Snap out of it! さあ、元気に頑張ろうや!

2011年8月3日(水曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこの旅行記  14時38分37秒

およそ3週間にわたる日本での滞在を終え、
ようやく米国へ戻ってきました。

今回、日本では、北は北海道や宮城、新潟から、
南はわが故郷・大阪の黒門市場まで、長い距離を移動しました。
そして、沢山の方々に出会いました。
滞在中にお世話になった皆さま、本当にありがとうございました。

特に今回は宮城県の被災地へ出向き、
多賀城などの津波被害を目の当たりにしたことが深く印象に残っています。
私の中で「微力ながらも、日本の経済復興のお役に立ちたい!」という
熱い思いがわきあがりました。

今年の初夏は梅雨が明けきらないうちから暑い日が続き、
さらに節電対策が重なったため、厳しい暑さでした。
しかし、そんな過酷な夏を吹き飛ばすかのような元気な息吹が、
日本中を吹きぬけていたように感じました。

さて、まず私が向かったのは、北海道。
青函トンネルを抜け、「は~るばる来たぜ函館~♪」の歌で有名な
函館に宿泊しました。

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翌日は有名な朝市で、朝ごはんの代わりにたい焼きを買いました。

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60年間たい焼き一筋の名物おばちゃんが焼いてくれる、
美味しいたい焼きで、日本中にファンがいます。
“たい焼きは出来たてが一番”と、焼き置きは一切してません。
「焼くのに15分かかるよ、待てないなら焼かないよ」と、
最初にきつーく念を押されます。
焼けたら熱々を食べて欲しいという強いポリシーをもっているのです。

そのたい焼きを頬張りながら、朝市を見学しました。
毛がにの大きさにびっくり!

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そのあと、函館駅から小樽へ向かう列車に飛び乗りました。

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小樽は今回初めて訪れました。
なんと言ってもまず運河を見なければ!ということで、
ホテルに荷物を置くやいなや、運河へ向けて歩き出しました。

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運河のほとりは、石原裕次郎さんが襟を立てた白いコートで(夏なのに?)
今にも歩いてきそうで、とてもノスタルジックな風景でした。

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そこで、大阪から来たキュートな双子の姉妹に出会いました。
3歳のカンナちゃんとカエラちゃんです。

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最初はちょっと照れていましたが、だんだん素敵なポーズをとってくれました。

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そして、ドイツから来た職人さんが精魂こめて作っている、
地ビールで喉を潤しました。

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風評なんてなんのその、街には外国からの旅行客も結構いました。

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東京に戻ってからは、日暮里の谷中を散策しました。
すずらん通りやよみせ通りなどでは、
古くからの商店街がとても元気です。

特に今年は、色んなお店の軒先にかけられている
メッセージが目に付きました。

有名なスズキ肉店の“元気いっぱい 元気メンチカツ”

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食堂の“真心を込めて支度中”

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呉服屋の“着物はしょせん服です”などの言葉に惹かれて、
シャッターをきりました。

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また、谷中は街中に野良猫がたくさんいることでも有名なところです。

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元気に笑う招き猫ちゃんの置物の前に、
義援金のお願いの箱が、さりげなく置かれていました。

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通りには打ち水がされ、風鈴の音が聞こえてきました。
連日の30度を超える猛暑も一瞬忘れてしまいました。

店の前や道のいたるところにベンチがおかれ、
下町独特のEat Inがみられました。

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その同じ日の午後、友人に会いに中野の早稲田通りへ出かけ、
ここで昔なつかしい紙芝居を見かけました。

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演目はなんと『黄金バット』!

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子供達はビニールプールに入って、ドジョウすくい。

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節電のおかげで、古き良き時代の日本人の涼み方が
見直されているのですね。

岐阜の飛騨高山では、
120年続く呉服屋さんに立ち寄りました。

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店を守っているのは、80歳のおばあちゃん。
(60歳にしか見えませんでしたが)

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そこでは夏着物の布地で作った涼しげなタンクトップを、
なんと1000円で販売していました。
「お客様が喜ぶ、良いものを売るのが嬉しいんです」と、
笑顔を絶やさずに言われた言葉に感激!

