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〈第8話〉  抗癌剤投与に対するトラウマ| Web小説 五十嵐ゆう子「Thank You  ~命をありがとう~」

Web小説 五十嵐ゆう子「Thank You  ~命をありがとう~」

〈第8話〉  抗癌剤投与に対するトラウマ

2010年03月10日(水曜日)
カテゴリー:
  • 第3章 - Open the Door of Health Opportunity
  
11:28 AM

第3章 ―――― Open the Door of Health Opportunity (健康を得るために開く扉)


抗癌剤投与に対するトラウマ

時は一刻の猶予もないように思えた。それでも、「本当にこのまますぐに抗癌剤治療に取り掛かって良いのか?何か他に出来る事は無いのか? 」 これらの疑問は私の頭から離れなかった。微熱や吐き気などの体の不調を抱えながら、ぐずぐずしている私を見かねた回りの人々は心配し、医者の言う事を聞いて早く治療を開始してはどうかと勧めた。

 しかし、私には抗癌剤治療に対して大きな恐怖を抱く理由があった。
小学校6年生の頃、私がいつも“片山のおばちゃん”と呼んでいた、祖母の大親友が肺癌で亡くなった。片山のおばちゃんは昔の女性にしては珍しいほど背が高く、目鼻立ちのはっきりとした顔で、まるで宝塚歌劇団の男役の様だった。そして、いつも豪快に大きな声で笑う人であった。祖母曰く、他の友人たちが一目置くほど頭が切れ、プライドの高い人だったそうだ。
孫がいなかった彼女は、私の事をまるで自分の孫のように可愛いがってくれた。私はそんなおばちゃんが大好きだった。片山のおばちゃんが病気だと聞かされた時は、とても心配になり、見舞いに行きたいと祖母にせがんだ。そして祖母に連れられて、大学病院に入院している彼女に会いに行った。

 その頃、誰かの見舞いに行くなどという経験はめったに無く、よそいきの服に着替えさせられた私は、祖母が買い求めた見舞い用の花束を抱えて、お出かけ気分の軽い気持で病院へと赴いた。

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 個室病棟の扉を開けた時、ベッドに横たわっている片山のおばちゃんを見て、私の全身は冷や水を浴びせられたように凍てついた。身体にたくさんの管を繋いで、弱々しく青白い顔でベッドに横たわり眠っていた。彼女の目は窪み、頬はこけ、首筋の血管が太く浮き上るほどに痩せてしまい、頭の毛は全て抜けてしまっていた。あんなに大好きだった片山のおばちゃんが、骨と皮だけを全身にまとった骸骨の幽霊のように見えて、私はとても怖くなった。室内は、高い熱が出たときに嗅いだ事のある、むせるような重い空気の匂いがした。

 隣に付き添っていたご主人である、片山のおっちゃんが、疲れた様子で話しかけてきた。
「せっかく面会に来てきてれくはったんやけど、おばちゃんな、抗癌剤という物凄い強いお薬打っててな、ちょっと具合悪うて殆ど寝たり起きたりなんや。ゆうちゃんもごめんなぁ、遠い所から会いに着てくれたのになぁ。おばちゃんが目え覚ますまで、暫くプリンでも食べて待つか?」と優しく訪ねて、私の為にプリンの蓋を開けようとした。けれども、片山のおばちゃんの変わり果てた姿にすっかり怯えてしまった私は、祖母に「外で待つから」と伝えて病室を出た。そして、病院の出口へ向かって逃げるように早足で歩いた。けれども建物の中はまるで迷路の様で、私はなかなか外へ出られず、同じところを何度もぐるぐると回っているような感じがした。
“怖いよ、ものすごう怖いよ。早うここから出たい。神様、仏様助けて!”と、心の中で助けを求めた。片山のおばちゃんには悪い事をしたなと思ったが、またあの部屋に戻り、彼女の姿を見続ける勇気は無かった。そして、それが片山のおばちゃんに会った最後だった。
「片山さんはなあ、あの抗癌剤というお薬でご飯が食べられへん様になってしもうたんやて。あんなに痩せてしもうて、毛えも全部のうなって、声も出えへんようになって、身体にぎょうさん管通して、生き地獄やなあ。」帰りのバスの中で、そう話る祖母は涙ぐんでいた。
私は彼女の言葉を聞きながら、数10分前に見た片山のおばちゃんの姿を思い出した。そして、再び蘇った恐怖感で小刻みに震えだした両手の指を、祖母に見られないように膝の間に強く押し付けた。

 それから数ヶ月も経たない間におばちゃんはこの世を去った。
片山のおばちゃんの葬式に行き、焼場から戻った祖母の言葉を今も忘れない。
「かわいそうになぁ、強い薬の治療でお骨が粉々になってしもうて、形も残らんかったんやで。あんなになるまで薬を続けなあかんかったんやろうか? 苦しんで、苦しんで、結局は助からへんで。辛かったやろうな、あんたのお母ちゃんと同じやなぁ。」

 暫くの間、私は何度か同じような悪夢にうなされた。病院でみたような白い壁と、どこまでも廊下が続く建物の中、逃げる私を捕まえるかのように、赤黒い液体が詰まった蛸の触手のような管が何本も伸びてきて追いかけられる夢だった。思うように走ることの出来ない重い足を必死で動かしながら、あの管に捕まったら最後、全身の血が吸い取られて、私は骸骨になり死んでしまうのだと思った。

 この経験以後、私の記憶には抗癌剤=毒薬のイメージが、まるで焼き印のように深く刻まれたのだ。

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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五十嵐ゆう子プロフィール

食品小売業・ ウェルネス(健康食品)・ビューティ の通訳、コーディネーター、 翻訳・コピーライター。

CMP JAPAN社の美容専門誌"ダイエット&ビューティ”に米国の美容情報記事を2005年より毎月連載中。
2008年、2009年と2年連続で東京ビッグサイトで開催の "ダイエット&ビューティ”展示会にて講演。

カリフォルニア州&ネバダ州公認エステティシャン・ライセンスを所持。
美容展示会などで講演やデモンストレーションを行う。

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