結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2011年05月06日(金曜日)

港北東急SCのスーパーマーケット「ロピア」の秀作店舗と「焼肉酒家えびす」のユッケ食中毒事件のチェーンストアのはき違え

2011年のゴールデンウィーク、
正規の祝日は終わった。
あとは明日、明後日の週末。
最後が8日の「母の日」。

これまでのところ、
どんな商戦が展開されたのだろうか。

私は5月3日の憲法記念日に、
横浜市港北区の港北ニュータウンに出かけた。

4月29日「昭和の日」の金曜日に、
地下鉄のセンター南駅に、
港北東急ショッピングセンターが、
リニューアルグランドオープン。

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昨年10月には、珍しいことに、
衣料量販店「ファションセンターしまむら」が、
この大型ショッピングセンターに出店。
今回はさらに、
「SHIBUYA109」の新業態「SHIBUYA109OUTLET」が全国初出店。

そのショップは2階フロアに集積され、
アウトレットならではの低価格設定。

しまむらに109のアウトレット、
それに新たにロピアが加わって、
パンチのあるショッピングセンターへと変貌。

ロピアは藤沢に本部を置くスーパーマーケット「旧ユータカラヤ」。

そのロピアは4月27日にプレオープンした。
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実に意欲的な店舗で、たいへんなにぎわい。

ロピア専務の高木勇輔さん、
取締役の福島道夫さん、
㈱ケノス社長の小林泰清さんと話した。
ケノスは旧ユータカラヤが刷新したCIと、
この店のデザインを担当した。

「ロピア」のマークをパンに焼いたり、
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牛肉ブロックの切り口に入れたり。
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楽しい売場づくりだが、
新生ロピアのマーチャンダイジング力のパワーが、
満載された店になっている。

店舗の紹介は来週に譲らねばならないが、
メーカー、卸売業、関連産業の人々には、
是非とも一度、視察をお薦めしたい。

純然たる食品スーパーマーケットで、
一応の年商予算は初年度60億円というが、
それは大いに上回りそうだ。

東日本大震災からの復旧から復興を目指して、
このゴールデンウィークは被災地以外のエリアでも、
活発な活動が展開された。

一方、それに水を差す事件。
「ユッケによる集団食中毒」

事件が起こったのは、
焼き肉チェーン店「焼肉酒家(さかや)えびす」。
北陸3県と神奈川県に20店舗を展開。

酒家戎を運営する㈱フーズ・フォーラスは金沢市に本社がある。
業務上過失致死傷の疑いで関係先数カ所も一斉に家宅捜索。

厚生労働省が発表した内容では、
この集団食中毒の患者は4人の死亡者を含め23人が重症者、
富山、福井、神奈川3県で計94人。

勘坂(かんざか)康弘社長は記者会見で、
「客に提供していたユッケ用の生肉が、
国の定める生食用食肉の安全基準を満たしていなかった」ことを認めた。
そのうえで、「生食用の牛肉は国内で流通していない」など、
「基準が形骸化していると主張」。

私はテレビや新聞で、
「焼き肉チェーン」という言葉が繰り返されるたびに、
うんざりした。

簡単にいえば、
複数の店舗を展開し、営業する方式を「チェーンストア」という。

だからこの「えびす」もチェーンストアではある。

1859年、アメリカでザ・グレイト・アメリカン・ティ・カンパニーが創業され、
この会社がまず2号店をつくり、
さらに積極的に多数の店舗をつくっていった。
このころから「チェーンストア」と呼ばれるようになった。

1930年にはこのA&Pと名を変えたこの企業は、
1万5000店を超えるチェーンストアとなっていた。

アメリカでもはじめの頃は、
1店舗を経営している単独店と、
多数の店舗を営業するチェーンストアの、
二派に分かれていた。

現在は統計上、チェーンストアの定義が、
「11店以上を展開する小売業、フードサービス業」となった。

10店までの多店経営を「支店経営」、
1店舗だけの小売業、フードサービス業を「単独店経営」という。

1店舗では、それがいかに「良い店」であっても、
その周辺の顧客にしか、
良い商品とサービスを届けることはできない。

ところが、チェーンストアになると、
同じ商品やサービスが、
地域を越えて、多数のお客に提供されるようになる。

これがチェーンストアというシステムの最大のメリット。

だから拠点としての店によって営業されるビジネスの、
もっとも有力な経営システムとして、
チェーンストアは時代を超えて繫栄し、
時には時代そのものを変えてきたのである。

何度も書いているが、チェーンストアは鎖にたとえられる。

鎖を両側から強い力で引っ張っていくと、
どこかで切れる時が訪れる。

切れない鎖がよいものである。

しかし両側から強い力で引っ張れば、必ずどこかで切れる。

その切れる瞬間までの期間が、鎖の耐用年数となる。
そして、どのくらいの力によって引っ張られたかが、鎖の強度となる。

鎖は、多数の輪が数珠つなぎになって構成されている。
だから切れるときには、どこかの輪が切れる。

一斉にすべての輪が切れてしまうものではない。

その鎖の全体の強度とは、
一番弱い輪の強度とイコールとなる。

悪い鎖は、切れやすいし、切れるのが早い。

全体に、均等で、軽くて、強い鎖。
それがよい鎖である。

チェーンストアは、店舗という輪を、
鎖のようにつないでいく経営システムである。
だから、1店1店が切れてはいけない。

「酒家えびす」はこの鎖全体が腐っていた。

鎖全体が腐っている多店舗企業を、
チェーンストアと呼んではならない。

私が本当にうんざりするのは、
似非チェーンストアが氾濫し始めたことだ。

<結城義晴>

2011年05月05日(木曜日)

