熊本地震、お見舞い申し上げます。

熊本には友人も多い。
この暑さの中、
大変なことと思います。

お亡くなりになった方々の、
ご冥福を祈りたい。

地震や震災のあとの過酷な避難生活は、
被災者を苛(さいな)む。

地震と炎暑。
物的にも精神的にも、
日本全体で支えたい。

くまモンは27日にXに投稿した。
「よか明日になりますように」

この「よか」という言葉は、
九州弁で「よい」と言う意味。
よい明日になりますように。

その通りだ。

しかしそのくまモンも、
「活動の一時中止」に入った。

故堺屋太一さんが説いている。
非常時対策の5段階。

①救助
②救済
③復旧
④復興
⑤振興

その原則。
「軽いものから先に」
第1に、最も急ぐ軽いものは「情報」。

そのために現代社会では電気が重要だ。

第2が「生活物資」。

⑴水、飲料と薬。
⑵緊急の食料。
⑶燃料と衣料。

第3が「安全な生活空間」。

この第3の要件までが「①救助」
10日間が救助活動の段階だ。

堺屋さんは指摘している。
「大事なのは速度

全速力で救助したい。

今回の地震では、
「イオンモール熊本」で爆発事故が起きた。
イオンの吉田昭夫社長は記者会見した。
kumamotoyosida

「尊い命が失われた事態を招き、
大変重く受け止めています。
慚愧(ざんき)の念に堪えません。
お亡くなりになられた方々に
ご冥福を申し上げるとともに
ご遺族の皆さまに深く深く
おわび申し上げます」

現地の熊本市内へ飛んで、
すぐに(今日29日の午後4時半)、
遺族や社会に向けてお詫びし、説明した。
それはとても良かった。

話しぶりも丁寧で、冷静で、
気持ちがこもっていた。

吉田さんはイオンモール㈱の社長から、
イオンの社長となった。

だからモールのことは、
ごくごく細かいことまで知っていた。

それも好感をもてた。

地震が起こったときには、
イオンモールには3000人の顧客が入館していた。
テナントを含めた全従業員数は2700人だった。

地震発生から30分後には、
従業員はマニュアル通りに顧客を誘導して、
一時避難が完了した。

訓練も1年に二度、きちんと行っていた。
だからここまでは安全確保もできた。

しかし予期できないことが起こった。
午後5時50分ごろ、施設2階で爆発が起こった。

避難のマニュアルには、
定められている。
「避難後、施設内に戻らない」

しかし少数の人たちが残っていたのか、
それとも避難したあとに戻ったのか。
吉田社長は「確認できていない」と話した。

「戻らない」は、
今後、さらにさらに徹底したい。

爆発が起きた場所は、
モール2階のアパレル専門店街のところ。

施設の外の駐車場の横に、
LPガスのタンクが設置されている。
このタンクから2階のフードコートエリアへ、
パイプラインでガスを送る。
その供給経路の途中で爆発したようだ。

だから「ガス漏れの可能性が高い」

これまでイオンモールでもほかの店舗でも、
ガス漏れが起こったことはなかった。

吉田社長は語った。
「人命救助を最優先した上で、
消防と情報共有し、
原因究明に最善の努力をしたい」

まだまだ地震はおさまらない。
予断は許されない。
①救助から②救済、③復旧まで、
長い道のりが待っている。

見守り続け、応援したい。

LPガス使用に関しても、
研究や検証が必要になるだろう。

さて私は朝から、日本橋。

高島屋も開店はしていない。
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2日にわたる研修会。

会場はビジョンセンター東京八重洲。
その入り口に舟越保武さんの座像の彫刻。IMG_4221 (002)

裏側には立像。IMG_4225 (002)

私は朝のテスト回答の解説と、
夕方の講評。

その間に発表があり、
討論とさらに発表。

それをずっと聞いていた。

最後の講評では、
私としては珍しく真剣に叱った。
そして檄を飛ばした。

受け止めてもらえたのだろうか。
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昨日のブログでも引用したピーター・ドラッカー。
「未来を築くために
初めになすべきことは、
明日何をなすべきかを
決めることではなく、
明日をつくるために今日、
何をなすべきかを
決めることである」

熊本ではまだまだ余震が続く。
今日なすべきことをなす。
それが明日につながっている。

〈結城義晴〉

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