村木厚子と結城義晴の「コバンザメ作戦」

三連休の最終日。
店長たちはいったい、
どんなマネジメントをするのか。
さて、商人舎流通SuperNews。
週末に「店舗情報Weekly Review」が出ている。
山本恭広編集長が新たな試みをしている。
3月20日のWeekly Review|
3/16~19の新店・改装/コメリの集中出店とSCの改装

週末を楽しみにしてください。
もっともっと記事の改良を進めます。
さて日経新聞最終面「私の履歴書」
今月は村木厚子さん。
冤罪事件に遭った元厚生労働次官。

1955年、高知県に生まれる。
1974年3月、名門私立土佐高等学校卒業。
1978年3月、国立高知大学文理学部経済学科卒業。
そして1978年4月、労働省入省。
地方の国立大学で国家公務員は珍しい。
昨日のタイトルは、
「両立」。
1988年、婦人局婦人政策課の課長補佐になった。
32歳の時だ。
婦人局での仕事はとても忙しく、
毎日遅くまで仕事をする日が続いた。
「一生働く」と決意したが、
仕事と育児の両立に苦労した。
大変なことも多い。
「一方で、違う2つの世界があるからこそ、
気持ちが切り替えられ、
ストレス解消になる部分もある」
「1本の杭の上に立つより、
2本の杭の上に立った方が
安定するのと同じだ」
これは、実にいいたとえだ。
「綱渡り 下を見なけりゃ 怖くない」
これが村木家の家訓になった。
万代知識商人大学第11期には、
両立を果たしている女性社員が多い。
「1本の杭の上に立つより、
2本の杭の上に立った方が安定する」
そして2本の杭の上に立つ人は、強い。
今日のタイトルは、
「課長」。
1997年、41歳で、初めて課長になった。
「課長は役所の業務の中心にいる、
一番やりがいのあるポストだろう」
チェーンストアの組織で言えば、
「店長」だろうし、
雑誌社で言えば「編集長」
役職は「障害者雇用対策課長」
友人の支えは大きかった。
「役人は1年か2年で担当が変わるから、
スタートダッシュが大事」
日経連の西嶋美那子さんが、
詳しい人を集めた会合を開いてくれた。
「彼女は日本IBM出身で、
女性労働や障害者の問題に知見が深かった」
「企業の障害者雇用の担当者や、
ハローワークの現場の職員……。
いろいろな話が聞けた」
「どうやって早く、
いい情報源にいきつくかは、
どの仕事でも大事なことだと思う」
チェーンストアでは、
とくに経営者がそれだ。
バイヤーやマーチャンダイザーも同じ。
村木さんは、
子どものころからの人見知りだった。
「大人になるにつれ
仕事では話せるようになったが、
自分から積極的に話せるタイプではない」
「そこで『この人』と思った人についていって、
その人のネットワークに入れていただく」
名付けて「コバンザメ作戦」
村木さんは「後輩たちにも勧めている」
私もお勧めしたい。
私の場合、最初は、
編集長のコバンザメになった。
有名な故緒方知行編集長。
15歳年上だった。
中内功さんや伊藤雅俊さん、
岡田卓也さんにも、
多くの偉大な経営者には、
最初は緒方さんのコバンザメで、
お会いすることができた。
慶応義塾大学の村田昭治先生にも、
学習院大学の田島義博先生にも、
とにかく緒方コバンザメだった。
小野貴邦さんにも、
緒方さんの縁で出会った。
次は10歳上の故高橋栄松先輩。
高橋さんはのちに販売革新編集長となった。
関西スーパーの北野祐次さんには、
高橋コバンザメでついていった。
社外の人ではとくに荒井伸也さん。
緒方コバンザメで荒井さんに出会ったあとは、
その荒井さんについていった。
私のほうが緒方さんより親しくなった。
そしてさまざまな経済人に引き合わせてもらった。
故杉山昭次郎先生にも、
私はコバンザメをやった。
おかげで上野光平先生の勉強会では、
門前の小僧となった。
もちろん渥美俊一先生にも、
コバンザメだった。
ほとんどのチェーンストアトップには、
渥美先生と一緒に会い続けた。
連合会長の高木剛さんにも、
渥美コバンザメで出会った。
高山邦輔先生にも石原靖曠先生にも、
それから山本浩史先生にも、
コバンザメをやらせてもらった。
コバンザメの重要な心構えは、
誰に対しても「誠実を尽くすこと」。
そして必ず「成長のあと」を見せること。
前者はIntegrityと言い換えてもいいし、
後者はInnovationを見せることである。
IntegrityとInnovationが、
「コバンザメ作戦」に成果をもたらすのだ。
〈結城義晴〉






