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最後は相変わらずの賑わいを見せてくれたMy Sweet Hometown、
大阪は黒門市場の写真です。 どうでっか?派手でっしゃろ。

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昔からある千成屋スーパーさんも市場の小さなお店と一緒に繁盛していました。

米国へ戻ると、今年前半のGDPが商務省から発表されていました。
市場予測の1.7%増を下回り、1.3%増。
これは個人消費の伸び悩みが影響しています。
そして円に対するドルもドーンと下がったので、
日本でお買い物に使ったカードの支払いに少しヒヤヒヤしています。

しかし、こんなことでへこんでいる暇などありません。
どんどん仕事をして、そして得たお金を消費することが、
経済を回していく原動力となるのです!

弊社の浅野の口癖で、最近私もよくお客様にいう言葉があります。
「欲しいものは迷わず、ドンドン買いなさい。
たとえ、無駄使いだったと後悔しても、
それが明日から働く力になります」

さて私は時差ぼけにもめげず、
うちの近所にあるドラッカーの聖地、
クレアモントの朝市へ1ヵ月ぶりに出かけてきました。

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来週からは、最近注目されている、
米国の北西部方面へ浅野と下見に行きます。
また新しい店やニュースを発見したら、
このブログでご紹介したいと思います。

余談ですが、帰りに飛行機の中で
『阪急電車 片道15分の奇跡』がまだやっていたので、
なぜかもう1回見てしまいました。
心を動かされ、そして元気がもらえる映画や本って何度見ても飽きませんね。
これって、特に買うものがなくても、
思わずお気に入りの店に足が向いてしまう感覚に似てると思いませんか?

私も皆さんに元気を与えられる
コーディネーターになりたいと思います!

<By 五十嵐ゆう子>

PEACE

2009年8月9日(日曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこの旅行記  08時04分38秒

この夏、13歳の息子と二人で日本へ旅行してきた。
息子は歴史に興味があり、特に第一次大戦からの近代史が一番好きだと言う。
彼が産まれ住む米国と、彼のルーツである日本が、第2次世界大戦で敵国同士であったこと。
日本軍の真珠湾攻撃に始まり、広島・長崎に原子爆弾が落とされて終結に至った経緯について、息子は米国の授業で学んだ。しかし原子爆弾によって生まれた悲劇については、教科書を読んでも、先生に聞いても詳しくは教えてもらわなかったと言い、昨年日本に帰国する前に“広島・長崎の原爆に関する博物館に行ってみたい”と希望してきた。
両方とも一度に行くことは予定上難しかったので、昨年は広島、そして今年は長崎を訪れた。

広島に行った時にも非常に印象に残ったのが、記念館には多くの水が使用されている。
これは被爆した人々が、高度の熱によって体内の水分のほとんどを一瞬にして奪われ、
命が消える瞬間まで“水が欲しい!”と切望したことが理由になっている。
救助にあたった人々や、家族らは
“水を与えたら直ぐに死んでしまう。”
ということを聞かされていたので、心を引き裂かれるような思いで、水を与えることを拒否する人もいれば、
“どうせ苦しんで死んでしまうのであれば、思いっきり水を飲ませてあげたい”
と、水を欲しがる周りの人々に与え、最後を看取った人もいる。
私が慕う恩師の先生のお父様は、原爆投下翌日に、まだ放射能が残る広島で救助にあたられている時に被爆された。
その娘である先生は、生まれた時から白血球の数が以上に少なく、不安や体の不調と戦う日々を送られている。

被爆の事実を忘れてはならないと、多くの人々がその体験の痛みを絵に描かれている。
私はその中の一枚を見て、涙が溢れそうになる。
原爆投下直後に被爆地に降った放射能を含んだ毒のような“黒い雨”
その雨を嬉しそうに口をあけて飲み続ける人々の顔、顔、顔。

