結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2016年03月17日(木曜日)

サミット社長交代と平和堂USA研修の事前講義と報告会

サミット㈱社長交代のニュース。
少なからず、驚いた。

わかってはいたことだが、
発表されると、あらためて驚く。

現社長の田尻一さんは、
6月27日の株主総会後、
特別顧問に就く。

田尻さんは現在59歳で、
在任9年。

今年還暦だが、まだまだ若いし、
トップマネジメントとしては、
これからだ。

私も60歳になったころ、
あの廣田正さんから言われた。
「結城さん、60代が一番働ける年代です」

2001年から高田浩さん、
2007年から田尻一さん。
同社はプロパーが代表取締役を務めてきた。

もちろん高田さんの前の社長は、
荒井伸也さん。

今回は、再び、
親会社からの出向者が社長に就任する。

新社長は竹野浩樹さん。
現取締役常務執行役員、現在50歳で、
就任時には51歳になっている。

1989年に住友商事入社、
93年、ドラッグストアのトモズ設立に参加。

このトモズのスタートの際、
私は当時の荒井伸也副社長から頼まれて、
一肌脱いだことがある。

なつかしい。

竹野さんはその後、ニューヨークに赴任し、
ブランド事業に関係し、2年半で帰国してから、
埼玉県のマミーマートに出向。

住友商事は99年に、
マミーマートに資本参加している。

その後、竹野さんは2010年、
住友商事ブランド事業部長、
2015年からサミット取締役常務執行役員。

ドラッグストアとスーパーマーケット、
小売業を経験した商社マン。

「お手並み拝見」が内外の見方だろうが、
サミットは現在、
オール日本スーパーマーケット協会の、
会長企業でもある。

頑張ってもらわねば困る。

しかし田尻一さん、
もったいない。

さて夕べ、ホテルから見えたのは、
ライトアップされた彦根城。
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そして今朝の、朝日に浮かぶ彦根城。
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どちらもいい。

今朝は、平和堂のビバシティ彦根。
その2階にあるビバシティホール。
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ここで今日は一日、
平和堂のアメリカ視察報告会と事前勉強会。

ホールの壁面に、
「戦後70年『未来』プロジェクト」の展示。
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近江高等学校の書が並ぶ。DSCN1819-1

「平和な未来」の書。
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平和を願う若人の元気いっぱいの書。

10時から事前勉強会がスタート。
4月にアメリカ視察をする40名が参集し、
私の講義がスタート。
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2011年初夏に始まり、
年2回ずつ実施しているから、
今回で11回目となる。

毎回40名ほどが参加し、
すでに400名を超えた。
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その間、平和堂はイノベーションが進み、
店頭は改革・改善され、
業績は絶好調。

しかし、私は強調する。

まだまだです。

なぜ、アメリカで研修するのか。
なぜ、11回も連鎖のように続けているのか。
そして小売業の経営理念とイノベーション、
その歴史と世界チェーンストアの趨勢。

2時間の事前講義。
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あっという間に終わる。

昼は夏原行平さん、陽平さんと、
ランチミーティング。

行平さんは専務取締役で、
経営企画本部長兼社長室長。
陽平さんは取締役で、
営業統括副本部長。
そして二人は、
コーネル・ジャパンの一期生と二期生。

午後は、第10回目の派遣団からの報告会。
第10研修団は昨年11月に渡米した。
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夏原平和社長をはじめ、
経営幹部、地区長たちが参集。
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報告会は、アメリカで学んだことを、
その後、帰国してから、
現場でどのように具体的に展開したか、
その取り組みを発表する。

始めに、第10回副団長をつとめた、
藤田慎平さんのあいさつ。
ビバシティ平和堂支配人。
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6班に分かれたチームごとに、
取り組み結果を発表する。
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それを4月に派遣される、
第11回メンバーが聞いている。
彼らは、さらにそれ以上の成果を目指す。

これが報告会の重要な目的の一つだ。
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2つの班の発表が終わると、
会場から質問が飛ぶ。
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質問したのは福嶋繁さん。
取締役店舗営業本部長。

それに答える発表者たち。
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夏原陽平さんも質問。
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そして私は一つずつ講評する。
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これが3回繰り返されて、
全6班の発表が終わる。
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総括の講評は私。
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今回は「システム」の話を、まとめに使った。

「システム」は、
広辞苑では「組織・制度、系統・体系」の意。

しかし情報分野では、
「個々の要素が相互に影響しあいながら、
全体として機能するまとまりや仕組みのこと」

個々の要素が影響し合う。
そして全体として機能する。
平和堂の小さな、数多くのイノベーションは、
いま、システムとなりつつある。
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そのあとは、団長の木村武さんの総括。
SM事業部長。
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木村さんは、イノベーションの継続を誓った。

最後は夏原社長。
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報告者たちの成果を評価しつつ、
アメリカ小売業の全体を見ることの大事さを
改めて強調した。
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夏原社長と専務の平松正嗣さんと立ち話。
現場が変わってきていることを、
実感しあう。
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報告会を終えた第10回メンバーたちは、
場所を変えて懇親会。DSCN9620-1

