セーヌ川クルーズ(3)

2012年1月25日(水曜日)
カテゴリー:

旅先からのつれづれ日記

 08時27分07秒

正直に言えば、セーヌ川クルーズから
帰ってきてから、もうひと月たっている。

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時間と空間は本当に不思議な気がする。
結局は、今のこの瞬間の、この場だけが現実であり、
過去の出来事は1カ月前も20年前も記憶でしかなく、
時間の差は感じない。

空間も同じ。
テレビやインターネット、新聞を見なければ、
ある意味、自分の目で見えない世界は
存在しないことと同じだ。
少なくとも、肌身で感じることはできない。

セーヌ川クルーズのメモを
いっさい取っていなかったので、
色々な記憶が混在したブログに
なっていってしまうような気がする。

最終日の前日は、パリ郊外の港町に泊まり、
翌日はバスでベルサイユ宮殿へ
半日コースに行くことになった。

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ベルサイユ宮殿の観光客は
日本人と中国人で70%を占めていたような気がする。

そういえば、20数年前、
サンフランシスコから在米中国人に混じって
ベルサイユ宮殿に来たことがある。
その時の中国人ガイドは、中国の歴史と比較しながら
フランスやパリの説明をしていた。
これは非常にわかりやすかった。

当時もベルサイユ宮殿の豪華絢爛さには驚いたが、
中国の紫禁城や江戸城のスケールと比較すると、
それほどでもなかった。

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大きな疑問があった。
どうしてこの宮殿にはトイレがないのだ。
オマルを使用していたらしいが、
あの豪華な部屋の隅の方で、
傘が開いたようなスカートの中に、
侍従がオマルいれ、用をたした。

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マリー・アントワネットもそうした。
その時の音は?その時の臭いは?
男でも恥ずかしい。
だから中世ヨーロッパでは香水が発達した。

それにしてもこれだけ高度な文化をもつ
ベルサイユ宮殿の中にトイレが無いのは理解しがたい。
古いヨーロッパの城にはちゃんと
屋外にトイレがつくられていたのだから。
今回も「ベルサイユ宮殿トイレの謎」は解けなかった。

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ベルサイユ宮殿の庭園は、
ワシントンD.C.のリンカーン・メモリアル公園と
とてもよく似ていた。

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さて、ベルサイユ宮殿を見たあとは、
我々だけバスを降りて、
電車でパリ市内まで行くことにした。
船に戻ってしまうと、パリまでは船移動で、
パリ市内観光の時間はなくなってしまう。
私は有名な百貨店、ボン・マルシェを
どうしても見たかったのだ。

ベルサイユからなんとか、
電車でパリ市内まで行く。
電話の中では、たくさんの日本人学生や、
60歳過ぎの大阪のおばちゃんたちが
大声で大阪弁で会話をしていた。
懐かしい大阪弁だ。
本当にベルサイユからパリに向かっているのか?
頭が混乱してきた。
パリ郊外はサンフランシスコ以上に国際化している。

電車に約1時間乗り、
それから地下鉄に乗り換え、
ボン・マルシェ百貨店近くの駅に降りたはずだった。
結局、デパートまで1時間も歩いた。

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空腹で倒れこむように食品売り場へ向かい、
1階のカフェのような場所で食事をした。

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昼食が26ユーロ、
ニューヨークのイータリーという
イタリアン・スーパーマーケット/レストランの
空間の一角のような雰囲気であった。

ギャラリー・ラファイエット百貨店と同じく、
このデパートも1階が本格的な
スーパーマーケットだった。

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お惣菜の種類もすごい。
フレンチはもちろん、アジア料理まで幅広い。
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クリスマスシーズンのディスプレイは
目に楽しい。
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各食品売り場には必ず、
試食コーナーと担当者がいた。

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オースティンのホールフーズ本社も
ここから多くのヒントを得たに違いなかった。

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京都の和菓子さんも試食デモをしていた。
日本の商品は情緒があって、高級なイメージで、
パリでは売れるらしい。

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最後の夜だ。
再度、シャンゼリーゼ通りを歩いてみよう。

すると、行列している店があった。
あの有名なルイ・ヴィトンのパリ本店だった。

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行列というより、一度にあまり多くの人が入るので、
出て行く人を係員が止めて数分待たす。
そして待っている人が一斉に出る。
その数分の間に、また外には30~50名が並ぶのである。
この繰り返しが行列になっていた。

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店員さんに聞いた。
週末は9000名から11,000名が来店するという。
この不景気に、この小さな店に、1万人も入る。
しかも安い商品ではない。
最低でも数百ドルはするものだ。

このブランド力、価格、価値、伝統の力。
ルイ・ヴィトンは世界最高のブランドなのだと、
つくづく感じた。
ルイ・ヴィトンのものを使ったことがないが、
初めて、そのブランド力を認めることができた。

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しかしここでも、客の70%はアジア人だった。
時代の変化を感じる。
確実に21世紀はアジアの世紀だ、と感じた。

さて、EUがどうなるか?
2012年、日本人はユーロ崩壊は間違いないと思っている。
あの誇り高いフランス人でさえ、言っていた。
「ドイツがなんとかしてくれる。ユーロは大丈夫だ」

