結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2011年04月09日(土曜日)

「東北関東大津波大震災」結城義晴渾身の現地ルポ「三章 盛岡ジョイス/ベルプラス編」

“Think unthinkable!”
「考えられないようなことまで考えよ」

それから、
“Never say, never”
「絶対に起こらないなどとは、金輪際言うな!」

日経新聞国際面で編集委員の高坂哲郎さんが、
欧米の安全保障や危機管理の専門家の合言葉を紹介している。

中部銀次郎の言葉にすれば、
「最悪を覚悟して最善を尽くせ!」

中部さんはストイックなスポーツマンだったから、
「最善を尽くせ」と結論づけるが、
欧米人のリスクマネジメントはリアリズムだから、
「最悪を覚悟せよ」としか言わない。

しかし最善を尽くしても、
それでも人間の力ではどうにもならないことがある。

昨日の日経新聞一面コラム『春秋』。
災害社会学の第一人者・広井脩の著書『災害と日本人』から引いた。
「日本人の伝統的な災害観」の三つ。
①「天譴(てんけん)論」
「人間社会への天の戒めとみる」
関東大震災の時の渋沢栄一や内村鑑三の考え方。
石原慎太郎東京都知事がこの天譴論者。
②「精神論」
「災害に科学的に対処するよりも心構えを強調する考え方」
これは「最終的に神仏依存に通じる」
今回も振興宗教がはびこるだろう。

③「運命論」
「災害とそれによる生死を運命として受け入れる」

「そう割り切ることで悲劇性を心理的に抑える効用がある一方で、
あきらめにつながる恐れもある」
これは、広井さんの指摘。

このコラムは最後に、
東京都三宅村の平野祐康村長の言葉を出す。
「火山噴火で4年半の全島避難を経験した」ひと。
「誇れることがあったとすれば、
自殺者を出さなかったことだ」

そして結びは、「人と人のつながりがますます大切になる」。

私はそれに付け加えたい。
これから必要なのは、
「一心に仕事をすること」。

その日経の投資・財務欄。
「小売り・外食、震災が影」
セブン&アイは381億円の営業利益マイナス、
そして260億円の特別損失。

高島屋は3月、売り上げ減90億円。

ダイエーは店舗の被害などで15億円の特損。

ファミリーマートは営業利益25億円のマイナス、
40億~60億円の特損。

しまむらは90億円の売上げマイナス、
30億円の特損。

ファーストリテイリングは30億円の売り上げ減、
10億円の特損。

売上げマイナスと特別損失の、
オンパレード。

この数字の世界は、
天譴論でも精神論でも運命論でも、
逃れられないし、解決しない。

一昨昨日、
ベルプラス会長の遠藤須美夫さんとじっくり話した。
共同仕入れ機構CGCジャパンの重鎮で、
東北CGC のリーダー。
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「今回はCGCの役割が大きかったし、
今後はCGCブランドがもっともっと重要になる」

私も同感。

いわきのマルトも大船渡のマイヤも、
CGCジャパンに加盟していて、
その商品供給と仲間企業の助力に、
大いに励まされ、助けられた。

東北と北関東の広範な震災は、
ナショナルチェーンの「機能」の強さを、
再認識させた。

イオンはナショナルチェーンだし、
セブン-イレブン、ローソン、ファミリーマートのコンビニも、
ナショナルチェーン。

しまむらもユニクロも、
ニトリもコメリも、
ナショナルチェーン。

ナショナルチェーンとは、
全国規模のチェーンストアであるということ。

だから東北北関東の震災に対しても、
健全な西日本の店や部門が奮起して、
東日本の店や部門を自助することができる。
CGCジャパンも全日食チェーンも、
ボランタリーチェーンのナショナルチェーン。

遠藤さんの言うCGCの役割の強さは、
地域地域のローカルチェーンが集まって、
「ナショナルチェーン」を形成していることを意味する。

ベルプラスもジョイスも、
CGCジャパン加盟のナショナルチェーンで、
まあ東北はCGCジャパンだらけということになる。

ジョイスの小苅米英樹社長は、言う。
「営業本部の全店では、
店長が中心となって店頭販売を始めたし、
総務部門はガソリンの補給をいち早く確保した。
開発本部は被害状況を素早く調べ、
商品本部はトラックで商品を集めに回った」
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「組織ごとに機能を果たし、
自動的に動くことができた」

