今野敏の文学賞選考の「好き嫌い」とチェーンストアの「無関心」

明日からネバダ州ラスベガス。
2011年に第1回を始めて、
コロナ禍で中断して、
もう14回になる。
参加者は総勢500人を超えた。
商人舎を創設した時に誓った。
商業の現代化と知識商人の養成。
その方法論のひとつが、
US研修ベーシック編でもある。
参加者の仕事に役立ち、
成長を促す。
私自身ももちろん学ぶ。
よろしくお願いします。
日経新聞夕刊「あすへの話題」
作家の今野敏さん。
私は今野作品の読者だ。
「好き嫌い」
「5月6月は、なぜか文学賞の選考会が多い。
いくつかの賞の選考委員をかけ持ちしていると、
この時期読む本がやたらに多くてたいへんだ」
今野さんは1955年、北海道生まれの70歳。
選考委員の資格十分。
芥川賞や直木賞こそとっていないが、
吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞、
山本周五郎賞、日本ミステリー文学大賞など、
軒並み受賞している。

選考委員は各賞の最終選考に残った候補作を、
それぞれ5冊ほど読む。
飛ばし読みはできない。
選考会ではそれぞれの作品について論評する。
だからメモも作る。
「えらく時間がかかる」
そのうえ、「公平で論理的な選考」をする。
「これがなかなか難しい」
そこで今野さん。
「できるだけ客観的に評価しようとするのだが、
それでも最終的には『好み』が顔を出してくる」
わかる。
「人間が選考委員をやっている限り、
そして自分自身も実作家である限り、
それは避けられない」
私は小説の選考委員はやったことがないが、
論文の審査や論文賞の選考委員は経験がある。
同じだ。
「好み」を選んでしまうことは、
少なくない。
今野さん。
「そして、それを無視するのは、
自分に噓をつくことでもある」
その通り。
「しかし、選考委員たるもの、
好き嫌いで受賞作を選ぶわけにはいかない」
「選考会でその『好き嫌い』について、
ちゃんと説明する必要があるのだ」
「これが難しい」
わかる。
「好き嫌い」の説明は困難を極める。
「豚肉が嫌いなのに理由はないのだ。
にもかかわらず、
それをやらなければならない」
「考えてみれば、普段は、
自分の『好き嫌い』を客観視し、
言語化することなどあまりない」
「つまるところ、文学賞の選考というのは、
自分自身を見直すことに他ならない」
エッセイのオチ。
「……などと言ってないで、
さて、今日も読まねば」
顧客が店や商品を選ぶ。
文学賞の選考ほどではないが、
最後は「好き嫌い」だ。
値段以上に好き嫌いで選ぶ。
つまり店や商品は、
顧客から「好き」だと、
思ってもらわねばならない。
「大好き」が一番いい。
「好き」でもいい。
ここで「嫌い」も「大嫌い」も、
実はそんなに悪くはない。
「好き」に転じてもらう、何かがあるからだ。
つまり特徴があるからだ。
もっともいけないのが、
顧客が何にも感じない。
顧客が無関心である。
「好き」に転じてもらう余地もない。
「好き嫌い」の反対語は「無関心」だ。
小説など「無関心」な作品には、
意味すらない。
日本の総合スーパー業態は、
同質化の危機に至った。
それが衰退の真因だ。
そのなかでドン・キホーテだけは、
ポジショニングを得た。
「好き嫌い」の対象となった。
ほかはダイエーも西友も、
イトーヨーカ堂やイオンですら、
静かに「無関心」の方向に行ってしまった。
アメリカの総合スーパー業態は、
ウォルマートとターゲット。
アメリカ人はどちらかが好きで、
どちらかが嫌いだ。
「無関心」の店や企業は、
例外なく絶滅した。
それがアメリカのチェーンストアの競争だ。
それを学びに行く。
とことん学び取りたいものだ。
〈結城義晴〉
