進行は人材教育部の池田智子さん。
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団長の乾杯のあいさつの後は、
報告会を終えたメンバーたちが、
ホッとしつつ懇親。
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最後は全員でハトッピーのポーズ。DSCN9630-1

最後の最後は夏原平和社長と固い握手。
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夏原さんは、
1944年9月15日生まれの71歳。
1989年に45歳で、
平和堂の代表取締役社長に就任。
それから27年。

まだまだ現役バリバリで絶好調。

私自身は2003年8月に、
㈱商業界の代表取締役に就任した。
田尻さんと同じ、50歳だった。
そして2007年8月に退任した。

その後、2008年2月に㈱商人舎を設立し、
55歳で、再び自分で社長になった。

社長の年齢。
社長のキャリア。

そんなことを考えながら、
平和堂研修の一日を過ごした。

会社の決まりや制度によって、
実力ある人が退任するなんてことになったら、
それは会社にとって不幸だし、
株主に対しても不誠実である。

システムも制度も、
組織のためにあるし、
組織構成員のためにある。

〈結城義晴〉

2016年03月16日(水曜日)

大山健太郎「メーカーベンダー」と糸井重里「チームの関係」

昨夜は満90歳の母の誕生祝い。
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蝋燭1本が30年分。

おめでたい。

そして今日は、午後から、
新幹線ひかり号。

神奈川の丹沢山系も雪をかぶっている。
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そして富士の山は、
このあたりにあるはず。
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滋賀県に入ると、伊吹山。
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米原で乗り換えて、
彦根駅前の平和堂アルプラザ彦根。
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ホテルからは彦根城がちょっとだけ見える。IMG_1743-6

夜は平和堂の幹部のみなさんと会食。
専務取締役営業統括本部長の平松正嗣さん、
取締役商品本部長の田淵寿さんと、
取締役店舗営業本部長の福島繁さん。

最後は平松さんと握手。
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さて日経新聞『私の履歴書』
大山健太郎さんの巻が佳境に入っている。
㈱アイリスオーヤマ社長。

今日は第16回で「問屋の壁」

東大阪で小さな工場を引き継いだ。
業務用プラスティック製品の製造業。

その商才でめきめきと業績を伸ばして、
宮城県に新工場を移し、
東大阪の工場閉鎖を断行し、
さらに消費財メーカーへと業態転換をした。

マーケティング感覚にも優れ、
次々にヒット商品を開発する。

さらに1980年には、
消費者向け園芸用品市場に進出。

このとき、頭を悩ませたのが、
「問屋とのつきあい方」だった。

「当社は地方に本拠を置き
名前も売れていない会社だった。
しかも今まで問屋が扱ったことのない
提案型の商品を作る。
彼らには売れるかどうか見当がつかない」

「仕方なく当社の営業が
問屋の担当者に同行し
小売店のバイヤーに売り込んだ」

「取引量が拡大すると
問屋が当社の売り込みに
ブレーキをかけ始めた」

「仕入れを絞った商品が
予想外に売れると欠品が起き、
バイヤーから問屋にクレームが来る」

「しかしそれよりも問屋は、
仕入れた商品が予測より売れず
過剰在庫になる方を怖がった」

「売れ残りを恐れた問屋が
当社への発注を控え、
需要のピークの春先に
十分な量の商品が店頭に並ばない」

「問屋の壁」

1968年の林周二著『流通革命』
林が糾弾したのは、
こういった古い問屋だった。

大山さんは、やむなく、
「新興勢力のホームセンターとの間で
問屋を通さず直接取引を始めた」

当時はホームセンター業態の台頭期。
「陳列や品出し、商品への値付け、
改装や新店の開店準備などの作業を
問屋に依存していた」

取引量が拡大すると、
大山さんにもそうした要望が増えていった。

「私は二者択一を迫られた。
問屋経由で商品を供給する
普通のやり方に戻すか。
または自社で問屋の機能を持つか」

社内の意見の大勢は、
「他のメーカーと同様、すべて問屋を通そう」

大山さんは述懐する。
「私はあえて難しい道を選んだ」
「今後はベンダー機能も自社で持つ」

「問屋外しだ」
「商道徳に欠ける」

業界からは罵詈雑言。
怒った問屋から大量の返品。

このころ私は㈱商業界で、
大山さんを取材したことがある。

私はアイリスオーヤマを、
イノベーターであると見ていた。

「得意先である小売業が味方である限り、
勝負を決めるのはマーケットニーズだけだ
と私は楽観的だった」

「小売店への品ぞろえ提案や
売り場作りも請け負う。
もちろんプラスチック製品だけでは足りず、
素材の違う売れ筋商品の開発も
しなければならない」

「毎回の配送も
ケース単位ではなく単品になる。
物流の仕組みや社員の意識を
根本的に変える必要がある」

こうして大山健太郎によって、
「メーカーベンダー」への挑戦が始まった。

例のないビジネスモデル、
つまりイノベーターだった。

今日はもうひとつの話。
糸井重里の『ほぼ日』
巻頭言は「今日のダーリン」で、
糸井が「チーム」について書いている。

「あるチームが育っていくときには、
メンバーそれぞれの力だけでなく、
メンバーの間の『関係』までも育っていく」

実にいい。

「地方でやってきたバンドが、
全国で活躍する場合、
特別にスター性のあるひとりが
目立つことはあっても、
『それ以外』とか
言われそうな他のメンバーも、
変わらずにやっていくことが多い」

