結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2010年09月13日(月曜日)

「どや顔」と「伺い顔」、そして上海訪問記(その3 ウォルマートの巻)

Everybody! Good Monday!
[2010 vol37]

昨日、上海の短い旅から帰国した。

そして今日から、2010年9月第3週。
年の初めから勘定すると、第37週目。

上海では、夕方、スコールのような大雨が降って、
気温は26度前後。

東京・横浜は、まだ35度を越える猛暑日。
それでも朝夕は、ずいぶん涼しくなった。

元気全開で、秋を楽しみたいものです。

今週は、明日、14日火曜日が、
民主党代表選挙の投開票日。

日本の総理大臣に直結する選挙だけに、
大いに注目しなければならないが、
いかんせん、民主党内の党首選び。

これは党員、サポーターか、
地方自治体議員、国会議員でなければ参加できない。

私はもちろん特定の政党を支持するものではないから、
今回は傍観者。

しかしその傍観者の生活や仕事に、
大きく影響を及ぼす選挙になる。

しかも日本国の政治経済は、緊急課題山積。
国際的にみても、歴史をふりかえっても、類をみないほど、
現在の日本のリーダー選びは重要だ。

その人物が明日、決まる。

今週末は、新しい首相に沸き上がるときとなる。

今週末から来週まで、
20日月曜日の敬老の日、23日木曜日の秋分の日など、
祭日が挟まって、飛び石連休。

4月末から5月はじめの「ゴールデンウィーク」に対して、
この9月下旬を「シルバーウィーク」 と呼ぶことがある。

「祝日法」で、敬老の日が第3月曜日に固定されている。
曜日周りで秋分の日が、水曜日となり、
間の火曜日が「国民の休日」となって、5連休になる場合、
とくに「シルバーウィーク」が強調される。
昨2009年がその典型。

今年は、飛び石連休。
昨年対比のみの基準で営業計画を作っていると、
「今年は予算達成できない」といったことになるかもしれない。

ご注意あれ。

「ゆめゆめ欲かくべからず」。

さて今、若者たちの中ではやっている言葉。

「どや顔」

関西弁で「どや!」
と、見栄を切ったときの顔。

自慢顔。
得意顔。
したり顔。

中国を歩いていて、彼らは、
この「どや顔」ばかりであることに気づいた。

しかしここには、
裏付けとしての自信がある。
本質的な熱意がある。
欲の強さがある。

それに対して日本人。
一国の首相になろうとするのに、
ご機嫌伺い顔。

「どや顔」をすると、
マスコミや国民大衆から、
すぐさま非難批判の大合唱。

クレージーキャッツにたとえると、
ハナ肇・植木等が「どや顔」タイプ。
一昨日亡くなった谷啓は典型的な「伺い顔」タイプ。

とうとう、みんな故人になってしまった。

小沢一郎は「どや顔」型。
菅直人は「伺い顔」型。

今や日本人は、総谷啓化。
成熟社会の「伺い顔」。
高度成長型の「どや顔」は、
敬遠される。

かくして「どや顔」は、
お笑いの世界に押し込められてしまう。

政界から引退したハマコーの「どや顔」は、
故横山やすしの「どや顔」に通ずる。

しかし、努力と研鑽の挙句に生まれる「どや顔」。
私は、嫌いではない。

今の中国人の「どや顔」、
私は嫌いではない。

その中国の小売業。

世界第1のウォルマートは、2010年1月31日段階で、
中国に279店を展開。

1991年にメキシコに進出してから、
ウォルマートの世界戦略は始まった。
その前年の1990年にアメリカ第1の小売業に躍り出た、翌年のこと。

そして翌1992年、創業者のサム・ウォルトンは逝去している。

それから20年。

メキシコでは、1469店。
店数第2はブラジル434店。
第3はイギリスと日本の371店。
次はカナダ317店。

チリ252店、コスタリカ170店、グアテマラ164店と3桁が続く。

エルサルバドル77店、プエルトリコ56店、
ニカラグア55店、ホンジュラス53店と中米が続き、
アルゼンチンは43店。
そして今後が期待されるインドに1店。

インターナショナル部門は、合計4112店。

国際部門の年商は1001億ドル。
1ドル100円で換算すると10兆円。
2009年が988億ドルだったから、
年間に13億ドルの伸びと、やや伸長率は縮んだ。

ドイツや韓国からは、2006年段階で、
すでに撤退を決め込んでいる。

ドイツの店舗は、メトロに売り、
韓国の店舗は、新世界百貨店グループが経営するEマートに売却。

日本でも、撤退の意思決定が下されれば、
西友をイオンにでも譲渡することになるのだろうが、
現在も、さらなる買収先を探しているらしい。
まず、200店を超えると売却は考えにくい。
だが、この中国とインドは、
ともに人口13億人、12億人という巨大な消費国家。

