結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2003年09月20日(土曜日)

結城義晴、㈱商業界社長を拝命する。

2003年8月~9月「編集人の20日〆行動日誌」

 

□8月21日、㈱商業界定時株主総会、そしてその後の取締役会。前任の高岡真佐雄社長が任期満了につき退任され、私、代表取締役社長を拝命いたしました。初代の蜂谷経一氏、故倉本長治主幹、現倉本初夫主幹、そして利波彰良氏、丸木伊参氏、高岡氏についでの、56年目の、第7代目ということになります。よろしくお願いいたします。役員体制は変わりません。倉本主幹、小川寛取締役、松井康彦取締役の4人。実務は私と小川、松井のトライアングルで遂行していきます。「良い仕事のできる良い会社をつくりたい」と心の底から思っています。すべての皆様に、ご支援、ご指導、ご愛顧を願いたいと考えます。

□8月から9月への「20日〆行動日誌」

□22日、朝から臨時部長会。その後、日暮里でパチンコ・チェーンストア協会臨時総会出席。午後、青山のペガサスビル。渥美俊一先生に面談。ご報告。我がことのように喜んでくださった。「営業利益を出すことが、会社の営業力。たくさん出す必要はない。適格に営業利益を出すように」。私に言いたいことは、それだけ――ありがとうございます。

□25日、午前中、定期部長会。午後、新製品開発会議、編集長会議。夕方、JRで富山県砺波へ。北陸ゼミナール。26日は充実の内容。講師となってくださった際コーポレーション・中嶋武社長の控え室でのコメント。「客観的でなければならない」――現代感性のほとばしりのような仕事振りを展開する中嶋武の言葉だからこそ重い。27日、午後から『販売革新』拡大媒体会議。28日、銀座のカメラのきむら訪問。木村迪夫会長にご挨拶。木村さんは㈱商業界の最大株主㈱商業界会館の社長でもあるのです。「走り過ぎないように」とのアドバイス。これも、ありがたい。29日、メインバンクの三井住友銀行青山支店に挨拶。その後、飯倉のオフィス2020に緒方知行さんを訪問。オフィス2020新社になっていた。「体には気をつけよ」――ありがとうございます。午後は商工中金訪問。磯見精祐さん来社。夜は、高岡前社長の送別会。

□9月に入って、朝、新人の鹿野恵子さんの入社式。夜は、フードコーディネータースクールの講義。2日、社員向けの55期決算報告会。3日、商業界ゼミナール(2月ゼミ)の第2回運営委員会。大胆なご提案もあり、来年2月のゼミはドキドキするような面白いことが出来そうです。4日、朝から出版合同会議。午後は、顧問弁護士の男澤才樹先生を招いて、社内「著作権問題勉強会」。5日、鹿児島。テラオカニューバランスフェアで講演。

□8日、『飲食店経営』拡大媒体会議。9日、『食品商業』拡大会議。10日、再び鹿児島へ。商業界九州ゼミナール。サンロイヤルホテル。巻頭講演「競争に勝ち残る商業の条件」と夜の「何でも相談会」。坂上益啓運営委員長のもと「熱き商人魂」が溢れていました。11日、早朝の便で東京に戻って、テラオカニューバランスフェアの講演。その後、有楽町で小社役員会。夜の新幹線で大阪入り。伊丹シティホテル。翌朝、小西酒造会議室で日本セルフサービス協会の「スーパーマーケット・トレードショー実行委員会」。増井徳太郎会長、横山清委員長のコンビネーション抜群。事務局もよく働いていて、よい仕事が出来ています。午後、関西スーパーの田邊喜規常務に迎えに来ていただいて、当日オープンの同社佐井寺店訪問。井上保社長と意気投合の熱談。井上さんと話しているとなぜか力が入ってくる。その後、オール日本スーパーマーケット協会本部訪問。

□連休は少年ソフトボール監督業に精を出す。ボランティア活動はライフワークの一つなのです□16日、人事発令。『ファッション販売』拡大会議。午後、伊藤園本社へ。『食品商業』の大陳コンクール審査委員会。17日、名古屋。商業界中部地区ゼミナールへ。ここも加藤清明運営委員長のリーダーシップですばらしいゼミ。ホンダクリオ新神奈川社長の相澤賢二さんの話は本当に心に響く。18日、『商業界』拡大会議は原稿執筆していたら終わってしまいました。すみません。午後、セゾン総研主催の講演会で、クイーンズ伊勢丹会長・田村弘一さんの話を聞く。いいですね。その後、秋田・横手へ。商業界東北ゼミナール秋田大会。19日は、基調講演「損得と善悪、競争と正義」