ビートルズがそうだった。
甲斐バンドも海援隊も、
オフコースも。

「連続テレビドラマなどでも、
無名の役者を含んだ
スタート時からのキャスティングが、
そのまま成長していくことが多い」

「おおいにヒットしたときなど、
映画化されたりするが、
そういう場合に、
予算が余計についたからといって、
スターを加えたりすることも
わるくはないけれど、
できるだけそのままの配役、
同じメンバーでやれたほうが
おもしろくなるように思う」

糸井さんの経験からの話だけれど、
実にマネジメントの真理だ。

「朝のドラマの『あさが来た』なんかの場合、
家族や昔からの店のメンバーが、
チームの核になってる」

そして、これが正しい。
「知識や経験の豊かな専門の人で固めても、
『関係』が成熟してこないと、
どうしょうもないのだ」

「昔だったら
工場を建てるくらいの覚悟で、
人を入れる」
糸井さんは、こう言う。

アイリスオーヤマの大山さんと同じだ。

「ひとりひとりの人に、
基本的に『関係』はついてこない」

ただし「ほぼ日」というチームの場合、
「まだ会ってなかったメンバー」だったりする。

「つまり、読者だったり、
買い物をしてくれてたり、
イベントに参加していたり、
つまり、外にいるけど
『気持ちはメンバー』みたいな人がいて、
そういう人が参加してきてくれることが多い」

「こういう場合は、
『関係』も半分できていたりする。
これは、どっちの立場でも、
とてもありがたいことだ」

商人舎もまったく同じ。

毎日更新宣言ブログの読者、
月刊『商人舎』や商人舎magazineの読者。
セミナーへの参加者、
海外研修会の受講者。

大学院の結城ゼミ生たち。
コーネル・ジャパンのメンバーたち。

つまり知識商人の関係。

米国のホールフーズやトレーダー・ジョーは、
こういった「関係」が出来上がった人材が、
どんどん会社に入ってくる。

だから、「即戦力」になる。

特にホールフーズは、
「チームマネジメント」を採用している。

店舗や部門のチーム、
商品部の中のチーム、
会社の役員会ボードチーム。

野球やサッカーのチーム。

すべてに通ずる。

「あるチームが育っていくときには、
メンバーそれぞれの力だけでなく、
メンバーの間の『関係』までも育っていく」

平和堂のボードも店舗も、
今、そんな感じだ。

平松さんに、それを話した。

「あるチームが育っていくときには、
メンバーそれぞれの力だけでなく、
メンバーの間の『関係』までも育っていく」

そしてこんなチームこそが、
イノベーションを起こす。

実に正しい。

私はそんな知識商人のチームを、
たくさん育てたい。

〈結城義晴〉

2016年03月15日(火曜日)

「消費増税先送り論」の地ならしと「心は燃やせ 頭は冷やせ」

昨夜は実家に泊った。
亡き父の書斎から、
今朝、富士の頂が見えた。DSCN9559-6

横浜の空が久しぶりに青い。DSCN9561-6

私が卒業した宮谷小学校の壁面。DSCN9563-6

銀杏の木の枝を剪定中。DSCN9567-6

その銀杏の木は天に向かって伸びる。DSCN9569-6

初めに【商人舎からの緊急のお知らせ】
今年のUSA視察研究会Basicコース。
5月12日~18日、ラスベガス。
申し込み締め切りは22日ですが、
もうほとんど満杯で、
残席僅少です。

さて昨日の朝日新聞『折々のことば』。
表現をするということは……
「社会を変える方法」を
手にするということです。 IMG_7945-6
然り。

今朝の日経新聞『大機小機』が、
その表現をした。
タイトルは「マイナス金利の心理学」
コラムニストは無垢さん。

実にいい。

「この国では
企業家に欠けるアニマルスピリッツが
中央銀行にはあふれているようだ」

いきなり日銀への皮肉。

マイナス金利にまで踏み込んだ金融緩和策。

「もっとも、そのマイナス金利、
投資促進などプラス効果より
マイナス効果が目立つ」

「勤倹貯蓄を旨とし
資本主義の発展を支えてきた地道な日本人に
突然、『宵越しの金は持つな』と
江戸っ子気質を求めても戸惑うばかりだ」

「預金の利子はこれまでの
『通帳のしみ』よりさらに減る。
頼みの投資信託も
運用不能になる商品が出てきた。
そのうえ年金運用が厳しくなる
といわれれば消費を手控えるしかない」