ウォルマートは、必死に中国に溶け込もうとしている。
それが店舗によく表れている。

私たちが訪れたのは、
ウォルマート南浦大橋店。
英語でNanpu Bridge店。

上海一番の繁盛店で、フォーマットはスーパーセンター。
2フロアの5000坪くらい。
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ウォルマートのコーポレート・カラーはブルーだが、
中国では入り口から店内から、真っ赤っ赤。

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日本人が中華街の大きな中華料理店に入っていく感じ。

入ると、大きな門のようなデコレーションがある。
「中秋享好礼」。

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そしてアイランドディスプレーのオンパレード。
まず青果部門から。

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主通路はコの字型だが、長い長いナマズの寝床風コの字型。

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「キャベツ1個0.99元」
1元12円だから、11円くらい。
驚くべき安さ。
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葉物コーナーは、みずみずしい鮮度を持つ。

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中国野菜コーナーはケース陳列。
ここも鮮度良し。

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他の店舗では見られなかったバナナの大量陳列。
ウォルマートらしい展開。

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青果部門の右壁面に鮮魚部門。
活魚の水槽から始まる。

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その活魚。
泳いでいる魚もあるが、
白い腹を上に向けて、浮かんでいるものもある。

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鮮魚につづいて、精肉売り場。

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アール型の対面コーナーから、多段のセルフサービスコーナーへ。

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冷凍食品売場はアイランド型売場。

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ベーカリー売場は広い。

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エスカレーターの横には日本食売場。
これはちょっと勘弁願いたい。

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中通路の加工食品売場では、
メーカーの派遣社員が売り込みを展開。
中国では、これでもローコストオペレーションとなる。

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2層のスーパーセンターで、1階はオール食品売り場。
その意味では、スーパーセンターを名乗っても、
米国流とは全く違う。

なぜか。

発展途上で「高度成長」真っただ中の中国では、
食品で支持を受けなければ、大型店として成り立たないからだ。

その意味で、日本の高度成長時代に、
ダイエーや西友、イトーヨーカ堂が、
食品の強化に、「これ努めた」のも、うなずける。

スロープ式のエスカレーターで2階へ上がると、非食品の売り場。
エスカレーター脇は大切なプロモーションスペース。

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自転車売り場。
中国では電動自転車が大人気。

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主通路上では、大々的にプロモーション。
アメリカ本国の「プロジェクト・インパクト」とは正反対の政策。
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アメリカでは「アクションアレー」と呼ぶが、
島陳列ディスプレーは上海小売業界で、
最も工夫が凝らされている。
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衣料品は、「チーピー」そのもの。
現在の上海の大衆の生活水準がこのあたりにあるのかもしれないが、
南京西路にオープンしたユニクロなどと比べると、
まだまだ「安かろう悪かろう」。
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ウォルマートが、「低価格高品質」を中国に持ち込むことは、十分可能だ。
なぜ、衣料品で、それをしないのか、不思議でならない。

家電売り場はウォルマート流のつくりとオペレーションだが、
決して安くはないし、総合店としても完成されていないため、閑散としている。

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子供服売り場こそ、ウォルマートの力を発揮すべき部門だと思うが。

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壁面ではシーズン商品のダウンジャケットを展開。

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最後に店頭のカスタマーサービスコーナー。

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周辺の住宅地や駅から無料バスを走らせ、集客する。
これはどの店も常套手段。
ローコストオペレーションだからといって、バス抜きでは集客力に響く。
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ウォルマートが必死で、上海や中国に溶け込もうとしているのはわかる。
しかし、強みは強みとして生かせないのか。

ウォルマートの「どや顔」を見せつけないのか。
ウォルマートは、アメリカでは食品の後発企業だ。
中国では、その食品に力を入れざるを得ない事情は理解できる。
だからといって、非食品がこの状態では、
「強み」の薄い小売業となる。

「どや顔」のない店となる。

中国は日本と違って、
「どや顔」が受ける国。

なぜそれをしないのか。

カルフールのほうが「どや顔」をしている。

最後に、案内してくれたシン・チエさん。
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日本の関西学院大学に留学後、
日本企業に就職し、その企業の中国支社に移り、
さらに中国の消費財メーカーに転身し、
副社長を務めた才媛。

上海流通視察の折には、
シンさんを御用命ください(ご連絡は、商人舎まで)。

ご覧のように、シンさんも私も、
「どや顔」ではない。(上海訪問記は明日につづきます)

では、みなさん、
Everybody! Good Monday!

