4万4210件の虐待に関する通報が児童相談所等にあったが、強制立ち入りを行ったのはたった1件だけだったそうだ。半年間に検挙された児童虐待は約180件、そのうちの18名の児童の命が断たれたという数字からは、今この時にも命の危険にさらされている子供達が多くいるのではないかと懸念される。

  米国では年間に約330万件の児童虐待に関する通報がある。(米国では、虐待の疑いがあるときは必ず通報しなくてはいけないという義務があるので、どうしても通報件数が多い。)その中で実際に疑わしいケースのほとんどに対して、行政部門が立ち入りをしている。それでも2008年度には約1700名の死亡に至ったケースが出ている。連邦政府によって立法された、現在の児童保護法が制定される以前は、犠牲者の数は年間に3000人を超えていたそうである。

  米国の児童保護法について知っていた私は、こちらでの子育てには非常に気を使い、子供が12歳になるまでは片時も目を離さないように注意して育てた。厳しすぎると感じた時もあったが、実際にその厳しい法律無しでは子供達を守れないのなら、そのようにすべきだと心から思う。

  マスコミや雑誌は幼児遺棄の容疑者を残酷で身勝手な鬼母と報道し、その女性の遍歴などを連日書きたてているようだが、そんな報道を続けても虐待を防ぐことにはならないと思う。もちろん彼女が犯した罪に社会の制裁を与えるのは当然だが、報道媒体は今、もっと他にやるべきことがある。

  必死に悲鳴のような泣き声をあげて助けを求め続けた幼子を、結局救ってやることの出来なかったまわりの大人達が問題ではないのか?完全に何かがおかしいと感じていても、当事者を確認できるまで踏み込むことが許されない社会のしくみも、同様に残酷だったのではないか?と私は考える。

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  2年前のことである。古くからの知り合いの日本人男性が、アメリカ人の女性と結婚して日本で暮らしていた。だが突然、彼の留守中にその妻が5歳の息子を連れて、以前暮らしていたアリゾナ州のフェニックスに戻り、以前のボーイフレンドと3人で住み始めた。彼は米国滞在中にフェニックスに長く住んでいたので、妻のことを知っている友人に頼み、息子の状況を逐一調べてもらっていた。すると、どうも虐待の疑いのあることが判明した。彼は息子を助け、実家で引き取るために現地へ向かった。そして様々な調査の上で裁判となり、結果的に親権を勝ち取った。

  驚くのは、弁護士と保安官が連れ立って、妻がボーイフレンドと住むアパートに強制立ち入りを行なったのは、感謝祭ホリデーの真っ最中。日本で言えば正月の2日か、お盆休みのど真ん中である。子供を取り戻すために動いた人々全員が休み返上で協力したところは、さすがアメリカだなと感心する。3人が暮らしていた部屋には麻薬の匂いが充満し、子供は日本で着ていたのと同じ着衣のままで、髪は伸びっぱなし、身体からはすえた匂いがしたそうだ。

  その後、引き続き裁判を行うこととなったのだが、虐待の事実については確証が難しいと予測された。彼女達の麻薬常用が子供に与えた悪影響に関しては申し立て出来るけれども、虐待に関しては身体的な暴力の痕がなく、言葉や育児放棄的なものだったからである。

  しかし、その子が預けられていたデイケアの保母さんが「たとえ自分の立場が危うくなろうとも、この子に虐待の兆候があることを私は疑わないので、証人として裁判で訴えます。」といってくれたそうだ。その一言に感動し、勇気付づられたという彼の言葉が忘れられない。

  実は、彼ら親子が日本に戻る前、うちに数日間滞在した。彼の息子は本当に虐待されていたのかと疑うほどの、天真爛漫なかわいい子供だった。けれども、帰国前に母親から声を聞きたいと電話があった際、うつむいて頭を抱え、拒否するように泣き出した。母親が恋しい年頃の子がである。私はその光景を目の当たりにした時、その子の深い心の傷を知った。同時に、手遅れにならなくて良かったと安堵した。