結城義晴の確信「東北の子どもたちは絶対にいい人間になる!」

福島の空こそ泳げ鯉のぼり
<原田奎子(北九州市)朝日歌壇より>
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(福島ではなく富士山だけれど)

今日は、ゴールデンウィーク終盤、
「こどもの日」

高速道路の帰省ラッシュもあるが、
全体としては「安・近・短」の消費が特徴。

ターミナル百貨店、
郊外ショッピングセンター、
行楽地、映画館など、
本来、人が集まるところに、
あたりまえのように、人が集まる。

だから客数が半端ではない。

上野動物園のジャイアントパンダ。
リーリーとシンシンも大人気。

どこか昭和の高度成長の頃の消費行動が、
思い出される。

なぜかみんなが、
人懐っこくなっている。

それを欲している。

マイヤ社長の米谷春夫さんの言葉を借りれば、
「優しくなっている」

とてもいいことだ。

しかし、購買金額が、
跳ね上がっているようには見えない。

こどもの日の今日5日から、
週末日曜日母の日の8日まで。

どんな人間にも最も強い絆、
母と子の日々。

ほんとうに心安らぐ毎日である。

もちろん私にも母がある。
幸いに85歳で健在。
その母を思う。
母も私を思っている。

東京ガスのテレビコマーシャルがいい。
「家族の絆・お弁当メール」篇。
[youtubeID:Xgp3aPR-llM]

これはなぜか青年たちに人気がある。
どんなに突っ張っていても、
大人ぶってはいても、
このCMを見ると、
心安らぐらしい。
子どもに帰るからだろうか。

朝日新聞の社説。
「こどもの日 守ってあげたい」

「子どもの笑顔に救われる日々だ」
こう、始まる。

「被災地の空を、支援のこいのぼりが泳ぐ。
きょう、いとおしい存在を抱きしめる日だ」
こう、終わる。

中身のメッセージ。
「震災のために
夢をあきらめるような子どもを出すまい。
私たちはそう誓おう」

「伝えるべきは『生きる力』といってよい。
大人すべての宿題だ」

しかし、朝日新聞社説の、このメッセージ、
私には、なんというか、
「大いなるお節介」と見える。

東北の子どもたちを実際に見る限り、
いい大人になる。

私は確信している。

私たち大人が、
「夢をあきらめる」ことがなければ、
「生きる力」を自ら示せば。

こどもは大人を見て、大人に触れて、
育つ。

私たちの宿題は、
そのこどもが育つのを邪魔しないことだ。
大人のエゴを押し付けないことだ。

いま、東北や北関東では、
大人たちが必死で生きている。

だから、
東北・北関東の子どもたちは、
確実に「いい人間」たちになる。

私はそう、確信している。

東北・北関東の子どもたちを中心に、
新潟県中越の子どもたちを核に、
そしてかつての阪神淡路のこどもたちを主力に、
日本は蘇生されるに違いない。

私たちはそれを、
絶対に邪魔してはならない。

最後に、いいニュース。
各紙朝刊でこぞって採り上げた。

ニューヨークのイエローキャブが、
日産車に統一される。

これまでニューヨークを走る黄色のタクシーは、
9社16車種あった。

現在、1万3000台のタクシーが、
ニューヨーク市内を営業して走っている。

いちばん多いのは、
フォードの大型セダン・クラウンビクトリアだった。

それが2013年以降2018年までに、
日産のミニバンNV200一色に変わる。

大型サンルーフ、
携帯電話やパソコンの充電可能なコンセント、
乗客専用エアバッグ、
乗客乗り降り警告ランプなど、
日産は特別仕様車を準備して、
コンペに勝利。

しかも将来的に電気自動車に衣替えできる。

日産のテクノロジーとホスピタリティが評価され、
1台2万9000ドル、総額10億ドルの契約となる。
1ドル80円ならば800億円。

私は日本のテクノロジーとホスピタリティが、
世界最大の都市ニューヨークに認められたと考えたい。

本当にうれしいニュースだ。
もちろん日産は、トヨタ、ホンダと、
しのぎを削る競争を繰り広げ、
EV(エレクトリック・ビークル)開発において、
「エコカー戦争で最後に笑うのは日産‽」などと評価されていた。
すなわち“量産型”電気自動車の開発にユニークさを示していた。

小売りサービス業も、
テクノロジーと、
ホスピタリティに関しては、
日産自動車に負けられない。

もちろんトヨタやホンダにも、
負けられない。

こどもの日から母の日までの商売に、
ユニークな
テクノロジーと
ホスピタリティを、

発揮したいものだ。

切に、それを願う。

<結城義晴>

2011年05月04日(水曜日)

「アンパンマン」のやなせたかしさんが示した「正義とは困っている人を助けること」

みどりの日。
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「自然にしたしむとともに
その恩恵に感謝し、
豊かな心をはぐくむ」