<結城義晴>

2010年09月12日(日曜日)

ジジと上海[2010日曜版vol37]

ヨコハマのジジです。

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うしろむきで、キョーシュク。

ユウキヨシハルのおとうさん、
また、ヒコーキにのって、
いってしまいました。

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シャンハイ航空という。

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チューゴクのシャンハイ。
人口ではチューゴク最大。
世界で7番目に人がおおい都市。

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そのシャンハイいちばんの名所バンド。

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おおきな河がながれていて、
夜景が、とてもきれいなところ。

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いちばんたかくて、とちゅうにまるいタマのようなものがあるのが、
ユーメイなテレビタワー。

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それにしても中国の人のエネルギー、
ものすごい。

金曜日のよる8時ごろ。
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おとうさんは、「金融牛」といっしょに写真。

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チューゴクでは、
ケーキがいいと「牛市」という。
ケーキがわるいと「熊市」という。
だから牛は、エンギがいい。

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それからホテルもよかった。
ウェスティン。
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どこからでも見える。
チューリップみたいなかたち。

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ロビーのチョーコク。

ホテルにおちついたら、
人ごみにでかける。

たいへんです。

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「ユウエン」。
中国のふるい庭園。

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まんなかに池があるけど、
ここもひとだらけ。

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ボクは、ひとごみ、
にがてです。

いったことがない。

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でも、お寺は、
ひかくてきに、
しずかです。

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その名も「静安寺」。
おおきな大仏さま。

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これは、のぞいてみてもいいかな?

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もちろん、おとうさんは、
シゴトもしました。

ウォルマート。

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あんないしてくれたのが、
ジェーン・シンさん。

シティ・ショップでは、
カイセツしました。

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お店にいくと、おとうさん、
いつも、元気がでてきます。

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ユニクロのあたらしいお店は、
すばらしかった。

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シャンハイの夜は、
おいしい食事がまっている。

これは、うらやましい。

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シーズンには、ちょっとはやいけれど、
やっぱり、シャンハイガニとショーコー酒。

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バンドからプートンをみおろすレストラン。
M on the Bund。

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ここではフランス料理と赤ワイン。

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おとうさんは、
チューゴクのエネルギーをすいとって、
ゲンキをもらって、
かえってくるとおもいます。

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これからいそがしい秋。
でも、たのしみです。

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秋にむかって、ゲンキのでたおとうさん、
ボクは、あんしんしています。

<『ジジの気分』(未刊)より>

2010年09月11日(土曜日)

中国・上海訪問記[その2]外灘に登場した「金融牛」と「牛市・熊市」 

民主党代表選挙の投開票が14日に迫った。
来週の火曜日。

菅直人と小沢一郎の一騎打ち。
各紙とも、自前の調査をかけて報道。
どこまで客観的かは、わからない。

国会議員票822ポイントは拮抗し、
地方議員票100ポイント、
党員・サポーター票300ポイントで、
「菅有利」と伝える。

塩野七生さんは、著書『日本人へ 国家と歴史編』で、
エッセイを書いている。

「拝啓 小沢一郎様」

民主党が政権をとる前の話。

アメリカもイギリスも、
フランス、ドイツも、
ロシアや中国も、
そしてイタリアさえも
政権が安定している。
その外にいるのは日本だけ。

「危機を打開するには、何をどうやるか、よりも、
何をどう一貫してやり続けるか、のほうが重要です」

まさしくその通り。

そこで、民主党が政権をとったと仮定して、
「私にはどうしても、選挙で民主党が勝ちさえすれば、
それがイコール日本の政治の安定になるとは思えないのです」

鋭い。

完璧に当たっている。

そのうえで小沢一郎氏に直言する。
「こうなると大手術をするしかないのではないでしょうか。
自民党と民主党の、今すぐの大連立です」

「それをやれるのは、小沢様、あなた御一人です」

「あなたも、私の作品を読んで下さるお一人と聞きました。
ならばおわかりでしょう。
古代のローマ人が、『勝って歩み寄る』名人であったことを。
あなたも、政治屋ではなくて政治家として、
名を残したいとは思われませんか?」