□出張と講演の多い月でした。原稿も書きました。16日、17日は翌週のダブリン・ロンドンセミナーのためのレジュメづくりで久しぶりに2日連続、徹夜してしまいました。気力は充実。元気がすべてを生み出すのです。

〈結城義晴〉

2003年05月20日(火曜日)

渡邊紀征西友会長の「ウォルマートは知れば知るほど凄い会社です」

2003年4月~5月の「編集人の20〆行動日誌」

 

□4月21日、朝から商業界会館の改装工事に関する会議、役員会。今秋までに、わが商業界の入っているビル「商業界会館」はかなり大掛かりな内外装の工事をします。手始めにトイレがウォシュレットになったりで、社員は喜んだり、騒いだりしています。22日、23日は赤坂の山王病院で人間ドック。この病院、渥美俊一先生のあのペガサスビルと道路を挟んだ向かい側にあって、ドックに入っていても、私、気が休まりません。というのは冗談で、今年から、自宅近隣の大口東総合病院から、この山王病院に変えました。コンビニエンスニーズからスペシャルティニーズに変わったといったらよいのでしょうか。

□23日は夕方の便で佐賀へ。翌日は、商業界主催「モラージュ佐賀視察セミナー」。ウォルマート西友の、この習作店舗を私はポジティブに捉え、評価しました。加藤勝正さん、米澤房朝さん、山本学さんをはじめとした参加者の皆さん、ありがとうございました。24日は、福岡便で帰京し、25日は朝から小社部長会・編集長会議・新製品開発会議。夜は、東京駅・新丸ビルで宗像守さんと会食。樋口産業社長の樋口俊一さんを応援するための熱い握手。28日、磯見精祐さん来社。いつもの示唆に富んだ会話。29日(みどりの日)、小社新入社員採用試験。

□月が変わって、新緑の5月。1日、メーデーの日、小社臨時部長会。2日、小社第3四半期業績報告会。山本恭広『食品商業』新編集長の発表と決意表明はとても良かった□6日、欠席者のためのコンパクト版業績報告会。商業界とはこんなふうな会社なのです。夜は第2次面接試験。7日、新人パート&アルバイトトレーニングセミナーで巻頭挨拶。午後、『食品商業』拡大媒体会議。夕方、東京プリンスホテルでヤマナカ社長の中野義久さんと久しぶりの面談。8日、出版合同会議。午後、『飲食店経営』拡大媒体会議

□9日、15時から日本スーパーマーケット協会の第5回総会後のパネルディスカッション。パネラーは同協会会長のライフコーポレーション清水信次会長兼社長、協会副会長の平富郎エコス会長、大桑育嗣オオクワ会長、川野幸夫ヤオコー社長、横山清ラルズ社長。コーディネーターは私。タイトルは「価格か?品質か?それともミールソリューションか?」。一言で言えば、「すべてだ!」としか答えようのないテーマに、きちんと答えていただいて、本当にありがとうございました。毎年このパネルディスカッションの狂言回しのような役割(猛獣使いとも言われています)を演じさせていただいていて、私、幸せです。その後のパーティも大盛況。菱食会長の廣田正さんの乾杯の挨拶は良かったし、イオン名誉会長の岡田卓也さんとの選挙出馬要請の話は、抱腹絶倒でした。

□12日、午後、商業界ホームページ委員会。夜は第3次面接。優れた人材が採用できそうです。13日、朝から伊藤園へ。『食品商業』誌上の大陳コンテストの審査会。200万円の大賞賞金は鹿児島のタイヨーと福井のAコープ鯖江が獲得。おめでとう。帰社してから役員会。『食品商業』編集長だった三浦美浩君が小社総務人事部長になってから、やたらに役員会が頻繁になり、各役員に対する要求も増えました。しかし、一つひとつしっかり議論し、正しく意思決定しています。とてもとても良いことです。

□14日、15日は「杉山ゼミ」の研修会。杉山ゼミとは、杉山昭次郎先生が座長で、磯身精祐さんが事務局長となったチェーンストア研究会です。毎月、商業界会館で開催され、編集部の面々が参加している会なのですが、今回は、特別バージョンで、『食品商業』山本編集長と同誌編集部員の竹下浩一郎君、そして私が参加することになったのです。高崎駅で落ち合って、レンタカーで店舗視察。2日間でまとめて20数店を見ました。カインズスーパーセンターとベイシア、マックスバリュとメガマート、ヤオコー、ベルク、フレッセー、そしてカルフール。さらにダイソー、しまむら、アベイル、バースデー、サンキ、田原屋。途中、群馬のインディペンデントスーパーマーケット「まるおか」によって、丸岡守社長とお話。すばらしい専門店です。初日の夜は、午前様で熱烈ディスカッション。今月は、ディスカッションの多い月です。2日目には、高崎同友会の森島和宏さんのお店「お漬物の森島」に突然の訪問。定休日にもかかわらず、大歓待を受け、感激。この店は、岡田徹さんの詩そのものです。「人の心の美しさがいっぱいに満たされた小さな店」なのです。