震災が起こったときにいちばん、
やってはいけない態度。
それは「指示待ち」。
行政には未だにその傾向が顕著だが、
小売業に、それがあってはならない。

小苅米さんが言うのは、
「指示待ち」がなかったということ。

それでも営業本部の佐々木寧さんは、述懐する。
「この20日間ほどはまともに眠っていない」
組織で役割・機能分担して動くと言っても、
その組織ごとのトップは、不眠不休である。

ジョイス専務の青木洋一さんは、
この会社の懐刀だが、
「これからは体力勝負になる」と見る。

私の「寡占化が進む」という見方にも、
賛成してくれた。

それはジョイスが、リージョナルチェーンを志向しながら、
ナショナルチェーンのCGCジャパンにも加盟していることの、
バックボーンを意識した見解だと思う。

東北関東大震災の後、
日本の小売りマーケットの様相は、
確実に変わる。

私は、強く実感した。

しかしナショナルチェーンが、
重要な機能を果たしたことは確かだが、
店舗の価値が個店にあることは、
絶対的な要素である。

ここは、間違えてはいけない。

強い個店がナショナルチェーンの力によって、
さらに強くなることが起こる。

弱い個店はナショナルチェーンだろうが、
リージョナルチェーンだろうが、弱い。

小苅米さんは震災後全社にメッセージを発した。
毎週月曜日に「社長からの手紙」を出しているが、
その震災特別版。

それには呼びかけがあった。
「早く通常に戻そう」

いち早く通常に戻した者が、
顧客の支持を得る。

顧客こそが、
「はやく日常を取り戻したい」と、
熱望しているに違いないのだから。

<結城義晴>

2011年04月08日(金曜日)

「東北関東大津波大震災」結城義晴渾身の現地ルポ「二章 宮城・岩手の人々編」

昨夜11時32分頃、
3月11日以来最大震度の余震。
震源は宮城県沖の深さ約40キロ。
マグニチュードは7.4。

私はこの瞬間、
東北自動車道上り車線・栃木県黒磯市のあたりを、
盟友・鈴木國朗さんと一緒に走っていた。

走っていたと言っても、
ランニングではなく、
ドライビング。

4月5日から3日間で、
鈴木さんとともに1600キロを走破し、
被災地の商業人を訪問、支援・激励し、
深夜の2時過ぎに横浜に帰着。

しかし、ほんの数時間前に会っていた人々が、
また震度6強の余震を被っている。
その心を察すると、私の心も痛んだ。

心より、お見舞い申し上げたい。

仙台市宮城野区や栗原市で震度6強、
岩手県大船渡市、釜石市などで震度6弱が観測された。
今日8日の午前中現在で、
死者2人、重軽傷者132人。

この余震直後から、
青森、秋田、岩手の3県全域が停電。
宮城県内も広範囲の停電。

もう、「いい加減にしてくれ」といった気分になる。

一番気がかりだったのは、原発。
幸いに大きな事故にはつながらず、
ちょっとだけ安心。

3月から運転停止中の女川原発は、
微量の放射性物質を含む使用済み核燃料プールの水が建屋内に流出。
ほんとうに微量だったため環境への影響はないと発表された。

福島第一原発は施設への影響なしとして、復旧作業続行。
柏崎刈羽原発も、新たな損傷・電源トラブルなしとの発表。

日本原燃六ケ所再処理工場は使用前検査中だったが、
外部電源が一時遮断されたものの、非常用発電機使用で問題なし。

被災地を回って、まだまだ、
「第2段階の救済レベル」の地区が多いことを実感したが、
それでも原発問題だけは未だに「快方」に向かっていない。

余震はすべての人に、
このことを思い出させた。

さて、一昨日から昨日にかけて、
会った人々。

まず、4月6日の夕方、
石巻のヨークベニマルの二人の店長。
湊鹿妻店の物江信弘さん(左)と、
石巻蛇田店の小林稔さん(右)。

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湊鹿妻店は津波によって崩壊。
物江店長は屋上に残った500人の命を守りきった。
お二人のドラマは来週月曜日4月11日、
震災1カ月後の日に紹介する。