これが祝日法2条に定められた趣旨。

私が『食品商業』編集長に就任したのが、1989年(平成元年)。
この年に、「みどりの日」は定められたが、
それは昭和天皇崩御を受けた、前天皇誕生日の4月29日だった。

2007年から4月29日を「昭和の日」とし、
みどりの日は5月4日にスライドした。

考えてみると昭和天皇の誕生日は「昭和の日」そのもので、
みどりの日は、新緑の季節ならばいつでもいい。

だから3連休を確定するために、5月4日となった。
これで「飛び石連休」というおつな名称も消えた。

自然に親しみ、その恩恵に感謝し、
豊かな心をはぐくみつつ、
今日こそ、グリーンを楽しみたいところだが。

『ほぼ日刊イトイ新聞』の巻頭言「今日のダーリン」。
私もこのくらいのブログにしたいのだが、
そうはいかないところが、「男はつらいよ」。

糸井重里さんが書いていた「アンパンマンのこころ」。
それはNEWS ポストセブン 5月3日(火)配信の記事のこと。

漫画家のやなせたかしさんがインタビューに答えている。
タイトルは「日本人の正義とは困った人にパンを差し出すこと」

やなせさんは今年92歳。
ご存知、「アンパンマン」の作者。
「アンパンマンのマーチ」は東日本大震災後、
多くの人々を元気づけた。
[youtubeID:BUGh-7Y5kZA]

やなせさんの第一声。
「『アンパンマン』を創作する際の僕の強い動機が、
『正義とはなにか』ということです」

「正義とは実は簡単なことなのです。
困っている人を助けること」
これ、商売に通じる。
正しき商いそのもの。

「ひもじい思いをしている人に、
パンの一切れを差し出す行為を
『正義』と呼ぶのです」

震災後、マイヤが、マルトが、ヨークベニマルが、
そして多くの商人たちが行ったこと。
それこそ「正義」だった。

「なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、
国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません」

「アメリカにはアメリカの“正義”があり、
フセインにはフセインの“正義”がある。
アラブにも、イスラエルにもお互いの “正義”がある。
つまりこれらの“正義”は立場によって変わる」

「でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、
立場が変わっても国が違っても『正しいこと』には変わりません」

「絶対的な正義なのです」
商売・商業は、正しく行う限り、
絶対的な正義なのだ。

「うん。だから正義って相手を倒すことじゃないんですよ。
アンパンマンもバイキンマンを殺したりしないでしょ。
だってバイキンマンにはバイキンマンなりの正義を持っているかも知れないから」

「それに正義って、
普通の人が行うものなんです。

政治家みたいな偉い人や強い人だけが行うものではない。
普通の人が目の前で溺れる子どもを見て
思わず助けるために河に飛び込んでしまうような行為をいうのです」

「ただし普通の人なので、
助けに行って自分が代わりに溺れ死んでしまうかも知れない。
それでも助けざるを得ない」

「つまり、正義を行う人は、
自分が傷つくことも覚悟しなくてはいけない」

「今で喩えると、
原発事故に防護服を着て立ち向かっている人々がいます。
自分たちが被曝する恐れがあるのに、
事故をなんとかしなくてはという想いで
放射能が満ちた施設に向かっていく。
あれをもって、『正義』というのです」

「怪獣を倒すスーパーヒーローではなく、
怪獣との闘いで壊された街を
復元しようと立ちあがる普通の人々が
ヒーローであり、正義なのです」

ノンフィクション・ライターの神田憲行氏の質問。
「未曾有の国難といわれています。
日本は復興できるのでしょうか」

「(笑みを浮かべて)出来るのに決まってるじゃないか!」

「あの戦争だって日本は焼け野原になって、
原爆をニ個も落とされて
人が何十年も住めないと言われたんだよ。
それがあそこまで復興できたんだから。
日本人は粘り強く、正しく立派に生きている人たちです。
間違いなく復興できますよ!」

「商人よ、正人であれ」
平和堂に対して故成瀬義一先生が残した言葉。

「正しく生きる商人に誇りを持て」
故倉本長治先生の『商売十訓』10番目の最後の言葉。

「困っている人を助けることこそ、
絶対的な正義なのだ」

やなせさんの言葉に、
なぜか目頭が熱くなる。

さて今日、日経MJに広告が出ている流通誌『激流』。
㈱プラネット社長の玉生弘昌さんが特別寄稿。
「本当に恐いのは無知とデマ」

その原稿を、あらかじめ読ませていただいていた。

玉生さんは、浦和高校の高校生時代、
物理部に所属した。
そこで、「霧箱を手作りして、放射線を見た」

科学少年だった玉生さんによると、
「放射線による病症は、
“程度の問題”と“確率の問題”」になる。
その程度と確率をわかりやすく解説している。

「放射線障害には急性症状と晩発性症状がある」
「前者はその日か数日後に皮膚炎や髪の毛が抜けたりする症状」で、
「どの程度の線量を浴びたか」が重要になる。

これはある程度研究が進んでいて解明されているが、
突き詰めると、
「原発の近くにいる人以外は
急性症状を心配する必要はない」

「後者の晩発症状は、数ヶ月あるいは数年後に
ガンになるかどうかの確率が問題となる」

晩発性はガンになるかどうかの問題。

「線量が多いと細胞が死ぬ、
細胞が死ぬと分裂しないためガンになることはない。
細胞が死なずに細胞内のDNAだけが傷ついた場合で、
なおかつ、DNAのホットポイントに当たった場合、ガンになる」