  児童虐待への対応で先進国といわれる米国のカリフォルニア州ロサンゼルス郡では、虐待の疑いがある児童を保護した時点で司法関与が始まり、親と子どもの双方に弁護士がつけられ、双方の主張をもとに中立公正な立場から事実確認を行い、親の更生を軸とした処遇を決定する。その後も多くの司法や法律家達が定期的に親の更生の進捗を審理し、家族の再統合(もしくは親権破棄)を目指す。

  また、虐待を行なう親は、自らの子供時代に親や周りの大人から虐待を受けていたケースが多いことから、児童保護センターのプログラムの一つとして、そういう親達のためのヒーリング・セラピーやグループ・セッションが行なわれている。アメリカの国民的歌手であった故フランク・シナトラ財団が運営する虐待児童のセラピーセンター内でも、大人のために同様のプログラムを取り入れている。

私も、米国で実際に行なわれている方法も含め、自分なりの対策方法を以下にあげてみた。

①ビルボードやテレビコマーシャルなどに児童虐待防止の広告を出す。
(不定期ではあるが、米国では街にある宣伝用のビルボードを使用して、防止を呼びかけているのをよく目にする)
※関西では数日前から虐待の届出を訴えるCMが制作されたようである。広告媒体の使用を増やして欲しい。

②米国に見習った強固な司法関与の構築

③子育て支援策による給付金等も、様々な子供の状態を書き入れるドキュメントの提出や確認作業の後に給付を行なう。

④児童保護ワーカー数の充実
(米国の担当件数は一人あたりに15件に対し、日本は100件を超えている)
これは国や自治体が多少の援助金を出してでもMUSTである。

⑤児童虐待対応の先進国であるアメリカの南カリフォルニアへの行政による視察と研修
※今回の記事を書くにあたって検索を行なっていたら、33歳の主婦(2児の母)が《「通報すれば確実にその子が救われる」と日本中の人が信じられるシステムが確立されれば、誰だって通報できると思う。虐待の専門教育や海外留学に奨学金を出すなど専門家を育ててほしい。過去に虐待を受けた子供が大人になり、自分のつらい経験を乗り越えて人の役に立ちたいと思っているかもしれない。今、虐待を受けている子供の目標になるかもしれない》と訴えているのを目にしたからでもある。)

⑥上記に関連するが、虐待防止を専門とするプロフェッショナルな機関や人材の育成
(大学などで専門の学科を開設したり、認定制度にして社会的地位を与える。)

⑦各自治体で子供の数や年齢、保護者の確認などを把握する資料を作成・管理して、
定期的なイベント(絵本の読み聞かせ会など)を行うなどして、常に声をかける(参加の有無も記録しておく)

  以前にも書いたが、私は幼くして母を亡くしたので、祖母や父、そして近所に住む隣人に愛されて育った。私が子供時代は家に鍵など無かったので、誰の家にも行き来が自由であった。表で咳を一つでもしようものなら呼び止められて、おでこに手をあてられて熱を測られ、風邪でもひいた日には蜂蜜に大根と生姜を擦った飲み物を飲まされた。祖母に怒られて家から閉め出されても、近所のおばちゃんが一緒に謝ってやると言ってくれたり、逆に悪いことをした時は遠慮なく叱られた。何かと周りの大人が関与して、地元の子供達を育てるという風習があった。皆が物質的に豊かではなかったあの時代の方が、人の心は豊かさで溢れていた気がする。今、必要とされているのは、周りを真剣に気にかける社会なのだ。

  現代の孤立社会が生み出した典型的な悪習慣である“見ザル、聞カザル、言ワザル”を断ち切り、やがて将来を支えてくれる我々の子供達の為に、皆が勇気ある一歩を踏み出すべきだ。そして小さな身体を優しく抱きしめ、こう言ってあげよう。
「もう泣かなくていいよ、ちゃんと守ってあげるから」と。

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

児童虐待の現状と“FRANK & BARBARA SINATRA CENTER”

2010年3月10日(水曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこからのメッセージ  11時33分43秒

