夏至の次の日でも、
昼が長い。

ずいぶん得をした気分だ。
損得よりも善悪を先に考えよう。
しかしそれでも、
昼の時間が長いことで、
得した気分。

横浜商人舎オフィスに、
ビデオクルーがやってきて、
今日は撮影。

曽根修さんとカメラマンの秋田耕平さん。
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曽根さんは㈱万代総務部付
業務サポートチームシニアリーダー。
秋田さんは㈱CNインターボイス所属。

来週水曜日の6月27日、
大阪で万代ドライデイリー会総会開催。

私はいつも記念講演をしているが、
今回は出講できない。

そこで講演の代わりに、
ビデオメッセージを送ることになった。

それでも講演並みの内容を用意して、
パワーポイントを見てもらいながら、
メッセージを語ることにした。

いろいろと盛り込んだら、
30分ほどになってしまった。
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あとは編集の腕利きにお任せ。
よろしくお願いします。

最後はamazon goのGo! Go!ポーズ。
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さて日経電子版の経営者ブログ。
私の好きな鈴木幸一さん。
(株)IIJ会長で、
日本のインターネットの生みの親。
suzuki_s
いつも火曜日の朝、
連載を発表してくれる。

今週はミドルマネジメント研修会で、
とても忙しかったので、
鈴木さんのブログを、
問題にする時間もスペースもなかった。

タイトルは、
「すべてのヒエラルキーが解体する日」

鈴木さんの若いころの話。
ずいぶんと触発された。

「私の関心は、終始、50年近く前の、
この技術が確立されたら、
あらゆるツリー構造の仕組みが
壊れるのではないかという衝撃であった」

この技術とはインターネット。

そのインターネット以前。
「国の公益事業者であり、
通信全般を担い、
膨大なインフラ網を
構築、運営してきたのは
電話会社である」

「交換機を基本とした電話という技術は、
今更なのだが、その構造は、
中央集権的なヒエラルキーを守り、
設計から運用、サービスまで、
すべてを担ってきたのである」

鈴木さんはIIJという会社を設立して、
インタ-ネットサービスの事業を、
スタートさせようとした。

しかし「長いこと役所ともめた」

その根幹にあったのは、
インターネットの特性である。

「最終的にだれが
管理・監視するのか明確でなく、
中央集権的なヒエラルキーを持たない、
アナーキーな仕組みそのものに
あったのではないかと思う」

役人や電信電話業界の人々。

「従来の中央集権的なヒエラルキーの上で、
成り立っていた仕組みを、
根幹から揺るがすことに対する、
漠然とした恐怖感があったのかもしれない」

小泉純一郎元首相の「郵政民営化」も、
このヒエラルキーとの闘いだった。

「当時は、インターネットの持つ
破壊的な本質を
理解していたわけではなく、
100年以上も続いた
通信=電話といった基盤が揺るぐとは、
想定もしていなかったと思う」

「通信事業におけるヒエラルキーの
頂点にある国の行政機関としては、
違和感と漠然とした不安を
感じとったのではないか」

鈴木さんのインターネットだけではない。
ヤマト運輸の小倉昌男さんは、
「クロネコヤマトの宅急便」のために、
運輸行政のヒエラルキーと闘った。

そして流通革命の中内功さんをはじめ、
伊藤雅俊さんや岡田卓也さんは、
川上から川下へのヒエラルキーと闘った。

何かと闘っているときには、
鬱屈したものがあるのは事実だが、
勝利してしまうと、
あとは安穏とした世界に埋没しやすい。

流通革命も次の段階に入った。
宅急便も踊り場を迎えた。

インターネットをベースにした、
amazonやFacebook、Googleが、
かつてのヒエラルキーとの闘争者から、
マーケットを奪っていく。

「ほぼ日」の糸井重里さんも、
昨日の「今日のダーリン」で書いている。
hoboniti

糸井さんは20年前、インターネットが、
「そうなるに決まってる」と考えた。
そしてweb siteの「ほぼ日」を始めた。

「少なくとも何十年は
続きそうなことについて、
“そうなるに決まってる”と、
言えなくては意味がない。
だって、なにをするにも
ほんとうに取り組むには、
時間がかかるものだから」

私は「商業の現代化」を、
「そうなるに決まってる」と思っている。
知識商人の時代の到来も、
「そうなるに決まってる」
業態からフォーマットへの転換も、
「そうなるに決まってる」
「ポジショニング戦略」だって、
「そうなるに決まってる」と考えている。

そして、糸井さんが今、
「これなんじゃないかと思ったのが、
“こころの時代”という、
言い古されたテーマだった」

「食べることで腹を満たすように、
食べることのようにこころを満たす」

「言い換えただけじゃないか、
古いじゃないか?
そう、ずっと
言われていることなのだけれど、
ほんとうにそれが、
生きるための必須の栄養であると、
みんながふつうに
考えるようになると思うのだ」

なるほど。

「いま、あえて
“そうなるに決まってる”ことを探すなら、
“こころを満たす”が、
食事のようになるということ」

賛成だ。

ただし、そうなるためには、
ヒエラルキーとの闘いがある。

「こころを満たす」が、
「食べること」のようになるとき、
闘うべき相手は誰だ?
超えるべきものは何だ?

〈結城義晴〉

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