「百万枚の宝くじで10本が当たりだとすれば、
1枚の宝くじを手にしている人はほとんどゼロに近い確率」

「10枚の宝くじを買った人は確率が10万分の1に高まるが、
まだ当たらない確率のほうがはるかに高い」

「非常に低い確率でも、
科学者的表現では『可能性はある』と言う」

「すでに宇宙線や体内のカルシウムが発している放射線によって、
人は日々被曝しているため、以前から『可能性はある』状態なのである」

「つまり、以前から宝くじを持っている状態である。
被曝によって2~10倍の宝くじを手にすることになっても、
まだ確率は低い」

「ニューヨークと東京間の飛行機に乗ると
600マイクロシーベルト(通常の200倍)の放射線を浴びる。
パイロットのガンの比率が高いわけではない」

「宇宙線をさらに多く浴びているはずの宇宙飛行士が
ガンになったことはない。
チェルノブイリでも
大人のガンは増えてはいない」

「1981年のアメリカ人のガンの要因調査によると、
タバコの寄与率がトップで30%、
電離放射線と紫外線あわせて2%となっている」

「放射性ヨウ素やセシュウムの被曝を避けるより
タバコを避けた方がガンになる確率を大幅に下げることができる」

「つまり、喫煙者はすでに30枚の宝くじを持っているのである」

「というわけで、
原発周辺にいる人でない限りは、
急性症状も晩発性症状も
ほとんど心配はない」

玉生さんは断言する。

静岡県知事の川勝平太さんが言うように、
「無知は恐怖の源です」

私は書いた。
「風評被害には、
知識と情報で対抗せよ」

正義とは「困っている人を助けること」
風評被害で困っている人、困っている地域、
それを助けることは普通の人にもできる。

そして「困っている人を助けることこそ、
絶対的な正義なのである」

<結城義晴>

[お知らせとお願い]
5月12日開催のチャリティセミナー
「ひとつになろう! 日本 商人支援プロジェクト」

今日の日経MJ 4面総合欄に、
囲み記事で取り上げていただきました。
「セミナー通じ被災者を支援」

日経MJのデスクには、心から感謝します。

その第1回は大阪。
会場 リーガロイヤルホテル大阪
日時 2011年5月12日(水)
開演 12時受付開始 12時30 ~17時
参加費 15000円

この1人1人の参加費はすべて、
東日本大震災義援金として、
日本赤十字社に寄付されます。

第2回は名古屋。
日時    2011年6月24日(金) 12:30~17:00
会場    名古屋市芸術創造センター

第3回は福岡。
日時    2011年7月12日(火) 12:30~17:00
会場    福岡サンパレス

第4回が東京。
日時    2011年7月13日(水) 12:30~17:00
会場    リーガロイヤルホテル東京

私は5月12日大阪でトップバッターとして講演します。
テーマは「ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ」
「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」の精神を語ります。

ご参加のご検討をお願いします。

2011年05月03日(火曜日)

63回目の「日本国憲法前文」と『小売業界大研究・はじめに』と朝日新聞「小売業PB戦略」変容の記事

63回目の憲法記念日。

「この国のかたち」を認識・確認するときに、
オサマ・ビンラディン容疑者の殺害が公表された。
国際テロ組織アルカイダ指導者。

「テロ組織の指導者」という表現はちょっと変な感じ。
「テロ組織」なら「頭目」だろうか。

「オサマ」とは朝日新聞の表記で、
読売新聞や日経新聞は「ウサマ」と記す。

米国特殊部隊に殺害されたらしいが、
果たして、テロを撲滅するのに、
殺害という手段が適切なのか。
いや、殺害以外に方法はなかったと考えるのか。

そしてこの一歩が、本当に、
人命を武器とするテロリズムの消滅や終息につながるのか。

これは大津波や大地震よりも厄介な問題で、
原発と同じくらい難解なものだ。

もちろん被災地の復旧・復興・振興は、
ひどく大変な仕事であることに変わりない。

さて「祝日法」は、私たちの憲法記念日の趣旨を、
「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期すること」としている。

東北関東の大津波と大震災を経験した後、
「国の成長を期する」という意はさらに強くなった。

毎年、このことは書くが、
5月3日・憲法記念日は、
11月3日・文化の日と対になっている。

日本国憲法は1946年11月3日に公布され、
その日が文化の日となった。

「公布」とは、公にすること。
「成立した成文の法を公表して、
一般国民が知ることのできる状態に置くこと」。

半年後の1947年5月3日に日本国憲法が施行され、
これが憲法記念日となった。

「施行」とは、実際に法令・規則が効力を発生すること。

ただし1948年7月に同時に公布・施行された祝日法によって、
両日が祝日に制定されたため、
年度別にみると文化の日が、
1回ずつ先行していることになる。

中学のころだっただろうか、
高校時代だったろうか。
日本国憲法前文を全部、暗記した。

社会人になってもずっと、私は覚えていた。

日本国民は、
正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、
諸国民との協和による成果と、
わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、
この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、
その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、
その福利は国民がこれを享受する。