 奈良県桜井市で幼い5つの児童が実の親による虐待で餓死した。
その翌日には、埼玉県で2008年に亡くなった4歳児も虐待による衰弱死であることが判明し、両親が逮捕された。

自分が母親になって以来、私はこの手のニュースを直視することができず、新聞やインターネットニュースの見出しに幼児虐待に関するトピックがあると、いつも意識的に読むことを避けてしまっていた。親を信頼することしかできない幼子が、その親に裏切られ、まるで物のように扱われる現実があまりにも残酷で、ふと自分の子と置き換えてしまう。

“あぁ、こんなに小さいのに、どんなに辛かったろう。どれほど助けや、抱きしめてくれる親のぬくもりが欲しかっただろうか”と。彼らが絶望の淵で泣きじゃくる声が耳に響き、生々とその姿が目に浮かび、自分の心まで痛くなってしまう。4歳や5歳といえば、いつも抱っこして欲しいとせがんで甘えてくる、一番かわいい盛りであるというのに……。

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どうして日本は幼児虐待が無くなるどころか、年々増加しているのだろうか?

昨年だけでも、公になった児童虐待事件は335件あり、おそらくそれ以上の虐待が実際にはおこっているはずだ。
それは児童所によせられる相談対応件数が一年に4万件をはるかに上回ることでも予測される。

役所ならびに児童福祉施設などの行政は一体、何をしているのか?
少子化対策も大事だが、苦しみや、時によっては残酷な死に直面している罪も無い子供たちの尊い命をなぜ救えないのか?
虐待によって子供たちの命の灯火が消される時、「何故なの!」と何度も私は叫んでしまう。

先日、衛星放送で日本の報道特集を見ていたら、関西の児童福祉センターでは虐待問題を扱うスタッフが常に不足していると報告されていた。だから手遅れになるケースが多いのも当然であろう。
この状況を見ていると、行政から捻出される資金に限界があるのは一目瞭然である。一刻も早く政府が抜本的な手をうち、児童が虐待によって殺されてしまう前に、もっとアクティブな対策を実行しなくてはいけない。それには人手が必要であり=お金が必要なのだと思う。お金が足りないのであれば、民間企業の協力を求めるべきである。

2010年3月2日に、4月から幼稚園の先生になる日本の短大生、総勢50名以上をつれ、「フランク&バーバラ・シナトラ チルドレンセンター」へ表敬訪問した。

ロスアンゼルスから180キロ南の人口4万5千人の町にあり、1986年から虐待を受けた児童に無償でセラピーを行う非営利団体施設である。名称から想像できるように、センターの創設者は世界的に有名な故フランク・シナトラ氏とその未亡人。
運営にはシナトラ氏の莫大な遺産が活用されている。また、全米から絶えることなく寄付金が集まる。
この町はゴルフ場が90箇所以上あるリゾート地で、全米オープンが行われる有名コースも多い。そこで、裕福な人々から寄付金を集めるゴルフコンペが行われ、集められた利益がセンターの運営費となる。

施設内は清潔で、とてもカラフルで明るく、近隣の人から寄付されたおもちゃやぬいぐるみ、本、絵画などが豊富に置かれている。
心理療法医は5人も従事している。
ここでは虐待の加害者である親と、被害者である子供に対して、交互にカウンセリングを行なうケースが多いそうである。

待合のロビーや各セラピールームは機能的で、各部屋が放射線上に配置されている。真ん中のウエイティングセクションには熱帯魚が泳いでいる大きな水槽が置いてあり、親がどの部屋に入っているかが一目瞭然となっている。子供を不安にさせないという工夫が随所に施されている。施設内には実際に虐待を受けた子供達が多くいるので、我々は一切の写真撮影を禁じられた。

アメリカでも、1974年に連邦政府が児童虐待防止法(Child Abuse Prevention and Treatment Act)を立法するまでは、6歳になるまでの女子の3人に1人、男子の4人に1人が何らかの虐待をうけているという現実があった。