もう昔のヨーロッパには戻れない。
EU加盟国の多くの国は陸続き、
国が狭くて数時間で国境越えなければいけないような
昔にはもう帰れない。
それが歴史の必然だ。

大借金を重ねたギリシャあたりが
破産するのは経済の必然。
歴史と経済の必然の綱引き、
ドイツの底力は勉強しないとわからない。
ロシア経済でもブラジル経済でも、
ドイツ系移民やドイツ・マネーの果たしている役割は大きい。
アメリカの人口も白人ではドイツ系が一番多い。

ドイツを語るように日本が語れるなら嬉しい。
21世紀、中国に吸収されないような
日本をつくって欲しい。

野田首相お願いします。
歴代の民主党首相には頼めなかったが、
自衛隊員の息子なら多少は解ってくれそうな気がする。

日本国は日本人が何とかする。
アメリカや中国が日本のために本気で
北朝鮮や拉致問題を解決してはくれない。
それは甘い期待だ。
そろそろ他国に依存した発想は辞めるべきだ。

そんなことを考えながら、
パリ市内の港に戻った船に帰った。
港の近くには新興住宅街があり、
新築のコンドミニアムがたくさん建ち並んでいる。

この周辺でMONOPRIXの新店を見学できた。

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パリ市内で一番頻繁に目に入ったスーパーだ。
この店は「モノプリ」といい、フランスに約300店展開しているらしい。

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1990年頃からエコロジーや持続型経済や社会を
目ざしている店で、人気がある。

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青果売り場はカラフルでなかなか良かった。

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早く船に帰って、エッフエル塔を見ながら
最後の夜をワインで楽しもう。

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ワインを飲みながら妄想が始まった。
2012年はアフリカ・キリマンジャロ(5895メートル)紀行を
書くことができれば、この上無い幸福だ。
キリマンジャロに登れる体づくりだけはしておこう。

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<By 浅野秀二>

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セーヌ川クルーズ(2)

2012年1月12日(木曜日)
カテゴリー:

旅先からのつれづれ日記

 09時21分59秒

明けましておめでとうございます。
商人舎エンターテイメント担当として
今年もよろしくお願いいたします。

****************************

今回きているセーヌ川クルーズ・ツアーの行程に
世界遺産の中で人気ナンバー1の
モンサン・ミッシェル修道院が含まれていなかったので、
ツアーの前に、インターネットでホテルを2日間、予約した。

飛行機はいつもマイレージを使用しているので、
金を払ったことがない。

空港からホテルまで、タクシーで45ユーロ(約60ドル)。
ニューヨークのJFK空港からマンハッタンより、多少高い。
運転手はカンボジア人だった。
パリ周辺に60万人もいるそうだ。
パリも多国籍化している。
ホテルは中くらいのクラスで230ユーロ、
これもニューヨーク並だ。

翌日は「マイ・バス」という日本人向けのツアーに参加。
パリからドーバー海峡に向け、片道5時間走る。

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フランス人のガイドさんいわく、
モンサン・ミッシェル修道院に行く観光客は
日本人が一番多いそうだ。

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中国人も目立つが、日本の若い人が多い。

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夜の7時ごろ、パリに帰ってきて、町を散策することにした。
運よく、15分でコンコルド広場にでた。

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大きな空中回廊があった。

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ここはあのフランス革命の時、
マリー・アントワネットがギロチンにかけられた場所だ。

ここから凱旋門まで2キロ歩く。
あの有名なシャンゼリーゼ通りだ。
スペルはLes Champs Elyseesと書くらしい。

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道の幅は100メートルもある。
クリスマスのためか、
たくさんの日本の露天商のような出店が、
左右数百メートルにわたって出ている。

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EUは景気後退に入ったと言われているが、
そんな感じはしない。

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ぶらぶらと、でもスリには合わないよう気をつけながら、
人波をかき分けて進む。

ホームメイドのワインが3ユーロで売られていた。
なんと燗がしてある。

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ワインをあたためて飲むのは初めて、いい気持ちになる。
ところが、まったく酔わない。
また別のホームメイド・ワインを飲んだが、
気持ちはよくなるが、酔わなかった。
理由はわからない。
安物、ホームメイドのワインはアルコールが低いのか?
でも冬場に飲む暖かいワインは最高であった。

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なんとか凱旋門までたどり着いた。

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それからホテルまでまた歩く。
合計7~8キロ、約5時間ほど歩いた。
今日の歩きのノルマは達成、今晩は熟睡だ。

翌日の午前中はルーブル博物館に行った。

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あまりの広さに圧倒され、駆け足で見て歩く。

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モナリザの前の人だかりは凄かった。

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28年前に見た、
敵の首を刀で切ろうとしている戦争の絵は
見つからなかった。
日本でも外国でも、殺し方は同じなのだと、
非常に興味を持った記憶があった。

いったんホテルに帰り、チェック・アウト。
タクシーで船着き場へ行き、
チップ込みで18ユーロを支払った。
「2ユーロはチップだ」と言ったら、
運転手は望外の喜びのような笑顔を見せた。
チップを払う習慣があまりないのかな?