これは人類普遍の原理であり、
この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、
人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭
地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、
名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、
平和のうちに生存する
権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、
自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、
この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、
他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、
全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

ここで重要なところ。
権威は国民に由来し、
権力は国民の代表者が行使し、
福利は国民が享受する。

権威・権力・福利。
現在、その通りになっているか。

さらに私たち日本国民は、
平和と自由を誓った理想主義者であることも、
自覚したいものだ。

ゴールデンウィーク前に、青焼き校正を終わらせたのが、
『店長のためのやさしい《ドラッカー講座》』(イーストプレス刊)。
5月中旬に発刊予定。

そのあと、ゴールデンウィーク中に取り組んでいるのが、
昨年の『小売業界大研究』(産学社刊)の大改訂。

小売業200社の業績データを全面的に刷新し、
全文にチェックを入れている。

そして、この本の「はじめに」で、
私は日本国憲法を使った。

「私たちの日本国憲法は、
『主権が国民に存することを宣言』しています。

国の基本原理・基本原則を定める日本国憲法は、
まず、国民主権を掲げるのです。
そのうえで、基本的人権の尊重、平和主義の
三つの考え方が謳われています」

「一方、すべての小売業もまた、
この三つの考え方を基盤としています」

「国の主権者である国民に、
一人ひとりの人権を尊重して、
商品とサービスを提供する。
そして、平和の中で、
小売業は繁栄する――」

「あらゆる産業は、
国民生活に貢献するために営まれています。
しかし、とりわけ小売業は、
国民の毎日の暮らしを維持・向上させるために、
最も国民に近いところで日々、活動します。
小売業はそのことに、
最大の存在意義をもつのです」

日本国憲法をかみしめつつ、
小売業・サービス業の意義を、
今一度、確かめたいものだ。

さて、昨日の午後、
朝日新聞の編集委員・多賀谷克彦さんからメールをいただいて、
携帯電話で話した。

東日本大震災後のプライベートブランドの動向。
いわゆる電話インタビュー。

そうしたらもう今朝の朝日新聞・経済欄に記事が載った。
タイトルは「小売り PB戦略強化」
多賀谷さんが署名入りで書いている。

それにしても日刊新聞は速い。
週刊誌や月刊誌となると、
そうはいかない。

もちろんブログもスピーディさにおいては、
日刊新聞を凌ぐ。

多賀谷さんの記事は、
震災発生15分後に対応を始めたイオンの動きから始まる。

その中で、
「本部は、5千品目を超すPB『トップバリュ』の供給について、
各地に指令を出した。
どのPBを、どう被災地に運ぶか。
絞り込んだ生活必需品で、
特別な配送ルートを組んだ」

横尾博・専務執行役の発言。
「大手メーカーの商品とは違い、PBならば、
製造を委託している取引先の被害状況や、
生産余力、物流状況をすぐに把握しやすい。
自社がコントロールできるPBのサプライチェーンが生きた」

これはセブン&アイ・ホールディングスにおいても、同様。

ナショナルブランドは、「買い溜め亡者」の多発によって、
全国的に在庫が払底した。
しかしPBは違う。

CGCジャパンのブランドなど、
それがボランタリーチェーン加盟各社の在庫と物流によって、
結果的に分散型で機能した。

イオンの岡田元也社長も4月14日に見解を披露した。
「商品の開発、製造を地域分散させる必要がある。
被災地、非被災地という地域ごとの状況に
焦点を当てたマーケティングも重要」

多賀谷さんの記事は、この後、
イオンやセブン&アイ、西友ウォルマート、
そしてコープこうべの事例を紹介しつつ、
震災後のPB戦略に変容が見られることを示唆する。

「大手食品メーカーと同レベルの品質管理、検査態勢」、
「NBと同程度の品質で20~30%安い価格帯」から、
「高めではあるが『専門店と同等の味・品質』」へ。
すなわち価格帯と品質の見直し。

最後に、立教大学大学院の結城義晴教授のコメント。
「PB比率は過去3年間に急速に伸びた。
震災を機に、各スーパーともPBの有効性、課題を認識したはずだ。
今後は必需品(コモディティ)の重視や供給体制の見直しが進むだろう」
私へのインタビューを最後に使ってくれた。

多賀谷さんは経済の専門家であると同時に、
流通の専門家でもある。
こんな理解者が増えることは、
業界にとって、本当にうれしいことだ。

もっともっと流通産業レベルの構造や問題点を明らかにして、
鋭い切り口のジャーナリズムを展開してほしいところだ。
もちろん格別の愛をもって。

「国の主権者である国民に、
一人ひとりの人権を尊重して、
商品とサービスを提供する。
そして、平和の中で繁栄する産業」なのだから。

今月の商人舎標語。
「まだまだ、ひとつずつ、
すこしずつ、いっぽずつ」

<結城義晴>

[お知らせとお願い]
5月12日開催のチャリティセミナー
「ひとつになろう! 日本 商人支援プロジェクト」

会場 リーガロイヤルホテル大阪
日時 2011年5月12日(水)
開演 12時受付開始 12時30 ~17時
参加費 15000円

大阪会場は現在、189人のご参加です。
ありがとうございます。
心から感謝します。

こういったチャリティは、あくまでも、
善意によって成立するものです。

大げさに宣伝したり、
その大きさを誇示したりする類のものではないと、
私は思っています。

全力を挙げる。
ベストを尽くす。

しかし、ボランティアは事業ではない。
そこがいい。

本業は「小さな努力で大きな成果」
ボランティアは「大きな努力で小さな成果」
鍵山秀三郎さんの考え方を私なりに解釈したものです。

いつでも、被災者のことを強く思って、
その支援、応援を第一義にする。
それを続ける。

「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」の精神です。

私は5月12日大阪でトップバッターとして講演します。
テーマは「ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ」