「日本は
マイナス金利を導入する欧州諸国と違い、
先進国最悪の公的債務を抱える。
マイナス金利と財政赤字の組み合わせは、
日本経済の将来に深刻な課題を積み残す」

そこでコラムニストの提言。
「日銀が学ぶべきは
マクロ経済の論理を超えた
『マイナス金利の心理学』だろう」

卓見だ。

「資本主義の常識から外れたマイナス金利は
日本経済が袋小路に 陥ったことを物語る。
金融緩和頼みの限界を示す。
将来の不安は経済活動を萎縮させる」

そして、
「人々の感情や企業家の心理を
読めなければ、政策は成功しない」

そこでアルフレッド・マーシャルの言葉。
ジョン・メイナード・ケインズの師匠。

「クールヘッド」(冷静な頭)とともに
「ウオームハート」(温かい心)が求められる。

「黒田東彦総裁は読書家で知られる。
高校時代、図書館の本を全て
読破したという逸話がある。
後輩が真偽を確かめたところ、
『小説を除いて』という答えが
返ってきたという」

「今からでも遅くない。
黒田氏よ、小説を読め」

思わず噴き出した。

コラムニスト無垢さん、
見事、表現した。

私の言葉では、
「心は燃やせ、頭は冷やせ」

それから2017年4月の「消費増税」
どこかの誰かによって、
毎日のように脅しに使われている。

しかし延期の言説が続々。
小売サービス業にとっても、
極めて重要な動き。
注視しておきたい。

どちらも日経新聞。
まず浜田宏一内閣官房参与。
エール大名誉教授で、
安倍晋三首相の経済政策ブレーン。

「消費税の再引き上げは見直したほうが
日本経済にとって安全と思う」

「14年に8%にしたときは
(消費に対して)マイナスだった。
半ばパニックが続いている時に、
約束したんだからともう一度
消費税を上げると不安が高じてしまう。
賢いやり方とは思えない」

「三党合意は前の船長が決めた話。
荒波がひどくなって
日本経済が難破しそうになったら
やっぱり止める方がいい」

さらに本田悦朗スイス大使兼内閣官房参与。
こちらも安倍首相の経済ブレーン。

超党派議員連盟「創生『日本』」で講演。
「増税をやってしまうと
長期停滞の道に入ってしまう。
消費増税を凍結する以外に道はない」 

本田氏はBSフジの番組でも発言。
「消費税率を現行の8%から7%に下げて、
国民に対するメッセージを
明確にする選択肢もある」

高橋洋一嘉悦大教授。
「消費増税はスキップして見直すべきだ」

首相自身、14日の参院予算委員会で発言。
「税率を上げても
税収が上がらなくては元も子もない。
日本経済自体が危うくなる ような道を
取ってはならないのは当然だ」

安倍首相の経済ブレーンが、
次々に「消費増税先送り論」を主張して、
その地ならしをし始めた。

急ぐことはない。
慌てることもない。
ポピュリズムに惑わされるな。

すぐ役立つことは
すぐ役立たなくなる。〈橋本武〉

今年の商人舎標語。
「人をつくる、人を残す」

会社は人が集うところ。
店は人が群がるところ。
売場も人が寄ってくるところ。

2016 年をとおして、
会社も店も売場も、
人々が好んで集まるところとなりたい。

金を残すは下なり、
事業を残すは中なり、
そして人を残すは上なり。(後藤新平)

そのために人を集め、
人を育み、
人を残す。

もちろん金がないと人を雇えない。
事業がないと人に仕事を与えられない。
それらがないと人を育てられない。

だから金も儲ける。
事業も栄えさせる。
そして人を伸ばす。

2016 年をとおして、
社長は社員を愛でる。
店長は店員を育てる。

リーダーは仲間を励まし、
会社はパートタイマーを大切にする。
それらすべてが顧客を喜ばせる。

2016 年は人で決まる。
人が好んで集まるか否かで決まる。
2020 年まで人で決まる。

人の強みを生かすこと。
一人ひとりの個性を花開かせること。
それがマネジメントの本質である。

金を残すは下なり、
事業を残すは中なり、
そして人を残すは上なり。

そのために人を集め、
人をつくる。
人を残す。

2016 年をとおして、
会社も店も売場も、
人々が喜び勇んで集まるところとなりたい。

〈結城義晴〉

2016年03月14日(月曜日)

商人舎magazineWeb会議と「岐路に立つ総合スーパー」

Everybody! Good Monday!
[2016vol11]

2016年第12週。
3月第3週で、今週末は、
春分の日の三連休。

そして今日の14日は、
ホワイトデー。

どんなニーズも刈り取るべし。
それが小売業。

「小さく売るなりわい」

ウォルマート創始者サム・ウォルトンに言わせれば、
「Retail is Detail」
小売りの神は細部に宿る。

それにしても、春眠暁を覚えず。
朝寝して追はれ追はれてゆく時間
〈朝日俳壇より 枚方市・石橋玲子〉

わかります。

しかし自然は急がない。
草の芽のゆつくりといふ大事かな
〈同 松戸市・橘玲子〉

ゆっくりも大事。

春の水大気となつて香りけり
〈同 新宮市・中西洋〉

春らしい、いいねぇ。

それでも、まだまだ、朝夕は。
日が落ちてやはり寒いねと別れけり
〈同 埼玉県長瀞町・坂上ふみを〉

そんな季節ですが、
横浜は雨。

朝いちばんで、
商人舎magazineのWeb会議。
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商人舎magazineと、
この商人舎公式ホームページ。
そして月刊商人舎magazineのFacebook。
さらに結城義晴Facebook
商人舎は2つのメディアと、
2つのFacebookをもつ。