さて、午後は小売業でも見よう。
地下鉄乗り場にきたものの、
切符を買う自動販売機の使い方がまったくわからない。
他のアメリカ人も戸惑っていた。
親切なフランス人に教えてもらい、
なんとか切符が買えた。
フランス人はアメリカ人ほど親切ではない。
今回はラッキーだった。

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パリ市内の繁華街に着いた。
イタリアのローマほど、
小型のグロサリーとレストランが
一緒になっているような店舗も見受けられないし、
スーパーも目立たない。

パリ郊外にはカルフール、オーシャンなどの
ハイパーマーケットや、
LIDL(リドル)のようなハードディスカウントストアが
たくさんあったが、見学はできなかった。

そこでパリ市内では百貨店を見ることにした。
さあ、デパ地下見学だ。
パリには食品を売っている高級百貨店が2軒ほどあると調べていた。

とりあえず、ギャラリー・ラファイエット百貨店に入った。

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なかなかの高級感だ。
すぐ地下に行くが、食品売り場がない。
もしかして最上階か?
が、ここにもない。
こうなったらと、全フロアーを見てまわった。

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店の真ん中は総吹き抜けになっていて、
巨大なクリスマスツリーが飾り付けられていた。

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天井のステンドグラスのようなアートは、
まぶしいほど美しかった。

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これには正直興奮した。
サンフランシスコのノードストローム百貨店の
一階から最上階まで総吹き抜けは、
このデパートがモデルだったのかと、感銘した。

屋上に行くと、360度にわたってパリ市内が見えた。
真下はオペラ座だ。

食品売り場は実は別館にあった。
惣菜や高級食品を売っている日本のデパ地下と違い、
本格的なスーパーマーケットだった。

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野菜、魚、肉、グロサリー、すべて売っている。

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しかも、地下でなく、1階にあった。
私はその方が合理的だと思えた。

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日本の百貨店も売上げマイナスに悩んでいないで、
1階に本格的なスーパーマーケットを展開すればよい。
既成概念で商売を考える必要なない。
グルメである必要もないし、
まして利便性の低い地下である必要はない。

ちなみにアメリカのデパートには食品売り場はない。
これも不思議だ。

来客頻度を高めるためには、食が主戦場である。
「百貨店の1階にスーパー」こそ、
百貨店の再生の起爆剤になる可能性を感じた。

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最終日はもう一つの百貨店、
ボン・マルシェに行こう。

(つづく)

<By 浅野秀二>

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セーヌ川クルーズ(1)

2011年12月20日(火曜日)
カテゴリー:

旅先からのつれづれ日記

 14時35分55秒

なぜかは知らないが、
12月はセーヌ川のクルーズだそうだ。
山の神のお告げは絶対だ。

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セーヌ川はフランスの中では第二の長さの河川で、
全長は780kmほどある。
パリを流れる川として、あまりにも有名。
欧州大陸の多くの川がアルプスを源流とするが、
セーヌ川は標高480メートルの高原が水源である。

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今回きたのは、
パリから大西洋の近くまでの450kmを、
5日間かけて往復するリバー・クルーズ。

さて、クルーズの2日目。
ヴァン・ゴッホの住んでいた家と、
彼と兄弟の墓を見学した。

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偶然にも、「ジョージ君、アメリカへ行く」第20話の中で、
「浮世絵がフランスの印象派の絵に
影響を与えたというスピーチをした」
という話を掲載したちょうどその日だった。
年間300万人もの人が訪れていると聞いた。

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印象派はフランスでは非常に人気があったようだ。
正直、中学の美術の時間にゴッホや
印象派ではないが、ムンクの「叫び」を初めて見た時、
自分の心の嫌な部分を見ているような、
愛憎半ばした複雑な感情があった。
印象派のマネや、踊り子の絵で知られるドガなどは、
人前で好きと言えた。

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それにしても連日、雨である。

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気候は冬の日本海のようだ。
朝は9時頃まで暗く、夕方4時過ぎるともう暗くなる。
この気候は明らかにゴッホの性格や絵に
影響を与えた気がする。
明るい色に憧れたはずだ。

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セーヌ川沿岸は世界遺産に指定されているが、
特別に興味をもつような風景はなかった。
古い城跡と教会、中世の町並み、
5年前に初めて見た時のような感動はない。

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船の中ではもっぱら、パソコンに向かって仕事をした。
アメリカにいる時の生活と正直、変わらない。

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インターネットのおかげで、
我々の仕事はどこでもできる。
良いことか、悪いことはわからないが。

時間が取れず、なかなかバケーションに行けない人には、
リバー・クルーズは最高の選択肢かもしれない。
船から見る景色は、いつも変化するし、
食事はあげ膳すえ膳。
仕事に飽きるころには、陸地に立ち寄り、
バスで適当に観光地案内もしてくれる。

クルーズ4日目は、「史上最大の作戦」と言われた、
ノルマンディー上陸作戦のビーチを訪れた。

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実はあまり気にしていなかったが、今回のクルーズは、
パリとノルマンディーがメインだったらしい。

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ノルマンディーとは、North man という意味で、
12世紀にはバイキングが占領していた土地らしい。
また、ここの領有を巡り、
イギリスとフランスは100年戦争を繰り広げた。

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とにかくこのビーチは、アメリカ人にとっては、
大切な訪問地のようであった。