そして30年以上たった今、虐待の件数は減少してはいるが、それでもまだ完全に無くなるということはない。

「子供の虐待はユニバーサルな問題であり、米国でもこのことに触れたがる人は決して多く無いのが現状である」と、シナトラセンターのクリニカルディレクターであり、児童心理療法医としておよそ10年の間、子供達の治療にあたってきたドクター・ローズメアリーは語る。

幼児虐待は“DIRTY SECRET―穢れた秘密 ”であり、加害者はその事実を知られないために手練手管でカモフラージュする。そして虐待を受けている児童側、特に女の子はそのことを隠そうとする傾向があるそうだ。
加害者は児童の母親と暮らしている内縁の夫という場合が最も多く、そのボーイフレンドを母親が庇うため、虐待の事実が表に出ることが少ない。そのため、手遅れになるケースも未だに後を絶たないそうである。

このセンターではそういう母親達に対して、我が子を守り、愛情のフォーカスを子供に向けることの重要性について教育を行っている。また、子供時代に虐待を受けたことのある親が、自らも我が子にその過ちを繰り返してしまうという虐待の連鎖を断ち切るために、大人向けのグループセラピーも専門のセラピストにより実施されている。

ドクター・ローズメアリー曰く、虐待を一番最初に発見するのは保育園や幼稚園の先生方であり、おそらくこれは日本でも同じではないのかと尋ねられた。
保育・幼稚園の指導者には、「虐待の兆候に関する知識を取得し、それを早期に発見し、迅速に児童保護局などへ通報する」という行動がこれまで以上に望まれる。そうすることが子供たちを救い、命を守ることになるのだと彼女は繰り返した。私もそれを訳しながら、日本の児童虐待防止に対する指導法がさらに強化されることを強く願っていた。

アメリカでは芸能人のみならず、企業が慈善団体に多額の寄付をおこなっており、特に子供達の福祉に関しては力を入れている。
その見地からいえば、日本はまだまだ後進国である。
時々、日本でも若くて美しい女優さんが第3国に赴き、慈善事業めいたことをやっているのを見かけるが、彼女の飛行機代と、引き連れていくカメラマンを含むスタッフに一体どれほどの金が費やされているのかしらと?いつも考える。
それならば、大地震の後に食料や医薬品を積み,自らの手で自家用ジェットを操縦してハイチへ飛んでいったジョン・トラボルタ夫妻の方が、何百倍も素晴らしいと思ったのは私だけではないはずである。

日本マクドナルドとトイザラスの創業者である故藤田田氏は、経営が苦しくなってきた時期にもかかわらず、財団法人ドナルド・マクドナルドハウス・チャリティーズジャパンを設立した。
同財団が運営する形で、難病の子供の為の病院とその親が暮らせる施設を東京都世田谷区にオープンし、死没した後も新しい施設をオープンしている。
生前はアグレッシブな意見を発し、“勝てば官軍”などの強気な発言で敵も多かった企業家であったが、最後は業績不振の責任をとった形をイメージさせるような寂しい退任だった。
だがその死後も、藤田氏は難病患者達からは神様のようだと崇められている。
そして顧客がマクドナルドに対する信頼の裏づけの一つにもなっていると思う。その背景には、藤田氏が若い頃、米国で学んだ「儲けを社会に還元する」というスタイルにある。慈善事業への出資や活動は、企業が社会や顧客の心にアピールできる大きな広告戦略になると考える。

 今年83歳になる、「ねむの木学園」の園長であり、女優としても知られる宮城まりこ女史は、この障害者の為の学園運営と、その後、社会に出ようとしても対応できない障害者たちを守るために設立した「ねむの木村」のために、何億という莫大な借金を背負っているそうである。
現在も資金集めの為に行なわれている講演会では、“もし私が死んだら、お葬式には来なくていい。その代わりにお香典を千円でもいいから送ってください。日本人の人口1億の人が千円づつ送ってくれたら、それでたくさんの子供達が救えます。”と常に言っている。

