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Web小説 五十嵐ゆう子「Thank You  ~命をありがとう~」

Web小説 五十嵐ゆう子「Thank You  ~命をありがとう~」

〈第34話〉 再び沼津駅へ

2010年09月09日(木曜日)
カテゴリー:
  • 第12章 - Meet Again
  
11:48 AM

第12章 ―――― Meet Again (再会)

再び沼津駅へ

ニューヨークから戻った私は、以前から少しずつメモしていた走り書きや、日記のようなものを集めて整理した。その中には、闘病中に滞在したホリスティックセンターOptimum Health Instituteで出会ったヨハンナさんから、私へと託された彼女の闘病記録もあった。まず私は、その原稿を翻訳してみることから始める事を思い立ち、幾度か読み返した。

文字がぎっしりと綴られた4枚の用紙は薄い黄色に変色し、年月の流れを感じさせ、あの当時をこうして振り返ることの出来る喜びを私に与えてくれた。そして、まだ何処に公表する宛もないままに一章ずつ体験文を重ね、周りの人に読んでもらって感想や意見を聞いては、また書き直すという作業を続けた。

そして再び夏が着て、私は東京ビッグサイトで開催される“ダイエット&ビューティフェア”で講演をするために日本へ行く事になった。

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私が本格的に体験記を綴る作業にとりかかる前に、もう一度会っておきたい人達が居た。それは鈴木美恵さんのご主人である鈴木タツヤさんとお嬢様のハルカちゃんだった。しかし、私が知っている美恵さんの自宅と携帯電話の番号に掛けてみると、この電話番号は現在使用されていないと伝える録音メッセージが流れた。
“まさか、解約してしまったのだろうか?”

以前、鈴木タツヤさんにお会いした時に携帯電話の番号を聞き忘れた事を悔やんだ。どうしたものかと考えていると、主人が、日本のタウンページをコンピューターで検索してみてはどうかと提案してくれた。

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手元にある美恵さんの住所を入力すると、画面には違う番地であったがいくつかの商店名と電話番号が現れた。確か魚関係の商売を営なまれていた事を思い出し、思い切って苗字の一字が含まれている店へ電話を掛けてみた。

「ハイ、○○○○商店です。」
「あのう誠に恐れ入りますが、この番号はスズキさんのお宅ではないでしょうか?」

「はあ、そうです。鈴木ですが…どちら様ですか?」
「急に失礼致します。私は米国に在住する五十嵐と申しまして、鈴木美恵さんがご健在でおられた頃、2年間Eメールを交わし続けておりました。私も癌で、美恵さんとはある先生の診療所でお逢いして以来ずっと一緒に励まし合って来ました。私にも息子が一人おりまして、美恵さんのお嬢様と同じ年頃だったと思います。今回お電話差し上げましたのは、このたび又日本へ参りますので、ぜひもう一度美恵さんの墓前にお参りしたいと思いまして。」

「ああ、貴方のことは聞いていました。以前も一度息子に会われていますね?」
「鈴木タツヤさんのお母様なのですね?はい、そうです。2年前にお墓に連れて行って頂きました。」

「息子は今外出しておりますが、五十嵐さんからお電話がありました事を必ず伝えておきます。日程が決まれば教えてください。迎えに行かせますので。」
「ありがとうございます。でも良かったです。私の持っていた番号では繋がらなくてどうしたものかと思い調べたら、このお店の名前と番号が出てきたので、まさかと思い電話してみました。本当に良かったです。2年以上の美恵さんとのEメールのやり取りを全て保存しています。もしよければ印刷してお持ちしたいのですが…」

「是非お願いします。最後のEメールはいつだったのですか?」
「亡くなられる3ヶ月前の3月の7日でした。最後まで力強い文章に私も励まされて・・・、まさかそんなに悪いとは思ってもみませんでした。」

「あの子は気丈な娘でしたから、最後の最後まで。」
「日本で借りる携帯の番号が解り次第、すぐ連絡致します。」
私は最後にそう言って電話を切った。

その後鈴木タツヤさんと連絡が付き、再び沼津駅にてハルカちゃんも一緒に会う事が出来た。そして、美恵さんのお墓の前で手を合わせて私は囁いた。
「美恵さん、またあなたに逢いに来たよ。」
「ね、なんとか来れたでしょ。」

