土井善晴さんの「新玉葱のけったん」
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つくってみました。

私にすれば、最高傑作ができた。
しかも手順はシンプル。

美味しくいただきました。
ありがとう。

日経新聞夕刊「あすへの話題」
その料理研究家・土井善晴のエッセイ。
毎週、楽しみにしている。
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今日のテーマは、
「お料理はたのしいもの」 

「五島列島に旅をした。
10年前、まだ浅い春の下五島は
きびなごの季節だった」

「海ぎわの食堂で、漁師のお母さんに
きびなごの捌(さば)き方を教わった」

土井さんほどの名人でも、
現場の漁師のお母さんに教わる。

「身の柔らかい鰯の手開きは、
骨に沿って爪をそわせて中骨を外すのは、
私も慣れていた」

「しかし、きびなごは、それでは終わらず、
さらに薄皮を手ではいでいく」

「教えられたまま、やってみると、
柔らかい薄皮が破れて簡単じゃない」

「私が1尾と格闘する間に、
彼女は5尾、6尾と捌いていく」

「たいへんですね」
土井さんが言った。

「ぜんぜんたいへんじゃないよ」
「子供の頃からやっているけど、
(捌いた)きびなごの山ができていくのが
おもしろいんよ」

「ハッとさせられた」

「自分の手が思うように動くおもしろさ。
ものを大切にする満足。
みんなと協力する楽しさ」

そこで土井さんの述懐。
「きっと仕事と遊びの起源は同じ、
生きる喜びだ、
仕事はできるように
なればなんでも楽しい」

いつもそうだが、
本当に同感だ。

「楽なことを望んで、
なんでもない事が苦にならないように、
手を動かしてお料理しよ」

そう、手を動かして、
お料理しよう。
仕事をしよう。

一方、ほぼ日の糸井重里さん。
巻頭エッセイ「今日のダーリン」
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「思えば、ずっと
仕事するのは好きだった」

「あの人から仕事をとったら、
なんにもなくなっちゃう」

そんな人もたくさん見てきた。
「そういう人の、
じぶんもひとりだったかもしれない」

「仕事というかたちで、
じぶんもうれしいし、
他人もよろこんでくれることが
いっぱいできる」

「もう、こんなにいいことはないよね。
そう思っていたし、
いまでもそういう気持ちでいる」

じぶんもうれしいことが、
人もうれしい。

売れたらうれしいし、
買ってもらったらうれしい。

「さらば、すべて、
人にせられんと思うことは、
人にもまた、そのごとくせよ」
ジェームズ・キャッシュ・ペニーの、
ゴールデンルール。

全米第2位の小売業となったペニーは、
店の看板に掲げた。

それが商人だ。

糸井さん。
「特に、災害のときに
必要な仕事をしている人だとか、
人間のいのちに関わるようなことを
仕事にしている人、
人びとが生きるのに大事な
インフラを守っている人とか」

エッセンシャルワーカー。

「”じぶんもうれしい”の要素が
あろうがあるまいが、
“人がうれしい”を
実現するために仕事しているし、
さらに、その仕事の場から
逃げてはいけない」

「死ぬような思いをしても、
苦しいばかりの仕事でも、
それをすることで
”人もうれしい”が見えたときには、
結果的に”じぶんもうれしい”が
呼び起こされる」

詳しいことは割愛するが、
これはピーター・ドラッカーの、
「責任の組織化」の源泉となるものだ。

「そうやって考えれば考えるほど、
仕事を懸命にやることは
大事だと思えてくるし、
仕事が好きだとじぶんにも
言い聞かせるようになる」

しかしここからが糸井重里の真骨頂。

「でも、と、いまごろになって
ようやくわかるのだ」

「仕事をすべてにしちゃぁいけないのだ」

「いろんなやることが
人にはいっぱいある。
子どもと遊ぶことだとか、
暮らしにまつわることだとか」

仕事だけではない、と言いたいのか。

「そのいろんなやることを、
人に代わりにやってもらったり、
ないことにして忘れていたりすることで、
効率よくたくさんの仕事ができたりもする」

「たくさんの仕事ができたら
“人もうれしい”ので、
それで”じぶんもうれしい”
ということにもなるのだが、
やっぱり、それはあれこれの
バランスを壊すことになるし、
人がやるはずのことをしないのは、
いけないのだ」

わかりにくい。

そこでたとえ話。
「女王蜂は、名前は女王と
呼ばれておだてられているが、
生物学的には、卵を産むための
“生殖虫”というものだ」

「それ以外のことは
なんにもできないのだからね」

「人間も、仕事でなにか
価値を生み続けることは大事だけど、
“それをすべてにしちゃぁいけない”のである」

「仕事馬鹿」ではいけない。
人間は女王蜂ではない。
そう言いたいのだろうか。

昔々、1070年ごろ、
テレビの世界を牛耳った二人。
大橋巨泉と前田武彦。

巨泉は多芸・多趣味な男で、
それをことごとくテレビ番組にした。
そして嘯(うそぶ)いた。
「趣味を仕事にした」

マエタケは放送作家上がりで、
これまた多才な男で多様な番組をつくった。
こちらはさらりと言い切った。
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巨泉は仕事だけではなかった。
マエタケは仕事一筋だった。

どちらもいい。
どちらでもいい。

それでも土井善晴さんは正しい。
「仕事はできるように
なればなんでも楽しい」

まずは、この域まで達したい。
若い人にはとくにそう考えてほしい。

それが仕事だ。

〈結城義晴〉

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