ノルマンディー上陸作戦では、
16500名ものアメリカ軍、イギリス軍、カナダ軍が
砂浜に船を沈め、8kmにも及ぶコンクリートの浮橋に
人工的な港湾施設を造った。

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1944年6月6日、上陸用舟艇4,000隻および
艦砲射撃を行う軍艦130隻を含む6,000を超える艦艇と
12,000機の航空機が上陸を支援した。
迎え撃ったのは、20世紀最高の戦術の天才と言われた
ドイツの有名なロンメル将軍だ。

これこそ歴史に残る、史上最大の上陸作戦だった。
これにより、最終的に300万人近い兵員が
ドーバー海峡を渡ってノルマンディーに上陸し、
ベルリンを目指した記念すべきビーチであった。

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いずれにせよ、気の遠くなるような物量・数字である。
連合国側は1万人以上の死傷者をだした。
アメリカ人にとって、ノルマンディーは、
日本人にとっての日露戦争で勝利した旅順港や
302高地のような聖地なのかもしれない。

クルーズのツアー客全員で
アメリカ人兵士の慰霊塔に黙とうし、
アメリカ国歌を歌った。

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現在、軍に所属している人、
またはかつて米軍に奉仕していた人が
グループの中で3分の1もいた。
その人たちは最敬礼をしていた。
しかもその中の3名は第二次世界大戦に出征していたそうだ。

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それにしても戦争では双方、多くの若者が亡くなった。
平均年齢21歳だったという。
このような記念碑や戦争博物館をみると、
ここまで生き伸びてきたことに、
本当に感謝の念が湧いてくる。
どうしたら世界は平和で暮らせるか?
人類はいまだに回答を見つけられない。
大量破壊兵器が、戦争への誘惑を阻止している、
という皮肉な現実がある。

帰りのバスの中では、寒いからということで、
地元ノルマンディー産のカルバドス酒が配られた。
カルバドスとは、リンゴサイダーから作られる
アルコール度数40%のブランデーである。
私はそれを、一気に2杯飲んだ。

その後、車内にはシャンソンが流れた。
『枯葉』、『ラ・メール』、『愛の賛歌』、『摂氏盆(C’est si bon)』…
若い頃、聞きなれた歌が旅情を誘う。
そして最後は美人ガイドさんが自ら歌を歌ってくれた。

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そこで最高に盛り上がった。
彼女は若くはないが、私が唯一見つけた、
田舎のパリ・ジェンヌであった。

パリ市内はニューヨークと同じで、
北アフリカや中近東の人々で溢れ返っていた。
本当のフランス人は地方にしかいない。
20年後の日本見るようである。
日本の東京、大阪の大都市は中国人だらけになり、
地方都市のみが、日本人の住みかとなる。

ワイン1杯でまた妄想が始まる。
2杯飲めばどうなるか?
果てしない妄想だ。
そろそろ2杯目が欲しいので、
今日のブログはここで終わる。

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浅野秀二
12月19日

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JACからのクリスマス・カード

2011年12月12日(月曜日)
カテゴリー:

アメリカからのメッセージ

 15時40分16秒

JACからのクリスマス・カードを皆さんにお届けします。

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今年大活躍してくれた、ジョージ君も一緒に。
ちなみにこのイラストを描いてくれているのは、
後列左端にいる、はつ絵Smithさん。

先日、ロサンゼルスでJACのクリスマス・パーティをした。
その時の写真をはつ絵さんが送ってくれました。

イタリアンレストランでみんなで食事。
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もちろん五十嵐ゆう子さんもいます。
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夕食後、私の部屋でワインやビールを飲んだ。
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酒を片手に仲間たちと至福のひととき。
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盛り上がってきたところで、
ダンスを披露してくれるJACのメンバーたち。
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私の話をきいてくれる女性陣。
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翌朝はホテル内のスパ「利楽園」で楽しんだ。
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ロスに進出している、日本のスパ。
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コーディネーターの森山なおみさん。
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みんなもリラックスできたよう。
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では、読者のみなさま、
今年も1年間ありがとうございました。
2012年もよろしくお願いいたします。
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<浅野秀二&JAC一同より>

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近況報告:つれづれ日記

2011年12月2日(金曜日)
カテゴリー:

アメリカからのメッセージ

 16時42分10秒

今年はシーズンが早く終わり、
11月17日以降の出張はない。
久しぶりに事務所にいることが多くなった。

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さて、昔「酒とバラの日々」という映画か、歌があった。
酒を一切飲まず、女性にも縁がない暮らしをしていた私には、
「酒とバラの日々」は想像しえなかった。

ところが、ワインを飲みだしたら、
止まらなくなったのである。
朝からワインを飲み、ほろ酔いでする仕事は、
実に愉快なのである。

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わずか一カ月でアル中になりかけた。

酒はひとりで飲みたくないものである。
やっと酒飲みの気持ちがわかりはじめた頃、
一日にボトル半分まで飲むようになった。

血糖値をはかった。
やはり、多少上がっていた。
やばい。
では焼酎でテストしてみよう。

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要するに酔った時の気持ち良さが忘れられない。

人体実験の結果、焼酎の方が、
ワインより血糖値があがらなかった。
結論、ワインでも焼酎でも1日1杯までで、
これ以上は勧められない。

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先日の私のブログに、ワインは問題ないと書いたが、
これは修正しないといけない。