今回、特に印象に残ったのは長崎の原爆資料館に展示されていた出口付近にかけられた一枚の写真であった。

そこには11歳位のランニングシャツと短パンをはいた少年が、背中に赤ちゃんを背負い直立不動で佇んでいる写真があった。(資料館を訪れ、この写真が記憶にある方は多いと思う)
自分の息子とさほどかわらない年齢であるなと思い、興味をもってその写真に近づいた。
写真の下に解説が書かれてあった。(記憶なので多少文章には違いがあるかもしれない)

少年はその当時であれば、どこでも見かける子供であった。
幼い兄弟の面倒をみながら、外で遊んでいる少年のような子供達はたくさんいた。
背中におぶわれている女の子は、ぐっすりと眠っているのであろうか頭をおおきく傾けている。
しかし、その少年が佇んでいる場所は、遺体焼場であった。
両手を揃えてきちんとたっている少年に、係りの人が近づき背中から赤ん坊を下ろした。
その幼子は死んでいた。
火の中に小さな体が投げ入れられ、一瞬ボウッともえあがり“ジュ”という肉のこげる音がした。
少年は制止しながら、その光景をずっと見つめていた。
よく見ると少年の噛み締めた下唇に血が滲んでいたが、あまりに強く噛み締めているので、血は流れ落ちていかない。
やがて、少年はくるりときびすを返し、そのまま立ち去っていった。

屋外に出て平和記念像へと歩く道すがら、息子からもその写真を見たことを聞いた。
そして、息子は呟いた。
“原爆は酷い。こんな事をけして2度と繰り返しては駄目。”
7月初旬の長崎の、暑く照りつけるような太陽の下で、私は彼のこの言葉を聞き、
“ああ、つれてきて良かったな”
と心の底から思った。
息子が、日系アメリカ人として成長していく将来に、広島・長崎に旅したことが良い意味で影響を与えてくれますようにと願う。
以下は、私の古くからの知り合いで、神戸在住の文豪家である岡健二氏が、今年初めて私の息子とあった直後に、彼に捧げてくれた詩である。

13歳

君は13歳の少年だった。

笑顔が素敵だ。

声の響きもいいな。

ゆうきっていう、名前もいいじゃないか。

少し猫背気味なのが気になるけれど、

人の視線が気になるころに、

きっとこれじゃいけないって思うだろう。

君は、未来なんて当然あるように思っている。

そうだ。

それでいいんだ。

どうかその瞳を曇らせるな。

君は立派なアメリカ人だ。

いつかは現実について考える。

アメリカという現実。

世界という現実。

戦争という現実。

君が日系だという現実。

そんな現実が君に押し寄せるとき、

どうか思い出してくれ。

今のこの瞳の輝きを。

ぼくらの世代のように、

ハングリーである必要なんかない。

君は豊かさの中で育っていい。

両親を大切にしてくれ。

人間を大切にしてくれ。

それだけだ。

また会おう。

次に会うときは大きくなっているだろうな。

そしてぼくは年老いているだろう。

しかしぼくは永遠の青年だ。

胸を張ってそれだけは自慢する。

君は大きく未来を拓け。

ぼくは君の未来のために、

君たちという未来そのもののために、

死ぬまで戦い続けるから。

 五十嵐ゆう子

アリゾナ州セドナへ小旅行-そしてスエットロッジ体験―

2009年5月23日(土曜日)

カテゴリー: 五十嵐ゆうこの旅行記  16時00分28秒

5月初めの週末、息子は中学のコーラスクラブ遠征の旅、主人も遠くから訪ねてきた知り合いの世話で忙しいため、私は、友人と2人で、新緑の美しいセドナへと1泊2日の小旅行に行って来ました。
私の住むラスベガスから隣のアリゾナ州に位置するセドナまでは、片道約400キロ、ロスアンゼルスまで行く距離とほぼ同じです。行程の半分以上は、草木もほとんど生えていない荒涼とした砂漠を、ただひたすら東へ走るのですが、おやつを貪りながらおしゃべりしていると、退屈な景色も気にならず、あっという間にセドナへ到着です。