国民に、そして民主党地方議員や党員・サポーターに、
「今すぐの大手術」の緊急性がわかっているかどうか。

これが、問題ではあるが。

さて、一昨日から中国・上海。
ウェスティンホテルに宿泊して、
快適な視察をこなしている。

ウォルマート、カルフール、テスコ、メトロ。
地元のセンチュリーマート、シティ・ショップ。

そして中国人にも大人気のユニクロなどなど。

今日は週末なので、
そのレポートは来週月曜日からお届けするとして、
今日は「金融牛」のお話。

上海の観光メッカは、外灘(ワイタン)。
バンド(Bund)と通称される。

黄浦江と蘇州河の合流地点から南の黄浦江西岸地区。
大きな河川沿いに租界時代の西洋建築が並ぶ。
日没からその建築物がライトアップされ、
別世界のようだ。

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その一角に人だかり。

近づいてみると、
巨大な牛の銅像。

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「金融牛」

牛は、中国では「粘り強く、勤勉で、豊かなもの」の象徴。
まあ、現代の中国人も、ほとんどの人が、
牛のようになりたいと思っている。

古代、商売は物々交換から始まったとされるが、
最も早く等価交換の対象の一つとされたのが牛。
「貨幣の起源」のひとつともいわれている。

バンドの対岸の新都心・浦東区には、
上海証券取引所の地上27階、地下3階の建物がそびえている。
いわば、共産党一党独裁政権下における市場経済主義の象徴。

そのロビーにも、大理石の牛が鎮座する。

今年6月15日。
このバンドに登場したのが、この牛の銅像「金融牛」。
経済発展の願いが込められた銅像は、
全長5.2m、高さ3.2m。
作者は、Arturo Di Modica氏。
Modica氏は、イタリア系のアーティストで、
ニューヨーク・ウォール街の雄牛像「チャージング・ブル」も制作している。

上海市は、「外灘金融集積地帯」計画を推進中。
このバンドを含む黄浦江西岸に金融機関を集積させるプラン。

「金融牛は中国と上海の経済の活力を表現している。
外灘の金融文化のシンボルにしたい」

金融牛の色は中国人が好きな赤色。
尻尾は上向きに、跳ね上げられ、
頭は少しだけ上を向いている。

中国の証券界では、面白い用語を使う。
相場が上がり続けることを「牛市」といい、
下がり続けることを「熊市」という。

牛は、「粘り強く、勤勉で、豊かなもの」の象徴。
「貨幣の起源」のひとつ。
対して、熊は、下を向いてノソノソ歩くものの象徴。

私も、日本商業に「牛市」の到来を願って、
金融牛と一緒に写真。

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この牛、なかなか使いこなすのは難しいかもしれない。

しかし、危機を打開するには、
「何をどうやるか」よりも、
「何をどう一貫してやり続けるか」

一貫してやり続けるものに、
「牛」は粘り強く、勤勉に従うに違いない。

では、みなさん、良い週末を。
私も、週末には帰国します。

<結城義晴>

2010年09月10日(金曜日)

日本&インド経済連携協定と結城義晴の中国・上海訪問記[その1]

日本振興銀行が経営破綻。
金融庁から行政処分を受けて経営再建中だった。
今年6月末時点で、総額1870億円の債務超過となっていたが、
この9月の中間決算で、さらに大幅債務超過の見込み。
そこで東京地裁に民事再生法の適用を申請する。

今朝、金融庁は全業務の停止を命令。
本店と全国約110の支店は開店しなかった。
従って、預金の引き出しもできなくなった。
今後は、金融庁が一時期、政府の管理下に置き、
「受け皿」金融機関を探して、売却によって再建の予定。

しかし、ここへきての金融機関の破たんは、
経済界のマインドの沈下を増進させる。

一方、嬉しいニュースもある。
日本とインドは、
経済連携協定(EPA)に大筋合意。

朝日新聞が一面トップで取り上げた。
EPA合意によって、
両国間の貿易・サービスなどの自由化が進められる。
中国に次ぐ12億人以上の人口を抱えるインド。
しかも中国以上の今後の成長が見込まれるインド。