障害者を守るにも支援が必要で、一人の力では限界がある。

かつて日本には、他人の子も自分の子のように育てる社会があった。私も5歳で母を亡くし、祖母と父に育てられたが、周りに暮らしているご近所の人達からも、まるで我が子のように育んで頂いた。
実家が商売をしていたので、夕食を食べる時間がまちまちだったため、色んな家で美味しいご飯を頂いた経験がある。その思い出はとても素晴らしく、それが故に母親のいない寂しさを味わったどころか、恵まれていたとさえ思う。

今、企業はもっと倫理的なことに、そして将来の日本を担う子供の命を守るために、是非お金を使ってほしいと切実に願う。そして、日本の児童福祉関連の方々や、もしできれば企業の米国視察にも、このような施設の訪問を加えていただければ幸いである。

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

ラスベガスの地下に住む人々

2009年12月1日(火曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこからのメッセージ  14時05分14秒

 砂漠の中に燦々と煌く不夜城ラスベガスは皆さまもよくご存知だと思いますが、その光の下にある漆黒の闇の中で、生活している人々がいることをご存知でしょうか?3年以上もラスベガスで暮らした私も、実はつい最近まで知りませんでした。つい先日、ホテル関係者との会食中にこの話を聞き、早速、ニュースなどを検索してこの事実を改めて知り、ショックを受けました。

 以下のサイトを開き、そこにある映像を是非見てください。これは地元のテレビ局のニュース報道です。題名は“トンネルに住む人々”とあります。撮影用照明の為、映像では内部が良く見えていますが、実際は光など無い“闇の世界”なのです。

Youtube動画:ラスベガスの地下に住む人々 The Tunnel People

 ネオンライトの下、洪水をコントロールするために市が造った4kmにも及ぶトンネルの中にあるアンダーワールド(地下世界)。内部にはトイレや、ゴミ捨て場まである。ここに暮しているのは、失業者、家を失った人、麻薬常用者など、社会からはじき出された何百という人々。昨今の長引く不況の影響でその数は増加しているそうだ。昼間は眠り、夜になると地上のカジノに出て、スロットマシーンに旅行者達が残していった、クレジット(残りの掛け金)を換金して稼いでいる。これが1日に平均で$50(約5000円)にもなるので、食べていくことは充分可能。時々、映画を見に行く余裕まであるそうである。ここで暮らしている男女のカップルは出来ることなら明日にでも出て行きたいと言ってるが、反対にそこでの生活をエンジョイしている男性もいる。
 砂漠に雨が降ると、もの凄い鉄砲水が起こる。従って、鉄砲水対策用に造られたこのトンネルは危険と隣り合わせである。そのため、彼らは非常に密な連絡網を持っているそうで、このトンネル生活者にも社会とカルチャー(文化)があるのだと言い切る。

 彼らの頭上には、砂漠に浮かぶ光の海に世界中から引き寄せられてきた、何億もの人々が歩いています。そしてほとんどの人は、私と同じく、その闇の世界を知らないのです。なんとも不思議で、恐ろしいことです。

米国エステシャンでなく(?)流通日記 “流るる水のように”

2009年3月24日(火曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこからのメッセージ  10時44分19秒

今回は、いつもの美容からすこーし外れまして、
先日浅野秀二のツアーに修行同行しました際のお話をしたいと思います。

現在、米国で働きたい小売業店の10位に上げられる、
カリフォルニア州北部で店舗展開をしている「ナゲット」を訪れました。
畑のど真ん中にある最新店舗は、輝くような黄色いひまわりのデザインの外壁と、
穀物を両手に捧げる女神たちの銅像で飾られ、もう店舗に入る前から人々の目を惹きつけます。

店内も外に負けず劣らずのユニークさです。
豪華で、可愛いデザインで、床は、今までどの店に行っても見たことも無いような
カラフルなデザインな陶器質感覚です。もちろん清潔に磨き上げられています。

溜息が出るほど楽しいお店です。

サンフランシスコの町から2時間近くもバスに揺られ、
疲れ気味の参加者たちの目も、すっきり覚めてしまったのではないかと思います。

でも、私は、そのナゲットでクレームをつけてみました。
浅野氏がバスの中で、顧客サービスでも優れた優良店であると話されていたので、
ここぞと思っての、実験的なクレームです。