10年前に初めて訪れてから、私はセドナに魅了され続けています。
特にラスベガスに引っ越してからは、たった4時間のドライブで行くことができるので、最低でも年に2度は、ここを訪れることにしています。私にとってセドナは、アメリカの大自然の中で、最も愛すべき場所なのです。
標高1400メートルに位置し、地殻変動と侵食によって生み出された、壮麗で神秘的な赤い断層が彩る、さまざまな形をしたレッドロック
それらには、ボーテックスと呼ばれる地球の磁力が集まって、外部へ湧き上がるエネルギーが渦巻いていると言われています。セドナは、世界七大スピリチャルスポットの1つともされ、世界中からスピリチャルヒーラーや芸術家などが集まって暮らす場所でもあるのです。

近年、セドナは日本の旅行雑誌や芸能人にも紹介されていて、日本からもたくさんの観光客がここを訪れます。そして特に、女性に人気がある秘境だと聞きます。

オーククリークと呼ばれる谷川にそって南下し、峡谷の樹海を抜けると、息を呑むような絶景が目の前に登場します。
真っ赤なレッドロックと、芽吹いたばかりの緑のコントラストがとても美しく、つい見とれながら運転をしていると、ハンドルを取られて断崖から落ちそうになります。
中でも大聖堂という名称で呼ばれるキャセドラルロックには、女性的なエネルギーがあるとされます。そのレッドロック内部には大きなクリスタルが存在し、そこへ登ることで魂が浄化されると言われます。その姿は愛し合う男女が見つめあい、周りを祝福する人々が取り囲み、まるで聖堂で結婚式を行っているように見えます。あるいは男女がお互いの背をあわせて立ち、それぞれの方向を見つめているようにも見えます。

セドナの中心にあるオールドタウンに着き、いつも壮大な景色を見ながらお茶が飲める、ベストロケーションのコーヒー店が閉店されているのを発見して、ちょっとびっくりしました。
そういえば、今回宿泊するホテルも通常は1泊で150ドル以上するのですが、現在、インターネットで“景気低迷時スペシャル料金”をうち出していたため、なんと89ドルで予約することができました。
米国の不景気は、ここ、セドナにも影響しているようです。そして折からの新型インフルエンザの影響なのか、週末だというのに町全体も空いていました。

実は今回の旅の目的は、以前から興味を持っていたアメリカンインディアンの儀式の1つ“スエットロッジセレモニー”を受けることでした。
これはスピリット(魂)のデトックス(浄化)を行い、さまざまなカルマを取り除くことによって、自分自身を再生させるための儀式だそうです。女性の子宮をイメージした真っ暗なテントの中で、焼け石に水をかけ、その熱い蒸気が立ち込める熱気に身を委ねて、唱を歌い、音楽が奏で、インディアンのリーダーが祈る言葉を聞きながら、各自も自分の思いを吐き出して、火と蒸気によって浄化を行うのです。
これは最近、日本の有名旅行社が企画するセドナ観光リーズに、必ずといっても良いほどオプショナルの1つとして登場する、知る人ぞ知る、儀式なのです。

以前、このスエットロッジを受けた友人の一人から「想像を超えるくらいに暑いよ、それに体中の汗が吹き出る」と聞いていた私は、まるで今からサウナへでも入りに行くように、バスタオル、水と下着までの着替えを用意し、バンドで髪を束ね、水着を着ての挑戦です。

さて、夜の7時半を過ぎたころ、儀式を行うインディアンの男性と、そして他の参加者とナチュラルフード店の前で待ち合わせ、そのインディアンの彼に案内されて、儀式のために設置された屋外のテントへと、内心どきどきしながら向かいました。

テントの真ん中には暖炉のようなものが設置されてあり、そこへ火が炊かれ、石が投入されました。ミントオイルのエッセンスが含まれた水を、焼けた石にかけると、ジュージューという音とともに蒸気が立ち昇ります。しっかりと2重に出入り口を閉ざしたテント内は、暖炉の蓋を開けない限り、相手の顔も見えないほど真っ暗です。ドンドンとインディアンのリーダーが太鼓を叩き、私たちは彼に続いて、各自に渡された”Rattle”と呼ばれるマラカスのようなものを、ドラムの音にあわせてシャカシャカと振りました。ドラム以外にも杉の木でできたフルートや、シンギングボールと呼ばれる、寺でお坊様がならす金リンに似た大きなボールを鳴らし、不思議なインディアンの呪文のような唄を詠ってくれます。