インドから日本への輸出額の97%の商品、、
日本からインドへの輸出額の90%の物品、
それぞれ10年かけて関税が撤廃される。

昨年度の日本からインドへの輸出は約5913億円、
逆にインドから日本への輸出は約3478億円。

これは今のところ、中国、アメリカとの貿易量の5%前後にすぎない。

しかしインドにおける耐久消費財の普及率は、
1世帯当たり、自動車が2.7%、カラーテレビは31.7%と、
今後の需要拡大のポテンシャリティは大きい。

現在、日本から輸出する家電や自動車部品、鉄鋼製品には
7.5~10%の関税がかけられているが、
これらが10年間で撤廃される。

現在100%の税率がかけられている乗用車の関税だけは、
対象外だというが、
しかし、他の消費財など、
インドが日本のマーケットのひとつとなる公算は大きい。

さらに日本からインドへ、インドから日本への、
人的交流、技術交流も促進される。

この交流が何よりも重要だと思う。

さて私は、昨日、
その国際交流ではないが、
中国・上海を訪れた。

正午に羽田空港国際線ターミナル。
この10月に新ターミナルが誕生する。

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従って、最後の旧ターミナルからの出発となる。

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「行ってきます」

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上海航空のFM0816便。

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2時間もすると、東シナ海が見えてくる。

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そして2時間半後、茶色の海。

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千切れ雲が綿飴のようだが、
中国本土が見えてくる。
ここはヨーロッパまで続くユーラシア大陸の東のはずれ。

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上海の郊外には、開発著しい住宅群。

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日本では、もう見られない「サバブ」地区。
「サバブとは、単なる都市郊外地区ではない。
新興住宅地のこと」

故渥美俊一先生の説明の仕方。

それが上海には、次々に誕生している。

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摩天楼とまでは言わないが、
ダウンタウンが見えてきた。

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中国の人口は約13億人。
上海市は、1888万人。

2010年の国際連合の統計では、
都市圏人口では、世界第7位。
第1位東京、
第2位デリー、
第3位サンパウロ、
第4位ムンバイ、
第5位メキシコシティ、
そして第6位ニューヨーク。

もちろん中国第1の都市。
中国全体の面積は960万㎡で日本の25倍。
上海は6341㎡。

現地ガイドによると、
フリーウェイサイドのマンションの価格は、
平均4000万円くらい。

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上海のサラリーマンの平均月収が7万円ほどだというが、
「一生かかっても払えない」

「今、上海はバブル真っ只中」

交通渋滞も激しい。

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さてホテルに落ち着いて、
ワイタンへ。

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租界時代に建てられた西洋建築が並ぶ。

上海浦東発展銀行。
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対岸のプードン地区には、超有名なテレビタワー。

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そして何よりもすごいのが、
観光の人の波。

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エネルギーの塊。

これを見て、感じるだけで、
国際交流を果たした気分になる。

もちろん、中華人民共和国は、
共産党一党独裁の国家。

上海市初代市長・陳毅の銅像。
1949年、上海市を解放した陳毅は、
上海市人民政府を成立させ、市長に就任。

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この商才にたけ、エネルギーを溢れさせた、我儘な国民を、
一つにできるのはマルクス・レーニン主義しかないのかとも思ってしまう。
毛沢東や周恩来、そして陳毅らにしか、
できなかったのではないかと感じてしまう。

21世紀のテレビタワーと、
20世紀の陳毅像。

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これが今の中国だ。
胸躍る中国だ。(明日につづきます)

<結城義晴>

2010年09月09日(木曜日)

『日本でいちばん大切な会社』坂本光司教授とヤン・カールソンの「真実の瞬間」

台風一過。
熱帯低気圧と化した台風9号は、
日本列島に豪雨と涼しさをもたらした。

昨日は、鹿児島。
桜島を望みながら目覚めた。

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朝陽ががまぶしい。

桜島の姿も幾分くっきりとしてきたが、
頂きのあたりには相変わらず雲がかかっている。
だから噴煙も見えない。

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第45回商業界九州ゼミナールは、
二日目を迎え、第5講座。
法政大学大学院教授の坂本光司さん。
テーマは「なぜこの会社はモチベーションが高いのか」

第6講座は、2020誌主幹・緒方知行さん。
「景気は商人自身がつくるもの」

江口清隆運営委員長はじめ、
鹿児島同友会のみなさん、
ご苦労様でした。
立派なゼミナールでした。
ありがとう。

私は、閉講式までは出られず、
昼のJALで羽田へ。

鹿児島空港ロビーでぎりぎりまで仕事して、
最後に飛び込んだら、
なんとお隣の席は坂本先生。

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『日本でいちばん大切にしたい会社』
この本がベストセラーになって、
超多忙な法政大学大学院教授。

大学や大学院のこと、
法政と立教の違い。
研究の考え方とやり方、
ゼミや研究室の運営の仕方。
様々なことで意見交換。
私が教わることが多かった。

坂本研究室のブログも[毎日更新]。
曜日毎に院生に担当日を割り当てて、
毎日更新しているという。

坂本教授には、数年前、私がまだ㈱商業界社長の時代、
やはり商業界関東山静ゼミナールで講師になっていただいた。
それ以来二度目の出会い。

坂本先生は、「現場第一主義」。
金曜日と土曜日に講義を持っていて、
あとの月曜日から木曜日までは、
自分の研究で企業訪問や人物面談をする。

「フィールドワーク重視」の私とは意見がピタリ。

長いお付き合いを願った。

羽田に着くと、大雨だった。

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鹿児島・桜島の朝陽に対して、
東京の豪雨。
日本列島は広い。