それから盛岡市に移動して、6日の夜、
㈱ベルプラス会長の遠藤須美夫さんと、
社長の澤田司さん。

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澤田さんは、
コーネル大学リテール・マネジメント・プログラム・オブ・ジャパンの第二期生。
ベルプラスの「ビッグハウス石巻店」も、
大津波によって、すっかり破壊された。
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それでも、力を合わせて復興に邁進。

そのビッグハウス遠野店。
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この店では、ベルプラス専務の高橋政敏さん(右)と、
取締役管理部長兼社長室長の菊地甚成さん(左)に会った。
中央はこの店の副店長さん。
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がんばろう東北。
明日に向かって
力を合わせて、
がんばろう岩手。
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7日の朝には、㈱ジョイスの幹部のみなさん。
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真ん中が社長の小苅米英樹さん。
左端が専務の青木洋一さん、
右端は営業本部執行役員販売部長の佐々木寧さん。
小苅米さんと青木さんの間になぜか三井物産の花牟礼真一さん。

小苅米さんはコーネル大学RMPジャパン第一期生、
佐々木さんと花牟礼さんは第二期生。
コーネルつながりで、震災後の対応について意見交換。

ジョイスは組織の力で、
この震災を乗り切ろうとしている。
「組織力」が語られたことは、
私、ほんとうにうれしかった。

ジョイス応接室の窓から、
雪をかぶった岩手山の雄姿が見えた。
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夕方には、ジョイス大船渡店店長の五日市守さん。
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店舗裏のプラットフォームまで、
津波の水が押し寄せた。
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それでも勤務していた従業員は全員無事で、
お客様にも怪我がなかった。

今では、がんばって店を維持している。
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ジョイス大船渡店が入っているショッピングセンター「サンリア」。
ここでは「がんばろう気仙!!」
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盛岡市内では、
㈱ユニバースの盛岡南店店長の工藤公一郎さんにも、
ちょっとだけ会った。
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工藤店長はこの5月の商人舎USA視察ベーシック編に、
参加してくれる。

奥州市のKマートのみなさん。
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たった1店舗のスーパーマーケットだが、
みんなの力を合わせてお客様に奉仕し続けている。
3月の成績は前年比200%。

そして昨日の最後には、
大船渡の㈱マイヤ社長の米谷春夫さん。
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米谷さんは16店のうち6店を失った。
お母様も亡くした。
自宅は津波にさらわれた。

それでも「ライフラインを守る」使命感で店を開ける。
<マイヤ物語は、4月19日掲載となりました>

「ひとつずつ、
すこしずつ、
いっぽずつ」

復旧から復興へ、私たちは歩を進める。

私のブログも、
急ぎ足ではなく、
一歩ずつ話を展開しよう。

3月11日午後2時46分の大地震と、
30分後にやってきた大津波。
そのときから、たくさんの商人の物語が始まった。
たくさんの商人の物語は、大きなうねりとなって、
そのお客様の生活を守った。
たくさんのお客様から、
普段は聞くことのできない「ありがとう」の言葉を引き出した。

一つひとつに、
一人ひとりが、
死に物狂いで取り組んだ。

それが「ありがとう」のこだまとなって、
東北の街々に響き渡った。

「ありがとう」
「ありがとう」

「ありがとう」

私はこの「ありがとう」が、
東北を蘇らせると信じている。

この「ありがとう」が、
日本を救うと確信している。

「ありがとう」が、
私たち自身を、
人間らしくさせてくれると考えている。

こころより、ありがとう。

皆さんも、良い週末を。

被災地のみなさんが、今夜、
やすらかに眠ることができますように。
被災地のみなさんのその眠りが、
明日の活力ある目覚めにつながりますように。

今週もこのブログに来てくださって、
ありがとう。

<結城義晴>

2011年04月07日(木曜日)

