廣田正さん、ご逝去「廣田の後に廣田なし」/伊藤園陳列コンテスト

Everybody, Good Monday!
[2025vol㉗]
2025年第28週。
7月第2週。
七夕。
二十四節気の小暑。
暑い日です。
訃報。
廣田正さん。
「廣田の前に廣田なく、
廣田の後に廣田なし」
私は言い続けた。
㈱菱食社長、会長を担って、
食品卸売業界にこの人ありと言われた。
商人舎流通SuperNews。
訃報|
廣田正㈱菱食(現三菱食品)元社長・会長逝去/92歳
7月3日(木) 、老衰のため、
92歳で永眠された。
最後に一緒に撮った写真は、
学習院マネジメントスクールの最終講義のとき。
1933年2月27日のお生まれ。
1955年、慶応義塾大学経済学部卒業後、
(株)北洋商会入社。
社員38人、年間売上高10億円の会社だった。
しかし会社はぐんぐん成長した。
1962年、林周二著『流通革命』がベストセラーになった。
廣田さんが入社して、7年経ったときだ。
「問屋無用論」がジャーナリスティックに書かれていた。
しかし、この試練を廣田さんと菱食は、
くぐりぬけてきた。
1960年代、廣田さんは、
「不満足領域の継続は新産業を生む」と信じた。
そして「後進の先進性」を学んだ。
1970年2月、同社取締役、
1973年2月、常務取締役。
1979年、北洋商事と野田喜商事㈱、新菱商事㈱が、
3社合併をして㈱菱食が誕生した。
1982年3月、代表取締役専務取締役、
1987年3月、代表取締役副社長、
1989年3月、代表取締役社長。
私はこの年に食品商業編集長となった。
そして廣田さんと深くかかわるようになった。
1995年、東証二部上場、
1997年、東証一部指定替え。
2003年1月、代表取締役会長。
「食品卸売業の仕事を通じて、
社会に貢献していく」
それがライフワークとなった。
そして常に透徹した眼で、
仕事と市場を見続けてきた。
だから小売業に対しても、
製造業に対しても、
総合商社に対しても、
見解や発言がぶれることはなかった。
多くの卸売業と合併し、吸収し、
会社を大きくしてきた。
「50人の会社がかかる病気、
100人の会社がかかる病気。
幼年期・少年期・青年期に
人間がかかる病気がそれぞれありますが、
あれと全く一緒」――。
いろいろな会社の成長を見続けた。
㈱商業界の抱えていた問題を、
廣田さんに助けてもらって、
解決したことがある。
有難かった。
そして私は、大手小売業に対して、
あえて苦言を求めた。
廣田さんは率直に答えてくださった。
「本当は消費者の代わりに
小売業さんが決めているから
小売業さんに価格決定権があって
しかるべきということであって、
その向こうに消費者がいるということを、
ややお忘れになった企業があったのではないか」
「メーカーにとって卸売業が顧客ではない。
卸売業にとって小売業が顧客ではない。
メーカーも卸売業も小売業も、
コンシューマーが共通の顧客だ」
コーネル大学ジャパンでも講師として、
毎年講義をしていただいた。
5つの提言をしてくださった。
1.成長と膨張は違う。
これは田島義博先生の言葉。
2.不満足領域の継続は新産業を生む。
廣田さんの信念。
3.企業の利益はその企業が果たした社会貢献の対価である。
4.「脱皮」には「単純脱皮」と「変態脱皮」がある。
企業の成長には変態脱皮が必要だ。
5.構造変革期にはリーダーの役割がより重要となる。
「志」を持った指導者になってほしい。
とりわけ志の高いリーダーだった。
廣田の前に廣田なく、
廣田の後に廣田なし。
いまでも、そう思う。
廣田さん、
ありがとうございました。
さようなら。
2025年春期お~いお茶陳列コンテスト。
その最終審査会。
本社エントランスホールには、
ドジャーズの大谷翔平選手の等身大パネル。
その隣にユニフォームが飾られている。
2024年から伊藤園のグローバルアンバサダー。
MLB30球団スペシャルエディションボトル。
今年に入って、
陳列コンテストは2回に分けて行われた。
第1弾が1月20日から2月28日まで、
第2弾が3月3日~4月6日まで。
事務局からコンテストの概要と審査についての説明。
審査委員は伊藤園トップの3人の皆さん、
それから商人舎の二人と食品商業編集長。
陳列コンテストは、
ドジャーブルーの大谷選手を際立たせた、
応募作品が多数を占めた。
応募店舗数も過去最大。
翔平効果だ。
4つのコースごとに6人の審査員が、
いいと思う作品に付せんを貼っていく。
付せんの多い作品が選抜されて、
最後は審査員の議論で、
大賞と優秀賞を決める。
店舗賞を決めたら、次は企業賞。
それぞれの企業全体の取り組みを評価する。
こちらも大賞および優秀賞を選ぶ。
すべてのコースの賞を決めたら、
審査員が一言ずつ講評を述べる。
最後は雑誌のための審査員の写真撮影。
それぞれに商品を持ってポーズ。
真ん中から右に本庄大介社長、
本庄周介副社長と神谷茂専務。
私の左が松井康彦商人舎プロデューサー、
梅澤聡食品商業編集長。
最後の最後は、
審査会に携わった全スタッフが集合。
最終審査会までしっかりと選考してくれた。
ありがとう、感謝します。
審査会が終わると、
役員応接室でお茶をいただきながらの、
恒例の情報交換。
どういうわけか故人の話になった。
慶應義塾大学名誉教授の故村田昭治先生。
私は商業界に入社したばかりのころ、
「村田番」だった。
つまり村田先生担当。
村田昭二のトップマネジメントリレー対談。
本庄大介さんも村田先生をよく知っていて、
話は盛り上がった。
故渥美俊一先生の話に移って、
この話も盛り上がった。
梅澤編集長や山本恭広編集長も、
大いにお世話になった。
その渥美先生の『商業経営の精神と技術』は、
私がゴーストライターをやった。
商業界40周年記念出版だった。
それからドン・キホーテやロピアの、
居抜き出店の話など。
大介社長、周介副社長ともに、
実にチェーンストアの情報に詳しくて、
情報交換は盛り上がる。
楽しいひととき。
そのあと私は品川から新幹線に飛び乗った。
そして新大阪へ。
今日は故人のことを思う日だった。
合掌。
では、皆さん、今週も、
志高く、ありたい。
Good Monday!
〈結城義晴〉