さて世間では、鈴木宗男代議士の最高裁上告棄却で大騒ぎ。
懲役2年の実刑確定、収監され、議員失職と決まった。

一方、朝日新聞は社説で、訴え始めた。
「円高ドル安 もう『恐怖症』を超えよう」

昨日私が書いたことは、
「『円高円高』と嘆くのは、
輸出産業に頼った従来型日本経済の習い性。
この高い円を使って、今のうちに、
できることをやっておくことだ」

同じことを朝日も主張し始めた。

「円高にたくましく順応していく新しい産業構造」
そのデザインが必要で、
「政府の企業家精神」が求められていると総括。

しかし最後のところは、まったく無責任だと思う。

自分たちもいっしょに、
現場で、そのグランドデザインを描き、
産業構造を変えよう。
決意表明しなければいけないと思う。

緒方知行さんではないが、
「景気は自分でつくるもの」
他力本願では絶対にない。

現場で、一店一店が、
一つひとつの売り場が、
一人ひとりの商人が、ビジネスマンが、
小さな需要に対して、小さな購買を促す。
それが小さな販売となって、
小さな顧客満足となる。

スカンジナビア航空を立て直したヤン・カールソンが言う。
「私たちは毎日、5万回もの『真実の瞬間』を持っている」
「真実の瞬間」とは、
商品やサービスを提供する側と、
その提供を受ける側との接点のこと。

この「真実の瞬間」の総和が、
会社や店の業績となり、
地域や国の景気となる。

一つひとつの「真実の瞬間」を大切にすること。
それに「心を燃やし、頭を冷やす」こと。
「小さく、狭く、濃く、深く」考え、行動すること。

ただし、全体の景気動向は知っておいたほうがいい。
その8月の景気ウォッチャー調査。
「街角景気指標」は、前月比マイナス4.7ポイント。
5ポイント近い落ち込みは、
昨年11月のドバイショック以来。

この調査は小売店主、企業経営者など、
2000人の景況判断ヒアリングで実施される。
「家計、企業、雇用いずれの指標も悪化した」
日経新聞のコメント。

全体の景気ウォッチャー調査が「悪化」しているのならば、
自分の努力と知恵の発揮によって、
成果が大きくなるチャンスがある。
成果は待っている。
なぜならば、顧客たちは「不満」を持っているからだ。

「真実の瞬間」が、
会社や店の業績につながり、
地域や国の景気となる。

<結城義晴>

2010年09月08日(水曜日)

第45回商業界九州ゼミナール「店は客のためにある」と「心は燃やせ、頭は冷やせ」

ニューヨークの円相場は一時、
1ドル83円51銭まで高騰。
1995年6月以来というから、15年3カ月ぶりの円高水準となった。

「円高円高」と嘆くのは輸出産業に頼った従来型日本経済の習い性。
この高い円を使って、今のうちに、
できることをやっておくことだ。
たとえば海外のさまざまな財を購入、入手しておく。
大宅映子さんが、不満顔で主張している。

小売商業が、
本格的に商品や原材料の海外調達をする際には、
円高は極めて大きな武器になる。

ちょっと為替相場が動くと、すかさず、
「円高還元セール」でプロモーションのネタに使う。

これも一つの商人魂かもしれないが、
「円高」の長期トレンドの中にこそ、
ナレッジ・マーチャントの「知恵と勇気」の使い道がある。

ファーストリテイリングの柳井正さん、
ニトリの似鳥昭雄さん、
そして誰よりも故渥美俊一先生。

さて、台風9号上陸。
その中を昨日は、羽田から鹿児島へ。

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東京湾、三浦半島の向こうに、
黒々とした富士の山が見えた。
夏の富士は、男っぽい。

鹿児島中央駅。

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駅ビルの屋上には、観覧車。

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私は、マリンパレスかごしまへ。
第45回商業界九州ゼミナール。

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私が福岡生まれということもあって、
㈱商業界を辞してのちも、
九州ゼミナールからは講師の依頼が多い。

今回のテーマは、ずばり、
「店は客のためにある」

午後1時から開講式。
倉本初夫商業界主幹の特別講話、20分。

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そして基調講演。
結城義晴の「心は燃やせ、頭は冷やせ」

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1時間20分と、私にとっては少し短いが、
商業界らしさを強調して講義。