ところで、バラの日々の方は、
庭のバラを愛でることで解消している。
やはり、酒飲みの気持ちのように、
本物のバラの日々を体験しないと、
正確なコメントは出来ないような気がする。

酒の方はワインで体験できたので、
「バラの日々」もあきらめたわけではない。

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さて、今日は株が高騰した。
史上7番目の上げ幅、490ポイントの棒上げである。
「世界の6つの中央銀行がドル資金の協調供給拡大」
というニュースを受けてである。

アメリカの11月の小売業も、
ブラック・フライデー、サイバー・マンデーと、
過去最高の売上高の記録を更新した。
11月の民間部門の就業者数が市場予想を上回り、
米雇用情勢の改善が確認されたことも好感された。

今回の9月、10月の株価の暴落は
いろいろな情報から、ある程度予想されていた。
私もたくさんのニュースや雑誌を読み、
その可能性を確信していたが、
それでも株をすべて売るという行動は取らなかった。
いや、取れなかった。
「知っていること」と、「行動すること」と、
「出来ること」とは、実に違うのだと、
今回ほど感じたことはない。

三途の川で、1ドル紙幣が現世と地獄前を行ったり、来たりしていた。
これは苦しい。
地獄に落ちてしまえば、意外と快適かもしれない。
逮捕された大王製紙前会長の井川意高氏など、
すがすがしい顔をしている。

人生の進路が決まらない時、迷ってる時こそ苦しい。
すべてにおいて、判断のあやまりの根源は
心の慾である。
すべての病気は慾病である。

ところで、3~5年後には円は暴落する、
誰もが漠然と思っている。
でも多くの人は行動を取らない。
そんな中、行動をしようとしている先生がおられる。
それは先日の商人舎のツアーでご一緒した林廣美先生である。

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円の暴落を予想される方は、林先生と話してみてください。
面白いです。
頭の体操にはなります。
確信をもったとしても、
多くの日本人は行動はしないでしょうが。

その商人舎ツアーで、ロサンゼルスにある
林廣美先生の指導先の日系スーパー、
「ニジヤ」をご案内戴いた。
ロサンゼルス郊外の山の中の広大な土地で、
自社で有機農業をしている会社である。

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社長の辻野氏自ら、本気で有機農業に取り組んでいる。

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林先生の指導のもと、
ニジヤは日本食惣菜で人気を得ている。

ところでニジヤの駐車場にフード・トラックがあった。

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まだ、稼働して2日目だそうだ。
辻野氏いわく、
「1日30~50食で赤字にはならない」らしい。

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実はサンフランシスコでは、
このフード・トラックが度々問題になっていた。

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移動式スーパーならぬ、移動式レストランである。
不動産の家賃を支払うこともなく、
昼飯時にトラックを路上に停め、
近隣のレストランのビジネスを
根こそぎ奪ってしまうというニュースである。

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場所と広さにもよるが、
サンフランシスコの家賃は高い。
新聞記事では、毎月9000ドルの家賃を支払っている
レストランのオーナーがサンフランシスコ市に
フード・トラックに対する苦情を述べ、規制を求めている。

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たくさんの労働者が働く農場や工場前、工事現場では、
飲み物や簡単なブリトー(メキシカン)、サンドイッチなどを
売っているフード・トラックは昔からたくさんあった。
しかし、今回は本格的なミール(食事)である。

サンフランシスコで一番人気なのはJapaCurry。

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実際に行ってみた。
本当にすごい人気であった。

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メニューはカツカレーなど、
普通のカレーレストランと変わらず、弁当もあった。
価格はだいたい7ドル~8ドルである。

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20111202_japacurry-logo.jpg
日本のカレーとは何ですか?
日本のカレーは日本で最も人気のある料理の一つです。
野菜と肉の多種多様な日本のカレーを作るために使用されます。
カツカレーは、カレーソースとパン粉をまぶして揚げた豚カツです。
ジャパカレーHPより抜粋)

大阪の御堂筋でもたくさんの弁当屋が、
路上で商売をしている。
30年前には見られなかった光景である。
これから移動式スーパーや、移動式レストランが流行る。
これこそ新たなるニッチだ。

20111202_japacurry-truck.jpg
時間に余裕が出来ると、
この街に住んでいるありがたさを感じる。

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紅葉した木の葉や、

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落ち葉が風に吹かれ、さまよう姿、

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また小動物の可愛さ。

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やはり、かけがえのない地球を
人間の慾によって、これ以上汚すわけにはいかない。

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ビジネス社会と地球環境を調和させようとする、
ホールフーズのCEOジョン・マッケイ氏のことをふと思った。
今、久しぶりに時間を堪能している。

浅野秀二
12月2日

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商人舎のツアーを終えて

2011年11月10日(木曜日)
カテゴリー:

視察&インタビュー日記

 10時03分33秒

商人舎ツアーの帰国の日、
ロス空港へ移動中のバスで思わず歌ってしまった。
自然と口から出たのだ。
歌は、「楽しくて、楽しくて、とてもやーりきれない。
この楽しさをみんなーに、告げたァーい。
胸にしみる空の輝き、今日もみんなーで、笑顔で旅をーする、
うれしくて、うれしくて、とてもやりきれなーい。」

