福岡妙福寺の「子ども𠮟るな年寄り笑うな」

結城義晴のつれづれ日記

朝、横浜シティエアーターミナルからリムジンバス。

ベイブリッジ。

横浜港とみなとみらい。
上空は雲に覆われているが、
それも趣がある。

東京羽田空港第1ターミナル。
羽田は雨だ。

チェックインしてゲート9。
福岡へ。

今日はJAL309便。
乗り込む。

最近は羽田空港を使うことが多い。
それはありがたい。

飛び上がるとすぐに雲の中に入る。

しかしその雲を突き抜けると、
青い空が垣間見える。

Wi-Fiがつながるので、
パソコンを繋いで仕事する。

気がつくと姫路上空。

関西は雨が降っていない。

そして福岡上空。

1945年、旧日本帝国陸軍が福岡市内に席田飛行場をつくった。
戦後は板付空港と名前が変わって、
アメリカ軍に接収され、米軍板付基地となった。

朝鮮戦争のときには重要な軍事拠点だった。

1972年に施設の大部分が米軍から返還され、
福岡空港となった。

市内のビルをかすめるように下降して、着陸する。

空港に降りるといつものように、
博多やりうどんで昼食を取る。
ごぼうの天婦羅が槍に見立ててある。
これが旨い。


それから大雨の中、タクシーに乗り込む。
45分で早良区重留の地福山妙福寺。
結城家の菩提寺。

わが家は浄土真宗。
庭に親鸞聖人の像がある。

私も親鸞の思想に共感している。

庭園は福岡市指定名勝。

堂々とした本堂。

久しぶりに住職の土生善行さんに会って、話をする。

父の13回忌の法事。

30分の読経。
浄土真宗本願寺派は、
門徒も一緒に声を上げて経を読む。
それがいい。

最後は「ナマンダブ、ナマンダブ」。

そして焼香する。

住職は五木寛之の言葉を使って、
話をしてくれた。

五木には「私訳歎異抄」がある。

五木も福岡生まれだ。
1932年だから私より20歳上。
大学生のころにはむさぼり読んだ。

住職の言葉は私も納得した。

納骨堂。

ここでも線香をあげて、手を合わせる。
父は12年前に亡くなった。
私はアメリカにいた。

葬儀にも出られなかった。
ずっと申し訳なかったと思っている。

それでも福岡に戻って来て、
住職と父の思い出話をする。

そのあと妹や従弟と食事をした。
一人ひとり去っていく。

残された者が元気に生きる。

土生住職が「掲示伝道」に書いていた。

子ども𠮟るな
来た道だ
年寄り笑うな
行く道だ


その通り。

夕方5時に福岡空港。
6時発のJALに乗り込む。
雨はやまない。

1時間40分。
疲れたのでフランス映画を観た。
いい映画だったが、途中、いいところで、
羽田上空に到着。

8時半過ぎ、「東京国際 港」(?)に着陸。

お疲れ様。

年寄り笑うな
行く道だ


〈結城義晴〉

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