1.「不況は商人をきたえる」(倉本長治『商業界20年』より)
2.「艱難と忍耐、練達、そして希望と失望」(新約聖書・ローマ人への手紙5章)
3.「店は客のためにあり、店員とともに栄える」(倉本長治)
そして「店主とともに滅びる」

これからの商業・サービス業はどうなるか。
第一に、「知識商人」の時代が始まっている。

「基本的な経済資源、すなわち生産手段は、
もはや資本でも、天然資源でも、労働でもない。
それは、知識である」

「知識の、生産的使用への配賦の方法を知っているのは、
知識経営者であり、知識専門家であり、知識従業員である」
(ピーター・ドラッカー『ポスト資本主義社会』ダイヤモンド社)

第二に、これからの小売業・サービス業は「森」のようになる。
小売業界は大自然の「森」のようなものだ。
小売業には大動脈・大静脈もあり、毛細血管もある。(全日食チェーン会長・田中彰)

第三に、すべてのビジネスはサービス業化する。

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そのためにどうすればいいのか。
問題解決の道筋を描かない話は、
「絵空事」にすぎない。

だから「心は燃やせ、頭は冷やせ」
“Warm heart,but Cool head!”(アルフレッド・マーシャル)

理念武装せよ、理論武装せよ。
もっともっと勉強せよ。
まだまだオーソドックスな勉強が足りない。
即効性を求める勉強ではいけない。

特に、こうすれば売れるという勉強ではいけない。
渥美俊一先生ではないが、その場合も、
「売れる仕組み」をつくる。
「儲かるシステム」を構築する。
そのことを考え、
コツコツと勉強する。
気合と根性と執念で、
売って売って売りまくる。
これでは長続きはしない。
本物の成長とはならない。

規模の大小だけが問題ではないが、
「売れる仕組み・儲かるシステム」をつくるために、
理念武装せよ、理論武装せよ。
心は燃やせ、頭は冷やせ。

そのうえで「小さく考えよ」
Think small!

「私たちが巨大な会社になったのは、
巨大な会社のようには振舞わなかったからだ」(サム・ウォルトン)

商人舎今月の標語。
「Think one thing at a time」
これは「小さく考える」ときのはじめの一歩。
さらに自分の「専門性」を持てということ。

350人が参集した九州ゼミナール。

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その後も、夕食をはさんで第4講座まで。

夕方には、桜島に虹がかかった。

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鹿児島湾にブリッジをかけたような雄大な虹。

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まさに「虹の架け橋」

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夜は9時20分から「焼酎交流会」。
私も老若男女、さまざまの九州人同友と語らった。

尾崎士郎の自伝的大河小説『人生劇場』。
その一節にでてくる平野国臣(ひらの くにおみ)の辞世の歌が浮かんだ。
「我が胸の燃ゆる想ひに較ぶれば
煙は薄し桜島山」

<結城義晴>

2010年09月07日(火曜日)

「渥美俊一先生お別れの会」と「生きた、述べた、愛した」合掌!

台風9号が北九州に上陸。
私は朝のANAで、鹿児島へ。

商業界九州ゼミナール鹿児島大会。
基調講演
。

民主党代表選挙、どんどん煮詰まってきている。
それにしても、マスメディアの世論調査。
500サンプルだとか1000サンプルで、
菅直人が圧倒だとか、
小沢一郎が苦戦だとか。

これが視聴率や講読数を伸ばす販促のひとつだから、
毎日毎日、大騒ぎ。

しかし視聴者や読者は知らず知らずのうちに刷り込まれる。
危険極まりない。

いい機会だから、
自分自身の判断で、自分自身の見解で、
次のリーダーが決まるその瞬間まで、
見つめる必要があると思う。

さて昨日は、
「渥美俊一先生のお別れの会」
11時半から東京のグランドプリンス赤坂五色の間で開催された。

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密葬は、近親者だけで7月の24日に行われているが、
昨日は多くの人が先生とのお別れの会に参加した。

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朝11時前から、既に人々が集まり始め、
開会時間の前には、長い行列ができた。

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人々は、ひとりずつ花を手に取り、
献花して、拝む。

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読経もなければ、宗教的儀式もない。
弔辞もないし、喪主挨拶などもない。

淡々と献花して、合掌する。
その人波が続いた。

遺影に献花すると、
主催者にご挨拶。

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左から、喪主で長男の渥美俊英さん。
真ん中が、奥様の渥美田鶴子さん。
㈱日本リテイリングセンター事務局長、そして新しい代表。
右が、日本チェーンストア協会会長の亀井淳さん。
ご存知、イトーヨーカ堂社長。