結城先生から指摘があった。
「それは、悲しくて、悲しくて、とてもやりきれない。でしょう。」

我々が青春時代に歌った、サトウ・ハチローの詩だ。
確かにあの若い時は、悲しくて、悲しくてが、
その時の気持ちに合っていたように思う。
青春は孤独でさみしいものだ。

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でも今回のバス中での気持ちは、間違いなく、
楽しくて、楽しくて、だったのである。
もちろん、ツアーが大成功した充実感もあった。

今回は商人舎の10回目の記念ツアーであり、
結城先生は気合いが入っていた。

20111109_wegmans-wine-tasting.jpg

それに実践の師である大久保恒夫先生、
林廣美先生のセミナーもあった。

20111109_asano-ookubo.jpg

今回は10回の中で最高の研修ツアーであった。
もちろん、亀谷さんのリーダーシップ、
トッパントラベルの鈴木さんの献身的な努力もあったが、
それは毎回のことであり、今回が特別であったわけではない。

自分にとって他に何かが違っていた。
実は歌を歌ったのは、ほろ酔い状態だったからかもしれない。
この仕事をして初めて、毎晩、皆様とワインを飲んだのだ。

実は大学の拳法部の新入生歓迎コンパで私は死ぬ思いをした。
それ以来、酒は絶対に飲まないことにし、
この年まで何の疑念もなく生きてきた。

それが最近、ワインにハマッタのである。
きっかけは、糖尿病の完全なるコントロールである。
いままで色々なことを試してみた。

「一日3万歩歩けば、糖尿病はコントロールできる」
というエコスの平社長の言葉を信じて、これを試みた。
しかしこれは時間的に非常に厳しかった。
2万歩までが通常の生活では限界のようである。

今回は食生活の中から炭水化物と糖分を完全に排除する方法だ。
この方法は、東京のセミナー講師として同席した
元ハローデイ熊本の社長、神戸みずちさんに教えていただいた。

食生活を完全に変えて3週間後の数値は完璧。
驚くべき効果があった。
薬もやめた。
しかし、この食生活は自制心を必要として、なかなか辛い。
やはり、何かご褒美が必要なのである。

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ワインは比較的、糖尿病には悪くないという話を聞いた。
そこでワインを飲み始めた。
なんと数値は上がらなかった。
正常値のままであった。
それに気をよくして、以来、夕食時にワインをいただくことにした。
(※後日追記:やはりワインは1日1杯までの方がよい。)

ワインを嗜むようになり、人間関係が変わってきた。
今回はメンバーの皆様と特に親しくなったような気がする。
それが楽しくて、楽しくて、の歌に繋がったようだ。

経営にはコミュニケーションが重要とされる。
コミュニケーションとは、
人間関係重視の経営のことを意味している。
京セラ経営学ではコンパの重要性を説いている。

今回の重要視察先は、
ダラスのHEB・セントラルマーケット、
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ホールフーズ、
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ウェグマンズ、
20111109_wegmansnyc-facade.jpg

マーケットストリート、スチューレオナルド、トレーダージョーなど。
これらのアメリカの優秀小売業は
この人間関係を最重要視している会社である。
アメリカの経営は必ずしもドライでない。
金だけの世界でもない。
日本が昔、得意としていた人間関係重視の考え方だ。

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価格や商品政策はもちろん重要だが、
それより重要なのはコミュニケーションを通じて
形成される人間的な強い繋がりだ。
それは感情的ともいえる。

トレーダージョーのマネジャーは、
感情的インパクトを最重要視すると言っていた。

ウェグマンズやホールフーズのマネジャーも、
顧客―アソシエイト―マネジャー―経営者の
良好な関係こそ成功の要因だと、強調していた。

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8か所で行ったインタビューは、
すべてそのあたりの話題が中心に進んだ。
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それには、人材教育がもっとも大切である。
スチューレオナルドも年間一人当たり$1000以上、
人材教育に投資をしている。

「働きたい企業ランキング」で
常に上位に入っているウェグマンズは
社会に対して5つの宣言を行っている。

20111109_wegmanswdc-facade.jpg

①従業員の親身になり、その声に耳を傾ける。
②常に高い水準を追求する。
③他社との違いを明確にする。
④従業員を尊重する。
⑤従業員の仕事を向上させ、お客さまと当社の利益をとなる決断をすべく、
従業員の権限を移譲する。

CEOのダニー・ウェグマンは、自分ですべて経営判断するのではなく、
従業員の裁量に任すと言ったのである。
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ノードストローム百貨店は、
そのミッション・ステイトメントの中で、
Nordstrom Rules #1:
Use Best Judgment in all situations.
There will be no additional.

