朝7時過ぎに川勝利一さんから、
ショートメールが入った。
商人舎スペシャルメンバー。

西村弘さんが亡くなられた。
鮮魚コンサルタント。
享年79。
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健啖家で、
膵臓がんを患われていた。

残念なことだ。

1977年、㈱商業界に入社して、
販売革新編集部に配属された。

そして池田壽太郎さんに出会った。
青果コンサルタントの草分け。

1年間、青果部門の商品づくりの手順を、
写真で紹介する連載を掲載した。
いわばビジュアルなマニュアル。

毎月、池田さんが神田市場から、
主要な野菜と果物を事務所に取り寄せて、
その商品化や陳列の技術を解説する。

私が写真を撮って、
その手順を紹介する。

このとき故城功先生から指導を受けた。
インダストリアルエンジニアリングの権威。

「結城さん、商品化の作業というのは、
手つきとその角度が大事なんだよ」

私はそれを強く意識して、
マニュアルをつくった。

青果部門のほぼ全品種に関する、
商品づくりと陳列の技術体系。

池田さんは「商品の顔」を重視した。
それから「選別値入れ」の考え方が、
利益の源泉であることを教えてくれた。

青果物は自然からつくられる。
だから一つひとつ違っている。
荷受に入荷する商品も、
1品1品違っている。

それを1ケースに収めて流通させ、取引する。

小売業が売場に並べるときには、
その1品1品を見極めて、
陳列を変え、あるいはまとめて、
値入れを変える。

これを今も徹底しているのが、
米国の「バークレーボウル」だ。
グレン・ヤスダさんが、
サンフランシスコ都市圏に開業した店だ。

商品化と利益に視点をもって、
池田壽太郎のすべての技術が総整理された。

それを「青果物の商品づくり12カ月」という一冊にして、
販売革新別冊号として発刊した。

実によく読まれ、使われ、売れた。

それに続いて販売革新で、
鮮魚のマニュアルづくりを始めることになった。

西村弘さんが登場した。
ダイエーの現場で腕を振るった技術者だった。
シジシージャパンのコンサルタントとして、
現場指導に定評があった。

アメリカでは「ヘッド」と呼ぶ。
さまざまな領域の技術スペシャリスト。
西村さんは日本の魚の小売りの専門家だった。

鮮魚に関しては、
故清水信次ライフ社長(当時)に依頼して、
場所と商品を提供してもらうことになった。

清水さんは快諾してくださった。

ライフ川口領家店。
今はない。

この店の鮮魚部門のバックヤードで、
毎月1回、夕方の6時過ぎから9時くらいまで、
西村さんがしゃべりながら調理する。

私がそれを写真に収めて、
技術の体系化を図る。

ここでも城先生のアドバイスを忘れなかった。

鮮魚の調理技術に必要な道具、
さまざまな資材の使い方からはじめて、
最初は基本となる魚種の商品化をする。

包丁の入れ方、左手の添え方。
アジ、サバ、サンマ、タイ、カツオ、
二枚卸しや三枚降ろし。

12回の連載だから、
最後にはハモの千切りや、
アンコウの吊るし切りまで、
西村さんは技術を披露してくれた。

西村さんは、
どんな魚の調理技術も心得ていた。
体験していた。

アンコウの仕入れは、
ライフのバイヤーも手掛けたことがなかった。
だからこの日は本部から何人も見学に来た。

バックヤードのまな板の上の天井から、
巨大なアンコウを吊るして、
西村さんが包丁を入れていった。

それを丁寧に何十枚も写真を撮って、
厳選して手順紹介をする。

私もとても面白かった。
1年が経過すると、
大量のマニュアルが出来上がった。

この労作を一冊にまとめた。
「鮮魚マーチャンダイジングのすべて」

これも青果と同様に、
よく読まれ、使われ、売れた。

50歳を超える人は、
もしかしたら読んだことがあるかもしれない。

日本のスーパーマーケットの、
鮮魚部門の基本となった一冊だった。

それから精肉は太田光弘先生に依頼した。
米国のセーフウェイで技術を習得して、
日本に紹介したアメリカンカッティング技術。
これは故高橋栄松さんが担当して、
私は補助をした。

ライフはこの技術も積極的に採用して、
Tボーンステーキなどを売場に並べた。

時代は早すぎて、
全然売れなかったが。

「販売革新生鮮三部作」は、
ある意味の流通革命の技術体系だった。

今、私の手元にこれらの別冊号はない。
本当に残念なことだ。

アマゾンで調べても、
リストに出てくることはない。

国会図書館に行けば、
閲覧することはできるが。

㈱商業界が自己破産して、
資料も散逸してしまった。

それでも西村弘さんの功績は、
まったく変わらない。

池田さんも太田さんも、
早くにして亡くなられた。
そして西村さん。

生鮮のトップコンサルタントは、
美味いものに目がない。
だから病に侵されやすい。

池田壽太郎先生、
太田光弘先生。
そして西村弘先生。

その後、多くの生鮮コンサルタントが登場した。
しかしこの三人の先生が、
革新的技術を切り拓いたことは、
歴史に残っている。

私がその証人だ。

ありがとうございました。
ご冥福を祈ります。

合掌。

〈結城義晴〉

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