Everybody! Good Monday!!
[2026vol㉞]
2026年第35週。
8月も、もう第4週。
横浜市立の小中学校の夏休みは、
8月26日(火)まで。
私のころはずっと8月末日までだった。
生徒たちは今、宿題に追われているのだろうか。
クスノキは元気だ。

私たち商人舎一同は今、
月刊商人舎9月号の執筆と、
依頼されたシリーズ単行本の編集、
ミドルマネジメント研修会のテキスト制作に邁進。
私は懸案の単行本の執筆に難儀している。
いいものを書きたいと思えば思うほど、
金縛りにあったように筆は進まない。
毎日ブログを書き、
セルコレポートの連載も仕上げ、
月刊商人舎の原稿を執筆する。
そのうえで単行本。
大作家のようにホテルに籠って、
集中して書かねばならないのかもしれない。
8月末だというのに、
仕事は大量に押し寄せてくる。
久しぶりに「ほぼ日」の糸井重里さん。

毎日、コラムを執筆している。
「ぼくだけの秘密の理論」
「ただし、まちがってます」と言ってから披露する。
「確率2分の1」の理論。
――サイコロを振るとき、
ある特定の数字を望んだとしても、
それが出る確率は6分の1です。
――ふたつのサイコロを振る場合は、
もうちょっと複雑で、
7の目が出る確率が6通りもあって
最も高いのですが、
2と12の目は、それぞれ1通りしかないので
確率は低い。
――それでも、
じぶんの望んでいる数字があった場合、
それが仮に「3」だとしたら、結果は、
「3」が出るか「3」が出ないかどちらかです。
――「出る or 出ない」の2つに1つなので、
これを「確率2分の1」と決めるのです、
じぶんだけで。
ほんとに自分勝手だ。
――この「理論(?)」は、
まちがいだとわかりますよね。
それでも、サイコロをカチャカチャさせて、
振る直前まで、「確率2分の1」と念じるのです。
外れることもあるし、当たることだってあります。
要は念じること。
――ぼくは、この考え方を、
サイコロを振る場合以外でも、
けっこう(ひとりで密かに)「使っている」のです。
――サイコロを振るのに近いような
偶然性(わからなさ)が、
いろんな場面でよくあります。
そのときに、みんなと相談しているじぶんとは別に、
結果は、「当たった」場合と「それ以外」のどちらか、
と思うようにしているのです。
なるほど。
――当たったら、
それなりの次の状況に進めます。
ハズレても、次にどうするかを考えるので、
どちらにしても、その場で
すべては終わらないのです。
「そっか。次、行こう」になります。
糸井重里の真骨頂。
――そのプロセスで、
元気をなくすことのほうが怖いのです。
――重要な場面で、
そういうことは言ってませんが、
これは科学の話ではなく、
心のありようの問題なのです。
心のありようで、
「確率2分の1」となる。
商売というのは、
この「確率2分の1」がよく起こる。
元気をなくすことの方が怖い。
やってみて、
良くなかったら、
やめる。
そしてまた違うことを、
やってみる。
「2分の1」、「2分の1」で、
やり続ける。
確率を考えて、
「6分の1」か、と思いながらやるより、
2分の1、2分の1で、
やり続けることの方が大事だ。
朝日新聞「折々のことば」
今日の第3702回。
人間、悩むか、
はらはらするか、
どちらかはしなければ
ならないのだ。
〈なだいなだ〉
「極端な放任も極端に厳しい躾(しつけ)も、
子供には歪(いびつ)な環境だ」
「どちらが正しいかでなく、
その間でどう平衡をとるかが肝要だ」
なだいなださんは作家で精神科医。
2013年に83歳で亡くなった。
その『教育問答』から。
1977年発刊の中公新書。

「子供が自分の思うようにならないと悩むのも、
放っておけばこの子がどんな人間になるかと
はらはらするのも、ともに苦しい」
「それより子供は教育次第でどうにでもなる
という思い込みから自由になるのが先だ」
私は子どもも部下も学生も、
「邪魔をしないこと」をモットーとして接する。
良いか、悪いかはわからないが、
ずっとそれでやってきた。
悩むか、はらはらするか、
それぞれが体験すればいい。
私も悩むし、はらはらもする。
では、みなさん、今週も、
やるか、やらないか、
それは「確率2分の1」だ。
Good Monday!
〈結城義晴〉



































