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明るく張りのある、美恵さんの声を聞いた気がした。やっぱり彼女が導いてくれたんだと思った。私は美恵さんの墓石に向かってウインクをすると、真っ直ぐに立ち上る線香がくるくると円を描いた。それはまるで、美恵さんが微笑んでいるかのようだった。

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウェルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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〈第33話〉 ブルックリンの橋の上で

2010年09月02日(木曜日)
カテゴリー:
  • 第11章 - Thank You
  
11:58 AM

第11章 ―――― Thank You 命をありがとう

ブルックリンの橋の上で

グラウンドゼロを見学した後、未だ一度も訪れたことのなかったブルックリンへ向かうためにSUBWAY(地下鉄)のFラインに乗って、Yorkという駅で下車した。屋外へ出ると、橋の袂に100年以上前に建てられたであろうレンガ造りの倉庫を居抜きにし、アートギャラリー、ブティック、本屋等の店舗が造られていた。

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寂れて治安も良くなかったこの地域を再開発し、ビジネスオフィスやアートディストリクトとして生まれ変わらせたプロジェクトをDUMBO(Down Under Brooklyn Bridge Project )と呼び、土地代が高額なマンハッタン島から若いアーティスト達が移り住んでいるらしい。

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一度聞いたら忘れられないユニークな名称に興味を抱いたことと、美味しい手作りのチョコレート屋があるという噂につられて来た私は、すっかりこの個性的な地区の虜となった。道行く人に尋ねながら例の手作りチョコレート屋を見つけて、お土産を買った。そして、チョコレート屋の向かい側に偶然見付けたフランス人が営むケーキ屋で、フルーツが山盛りに乗せられたケーキとカフェラテを注文し、ショーケースの前に置かれたテーブルセットに腰掛けて休憩した。一切れのサイズが日本の倍はあるケーキだったが、とても美味しく、あと昼食を食べていなかった事もあり、ペロッと平らげてしまった。店の名刺を貰うのを忘れなんという店か覚えていないのだが、またいつかブルックリンへ行ったらこの店を探してみたいと思っている。(この5月に再度訪問した際に、そこはアマンディーユという名であることが判明した。写真を載せたので、もしブルックリンへ行く機会があれば寄って見て欲しい。)

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帰りは、マンハッタン方向へ向かうSUBWAYに乗るはずだったが迷ってしまった。結局、ブルックリン橋を歩いて渡る事にした。10月だというのに気温は30度近くあり、夕方近くになっても蒸し暑さは一向に改善されなかった。この時期のニューヨークは涼しいからと聞かされ、1枚も半そでを持ってこなかった事を後悔した。私は長袖シャツの腕を捲くり、汗で足に張り付いたロングパンツを指で摘み上げ中に風を通した。タンクトップとショートパンツで颯爽と自転車に跨る赤毛でショートヘアーの若い女の子を横目に、流れる汗を拭いながら部屋に忘れてきた地図を思い出し、「あれさえ持参していれば、ブルックリンから地下鉄に乗れたなあ。」と自分の物忘れを反省して呟いた。

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橋のちょうど真ん中あたりまで差し掛かったところで、ペットボトルにわずかばかり残っていた生暖かい水を取り出し、欄干にもたれて飲み干した。実は、この橋を渡る前、道に迷い始めた頃から、グラウンドゼロで自らに問いかけた事について考え続けていた。というよりも、セドナから戻って来てからずっと心の奥底に存在してきた大きな宿題であるような気がしていた。

“病の床から立ち上がった私は、統合的なヘルス&ウエルネスの提供機関の実現に携わるという夢を抱いた。しかし、私はその夢に何処まで近づく事が出来ているのか? 自分の体験を人々とシェアーすることや、私が闘病を通して本当に伝えなければいけない事を、まだ形にさえ出来ていないのだ。”