それらをいかに改善・改革するか。

毎月、新しいアイデアが提出され、
それを検討する。

右から猪股信吾さん、
中村道隆さん、高瀬精宥さん、
そして内田憲一郎さんと鈴木綾子。
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猪股さんはWebコンサルタント、
内田さんはFacebookコンサルタント。
中村さんと高瀬さんは、
㈱プラージュのエンジニアとディレクター。

まだまだこの世界は動いています。
だから機敏に対応しなければならない。

それこそ、小さいこと、細かいことを、
丁寧にリエンジニアリングする。

その意味で、
Weekly商人舎日替り連載、
月曜朝一2週間販促企画。

会員限定だが、「2週間」が大事。

明日の火曜日は、
常盤勝美の2週間天気予報。

さて日経新聞は私の愛読紙。
しかしいつも月曜日朝刊は、
読むところが少ない。
土・日曜にニュースが少ないから。

ただし、週末にはスポーツが華やか。
だから新聞各紙月曜版は、
スポーツ紙と化す。

朝日と讀賣が群を抜く情報量。

傘下の日刊スポーツとスポーツ報知よりも、
たぶん、内容自体は充実しているはず。

日経のスポーツ欄も悪くない。

しかし月曜の朝刊は、
新聞だけれど連載に目が向く。

今日から『経済教室』の欄に、
編集委員の田中陽さんが、
「時事解析」を書いてくれる。

ぜひ、続けて読んでほしい。
タイトルは、
「岐路に立つ総合スーパー」

「ダイエーが今月1日、
大型総合スーパー事業をやめて、
同事業をイオンリテールに移管した」

「日本最大の小売業として君臨した
『ダイエー』の看板は今後消滅する」

「イトーヨーカ堂、ユニーなども苦戦」

総務省の「総合スーパー」の定義。
「衣、食、住にわたる各種商品を小売し、
そのいずれも小売販売額の
10%以上70%未満の範囲内で、
従業者が50人以上の事業所」

ダイエーの中内功、
イトーヨーカ堂の伊藤雅俊、
イオンの岡田卓也。
それにユニーの西川俊男。

近代流通第1世代が、
1950年代後半に流通先進国の米国で
視察した店舗がヒントとなる。

田中さんは、3冊の本を紹介する。
まず上野光平著『流通産業の思想と戦略』
「品ぞろえ、店舗面積が標準化した店舗が
自転車のチェーンのように繋がって
多店舗化するチェーンストアを間近に見て、
『それへの後追い』として
日本での導入を図った」

これはまったくその通り。

中田信哉著『小売業態の誕生と革新』
中田さんは神奈川大学教授で、
「業態論」の専門家。

「だが米国と日本のGMSは
『似ても似つかない』ものとして進化する」
これはいい。

「低層階の店舗で業容を拡大する米国、
駅前の狭い土地に多層階で営業するのが日本」

これも、最初のころはそうだった。

ただし「加工食品主体の米国に対して、
日本では生鮮食品を多く取りそろえた」

ここがちょっとわからない。

今度、田中さんに聞いてみよう。

アメリカで中内さんたちが見たGMSは、
シアーズ、JCペニー、モンゴメリーワード。
非食品総合ストアだった。
私はディスカウントデパートメントストアと、
分析し、説明している。

そして米国のこの業態は、
いまも加工食品を扱わない。

最後に恩地祥光著『経営の焦点』
中内さんの側近だった恩地さんは、
ダイエーをこう表現する。
「食品から家電に至る
フルラインの品ぞろえをする
世界に類のない日本型GMSを開発・進化させた
数少ないイノベーター企業だった」

イノベーター企業であったことは確かだ。
ただし、この表現の業態は、
「ハイパーマーケット」と呼ばれ、
フランスのカルフールが、
1963年に初めてオープンさせている。

いずれにしても今、
最も重要なテーマの一つ。

田中陽さんの今週の「経済教室」。
期待しよう。

では、みなさん。
今週も、小売りの神は細部に宿る。
Good Monday!
〈結城義晴〉

2016年03月13日(日曜日)

ジジとジャン・ケン・ポン[日曜版2016vol11]

ジジ デス。
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今日 ハ 日曜日。

オトモダチ ト 一緒 ニ、
カエッテ キマシタ。
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ボク ガ 死ンデ カラ
10週間 ガ スギマシタ。

イツマデモ モドッテ クルコト ハ
デキマセン。

来週 ノ 日曜日 ハ 春分ノ日。
再来週 ノ 日曜日 ハ 復活祭 ノ イースター。

ソレカラ 4月 ニ ハイッテ
4月12日 ガ ボク ノ 百箇日。

タブン ソノコロ。
ボク ハ モウ
オトーサン ニモ
ミナサン ニモ
アイニ クルコトガ
デキナク ナリマス。

サミシイ。

2014年2月2日。
20140202192112.jpg

スゴク 暖カイ 日 デシタ。
20140202192137.jpg
春ミタイ デシタ。

オトウサン ガ
ボク ト 遊ンデ クレマシタ。
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ボク ハ 尋ネマシタ。
「ナニ スルンデスカ?」
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「じゃんけんぽんは、どう?