店内で販売されていたとてもキレイな柄のテーブルナプキンや紙皿を買おうと見ていたところ
参加者の女性数名に呼び止められました。
「五十嵐さんこれ、値段はどこに書かれているのかしら?」
私は商品を裏返したりして、パッケージを見ましたが、どこにも価格の表示がありません。
ふと周りを見ると、横の壁に一枚、紙が貼られ、各商品名とそれぞれの価格が書かれています。
しかし、どれがどの商品の価格なのかはっきりしません。
ちょっと不親切だなと思い、部門の担当者を呼びました。

そこに現れたのは、どうみても若い学生パートの女の子。
彼女に「各商品には、直接値段表示がされておらず、横の壁にアイテム名と価格が書かれた紙切れ一枚。
これではお客が混乱するし、買う気になれない」と文句を付けてみました。

その女の子はニコニコを笑みを浮かべながら話を聞き、私の話に深くうなづきながら
「早急に対応したいとおもいます。貴方の提案に本当に感謝します。」と答えました。
そして、「皆さんは日本から来たのですか?」と訪ねて、いきなり
“あめ、あめ、ふれ、ふれ、母さんが~”とキュートな笑顔で日本の童謡を歌いだしたのです。

聞くところによれば、彼女は日本人のクオーター(彼女に流れている血の1/4が日本人)で
おばあちゃんが幼い頃に謳って聞かせてくれた歌を、覚えていたのだそうです。
そんな彼女はとても、生き生きとしていて、その店で働くことがとても楽しそうです。
みずみずしい女性とは、こんな人のこのを言うのかなと思いました。
これで普通のお客様なら、
いっぺんにクレームの原因である不満も忘れてしまうのではないかな?
良いスタッフを雇い、その教育が行き届いているのだな
と感じました。

ナゲットはその店自体のみならず、働く人にもエンターティメント性が十分なのだと思いました。
店に入ってから出るまで自分も一杯笑い、そしてたくさんの笑顔をみた感覚が残りました。


ナゲットが店舗展開しているカリフォルニア州都サクラメントには、
オレゴン州から流れる豊かな大河が流れています。
その水がカリフォルニア州全体に届けられ、豊かな農業を支えています。
バスの窓から、その水を眺めた後にふとあることに気づきました。

ああ、私の仕事であるこのサービス業も、ここに流れている水と同じなのだ。
物を売る小売業も、人に施術を行う美容業も、通訳も、ガイドも、弁護士も、お医者様だって
人対人の仕事は全て、水のように移り変わりのある流動性ある商売―――
水商売なのだと思うのです。
“流るる水”の如く、お客様は気まぐれで、水が流れない場所は干上がります。
そして“流るる水”の如く、我々はお客のニーズに合わせて、自らを柔軟に変化していかないと
水はスムーズに流れていきません。

今日の経済低迷状態で、めっきり客足が遠のいた高級グルメの店舗を訪れ、
並ぶ惣菜を見たとき、バラエティーがあるのに、
きゅうりもセロリも乾いてかさかさで誰も手を付けていませんでした。

なにか悲しいなあと感じました。

私はかつてその店が非常に忙しく、多くの人でにぎわっていた頃を覚えています。
それはまだアメリカで高級なお店で買い物することそのものが、
おシャレだったつい数年前のことです。

彼らはまだ、あの頃の栄華が忘れられないのか?
それともなす術が見つからないのでしょうか?

今の時代の流れにあわすことが出来なければ、
本当に取り返しの付かないほど、その土台はひやがってしまうでしょう。
同じ日にホールフーズの人気店で見た惣菜は、
みずみずしく新鮮で、生き生きとしていて、美味しそうで、
ライブ(生きてる惣菜)だと思いました。
だから人が手を伸ばして食べてみたくなるのです。

これは自分の仕事でも言えることであると感じました。
あのカリフォルニア州全域へ流るるサクラメント河の水のように、
私は時代の流れを自らの目で見て、触れて、感じ取り、
ライブの情報を、皆様にお届けしていくために日々精進しなくてはいけないなと、
そんな気づきの旅となりました。