今回の「お別れの会」は、
渥美先生が代表取締役だった㈱日本リテイリングセンターと、
ずっと相談役だった日本チェーンストア協会の共催。

だから亀井さんは主催者。
亀井さんが会長のときで良かった。

ご挨拶を終えると、参会者は、
思い思いに懇談をする。

私が、心から恐縮しつつ「化け物級」と呼ぶ人々。
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右から、ライフコーポレーション会長の清水信次さん。
渥美先生と同年同郷の大正15年、三重県生まれ。

そのお隣が、イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊さん。
㈱セブン&アイ・ホールディングス名誉会長。
大正13年のお生まれ。
この中では最年長。
お元気。

真ん中は、イオン㈱名誉会長相談役の岡田卓也さん。
大正14年のお生まれ。
渥美先生のひとつ上。
もちろんお元気。

そのお隣は、ユニー㈱特別顧問の西川俊男さん。
西川さんも大正14年。

そして元ダイエー専務の打越祐さん。
打越先生は渥美、清水年代の大正15年。

皆さん、商人舎発足の会発起人に名を連ねていただいていて、
私が礼を失することは絶対にない。
これは渥美先生の教えでもある。

「結城君の活躍に期待する」とのお言葉をいただいた。
身の引き締まる思い。

その後、多くのみなさんと懇談。

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亀井会長、荒井好民先生とは、
ウォルマート談義を。

㈱平和堂社長の夏原平和さんとは、
コーネル大学RMPジャパンの話を。

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参会者がそれぞれに、
渥美先生の思い出を語り、決意を新たにした。

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会場のコーナーでは、
先生の著書群が陳列されていた。

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時代時代に、単行本でも、
渥美先生は業界をリードした。
その軌跡がここにあった。

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表紙だけ見ると、最もインパクトのある本。

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ペガサスセミナーのテキスト群も陳列されていた。
「渥美理論」といわれるが、
この膨大なテキストの体系が、その「渥美理論」そのもの。

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この前に立つと、
「渥美理論とは?」など語ることが恐くなる。
それほどに膨大な体系。

それが渥美俊一の本質。

出入り口にはペガサスクラブの旗。
ペガサス旗を守るように梅村美由起さんが立つ。

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長く渥美先生の秘書を務め、
現在、㈱日本リテイリングセンターチーフリサーチャー。

そして会場の片隅に、
「ペガサスのガラス彫刻」

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この世に、同じものが7つある。

ひとつは渥美先生ご自身の所蔵。

ひとつは故中内功さんに贈られた。
ひとつは堤清二さんに、
ひとつは伊藤雅俊さんに、
ひとつは岡田卓也さんに。

あとのひとつは、
桜井多恵子さん。
桜井さんは日本リテイリングセンターマーケティングコンサルタントで、
渥美先生の後継者。

最後のひとつは結城義晴が所蔵する。
恐れ多いことに、私の手元にも、実は、
これと同じものがあるのです。

2002年8月、㈱商業界専務取締役に就任した時に、
渥美先生からお贈りいただいた。
私は、有難く、しかも率直に、頂戴した。

参会者全員に栞が贈られた。

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「生きた、述べた、愛した」と題字された小冊子。
「渥美俊一」自署。

開くと、渥美先生の遺影。

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若々しい。
手にパイポを持っているから、
タバコを止めるときのものだと思う。
酒は一切飲まなかったが、
タバコはヘビースモーカー。

そのタバコも、心臓の病気が出た時分に、止めた。

次に「略歴とペガサスクラブとJRCの歩み」。
「著書の歴史的発展」。

そして草柳大蔵氏の文章。
「革命軍の多数派と少数派」

大宅壮一・渥美俊一対談。
「“三越・大丸“何するものぞ!」
両方ともすごい。
小売業・商業が歴史的に復権する瞬間が描かれている。

そして88人の人々の「お別れの言葉」が、
あいうえお順に掲載されている。

もちろん私も書いた。
タイトルは「店見るたびにみるたびに」

後ろの方のページに渥美先生の生誕からの写真集。
左下は、還暦のお祝い。
右上はシュノーケリングしているところ。

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良い冊子だった。
良いお別れの会だった。

渥美俊一先生は、
もう、いない。

私たちは、自分で考え、自分で行動しなければならない。
当然のことだけれど。

最後に、渥美先生の残した言葉。
「生きた、述べた、愛した」

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合掌。

<結城義晴>

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