ジャア ボク ハ 右手。
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サイショ ハ、グー!
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ジャン・ケン・ポン!
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「わあ、おとうさんのかちだ!」

・・・・・・・・・。

「もういっかい?

サイショ ハ、グー!
ジャン・ケン・ポン!!
20140202193659.jpg

アイコ デ ショッ!
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「また、お父さんのかちだーっ。
うれしいっ!」

・・・・・・・ナンカ、
ボク、ツマンナイ。

「まけてあげるから、
もいっかい、やろっ!?」

サイショ ハ、グー!
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ジャン・ケン・ポン!
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コンド ハ、ボク ノ 勝チ?

チョット、ウレシイ。

モイッカイ。

サイショ ハ、グー。
ジャン・ケン・ポン!
20140202193841.jpg
ワァ、ボク、
マタ 勝ッタ。

・・・・・・・・デモ、
ナンダカ、
ツマンナイ。

ボク ハ グー シカ、ダシテナイシ!
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ジャン・ケン・ポン、
ボク ニハ、ムイテナイ ミタイ デス。

デモ、オモシロカッタ。
タノシカッタ。
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オトーサン ト アソブナンテ、
メッタ ニ ナカッタ カラ。

今日 ハ モドッテキテ、
ヨカッタ。

モウ 残サレタ 時間 ハ
アンマリ ナイ ケレド。

〈『ジジの気分』(未刊)より〉

2016年03月12日(土曜日)

成城石井・原昭彦&鎌倉シャツ貞松良雄の「本籍地と現住所」

名門・ 川奈ホテル。IMG_7934-6

1936年(昭和11年)建造、
近代化産業遺産。
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椰子の木にライトがあたって、
夜景も美しい。
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年に二度の、
第一屋製パン細貝会のゴルフ懇親。
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前列右からゲスト。
エブリイの岡崎雅廣さん、
左からお二人目がさえきの佐伯行彦さん、
後列は右からお二人目が、
丸正の飯塚司郎さん、
それから和幸の日比生賢一さん、
マルナカの中山明徳さん、
和幸の日比生泰宏さん。

真ん中が第一パン会長の細貝理榮さん、
そして左が第一パン社長の前川智範さん。

今回は会社名は略称で恐縮。

ゴルフの名手が集まる会で、
もう20年も続いている。

私はこの会を、
とても大切にしている。

さて今週は、ずいぶんと、
人物がクローズアップされた。
日経新聞はすばらしい。

「私の履歴書」は、
アイリスオーヤマの大山健太郎さん。

「住」分野の大山さんに対して、
「食」と「衣」の経営者おふたり。

『私の課長時代』には、
成城石井社長の原昭彦さん。
先週今週と、上下に分けての登場。

原さんは1990年、
新卒で成城石井に入社。
生粋の成城石井マン。

入社後は、本店の成城店と並ぶ青葉台店に配属。
実家は八百屋だったが、日配部門に入った。

それから96年2月、
本部の営業一課主任に異動。

物流関係の構築やチラシ作りなどの販促、
開店の準備や店舗運営など。
スーパーマーケットの「何でも屋」

これが社長としても大いに役立っている。
そして2000年、
営業本部日配・乳製品課課長就任。
これが原さんの課長時代。

主な仕事はチーズや生ハムの買い付け。
イタリアやフランスなど海外を飛び回った。

苦労したのは為替。

課長就任当時は1ユーロ=100円前後、
それが07年には160円前後。
円安が進んで、商品価格は約1.5倍。

売価を抑えるため、
「空輸に使う航空会社を変えたり、
フランス各地で生産されたチーズを
パリに集めてから一括して運んだり」

こうした輸入業務と売価抑制の努力が、
「他店との価格面での差別化」になった。

食品添加物の含有量や規格に関する基準も、
この課長時代に勉強し、それをクリアさせた。

2000年当時の店舗数は20店舗以下。
この規模での買い付けロットは少ない。

毎週、店を回って現場を見た。
顧客と会話した。
店の担当者とも仕入れた商品の売り方を、
コツコツと話し合った。

看板商品の「プレミアムチーズケーキ」は、
発売当初は全く売れなかった。
しかし原さんは、
「価値が伝われば必ず売れる」と信じた。

07年の新丸ビル店開業時に、
専用売場をつくって、試食販売した。
1日1000本を売り切る大ヒットとなった。

その07年に営業本部本部長に就任。
店舗オペレーションの構築や管理などを改革。

この時代、100㎡規模の小型店に挑戦。
小型店化と店舗数増加のため、
物流網構築で苦労した。

現在、ローソンの傘下に入っても、
存在感を示す成城石井。

その代表取締役社長として、
原さんも存在感を示す。

店舗売場担当者から始まって、
「何でも屋」の主任を経験し、
海外でのバイヤー、
さらに営業本部長と、
営業のすべてを経験した。

これが原昭彦の強みであるし、
成城石井の強みとなっている。

もうおひとりは、
貞末良雄さん
メーカーズシャツ鎌倉社長。
日経夕刊『こころの玉手箱』に1週間登場。

私も鎌倉シャツを愛用している。

1964年、千葉工業大学電気工学科卒、
エンジニアとして勤務。
66年ヴァンヂャケット入社。
78年同社倒産により、退職後、
93年にメーカーズシャツ鎌倉を創業。
現在、国内25店、米国2店を運営。