と明記している。
「現場の判断のすべてを任せる。
それ以外のルールはない」という意味。

また、返品ポリシーでは、
「ポリシーがないのがポリシー」として、すべて現場任せだ。

従業員を信頼するという経営は従業員の心に幸福をもたらす。
消費者満足のためには、従業員満足が必要だ。

2009年のフォーチュン経済誌によれば、
従業員が会社に希望することのトップ3は
(1)良い仕事をした事に対する評価
(2)決定への参加
(3)個人的な問題に対するサポート

である。

給与や昇進より、
「人として認められたい、人間として扱って欲しい」
という渇望を感じる。

楽しかった理由は、実はもう一つあった。
応援しているテニスの錦織圭君がスイスの大会で決勝まで進んだからだ。

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残念ながら決勝でフェデラーには負けたが、
体力の劣る日本人にとって、これはものすごいことである。

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14歳でアメリカに来た圭君には、人知れない苦労があったはずだ。
若い時の苦労はすべて人生の預金。
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教育さえすれば、日本の若者もちゃんと世界で勝負できることを証明している。
我々先輩が若者に残せるのは、人生の預金、苦労という人材教育だけだ。

【追加情報】
毎日サンフランシスコから、
ナパのワインナリー見学ツアーがたくさん出ています。
今後、着実にワインの需要増加につながるような気がします。
ワインへの期待は、いつも裏切られてきたが、
今度こそ、ワインのブームがくるか?
私は飲み始めた。
それは保証する。
今後のツアーには産地を見るワイナリー見学は必須です。
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浅野秀二
11月10日

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日本とカリフォルニアの暑い夏

2011年9月14日(水曜日)
カテゴリー:

アメリカからのメッセージ

 12時38分56秒

残暑お見舞い申し上げます。
日本はまだ暑い日が続いているようですね。

私にとっては日本の暑い夏は終わり、
カリフォルニアで再びインディアン・サマー(残暑)と、
仕事が一番忙しい時期を迎えた。

今年の日本の夏は阿波踊りから始まった。

20110913_asano-sasaki.jpg

数日前まで、普通のおねえちゃんやおばちゃんだった人達が、
袈裟をかぶり、下駄を履き、浴衣を着て、見せる踊りの
色気、オーラに圧倒された。

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400年前、民百姓の暮らしが
あまりにも貧しく、悲しく、喜びがないことを、
阿波の国の領主さま、蜂須賀様は嘆き悲しみ、
阿波踊りを奨励した。
そしてその後の夜這いを許したことにより、
領民は喜び、やる気になり、国が豊かになったそうだ。

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日本では計数管理が主体の経営が流行っているようですが、
小売業には心理学的側面が大きいはず。
楽しければ、必ず生産性はあがる。
阿波踊りはその原点を象徴していると思った。

その後、故郷で親父の初盆、
広島でアメリカ大学時代の同窓会。

自伝ブログの7話に登場する梅尾さんは、
日本帰国後、英語塾経営で財をなし、
宮島が見える高級マンションのペント・ハウス別荘と
大型ボートを所有するまでになった。

20110913_miyajima.jpg

今回の同窓会は彼のマンションで寝泊まりさせてもらった。
これを見たら、梅尾先輩のアメリカの学生時代の貧乏暮らしは、
誰も想像できないだろう。

年収5千万円の外資系の社長になった人、
大学の英語講師、故郷でホテルマンになった人、
音響メーカーのパイオニア㈱の米国事業を立ち上げたパイオニア(先駆者)、
いろいろな人材がいて本当に楽しかった。

広島では福山に立ち寄り、
山本知典氏の案内で福山のエブリイの新店を見学。

20110913_every-facade.jpg

松江にあるエブリイの業務用スーパーと違い、高質スーパーで、
開店して半年で年商30億円ベースの売上げで進んでいる。

20110913_every-peach.jpg
日本のスーパーの戦いは安さだけが主戦場ではないことが、
非常に勉強になった。

20110913_every-fish.jpg

レストランの開店式で忙しかった岡崎雅廣社長にも
挨拶をする機会があった。
ここでお礼を申し上げます。

その後、東京でセミナーをさせていただいた。

20110913_asano-kouen.jpg

店舗を見ながらの研修と違い、
ウォルマートやホール・フーズ、
トレーダー・ジョーを見たことが無い人に
アメリカ小売業の語りかける難しさも感じた。

8月24日、アメリカに帰国したその日から、
時差ぼけを感じる暇もなく、
すぐに日生協の下見の仕事を開始。

その後、伊丹の豆腐屋さん、但馬屋食品の
中島耕作社長以下8名参加の4日間の研修があった。
社長みずからの陣頭指揮で
アメリカの小売業の視察のみならず、
社長と社員とのコミュニケーションを良くし、
ベクトルを合わせ、結束を固め、
ヤル気のある集団をつくるのが目的です。
社長は、いずれ社員全員を
アメリカに連れて来ると言っておられた。

さて、週末が空いた。
木曜日に友人に電話して、ヨセミテで登山をしないかと誘った。

20110913_lake.jpg

登山の経験は3年前の富士山以外は皆無。
理由は最近体力が落ちているという意識があるからだ。
富士山に登った時ほどの体力がまだあるのかを試したかった。

登山のベテランの水戸さんが言った。
「では明日、二人で行きますか?
Mt.Dana、標高3979メートルの山に案内します。」
「富士山より高い山か、それなら挑戦し甲斐がある。
行きましょう。」さっそく、道具を買いに行った。

20110913_camping.jpg

テントでキャンプもするという。

20110913_climbing-tools.jpg
「二人だけは面白くないな、女の子を誘いましょうよ?」
突然の話で、誰ものってこなかった。
当てが外れた。今さらやめましょうとは言えない。

金曜日の朝8時に家を出た。
明日、土曜日は50%の確率で雨。
「雨模様ではやばいので、
3307 メートルのMt.Hoffmannに切り替えましょう。」
文句はない。
そもそも登山は名目で、女子と行くのが目的のような
出来心からスタートしている。