このあと、名古屋・福岡・東京で、開催されます。
この1人1人の参加費はすべて、
東日本大震災義援金として、
日本赤十字社に寄付されます。

ご参加のご検討をお願いします。

2011年05月02日(月曜日)

5月の商人舎標語「まだまだ、ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ」と『メッセージ』からの「十箇月と一瞬」

Everybody! Good Monday!
[vol18]

2011年第18週、5月第1週。
今週は大型連休期間真っ只中。

年末正月の連休、
お盆の連休と、
このゴールデンウィーク。

小売業・サービス業に関しては、
書き入れ時で超繁忙期だが、
その分、一所懸命に仕事し、
ちょっとずらして休暇を取る。

私がこの世界に入ったのは1977年、昭和52年。

この時点で関西スーパーマーケットは、
年間118日間の休暇を実現していた。

年間は52週、週2日の休みを取るとして、104日。
それ以外に14日間の公休を取ることができる。
もちろん有給休暇。

小売業・サービス業のあり方として、
それも10数店規模の会社がそれを実現させていて、
これは画期的だった。

さて今年のゴールデンウィーク。
東北関東の大津波と大震災から50日を超え、
復旧しつつ復興を視野に入れた歩みが始まった。

それでもまだまだ、現地では、
問題山積。

人々の暮らしの問題が解決していないし、
福島原発は現場の必死の努力にもかかわらず、
長期化することが確定された。

最悪のケースだったチェルノブイリでさえ、
半年で一応の目途を立てた。
残念ながら、フクシマにそれを望むことは難しい。

商売やビジネスも同じ。
一気呵成の改革は難しい。

だから今月の商人舎標語。
「まだまだ、ひとつずつ
すこしずつ、いっぽずつ」

ひとつずつだから、一気に進みはしない。
すこしずつだから、大幅な改善にはつながらない。
いっぽずつだから、長足の進歩は見込めない。

しかし、ひとつずつは、長続きする。
すこしずつは、取り組みやすい。
いっぽずつは、休みなく進むことができる。

結城義晴の最初の単行本『メッセージ』から、
「十箇月と一瞬」

調査・研究とは、
十箇月の妊娠のようなものであり、
問題の解決とは、
ある朝の分娩のようなものである。

多分、毛沢東の言葉だったと思うが、
私たちは、誕生の瞬間ばかりに関心を払い、感動する。
つまり、結果だけを求めたがる。
しかし、十箇月のプロセスとその後の発育・成長にこそ、
本来、意味がある。

人間も組織も、
企業も店舗も商品も、
本来、段階型に成長する。
階段を登るように発展する。

十箇月の停滞に耐えて、
ある、ひとつの階段を登る。
停滞が長く、つらいほど、
登るステージは高い。

ああ、つらい。
ああ長い。
ああ、しんどい。
ああ退屈。

だからこそ
たったひとつのステップアップが
ああ、うれしい。
ああ尊い。

たとえば十箇月の
調査と研究。
一瞬の
問題解決。

この繰り返しが
仕事である。
その積み重ねが
革新となる。 

<第6章「イノベーション」より>

「ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ」を、
丹念に、飽きることなく繰り返すと、
やがて一気に階段を上るときを迎えることができる。

それをたとえて、
「十箇月と一瞬」と呼んだ。

東日本大震災にも、
「十箇月と一瞬」は生きている。

たとえば十箇月の
調査と研究。
一瞬の
問題解決。

十箇月を妊娠にたとえ、
一瞬を分娩にたとえる。

問題の解決のあり方は、
赤ん坊の誕生に似ている。

5月中旬に発刊される単行本。
『店長のためのやさしい《ドラッカー講座》』
この本の中身も最初の本『メッセージ』に、
基本的な考え方が込められていた。

その『メッセージ』は、
『食品商業』誌や『販売革新』誌に、
毎月毎月、書き続けた巻頭言をまとめたものだった。

ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ、
丹念に丁寧に書いたものの体系が、
この本になった。

現在も、この商人舎ホームページ最下段のボタンに、
「今日のページ」と題して、
『メッセージ』から一文ずつ掲載している。

「今日のページ」の言葉は、
毎日、変わる。

このページを「☆お気に入り」にいれて、
毎朝、覗いてもらうと、
私の考え方の基本が書かれた短い文章を、
繰り返し、日めくりで、読むことができる。

さて、5月に入った。
震災の影響もあって、
例年の5月とは異なる。

しかし、人々の生活サイクルの基調は変わらない。

既に突入しているゴールデンウィークは、
4月29日の「昭和の日」から始まり
5月3日「憲法記念の日」、
5月4日「みどりの日」、
そして5月5日「子供の日」と続く。

