第30話 ふたたび、裏口入学2012年3月7日(水曜日)

デルタ大学を卒業したジョージ君は、カリフォルニアの州立大学の中でもっとも古い、サンノゼ州立大学(1857年創立)に願書を出した。
英語でいうところの「Transfer トランスファー」、転校である。
この大学の卒業生は、スタンフォード大学の卒業生と並んで、シリコンバレーで活躍をしている人がたくさんいる。

トラスファーするための成績には問題なかった。
しかし、取得単位が一つ足りなかった。
完璧に準備したと思っていたが、必須課目に見落としがあったようようだ。
仕方がない。

そこでジョージ君は急遽、日本からきた留学生と同じように、TOEFLという、留学生のための英語テストを受けることにした。
結果は哀れ、得点は499点。
500点以上ないと、州立大学の入学資格すらない。

英語力がないから、ジュニア・カレッジであるデルタ大学からの転校を目指したのに、それでもダメだった。

それにしても、2年もジュニア・カレッジに通い、卒業した人間が、TOEFL499点とは…。
異常な低さである。
やはり人は不得意なことに挑戦してはいけない。

しかしここまできて、後には引けない。
さて、ジョージ君、どうする?

正直、“どうしても大学で勉強したい”という意欲も、目的意識も、相変わらずなかった。
あるのは男のメンツと意地だけだった。
幼少期のガキ大将の意識をいまだに引きずっていた。

負けて故郷に帰るわけにはいかない。
今さら故郷でそんなことを気にしている人はいないと、わかっていたし、友人からも聞いていた。
寂しい話だが、故郷でジョージ君の存在を気にかける人はあまりいなかった。
友人たちは仕事、結婚、子育て、家の購入、さらには会社の出世競争などで忙しかった。
それほど、まわりの人たちの時間は早く動いていた。

いまだにフーテンを続けるジョージ君たち30歳前後の学生は、この状況をを自嘲して、“学校ゴッコ”と呼んだ。
学生を続けてでもアメリカに残りたいという、潜在意識が大きかった。

アメリカの魅力は何だったのだろうか。
一般論では自由とか、カリフォルニアの気候が良いとか、色々あるが、ジョージ君にとっては、何が起こるかわからない、未知の世界への好奇心だったのかもしれない。
日本に帰ったら、外国人と会話する機会すら、ないかもしれない。

当時日本では、30歳を過ぎた女性は適齢期を過ぎたと見られ、結婚のチャンス少なかった。
しかしアメリカでは、日本女性はいくらでも結婚できた。
男性はその逆ではあったが、人生破れかぶれ、まさにギャンブルの面白さがあった。
その分リスクは大きく、絶望的になることも多々あったが。

さて、ジョージ君はサンノゼ州立大学に入学を拒否された。
が、ここは何が起こるかわからない、未知の国、アメリカだ。
再度挑戦だ、賭けてみよう。
このままでは引き下がれない。

ジョージ君は学長に直接会いに行くことにした。
もちろんアポなしである。

大学の事務所で受付の女性に言った。
「May I speak to the President? 学長に会いたい」
「Why? どうして」
「それは言えない。でも私の人生に関わる重大な問題だ。学長に会って直接話がしたい」

結局秘書はジョージ君の粘りに根負けし、学長を呼んでくれた。
学長は背が高く、端正な顔つき、50歳過ぎのロマンスグレーだった。

学長はジョージ君に声を掛けた。
「Come in. 入りなさい。By the way, what do you want? ところで、何の用だ」
「私はこの大学に入るため、ジュニア・カレッジで2年間も勉強した。ところが点数が1点足りず、入学を拒否された。あなたの権限で、なんとか入学を許可して欲しい」
「そりゃ君、点数が足りなきゃ、当然だめだよ」

それでもジョージ君はしつこく食い下がった。
「日本では終身雇用だから会社を辞めると2度と復帰することができない。サムライ時代と同じで、1度脱藩すると2度と日本社会では再起できない。そのリスクを承知で太平洋を越えてやってきた。日本にはもう帰れない。あなたの一言で、前途有望な若者の未来が開けるんです」
ジョージ君は瞬きもせず、熱く真剣な眼差しで学長を正視した。

学長は困惑していた。
“こいつ、断ったら何をするかわからない、今にでも飛びかかってきそうだ”
ジョージ君はそんな形相をしていたようだ。

「このシリコンバレーにあるサンノゼ州立大学は、初めから生徒の成績をコンピュータで管理する大学だ。つまり、私が勝手にコンピューターで君の成績をいじって、君の入学を許可する術はない。
でもヘイワード州立大学(現・カリフォルニア州立大学イーストベイ校)はまだ、成績管理にコンピュータを導入していない。だから今からヘイワード州立大学の学長に電話をしてあげよう」

受話器を取り、彼は電話を掛けた。
「今ここに日本からの留学生で、おもしろいヤツがきている。TOEFLの点数が1点足りないし、ジュニア・カレッジでの必須科目も1単位足りないが、成績は合格点だ。情熱にあふれる、おもしろいヤツだから、いつか日米関係に貢献する人材になるかもしれない。私が推薦状を書く。君の判断で受け入れることができる可能性があるなら、一度、面接してやってくれないか」

電話口から聞こえてきた向こうの学長の返事は「OK」だった。
ジョージ君は学長に何度も両手で握手を求め、「Thank you」と繰り返した。
その足でヘイワード州立大学の学長に会いに、飛んで行った。

ヘイワード州立大学の学長はジョージ君に会うやいなや、「お前は何がしたいんだ?」と尋ねた。
ジョージ君は正直に答えた。
「まだわからない。でも私は祖国である日本を愛するのと全く同じような強い思いで、アメリカを愛し始めている。きっと、この2つの祖国に貢献できることを見つけることができると思う」

「That’s enough. You are accepted to the school. Good luck.その言葉で十分だ。君をこの学校に入れてやろう。幸運を祈る」

ジョージ君はついに、念願だった、カリフォルニア州立大学の学生になることができた。
ここできちんと単位を取って、改めてサンノゼ州立大学に行こうと誓った。
またしても裏からの入学となったが、必ず表から卒業してやると心に固く誓った。

しかし、ジョージ君は、同じような問題を何度も繰り返す情けない自分が、日本人として恥ずかしかった。
いまだにやるべきことが見つからない自分への焦りと、脱力感が襲ってきた。

でも、とりあえず、夢は繋がった。
心の奥にしまい込んだ、戦前の誇り高き日本の再生を目指したい。
この心がかろうじて、ジョージ君を支えていた。

george_ep30-web.jpg

つづく

ジョージ君アメリカに行く
  1. 帰国して2週間で、全編読み終わりました。五木寛之の青春の門を読むような深く重い感覚が終始ありました。今後、またまた波乱万丈な人生を歩むのを、続編を期待しています。
    司馬遼太郎の本に、伊勢の結城神社の話が出てきますが、ジョージ君の物語と似てますね?
    先日8日に福岡で資格研修があったので、帰りにハロディーの新形態店舗を見てきました。デパ地下を思わせるつくりで高級感のある店舗でした。

    Comment by leo-kaihatu
  2. コメントありがとうございます。
    青春の門は映画でみたような気がします。
    テレビだったかな?
    いつか、時間ができたら本も読んでみます。
    伊勢の結城神社の話はまったく知らないので興味ありますね。
    福岡はおもしろそうですね。
    ついでに鹿児島も行ってみます。

    Comment by ジョージ君