連載第1回の月曜日の「玉手箱」は、
VANカーペンターキット。

VANヂャケットを立ち上げ、
ファッション史に名を刻んだ故・石津謙介さん。

その石津謙介に向かって、
「先生、それならあの
『カーペンターキット』をいただけないですか」

1978年4月、会社は事実上の倒産。
貞松さんは商品管理部長。

若手の再就職先探しに奔走して、
「とうとう自らも会社を去る日がやってきた」

その時の二人のやり取り。

「カーペンターキット」は米国風大工道具。

絶頂期にVANが仕掛けたのが、
米国ライフスタイル紹介キャンペーン。
その懸賞品として作られたもの。

「真っ赤な下地に白抜きでロゴの入った箱に、
迫力たっぷりのノコギリやハンマーが収納されている」

わずか100ほどしか作られなかったキットは、
まさに羨望の的で、連日電話は鳴りやまず。

社員ですら実物を見る機会がなかった。

そのキットが石津健介さんの部屋に飾られていた。
貞松さんは最後の最後にそれを所望した。

「おお、いいよ。持って行きなさい」
石津謙介さんの返答。

「VANは、ファッションを考える時の指針であり、
経営についての反面教師であった」
貞松さんは述懐する。

現在、このキットは100万円の値が付く。

いい話です。

第3回目は、
『いつどこで なにを着る?』の初版本。
石津謙介著、1965年出版。

はじめて「TPO」を提唱した本。
時間=タイム、場所=プレース、
そして場合=オケージョン。

渥美俊一先生はこれにSを加えた。
スタイル=ライフスタイル。

そのもとになるTPOは石津謙介が主張した。

「石津先生のこの本は今、
読み返しても全く古くさい感じがしない。
それは、相手に礼を尽くすという
普遍的ルールに着眼して書かれているからだ」

石津謙介への心酔ぶりがうかがわれる。

最終回の連載5回目は、
「VAN時代の復刻ブレザー」
鎌倉で起業して20年を迎えた2013年、
アイビーをよみがえらせるパーティを開こう」

当然、ドレスコードはアイビールック。

ホストたる我々のユニホームとして、
一念発起で復刻ブレザーをつくった。

厚手のメルトン生地、
胸には我が社オリジナルのエンブレム。
そして当然、金ボタン。

13年12月、
「復刻ブレザーを着た我々は、
あくまでワキ役だった」

ゲストとして集まったのは、
60代を 中心とする、かつてのアイビー小僧。
「『青春よ、よみがえれ』とばかりに
めかし込んだ熟年のしゃれ者はみな輝いていた」

このパーティと復刻ブレザーによって、
貞松さんは個人的に古巣への恩返しを考えた。

「だが終わってみれば、
これからもうひと花も、ふた花も咲かせたい
という気持ちの方が強くなっていた」

私は商人の本籍地と現住所を訴える。

貞松良雄の本籍地は、
石津謙介とVANヂャケット、
現住所は鎌倉シャツ。

原昭彦の本籍地は成城石井、
現住所はローソン傘下の成城石井。

おふたりとも本籍地を、
極めて大切にしている。

輝ける本籍地こそ、
幸せな商人の原動力である。

そういえば、川奈ホテルも、
本籍地・大倉財閥、
現住所・プリンスホテルだった。

〈結城義晴〉

2016年03月11日(金曜日)