参加されたお客様、訪れた店舗の皆様、浅野先生、そしてサクラメントの豊かな大河に心からサンキューです。

五十嵐ゆうこ

All In The Same Boat

2009年1月21日(水曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこからのメッセージ  18時08分27秒

本日、2009年1月20日、
米国では全世界が注目した初の黒人大統領である、オバマ氏の就任演説が行われました。

国民の結束と責任を呼びかけ、未曾有の経済危機に直面するアメリカの建て直しを、政府だけなく、米国市民全体でどうすればよいのかを考えて、力を合わせて行おうと。
新大統領の話を聞きながら、マイナス7度という厳しい寒さの中で頷く200万人の聴衆者の真剣なまなざしがありました。

原油の価格は下がったものの、アメリカ経済の屋代骨であるウオール街での株暴落や、住宅価格の下落、銀行の倒産、ビッグ3の経営失速は、この国が、さらに深刻なリセッションへと進んでしまうのでは、という不安を国民に与えています。
当然のごとく、不況の波は大きな津波のように、美容などのサービス業界へも押し寄せています。
比較的客足が順調であったリゾートホテル内のスパ・サロンでさえ、人員カットが行われ始めています。
業界紙でも「今まで通りのやりかたでは、この時期を乗り越える事は出来ない」と警告しています。

私が住むラスベガスは、好景気時の成長率も、他の都市に比べて目覚ましかったに比例し、現在では、全米の中で最も不景気の影響を受けている町にあげられています。
そして全体の8割にもおよぶサロン・スパなどのホスピタリティー事業が、売り上げ低迷に何らかの対策をうつ必要があり、2割が閉店の危機に立たされているといわれています。
先日あるサロンで、外部の経営コンサルタントを招いたミーティングに参加していた美容師の友人が語ってくれた話です。

最近は、このように経営専門のコンサルタントを招いて、顧客獲得のためのワークショップをひらき、スタッフ全員が力を合わせ、厳しい状況を生き残るためにさまざまな策を投じているサロン・スパは少なくありません。
そしてダイレクトマーケティグに力をいれています。
(米国では所得・人種・家族構成などをセグメント化された情報をDMのために販売するサービスがあります)

ターゲットを絞った顧客に、割引クーポンがDMで配達されるような試みを行ったり、顧客が新しい顧客を紹介するたびに、割引や化粧品のプレゼントなどの特典を提供したりしています。
またモールなどの大型ショッピングセンターに、週末スタッフが出向いて、アイラッシュエクステンションや眉毛カットデザインなどのデモンストレーションを行っています。
そして女性の職場が多いオフィスに、マフィンとスキンケアサンプルと、割り引きクーポンを入れたバスケットをもって出向き店の宣伝活動をぽこなったりしています。
バックバーのラインを増やし、手ごろな価格のバラエティーのあるメニューを取り入れることで、少しでも結果的に店頭販促に結びつける努力をしています。
今までは個人任せあった新しい技術の習得も、サロン側が講習費を負担するところが増えてきました。
さまざまな顧客のニーズに答えることができる、多様なテクニックをもつスタッフを育成しようと考えるようになったからです。

英語に“We are all in the same boat -我々は皆同じ船の上なのだ” という言葉があります。
これは、”皆が一丸となって難題に取り組み、たとえ大きな波が押し寄せても、困難を乗り切っていこう”という意味です。私の周りでは多くの人が、この言葉を口にし始めています。

そして、オバマ氏が当選した時に
“Yes We Can!- そう我々は出来るんだ!” と国民たちと共に何度も繰り返し言いました。

新しい風の元、2009年は再びアメリカの景気が蘇り、また多くのお客様がサービス業界を潤すことを祈っています。

(五十嵐ゆう子)

ウイーピング・ロック―涙の岩

2009年1月18日(日曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこからのメッセージ  00時00分47秒