さらに偶然にも、
今週の日曜日5月8日は「母の日」。

毎年言うが、
なぜか子供の日と母の日が呼応し合っている。

震災後、家族の絆はさらに強まった。
親と子、兄弟同士、親戚の間。
その中でも母と子の絆は、
特別のものだ。

1週間以上の連休であると同時に、
母と子のための連休。
テーマ資源としてこれ以上、強力なものはない。

5月はその後、1年で最もいい季節のなかで、
人々はのびやかな生活を送る。

「常盤勝美の2週間天気予報」
が、
そのことを書いてくれている。

昨日、沖縄では早くも梅雨入りしたが、
梅雨までの期間、
全国的に人々は生活を謳歌する。

できれば、この「生活の謳歌」を、
被災した人々と共有したいものだ。
小売業・サービス業はそのことに、
主導しつつ貢献したいものだ。

例年のことだが商人舎は今日の5月2日、
臨時休業とした。

みな、帰省したり、連休を楽しんだり。
もちろんホームオフィスよろしく、
家に持ち帰って、仕事もしている。
それでも自由度は歴然として違う。

近い将来、
アメリカの浅野秀二先生の会社JACのように、
ホームオフィス方式の会社にしたいとも考えている。

もちろん知識商人の舎人としてのオフィスは設置して。

このスタイルは大学に似ている。
私は㈱商人舎という会社を、大学のように、
いや、もっと進めて大学院のようなものにしたいと思っている。

中学・高校のような会社や組織もある。
部活や体育会のような会社や組織もある。

それはそれでいいし、否定するつもりはない。

しかし商人舎は、
規模は小さくとも、
大学院のような風土にしたい。

ゴールデンウィークは私たちにとって、
それが実感できる時だ。

アサヒビール元会長の瀬戸雄三さん
が、
日経新聞の「私の履歴書」を書き始めた。
今日は、独立して貿易商「瀬戸商会」を起こした瀬戸さんの父上の口癖。
「金持ちのときは貧乏な顔を、
貧乏な時は金持ちの顔をしろ」。

瀬戸さんにとって、
「この言葉は人生を通して不易なもの」となった。

商人の生き方に通ずる。

では、今週も、
「まだまだ、ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ」
Everybody! Good Monday!

<結城義晴>

「ひとつになろう! 日本 商人支援プロジェクト」
会場 リーガロイヤルホテル大阪
日時 2011年5月12日(水)
開演 12時受付開始 12時30 ~17時
参加費 15000円

私は5月12日大阪でトップバッターとして講演。
テーマは「ひとつずつ、すこしずつ、いっぽずつ」

この1人1人の参加費はすべて、
東日本大震災義援金として、
日本赤十字社に寄付される。

2011年05月01日(日曜日)

ジジの不安[2011日曜版vol18]

こんにちは、ジジです。
今日から5月。
よろしくおねがいします。
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おとといのことです。

ボクは、ひるね、
してました。
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春のねむり。
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あかつきを、
おぼえず。
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足も、らくちん。
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全身、リラックス。
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床はちょっと、
かたいけれど。
手も、いちばん、
らくななんじ。
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ねむりがふかくなると、
そりかえってきます。
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これはボクのくせなんです。
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「熟睡」しているしょうこです。
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いつまでも。
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ねていたい。
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目玉はひっくりかえっているけれど。
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やすらかな、ねむり。
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「えっ」
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ボクはなにか、
かんじました。

そして、目が、
さめた。
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ユウキヨシハルのおとうさんでした。
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「なに?」
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そうですか。
ごはんですか。
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ボクは、いつでも、
たべることができます。
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いただきます。
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ごちそうさま。
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よくねたし、
よくたべたし、
ありがとうございました。
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そのあと、ぼくは、
キャリーボックスにいれられた。
おでかけのときに、
はいります。

でも、こんかいは、
なにかへんです。

車にのって、
15分くらい走ったとおもう。

そして、車をおりた。
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ついたのは、
ここです。
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ボクは、ここ、
きらいです。
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まえにも、きたことがあります。

ボクは、じっと、
キャリーボックスに、
はいってました。
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でたくない。
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顔をうずめて、
じっとしていました。
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それでも、むりやり、
ひきずりだされて、
おりにいれられた。
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おりのなかでも、
じっとしていました。
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いったいボクは、
どうなるんでしょう。

<『ジジの気分』(未刊)より>

2011年04月30日(土曜日)

JFケネディ「連帯と分断」、結城義晴「一人の元気よりも、十人の元気。 百人の元気。 千人、万人の元気」

今週から立教の講義が始まった。
他と同様に、3月の卒業式や4月の入学式を中止し、
講義スタートも5月。

しかし私が所属する大学院ビジネスデザイン研究科は、
今週月曜日から講義開始。

今年から私は月曜日に講義をし、
土曜日にゼミをすることにした。

だから今週月曜日は、
夕方6時30分から10時近くまで、
フード&ベバレッジ・マーケティングを講義した。
最初だからオリエンテーション講義。

そして今日は、結城ゼミ。
午後1時から。

すべての行事やイベントが中止、延期となる。
しかし、早く平常に戻したい。
日常、通常に戻って、
前を向いて生きていきたい。

平常、日常、通常。

そう願っている。
被災した人々も、
被災した店店も
被災した企業も、
被災した地域も。

被災者・被災地に対しても、
極めて失礼だし、
その意味で今、一番卑怯で卑劣な行為は、
震災の所為にして何かを成すこと、
あるいは震災の所為にして何かを止めること。