5年後の3・11――「そのあとがある」と「元気を売ろう」

2011年3月11日。
東日本大震災。
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あれから5年。

死者は1万5894人、
行方不明者は2561人。
震災関連死は約3400人。

ご冥福を祈りたい。

祈り続けて、
街を、村を、
復興から振興へと導きたい。

谷川俊太郎さんの詩。
「そのあと」

そのあとがある
大切なひとを失ったあと
もうあとはないと思ったあと
すべて終わったと知ったあとにも
終わらないそのあとがある

そのあとは一筋に
霧の中へ消えている
そのあとは限りなく
青くひろがっている
そのあとがある
世界に そして
ひとりひとりの心に

そして、結城義晴。
「元気を出そう・元気を売ろう」

元気を出そうよ。
それがあなたの仕事です。
元気を売ろうよ。
それがあなたの役目です。

お客さまに笑顔が戻る。
街に活気が蘇える。
あなたの商品のおかげです。
あなたのサービスのたまものです。

たとえ店頭から、
商品が消え失せようとも。
たとえ倉庫が、
空になろうとも。

あなたは店を開けようよ。
あなたは売場に立ち続けようよ。
店で元気を出そう。
売場で元気を売ろう。

元気があなたの付加価値です。
元気があなたの利潤です。

苦しい時にも、
元気が買える。
どんな時でも、
元気が貰える。

たとえ地震に
襲われようとも。
たとえ津波に
見舞われようとも。

店を開けよう。
売場に立とう。
元気を出そう。
元気を売ろう。

それがあなたの仕事です。
それがあなたの役目です。

店を開けよう。
売場に立とう。
元気を出そう。
元気を売ろう。

今日、午後2時46分。
私は静岡県の伊東駅に立っていた。
そこで静かに、黙祷した。

忘れてはならない。

そのあとがある
世界に そして
ひとりひとりの心に

だから商人は、
元気を出そう。
元気を売ろう。

日経新聞にお二人のmessage。
ひとりはマハティール・ビン・モハマドさん。
マレーシア元首相、90歳。

「ただただ衝撃を感じた。
多くの家が破壊され、
たくさんの命が失われた。
悲しい出来事で影響が
どこまで広がるかを心配した。
だが1年後に仙台を訪問した際には、
がれきの除去がすでに進んでいた。
日本人はよくやったと思う」

「もちろん復興は完全ではない。
だが5年間という月日は長くない。
日本だからここまで復興できたのだ。
他の国なら国民はより感情的になり、
様々な問題が生じただろう」

「日本は
自然災害や人的災害を克服する能力を
世界に示した」

もうひとりはジョン・ルースさん。
2009~2013年に駐日米大使、61歳。

「東北の人々が5年たった今も
地震や津波、原発危機に苦しんでいることが
私の頭から離れない。
人々があの危機に
いかに立ち向かっているかを
みることほど感激することはない」

「われわれにとって重要なことは
東北の人々のことを考え続け、
手を差し伸べることだ。
インフラを整備するだけでなく、
多くを失った人々の心を
いたわることを考えなければならない。
私は日本に行くたびに
日本のことが好きになる。
いまだにトモダチ作戦の時の
駐日米大使として感謝されるからだ」

「震災直後に訪ねた避難所でのことだ。
自然に財産を奪われ、
命を奪われたにもかかわらず、
人間の精神は奪われていなかった。
10歳ぐらいの少年が近づいてきて、
慰めるように私に手を回して抱きついてきた。
私はこの場面を決して
忘れることはないだろう」

「オバマ大統領はこの危機のさなかに
米国が役立てることは
何でもしてほしいと言った。
米国がアジア太平洋地域で
最も近い友人であり、
同盟国である日本との関係を
深化させることができたのは、
誇りに思う」

「私たちはこれからも
東北の人々のことを忘れることはない。
将来、われわれの手助けが必要なときは、
そばに行って必ず力になる」

毎日新聞には、
宗教学者の山折哲雄さん。
国際日本文化研究センター名誉教授。

2013年の詩は、
「平成地蔵讃歌」

いのちの対話がはじまるんだよ 
別れ別れになってしまった親と子 
顔を見あわせることができなくなった夫と妻 
手をにぎることができなくなってしまった 
おじいさん おばあさん

死んでしまった人と
生きのこった人の 

その出会いのばしょで 
そのばしょに 
おじぞうさんが立っている

山折さんのコメント。
「日本は災害列島です。
研究もさることながら、
むしろ発生した後の人々を支えること、
震災関連死を未然に防ぐことこそが、
そこに生きる者の覚悟ではないでしょうか」

商業はそれを未然に防ぐことに貢献する。

「『のど元過ぎれば』で、
再び自然をコントロールできる気になっている
人間の傲慢さが震災後、
多くの人々をかえって苦しめていないか」

5年前のあの日。
日本人に突きつけられたのは、
「いかに生き、いかに死ぬか」の問いだ。

いつしかその問い自体が風化しつつある。

「まず豊かさや利便性への
我々の『欲望』の存在を認め、
その上で問い直そう」

「便利な暮らしを手放したくない、
より便利で豊かに暮らしたい、
という欲望は誰もが持っている。
しかし欲望を追求した果てに
何が待っているのか。
私たちの本当の幸せがあるのかを
皆で問い直すべきなんです」

ビジネスは人々の欲望に応えることだ。
しかし「本当の幸せ」を問い続けねばならない。

ピーター・ドラッカーのイノベーションとは、
新しい、より大きな「富=幸せ」を生むことだ。

「人間が自分たちの欲望を本気で
コントロールする必要性を感じなければ」

「鍵を握るのは、
『欲望の譲渡』ということです」

「欲望をただ充足しようとするのではなく、
また、禁欲するのでもなく、
自らの欲望と手にした果実を
一時的に棚上げし、
自分より満たされていない他者に譲渡する。
そこに価値を見いだす」

自分の欲望ばかりに執着することを、
「餓鬼」という。

「例えば、私たち高齢者のうち、
余裕のある者はこれ以上の欲望の追求を控え、
若い世代をサポートし、次世代に何かを託す。
そんな価値観の転換が震災後のこの国で
求められているのではないでしょうか」

東北や北関東の被災地を見ていると、
次世代に託すことの重要性を思う。

最後に『新約聖書・ローマ人への手紙5章』
「艱難が忍耐を生み出し、
忍耐が練達を生み出し、
練達が希望を生み出す。
この希望は
失望に終わることがない」

合掌。

〈結城義晴〉

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