私はあせりと苛立ちで泣きたい気持ちになった。うだるような暑さと足の疲れも、沈む気持ちを更に重くしていた。足元を見つめながら一歩、一歩、歩き、一体どのあたりまで来ているのかわからなくなってぼんやりと前を見つめた。その時、このブルックリン側から真正面に見えたマンハッタンが夕焼けに染まり、とても美しいことに気付いて立ち止まった。目の前に広がる景色は大自然とはまた違い、もっと身近で躍動的な感じがして、人が生活する息遣いや匂いがあった。それは、あの同時多発テロの大惨事から立ち上がり再び蘇った力に満ちた美しさであり、混沌とした経済状況さえもきっと打破出来ると確信させる光景だった。

15年前に初めてマンハッタンを見て感動した以上の思いが溢れてきて、私は目の前に広がる街に完全にノックアウトされていた。ずっと自分のイメージの中にあったマンハッタンの摩天楼とは異なっていた。ここから見える街は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようにごちゃごちゃと賑やかで、圧倒されるような力で満ち溢れている。私が道に迷わなければこんな光景を見るチャンスは無かったのだ。方向音痴もまんざら悪くはないなと思った。

「ああ、私達の生きるこの世界はなんて素敵なのだろう。そして、そのことをいつも私に気付かせてくれるのは一体誰の仕業なのだろう?」と、考えた。

私はその時、前の晩にブロードウェイで観劇した“カラーパープル”というミュージカルの演目を思い出した。ベストセラーになりピューリッツア賞〔米国で出版物に与えられる最も権威ある賞〕を受賞したこの物語は、1985年にスピルバーグ監督によって映画化もされている。物語は、主人公の貧しい黒人女性が学校にも通えず、実の父親から暴力と性的虐待を受け、身篭った子供を取り上げられ、母を失い、妹と引き裂かれ、暴君のような夫にも虐待されながらも、生きて、生き抜いて困難と立ち向かい、やがてたった一人で自分の人生を切り開いく様子を、彼女が”Dear God,”と呼びかける心の中に居る神様と、届くあてがなくても書き続けた妹への手紙で綴られていた。そしてその妹へ書き続けた手紙の束が第三者に発見されることにより、大きく人生が開かれていくのだ。私の脳裏に、物語のクライマックスで主人公の女性が謳い上げる感動的な一節が再現された。

“私は貧しく、黒人で、
決して美しいとは言えない。
でも、私はこの場所にしっかりと立ち生きている。
私は素晴らしい、
そう、素晴らしい人間なんだ!”

与えられた運命が何であれ、それにキスして抱き締めて、ゼロの状態をプラスに転化させていく、そんな風に人生を歩んで行きたいと思った。一度は死と背中合わせだった私が再び健康になり、こうして再びニューヨークへ来ることが出来た今、ブルックリン橋の上で煌くマンハッタンを目の前にして、その素晴らしい景色とエネルギーを全身で感じている。私はこれからも、もっと夢を見て実現させていくことが可能なのだ。だって、こうして生きているというだけで、100%の可能性とオポチュニティー(機会)が与えられているのだから。

『サンキュー、命をありがとう!』

心の中でそう叫んだ。今、自分が感じている生きる喜びを、もっと多くの人々に知って欲しいと強く願った。体験の記録や自分の考えていることを文章にまとめ、沢山の人に発信する事。それが今の私に与えられた最初にやるべき仕事なのだと直感した。
“そうだ、私にもきっと出来る事がある!”そう思うと、体の底から喩えようのないエネルギーが沸いてきて、私はマンハッタン目がけて駆け出していた。

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五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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〈第32話〉 グラウンド・ゼロ

2010年08月26日(木曜日)
カテゴリー:
  • 第11章 - Thank You
  
10:39 AM

第11章 ―――― Thank You (命をありがとう)