□16日、『コンビニ』『ファッション販売』『商業界』の連続拡大媒体会議。夜は、日本チェーンストア協会総会後の懇親会。いつもどおりホテルニューオータニ。新会長には東急ストア社長の川島宏さんが就任。応援します。パーティの席上での一言。同協会前会長で西友会長の渡邊紀征さん。「結城さん、ウォルマートは知れば知るほど凄い会社です」。「凄い」をこれほど的確に表現した言葉を、私は知らない。

〈結城義晴〉

2003年04月21日(月曜日)

「西友ウォルマート」第一歩の足音

2003年3月21日。
九州佐賀市「モラージュ佐賀」ショッピングセンター。
西友佐賀巨勢店グランドオープン。
これがウォルマート日本進出の歴史的第一歩なのか。
それとも、またしても「正体見たり、枯れ尾花」なのか。

だがそれは、2000年12月のカルフール幕張とは違った。
1999年のコストコホールセール久山とも異なる店舗だった。
2002年のメトロキャッシュ&キャリー千葉店とは異次元の店だった。
もちろん本国のウォルマート・スーパーセンターとは似ても似つかなかった。
ましてや西友ザ・モールではなかった。

売場面積3062坪の2フロア。
1階は1300坪のデパ地下もどきの生鮮・惣菜をもつスーパーマーケット。
2階は衣料服飾重点型の驚くべきディスカウントストア。
どちらも集中レジの2層型コンビネーションタイプ。
でも年商目標50億円だから、坪当たり年間販売額163万円の「アメリカ並みに売れない店」。

社員18人・パートタイマー134人のパート比率88%。
売上高対比人件費率6.5%。
5種類の新しい省力化什器をふんだんに活用したローコスト店。
結果、販売費管理費比率20%を目指す。
西友の26%とウォルマートの16%の中間狙いか。

これは何というか、「変な店」だ。
「玉石混交の店」だ。
ウォルマートがコンサルティングした「西友」か。
西友による「習作店舗」か。
ウォルマート流商取引の「ショールーム」か。

バスケットプライスと売価上限政策を貫徹すると品揃えが変わる。
絞り込みと縦縞陳列に徹すると売れ方が変わる。
実に細かい点を、徹底して、端から、つぶしていく。
まだつぶしきってはいないが、それはそれでよい、やがて時間が解決する。

私はこの店から、ウォルマートの、謙虚で、力強い意志を感じたのだ。

〈㈱商業界編集人 結城義晴〉

2002年12月23日(月曜日)

日本エブリデーロープライス(EDLP)考

ウォルマートは、直前まで西友への資本追加をしぶっていた。昨2002年の12月12日、34%の株式取得で西友の筆頭株主となる決断は、日本金融界からの強力なネゴシエーションによって、下された。

資本の投入をしても、それがグループ企業が抱える有利子負債の穴埋めにだけ横流しされてはたまったものではない。西友の営業を押し上げるために520億円は使われるべきであるし、そのことの確認が最後の最後まで行われたわけだ。しかし、西友を通してのウォルマートの日本上陸が確定したことで、わが国の小売業におけるエブリデーロープライス(ここではEDLPと略す)という概念は、さらに重くなった。

なぜなら、ウォルマートは、全世界で「EDLP布教活動」を実施している史上最大の株式会社だからである。

今のところ、西友各店舗では「ロールバック」というナショナルブランドの長期的割引き販売が行われているが、これが本格的なEDLPへの助走となるものであることは間違いない。そしてこれが今後、日本スーパーマーケット企業のほとんどに大きな影響を与えるだろうことも間違いない。

ウォルマートの食品部門のEDLPが、アメリカ中のスーパーマーケットチェーンに大きなインパクトを与え、それが1999年からクローガー、アルバートソン、セーフウエーといったトップランナーたちの大掛かりなM&Aを促進したことを思い起こすだけで、このことは理解できる。

1980年のウォルマートにこそ学べ

2001年9月『販売革新』誌の「全編まるまるウォルマート問題特集号」を編集・執筆していて、私は、多くの意外な事実に遭遇した。その最大の事柄は、EDLPが1980年、オクラホマ州のムーア店において、初めて強力なキャンペーン策としてウォルマートの店内に登場した点である。