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ヨセミテまで4時間半、公園内のキャンプ地は満員だった。
ヨセミテのTioga峠(3000メートル)を越えて、
ヨセミテの外にキャンプ地を設定した。
まだ時間がある。

取りあえず、足ならしに2900メートル級の山に今日は登る。
黙ってついて行くしかない。
弱音は吐けない。
富士山に登ったプライドで頑張った。

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何とか登頂した。足が疲れた。
明日は朝から雨が降ればいいと思った。

20110913_marmot.jpg

テントを張り、キャンプ・ファイヤ用の材木もたくさん集めた。
オカマでもあるまいに、野郎二人のキャンプである。

20110913_camping-asano.jpg

食事の前に水戸さんは夕食のおかずを釣りに行き、
ニジマスを3匹、釣ってきた。

20110913_mito-rainbow-trout.jpg

これで夕食のおかずに不足はない。
銀紙で包み、焼いて食ったが、美味しかった。

20110913_rainbow-trout.jpg

キャンプ・ファイヤの火は煌々と燃えている。
話は尽きないが、何かが不足している。赤い声がないのだ。
早々と9時半に寝ることになった。
外は曇っていた。雨も降りそうだ。
しめしめ、明日は雨だ。
今日の2900メートル登頂で十分に目的は達成だ。
明日は体を休めたい。インディアンの雨乞の歌と踊りでもしようか?

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真夜中、トイレに起きると、
空は満天の星、月は満月、明日は晴れそうだ。
これは大変、熟睡をしないと体力はない。

朝7時起床し、コーヒーにベーグル、バナナ。
テントをかたづけ、2300メートル地点まで車で行った。
「あの見えている山の手前を回って、
その向こうが、Mt.Hoffmannです。
私の足で登って、2時間のコースです。」
「あの見える山より高いですか? 」
「はいそうです。」

20110913_mt-hoffman2.jpg
ショックだが、水戸さんに弱音は見せられない。
私には3時間はかかりそうだ。
最初は話をしながら歩くが、10分もすると、
彼と数十メートルの差が開き、会話は途切れる。

20110913_lake-yosemite.jpg

それにしても壮大な景色だ。
ヨセミテ国立公園ほど美しい公園は知らない。
2000メートル級から3000メートルを越える山々がたくさんある。
それに世界第2位の落差を誇るヨセミテ滝をはじめ、
たくさんの滝や湖がある。
登山道(トレイル)だけで2000キロもあると聞いた。

20110913_mt-hoffman.jpg

景色を見ながら、一歩一歩登って行く、残雪がある。

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高山植物の花が美しい。

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高原に住むリスは見たが、
標高が高いためか、シカや熊は見ない。ラクーンも見ない。
背中が山猫のような動物を見た。
大型のリスのような風貌のマーモットがたくさんいた。

20110913_marmot2.jpg

太った体型の猫より大きな感じで、
ペットとしては大きすぎる。でもかわいい。

遠くの山には雲がかかっている。
雨が降っているようだ。雲が近づいてくる。
山頂近くまで登って来た。
あと50メートル、ここからは道はなく、
岩を這い上がるしかない。

20110913_mountain.jpg

ステッキを置いて、岩を這い上がろうとするが、足がもつれる。
膝が笑うような状態だった。

雷が遠くで鳴っている。
先ほどから小雨がぱらついてきた。
「岩が濡れてくる可能性がある。
この岩登りは危険ですね。どうしますか?」
「危険なら、やめておきます。」と答えたかったものの、
山頂を目の前にして3307メートルを諦めるようでは、
キリマンジャロは夢のまた夢。
ここで止めるわけにはいかない。
止めてはあまりに情けない。
よしやるぞ。

恐る恐る、這いつくばってのぼり始めた。
足を滑らせれば、間違いなく、死の可能性がある。
彼の助言を聞きながら、なんとか登頂できた。

20110913_mt-hoffman-top.jpg

ヨセミテ360度の視界が見えた。
壮大なパノラマである。

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いつもヨセミテ・バレーから見上げていた、
ハーフ・ムーン・ドームが眼下に見えた。
やはり登って良かった。静かな感動があった。

20110913_asano-mountain.jpg

雨が強くなってくる。
早く下山しないといけない。
尻を岩につけながら、滑るように降りる。
出来るだけ立って歩かない。

道がある所まで降りた。
さあ、急ごう。雷が怖い。

帰り道、数組のグループに会った。

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「君たち、バカな行為はやめた方がいいよ、雨が降るよ。」
と言いたかったが、若者にしたら、
この登山など、お茶の子さいさいかもしれない。
自分の器量で人に助言など、とんでもない話だ。
これを老婆心と言うのか?

何とか下山した。
登り始めたのは8時半、下山したのが午後2時10分。
合計5時間40分もかかった。

下山の途中はもう2度と山登りはしないぞと思ったが、
翌日になると、また山に登りたくなってくる。
自然の中に身をおいた心地よさは、都会では得られない。

水戸さん、またお願いします。
次回はできれば、赤い声をする人にも声を掛けてください。

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体力がないと言うより、足腰が弱っている。
これから鍛え直さないといけない。
平地を歩いている程度では難しそうだ。
その気力があるか?
それこそ問題である。

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浅野秀二
9月13日

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