グラウンド・ゼロ

  少し話は遡るが、2007年の秋にニューヨークへ小旅行に出かけた。景気の先行きが不透明になり、サロンでの仕事が減り始めた私が多少の時間を持て余していた時、日本に住んでいる長年の友人からニューヨークへ数週間滞在するので一緒に来ないかと誘われた。私は現地で数日間だけ同行することに決めた。ミッドタウンのど真ん中で1泊100ドルの日本人が経営している宿を、3人でシェアーして節約し、その代わりに連日ブロードウエイで観劇するという計画だった。

  ロサンゼルスから真夜中に飛んで明け方に到着する通称“RED EYE”という直行の夜行便が、200ドル台と言う信じられないほどの破格値(相場は500ドル位)で購入できた。安かろう悪かろうで、多少眠れないのは仕方ないと予測していたが、前席にいた2人連れが一晩中話し続けていたのが気になって、結局一睡も出来なかった。私は文字通り寝不足の“赤い目”で、予定よりも1時間早く夜明け前のラガーディア空港に降り立った。

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  地下鉄(SUBWAY)に乗り継ぐ為に空港から乗ったバスの窓にもたれかかり、刻々と白み始める景色を見ながら、最初にニューヨークへ行ったのは15年前だったかしらと指を折りながら数えていた。あの頃は、同時多発テロで崩れ去ったツインタワーも存在した。建物の中にこそ入らなかったが、“自由の女神”を見学するために乗ったフェリーの船上から「これが憧れのマンハッタンだ。」と、魅せられるようにその姿を眺めていた事を覚えている。

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  滞在3日目、他の2名(1人はプロのダンサー、もう1人も以前ニューヨークでダンス留学をしていた)がダンスレッスンに参加している間に、宿泊先から南へ下る地下鉄に乗り、交代で入手すると決めたミュージカルの半額券を1人で買い出かけた。朝一番に半額券を売り出す事で有名なシーポートビジッジにあるチケッツで券を入手した後に、今回の旅で絶対に訪れたかった“グラウンド・ゼロ(爆心地)”へと徒歩で向かった。

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  そこには白い大きなテントが張られ、内部では数年後に完成予定の新しい世界貿易センター1WTCの建設が行われていた。向かいのワールドコマースセンターへ入ると、ガラス張りの窓から倒壊跡地のほぼ全体が見渡せた。土台がやっと出来上がったばかりの現場では人やクレーンが忙しく動き回っていて事件当時の面影は殆ど無かった。しかし、以前は 当たり前にあったものが、突然無くなってしまう事は悲しい事だと感じた。

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  当時は世界中がショックを受けたが、アメリカで生活する私達にとっては更に強い衝撃だった。私もあの同時多発テロで職を失い、病気になって死と直面し、人生が180度転換したのだ。当時の私は本当に自分の事しか見えていなかった。何故、こんな辛い思いをしなければいけないのかと、漆黒の空を見上げては自分の置かれていた状況を嘆く夜もあった。しかし、ここで犠牲になった多くの命や残された家族の事を思うと、私に起きた出来事など比べものにはならないくらい小さいのだ。そう考えると胸がいっぱいになった。と同時に、命の灯火が消える最後の一秒まで病と闘った私の知る人々の顔が浮かんだ。

  生きたかったと思う、生きていて欲しかったと思う。もっと、もっと見たい夢や、やりたい事もたくさんあって、愛する人が握りしめる手のぬくもりをいつまでも感じていたいと願っていたのに、どんなに辛く切ない思いでその手を離さなければならなかったのだろうか・・・。

  私は口元の前で両手を合わせて小さな祈りを捧げ、この瞬間に自分が生かされていることに感謝し、そして自らにこう問いかけた。
「私は今、何を成すべきなのだろう?」と。

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五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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五十嵐ゆう子プロフィール

食品小売業・ ウェルネス(健康食品)・ビューティ の通訳、コーディネーター、 翻訳・コピーライター。

CMP JAPAN社の美容専門誌"ダイエット&ビューティ”に米国の美容情報記事を2005年より毎月連載中。
2008年、2009年と2年連続で東京ビッグサイトで開催の "ダイエット&ビューティ”展示会にて講演。

カリフォルニア州&ネバダ州公認エステティシャン・ライセンスを所持。
美容展示会などで講演やデモンストレーションを行う。

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