テント内の温度はどんどん上昇。時折、立ち上る蒸気を何かで煽っているようで、熱風が吹きつけて来ます。閉じた目頭に額の汗が流れ込んでくるわずかな痛みに、さらにまぶたをぎゅっと閉じました。汗なのか蒸気なのかわからないほど、体中がびっしょりとなっていくのを感じながら、息を深く吸い込むと熱い空気が喉の奥まで入ってきて焼けるようでした。

一瞬「こんなこと続けてたら、のぼせて、失神するかも?」という不安が頭をよぎりましたが、火に一緒にくべられた白セージと、常時振りかける水に含まれたミントの香りが、なんとか正気を維持させてくれているようです。地面に手をあてると、指先から屋外の冷気が伝わってきます。地面に近い部分は比較的温度が低いので、頭を低く下げると少しだけですが、暑さを凌げます。

途中、この状態の中で、各自が自己紹介や自分の吐き出したい悩みなどについての話を順番にするように言われたのですが、暑さで思考がうまく回らず、自分の番が来る前までに、なんと話せば良いのかを考えることが一番大変でした。
このような30分強のラウンドを3回行いましたが、途中で5分ほどテントの入り口をあけて外気を入れて休憩しました。

約2時間強のセレモニーを終えて外へ出ると、あんなに汗をかいたのに、身体も顔も不思議なほどサラサラです。特にインディアンの彼と別れの挨拶でハグをした時、同じく汗をかいていて、しかも男性なのに、無臭だったのが驚きでした。夜空を見上げると(実はこの日は曇っていて星は見えませんでしたが)頭も心の中もすっきりと洗われたようで、新しいエネルギーが身体の奥底から湧き出してくるような気がしました。あんなに気絶しそうなほど暑かったのに、なぜか近い将来に、またスエットロッジをやってみたいと考えています。

翌日は、セドナで有名なベルロックと呼ばれる鐘の形をした岩山の頂上まで、友人の助けをかりて登りました。もうほとんどロッククライミング状態でした。普通ならその翌日に必ず筋肉痛になるのに、今回はスエットロッジで身体が軽くなり、解毒したせいか、痛みもほとんど感じませんでした。

1つ文句を言わせていただければ、帰る日のランチに、谷川が流れる屋外でフレンチを奮発して食べたのですが、グラスの白ワイン一杯を頼んだら、なんとたった1杯で16ドルもチャージされたのです。一番初めにメニューを見たとき、ボトルワインの一番安いのでも24ドルでしたので、そんなにするはずはないとタカをくくり、メニューを再度確認してから注文しなかった私も悪いのですが、ちょっとこれはぼったくりだなと感じました。
「どこに行っても、たかがグラスワイン1杯にこんな高額な料金を払ったことがない!」とウエイターに文句を言ったら、2ドルだけまけてくれました。でもチップを支払うので、合計で支払う金額はたいして変わりませんでした。
皆様、初めての店でワインを頼む際にはくれぐれもご注意を。

以下は一緒にスエットロッジを体験したお友達のハツエちゃんが、儀式をイメージして書いた絵です。
セレモニーの内容が、とても上手く表現されている絵だと思い、ご本人の承諾を得て載せました。写真が取れなかったので、この絵をみた皆さんに、儀式の雰囲気を想像していただければと思います。

補足ですが、私はあれからせっかく汗をかいて解毒した身体を少しでも維持するため、週に2回、アスレチッククラブのキックボクシングクラスに通っています。クラスは結構ハードなのですが、講師の先生が“ミリオンダラーベイビー”でオスカーを受賞したヒラリー・スワンクばりのナイスなボディなので、私もこのまま頑張れば、夏にはビキニも着られるかも?と勝手に想像しています。
さていつまで続けられるか、乞うご期待です。

五十嵐ゆうこ