「今、貴方が目にしている1粒1粒の水の雫は、
1200年の時間を経て、堅い岩を貫き
光る宝石となってこの場所へ流れ落ちてきているのです。」 

大自然の宝庫といわれるアメリカ西部に流れる巨大なコロラド河。
その豊かなる水の流れを取り巻くように広がる台地、カイバブの森。
新世代から白亜紀、そして現代に至る20億年以上の地球の変化によって、
階段状に創られた深い谷や奇怪な岩壁達。

“グランド・ステアケース”と名づけられたユタ州からアリゾナ州へと連なる
壮大なモニュメントの中に、厳かに聳え立つ石の峡谷、ザイオン自然国立公園がある。

今から約150年前、この地へ入植したモルモン教徒らは、その壮麗な美しさに感動し、
この場所を『シオン - 永劫の地』と名づけた。
ザイオンのほぼ中心に位置し、 最も不思議で神秘的とされるウイーピング・ロック(涙の岩)は、
はるか昔に起きた大規模な地殻変動と長い年月の風化現象によって
剥がれ、削られた、大きな一枚岩の断片に、
涙のような水が滴り落ちることからそう呼ばれる。
雨や雪によって浸み込んだ水が、悠久の時を経てその強靭な岩を貫き、
降り注ぐ木漏れ陽や茂る緑に反射してエメラルドやトパーズに輝く雫となって、
途絶えることなく地上に降り注いでいる。

そこを初めて訪れたのは3年ほど前の5月のことだ。
まだ初夏に入ったばかりとはいえ日中は30度を越える暑さの中、
ウイーピング・ロックへと続く約1キロの、
峡谷特有の草花が咲き乱れる上り坂のトレイルを、
流れる汗を拭いながら息を弾ませて歩いた。

ようやく目的地へ辿り着いたかと思うと、
涼しげな水がピチャピチャと滴る音、
そして、マイナスイオンで一杯のひんやりとした湿気が、
瞬く間に体の熱を冷ましてくれる。

ほんの4-5分の事だったと思うが、偶然その場所にいたのは私一人だった。

目前に現れた、煌く水のカーテンの清らかな滴りに両手を差し出し、
ゆっくりと指をひろげると、水の粒が弾けて虹色のプリズムが現れた。
私は手すりに寄りかかり、思い切って体をぐっと前に突き出して、
振りそそぐシャワーを真下から浴びた。
輝く水飛沫が私の顔と体を濡らして、その心地よい冷たさに身を委ねれば、
大自然の涙に口づけをされ、優しく抱かれているような気がした。

“全てが浄化されていく、そして細胞の1つ1つが生まれ変わっていく”

そんな不思議な感覚の中、私は、病む事も老いることも忘れて、
永遠に輝く命を手に入れることも、可能なのかも知れないと思ってしまう。

私には夢がある。

確かなる知識の裏づけの元
病む事や、老いる事にも脅かされず
細胞も血液も
心も体も活性化され
最善の健康と美を手に入れる術を知り
癒しを求める多くの人々を救うこと

エジソンが闇を照らし
ベルが遠く離れた人々を声で繋ぎ
ライト兄弟は、人間が鳥のように羽ばたけることを証明し
リンドバーグは、アメリカからヨーロッパへ向かう渡り鳥になって
そして、人は宇宙までも飛んで行った

乳飲み子を抱え
1杯のコーヒーを買う事が、精一杯のシングルマザーが書いた物語が
世界中の子供たちに魔法をかける
『私には夢がある』と
唱えた黒人牧師の夢は現実となり

その意思をつぐ者が大国を動かす
彼らは何も特別ではない
皆同じ人間で
ただ夢をけして諦めなかっただけなのだ

この岩を貫いて溢れ出す水たちは
もとはただの水で
前に進むことを諦めなかったからこそ
ここまで辿り着き
陽の光を浴びて
煌く結晶となる

水しぶきで濡れた髪を
さっと振り払い顔を上げると
光の粒が舞って、輝いて、私を包む
その瞬間、
夢の楽園に佇む自らの姿を見た
私はその姿を愛おしむかのように抱きしめる

All dreams come true! 夢はきっと叶う

(五十嵐ゆうこ、JAC・浅野スタッフ)