サム・ウォルトンは、内外装を一新させたアップスケールタイプの「80年代対策店舗」をオープンさせるにあたって「エブリデーロープライス」と大書された垂れ幕を店内に下ろした。そして、「モーターオイル」を1品目に絞り込んで、大量陳列し、「ロープライスの毎日」を強調して、安売りを続けた。

売上高16億4300万ドル(日本円1ドル130円で換算して約2000億円)。店舗数276店、11の州に店舗展開をしていた段階だ。フォーマットは、ディスカウントストアたったひとつ。

つまり、「一業専心」で集中店舗展開をし、限定エリア内での占拠率を高めていくプロセスにおいて、1アイテムからEDLPは出発したことになる。

サム・ウォルトンはEDLP政策を打ち出す3年前の1977年、ミシガン州とイリノイ州のディスカウントストア「モアバリュ」16店を買収、81年にはクーンズ・ビッグK92店を買収。さらに78年にはアーカンソー州サーシーに初の本格的ディストリビューションセンターを開設し、ロジスティクスの整備にも手をつけている。

2年後の82年度末には一挙に500店を突破し、551店に成長。

500店を成し遂げたあとの83年、「値下げ特売を減らして、月1回の効果的イベント特売に集約」している。

EDLPを始めると確実に既存店売上げは下がる

私は日本のEDLPを考察するとき、ウォルマートの、この1980年時点が極めて重要な意味をもっていると思う。

一般にEDLP政策というと、日本のダイソーが全品100円で販売しているイメージを持つかもしれない。しかし80年のウォルマートは、人々の生活にとって必需のモーターオイルから、「毎日の値引き販売」を始めた。1シーズン、1年を通して、その商品を買っていただければ、圧倒的にお得ですよ、と打ち出したのだ。3年ほどでこの必需のEDLPアイテムは3000品目まで広がった。

いわゆる生活必需品のコモディティグッズをEDLPで提供したわけである。

従って、当然ながら、一方で非コモディティや売れ残り品の値引き販売もしていたし、EDLP以外では、月1回の特売もやっていた。現在も、ウォルマートでは「ブラックマンデー」と呼ばれる月曜日がある。月1回の特売の日曜日の翌日が、帳簿がまっ黒になる日なのである。

80年時点が重要な意味をもつもうひとつの背景には、このときウォルマートが絵に描いたような急速成長を成し遂げていた事実である。

いきなりEDLPを採用すれば、既存店売上高は確実に下がる。最大の売れ筋で必需のA商品をディスカウントし続けるからだ。しかし、3年続けると、顧客からは絶大なる信頼を寄せられる。それがEDLPなのだ。

従って、EDLPを続ける間、店数が増えない限り、売上げは下がるのである。

もちろんEDLPによって、一時的に客数が増えることもあるだろう。しかしEDLPは集客のための販促策ではない。間違ってもEDLPで売上が上がると思ってはいけない。

日本のスーパーマーケット業界でいえば、首都圏で展開するサミットが、20年も前からやっていた「マンデーショッピング」のイメージであろうか。現在は、塩しゃけ、卵、ひき肉、牛乳、食パン、豆腐などの冷蔵庫の必需品を特売する「月金サービス」18品目と、米、味噌、塩、しょう油、トイレットペーパー、ティッシュペーパーといった必需品および刺身盛り合わせ、牛肉薄切りなどの一家そろって買物するときの売れ筋を特売する「ウイークエンドサービス」20品目と拡大されている。

ウォルマートのEDLPは、いわばこれを毎日展開するのである。

私はここで、かつてヨークベニマルの大高善二郎社長(当時)が語った言葉を思い出す。

「1カ月に1万円分お客様のバスケットの中身を安くできれば、この地域全体に1万円分のベースアップをしたことと同じになる」。

EDLPは販促策でも、集客手段でもない。顧客にとって必要不可欠のアイテムを毎日、地域で一番安く提供し続ける。そのために企業として倹約に倹約を重ね、店として節約に節約を繰り返す。ストイックなまでにエブリデーローコストを追い求める。

EDLPとは商売そのもの、ビジネスの本質に直接、触れる行為なのだ。日本ではまだまだ助走の段階に過ぎない。

〈結城義晴〉

1999年02月20日(土曜日)