東日本大震災が起こった。
だから改革のスペースが生まれた。
東北関東の大津波と大震災に見舞われた。
だからイノベーションが果たされた。

昨日、ピュリツァー賞のジョン・ダワーさんが言った。
「突然の事故や災害で、
何が重要なことなのか気づく瞬間があります」

「すべてを新しい方法で、創造的な方法で
考え直すことができる
スペースが生まれる」

「震災が来たから、あれはできなくなった」
「震災が起こったから、延期し、その後、仕方なく中止した」
こんな言い訳で、
例えば意義あることや必須のこと、
明日のために必要なことを止めてしまうとしたら、
それは断じて許せない行為だ。

被災後、必死になって復旧・復興に努力している人々にさえ、
本当に失礼なことだと思う。

さて私の立教の研究室も、
今回、移動し、変わった。

その引っ越しは、実は3月16日に行なわれていた。
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被災後、5日目のこと。

ポカポカとした陽気だった。
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しかし私はダウンジャケットを着て、池袋に向かった。
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3月まで私の研究室があった3号館。
蔦の絡まる2階建て。
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扉を開けて中に入ると、
掲示板。
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「結城義晴」のランプを点ける。
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そして軽やかな足取りで、
階段を2階に登る。
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2階通路は、いつも森閑としている。
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私の部屋は3209号室。
3号館の209号室。
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そして3209号室の鍵穴に鍵を差し込む。
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鍵もクラシックで、
私、大好きだった。
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そして私のデスク。
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これでこの部屋ともお別れかと思うと、
感慨深いものがあった。

それから東日本大震災の被害が明らかになっていった。
福島原発の問題が、世界を駆け巡った。

そして今日、4月最後の日。
クラシックな3号館の後ろにそびえたつ近代建築。
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それが新しい研究室のビル。
20110430191954.jpg

第15号館「マキシムホール」
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ビルの左手のエレベーターから上がるが、
その前に研究室の表示がある。
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あいうえお順で、
結城義晴は最後。
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M503号室が私の新しい研究室です。

エレベーターホール。
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マキムホールのご案内がある。
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エレベーターで5階に上がる。
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真下に見下ろす自慢のキャンパス風景。
写真一番下の瓦屋根が3号館。

5階の廊下は、こちらの近代建築でも、
なぜか森閑。
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そして私の部屋。
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前回は3人部屋だったが、
今回は二人。
お相手は平浩一郎教授。
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まだ、引っ越したばかりで、資料が少しだけ。
今年からこちらにも本や資料を置くつもり。
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そして私のデスク。
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しばらくお世話になる。

これから主に、
月曜日の午後、あるいは夕方、
そして土曜日の午後、あるいは夕方、
この新しい研究室のお世話になる。

研究室以外は、
横浜の商人舎オフィス。

通称だが、
「研究室」と呼ぶときは池袋、
「オフィス」というときは横浜。

みなさん、どちらにもおいで下さい。
お待ちします。

さて、私自身の自宅も、
変わった。

今日がその引っ越し。
最近、引っ越しづいている。
ただし、自宅の方は、
「引っ越し」といっても、
仮住まいからの出戻り。

この春から、私にも、
ふたつの新しい「スペース」が生まれた。

スペースこそ、
イノベーションの源だ。
私はそう、思っている。

この新しい気持ちは、
被災した人々と同じだと信じている。

一緒に歩むことを、
あらためて誓いたい。

4月最後の言葉は、
ふたたびジョン・フィッツジェラルド・ケネディ。
第35代アメリカ合衆国大統領。
1961年に大統領就任、
1963年にテキサス州ダラスで暗殺。

「つながっていれば、
できないことはほとんどない。
バラバラなら、
できることはほとんどない」

20世紀生まれの最初の大統領、
カトリック教徒初の大統領、
アイルランド系アメリカ人初の大統領、
そしてピュリツァー賞受賞唯一の大統領。
その著書の名は『勇気ある人々』。

ケネディは、「連帯と分断」を言った。
連帯が生まれてくると、
分断しようとする勢力も、
また生まれる。

元気を出そうよ。
私は言った。
しかしその元気は、
つながってこそ大きくなる。

ひとりの元気よりも。
十人の元気。
百人の元気。
千人、万人の元気。

いま、それが良くわかる。
これを阻止する者は、断じて許さないし、
阻止しようとする者こそ、滅びる。

<結城義晴>

「ひとつになろう! 日本 商人支援プロジェクト」

私は5月12日大阪でトップバッターとして講演する。

会場 リーガロイヤルホテル大阪
日時 2011年5月12日(水)
開演 12時受付開始 12時30 ~17時
参加費15000円
この1人1人の参加費はすべて、
東日本大震災義援金として、
日本赤十字社に寄付される。

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東北関東大震災へのメッセージ

商人舎の新刊
前略お店さま

チェーンストア産業ビジョン

結城義晴・著


コロナは時間を早める

結城義晴・著


流通RE戦略―EC時代の店舗と売場を科学する

鈴木哲男・著

結城義晴の著書の紹介

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新装版 店長のためのやさしい《ドラッカー講座》

新装版 店長のためのやさしい《ドラッカー講座》
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