訃報「長嶋茂雄のその日その日にボクは深く深く頭をさげる」

長嶋茂雄が死んだ。
「ミスタープロ野球」
全日本人のヒーロー。
今年3月に肺炎にかかった。
そして2025年6月3日午前6時39分。
息を引き取った。
89歳。
巨人は嫌いでも、
長嶋は好き。
そんな人が多かった。
私は福岡の西鉄ライオンズファンだった。
そして中西太を信奉していた。
それでも長嶋は好きだった。
日経新聞「私の履歴書」
長嶋茂雄編に目を通した。
千葉県の佐倉市。
小学生のころから、
野球で遊んだ。
小さくてもホームランをかっ飛ばした。
中学に上がると、
真っ先に野球部に向かった。
当時の皮肉な川柳。
「六三制、野球ばかりがうまくなり」
ここで1年から断然上手かった。
3年では当然、キャプテン。
佐倉高校に進んで、
ここでも図抜けた高校球児。
庭にある樹齢30年の柿の木の下で、
バットを振るのが日課だった。
「スター選手のバッティングの物まねを
一通りおさらいした」
長嶋も真似から入った。
大学は立教大学。
砂押邦信監督に死の特訓を受けた。
しかし長嶋は大学の4年間、
「自分が何をしたら
周りの人が喜んでくれるか、
自分をどう表現したらいいか、
そればかりを片時も忘れずに考えていた」
これを話すと、
学生の中からどっと笑いが起きた。
長嶋は述懐する。
「私は人生は表現力と思っている」
「プレー以外のどんな時でも
観客のすべての視線をひき付けようと意識した」
「見られる方はいつも集中して、
さらにプラスアルファの力が生まれるものだ」
長嶋はそれを人一倍強く意識していた。
それが原動力だった。
プロ野球で巨人軍に入った。
剛腕金田正一との最初の対戦。
4打席連続4三振の痛恨のデビュー。
「私に投じた19球のうち
10球スイングしたが、
バットにかすったのは1球だけ。
それも内角に食い込む直球に
のけぞってよけたバットにあたったもの」
「空振り9、見逃しストライクが2。
惨たんたる結末だった」
「下宿先でまんじりともしない夜を過ごした。
明け方まで悔しさと恥ずかしさがこみ上げて、
何度もガバッと布団をはねのけ、
闇の中でバットを振った」
巨人軍の日本一9連覇。
王貞治とのON砲。
「ライバルとよくいわれたが、持ち味が違う。
ホームランバッターの王さんが登場して
私は飛距離にこだわらず、
『勝負強さ』という1点に自分の打撃を
収斂させていった中距離バッターだ」
ライバルは隣にいた。
日本シリーズの前の合宿。
昼間は練習、夜もミーティング。
そのミーティングのリポート。
監督の川上哲治。
「王君の答案は『1、…。2、…』と、
個条書きでびっしり書かれていたのに比べ、
長嶋君のそれは『よく、わかりました』と、
たった1行だけ」
個性が真反対だから、
ライバルは輝いた。
ウォルマートとターゲット、
ホームデポとロウズ、
複占のポジショニング競争。
日経新聞はすぐに社説で弔意を示した。
[社説]戦後日本を照らした長嶋氏
74年に現役を引退するまで
本塁打444本、首位打者6回などの
記録を打ち立てた。
もっともその真価は数字よりも、
人々の脳裏に刻み込まれた
数々の名シーンにあろう。
「選手として活躍したのは、
戦後復興から高度成長へと向かう時期に重なる」
「敗戦という過酷な体験を乗り越え、
前を向こうとする日本社会にあって、
時代を照らす明かりのような存在だった」
引退セレモニー。
「わが巨人軍は永久に不滅です」
昭和の時代と共鳴した不世出のスターだった。
2004年に脳梗塞で倒れた。
右半身麻痺などの後遺症が残った。
私はそのあとの長嶋は見たくなかった。
まったく個人的な印象だが。
私はああなったら、
表には出ない。
それでも長嶋茂雄は現役の時代に、
誰にもできないことをやり遂げた。
サトウハチロー。
「長嶋茂雄選手を讃える詩」
疲れきった時
どうしても筆が進まなくなった時
いらいらした時
すべてのものがいやになった時
ボクはいつでも
長嶋茂雄のことを思い浮かべる
長嶋茂雄はやっているのだ
長嶋茂雄はいつでもやっているのだ
どんな時でも
自分できりぬけ
自分でコンディションをととのえ
晴れやかな顔をして
微笑さえたたえて
グランドを走りまわっているのだ
ボクは長嶋茂雄のその姿に拍手をおくると同時に
「えらい奴だなァ」と心から想う
ひとにはやさしく
おのれにはきびしく
長嶋茂雄はこれなのだ
我が家でのんきそうに
愛児達とたわむれている時でも
長嶋茂雄は
いつでもからだのことを考えている
天気のいい日には青空に語りかけ
雨の日には
天からおりてくる細い糸に手をふり
自分をととのえているのだ
出来るかぎり立派に
長嶋茂雄はそれだけを思っている
その他のことは何も思わない
ボクは長嶋茂雄を心の底から愛している
自分をきたえあげて行く
長嶋茂雄のその日その日に
ボクは深く深く 頭をさげる
心からご冥福を祈りたい。
合掌。
〈結城義晴〉