ジャーナリストの「言葉の技術」

1999年2月の行動手帳から。

□1日、ぺガサスクラブで「SSMだけの平成11年度経営戦略セミナー」。

□2日、船橋のららぽーとへ。前「販売革新」編集長の伊東清さんと待ち合わせて、コウズららぽーと店の視察。本当に久しぶりに、日本初のリージョナルショッピングセンターといわれたららぽーとにやって来て、こんなに狭かったかな、というのが実感。中身は、ずいぶん整理されてきて、私は日本ではダイエーしか挑戦できないフォーマットとして注目しているのですが、モールから入りにくいことが最大の欠点。果たしてこのSCの中で、お客にとってコウズへの転換がよかったのか、ダイエーのレギュラー店へのリニューアルの方が便利だったのか。ドムドムのロースカツハンバーガーは意外にうまかった。

□3日、食品商業3月号の青焼出張校正。

□4日、朝から静岡へ。ワインの輸入・小売りで、前年比150%で飛躍的に業績を伸ばしている㈱やまざき(店名、ヴィノスやまざき)へ。種本祐子さんはじめ、やまざきの人々と1日中語り合い、大いに刺激になりました。とりわけ、フランスワインの買い付けに現地で力を発揮している伊藤奥志男さんとの出会いは重いものになりそうです。その日はとうとう最終の新幹線に間に合わず、静岡泊。

□翌5日は、朝から、食品商業誌の「拡大媒体会議」。

□8日、アイエムシーイノウエの井上富夫さん来社。午後からコンビニ4月号の出張校正。

□9日も同じく、「セブン-イレブンの什器大改革」の巻頭特集から始まる特大号です。ご期待下さい。

□10日、食品商業誌の「70日前編集会議」。午後、ぺガサスビルで、渥美俊一先生インタビュー。バチンコホール業のイノベーションの話は、涙が出るほどおもろかった。夕方、小社、役員会。

□12日、ライフコーポレーシン清水信次会長兼社長の痛快インタビュー。食品商業誌に掲載。

□15日、食品商業誌の特急入稿。翌日から2月ゼミナールが始まるし、2月は28日までしかないし、今月号はいくら時間があっても足りないくらいなのです。

□16日、熱海ニューフジヤホテルでの「67回商業界ゼミナール」オリエンテーションへ。4時半から30分、ガイダンススピーチを。例によって「カゴかきの教訓」の話。

□17日から3日間本ゼミ。今回は925名の参加をみて、内容の濃いゼミナールになりました。原信の原信一社長の講演はメリハリがきいていて、率直で、すばらしいものでした。ダイソーの矢野博丈社長の話もおもしろかったし、うまかった。最終日、ハンディネットワークインターナショナルの春山満社長の講演は胸にせまるものがありました。26才で筋ジストロフィーになって、首から下が動かなくなってしまった「車イス社長」の春山さんのビジネス観は、私に「土農工商」の本質を発見させたのでした。今、春山さんの本を書きたい、という衝動を抑えることができないくらいに、興奮し、感動しています。「スパークル」という倉本初夫主幹が主催する若手経営者の集まりがありますが、6月9日、そのスバークルの会合で眷山満さんの話を聞くチャンスがあります。私も、この集まりに出かけて行って、もう一度、春山さんに会おうと考えています。最終日は、アサヒビール会長の瀬戸雄三さんの講演もあり、充実したゼミナールでした。

□19日、後片づけが終る直前に帰社し、食品商業誌入稿。

□23日午前中、「販売革新」拡大媒体会議。夕方、小社・役員会。午後、東京マーケティングへ。「明日を切りひらく酒販店」は「酒販マーケティング」とタイトルを改めて、再出発します。その打合せ。宮川東一先生の東京マーィングも、権田嵩壽さんが取締役副社長になられて、バワーアップ。ともに頑張りましょう。

□24日夕方、小社役員会。25日、恒例の部長会。午後、本誌出張校正へ。26日も、西日暮里で出張校正。

□ところで、今月はジャーナリズムのあり方について考えさせられることがありました。2月ゼミナールがあると、そんな思いがさらに昇華されて、私の頭の中をかけめぐるのです。例えばカメラマンがまずきちんとした写す技術を身につけて、それから自分の目によって意思を写し出すように、ジャーナリストはペンの技術をまず身につけねばなりません。ペンといわず言葉の技術と考えた方が現代的かもしれません。それができない未熟な段階では、自分が知った情報を正確に表現できないからです。正確に伝える技術を持たない者が、モノを伝えようとすると、その情報はねじ曲がってしまい、ジャーナリズムの意味がなくなります。商売やビジネスも同じです。着想や発想、アイデアだけでは、うまくいきません。それを客に伝える技術こそがまず必要なのです。2月ゼミナールはそのことの重要性を私たちに教えてくれたのでした。

〈結城義晴〉

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