「東北関東大津波大震災」結城義晴・渾身の現地レポート・「一章 仙台名取編」

横浜を出て、三日目。
1030キロを走った。

神奈川県から東京都、
栃木県、福島県、岩手県を移動。

東北自動車道を北上し、
郡山市から仙台市、
そして石巻市から盛岡市。
さらに奥州市から大船渡市へ。

お会いする人、
話しする人、
涙涙の交流。

商売の素晴らしさ、
それに打ち込むことの尊さ。

大地震と大津波に見舞われたからこそ、
素晴らしさ、尊さに出会った。

日経新聞では、セブン&アイ・ホールディングスやイオンで、
断裂していた東北の物流体制が、
震災前のレベルまで回復したと報告する。

しかし、被災した人々、
被災した店舗は、
まだまだ悲惨なままだ。

震災時の5つの段階。
①救助の段階
②救済の段階
③復旧の段階
④復興の段階
⑤振興の段階

セブンとイオンのロジスティクスは、
第3の復旧段階が進んだのだろうが、
被災地の人々は、まだまだ救済の段階。

実際にこの地を訪れると、
それが良くわかる。

一昨日は仙台市内のホテルに泊まった。
電気はきているが、ガスがまだ復旧しておらず、
暖房もお湯もない。

だから夜中に、毛布をかぶって、
パソコンに向かった。

昨日の朝は、仙台市内の三井物産㈱を訪問。
コーネル大学RMPジャパン第二期生の花牟礼真一さんと情報交換。
花牟礼さんは食料・リテール本部食品流通部東北営業部長。
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仙台や石巻などの情報を詳細に教えてもらった。

しかし仙台で被災した花牟礼さんも、
1週間は「自分たちができること」によって、
救援に動いたという。

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メーカーや卸売業のように拠点や物流機能を、
自ら持つわけではない。

それでも三井物産には仙台市から、
様々な要請や協力がくる。

それに対して、商社にはネットワークがある。
花牟礼さんは「ネットワークの使命感」と言った。
その使命感で、援助に協力し、
自らも避難所を訪れ、物資を提供した。
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写真は東松島市矢本学校給食センターに、
自衛隊と協力して支援物資を運び込んでいるところ。

人々がみな、自分の「できること」をやって、
被災者を支援した。

花牟礼さんは言う。
「我々が復旧することが、
被災者を支援することにつながります」

そして仙台で被災したものとしてつくづくと述懐する。
「食は最も重要なライフラインでした」

市内のダイエー仙台店は、
三井物産東北営業所の窓から見えるところにある。
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いち早く復旧し、営業を再開した。
ダイエーへの顧客の行列は、
4人の列で2ブロック、500mも続いたという。
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ダイエーも頑張っている。
私はうれしくなった。

その後、鈴木國朗さんとともに、
仙台から南に向かう高速道路を走った。
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海を左手に見て、高速を走る。
一段と高くなった高速道路が、
堤防の役を果たして、津波を堰止めた。
しかし海岸線から高速道路までの1.5キロくらいのスペースは、
荒涼たる光景。
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海の臭いと泥の臭いが絡まった異様な臭いが、
車のなかにいても鼻をつく。
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高速道路は、時折、でこぼこが出ている。
ガードレールも時々、曲がっている。
そして泥が舞い上がる。
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海岸線の防風林と高速道路の間に、
まだ海水が溜まったところが見える。
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そして一級河川の名取川。
津波は名取川をのぼり、
この部分だけは高速道路堤防を越えて、
付近を荒らしまわった。
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広大な「元」田んぼに流れてきた自動車が、
そのままに点在する。
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荒涼とした光景が続くが、
写真真ん中左手に、
打ち上げられた船が見える。
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高速道路を仙台空港のところで降りて、
津波に被災されたエリアに入る。
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海に向かって一直線にもどる道路。
両サイドには今や何もない。
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しばらく走ると、津波に流されてきたものが、
ごろごろころがっている風景が現れる。
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海に近づいた集落の入り口。
水たまりのわきに、
流されてきた車が放置されている。
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瓦礫のなかに、
骨ばかりになった車。
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わずかに残った二階建ての民家と車たち。20110407202422.jpg

タンクローリーも流され、ぐにゃりとつぶされている。
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ガードレールもぐにゃぐにゃに曲がって、
道路わきに倒れている。
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高速道路のそばにも、藁にくるまった4WD。20110407202556.jpg

海岸線につながれていたボート。
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道路に上がったボート。
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仙台空港の近くは立ち入り禁止だったが、
付近にはセスナが転がっているそうだ。

津波の影響の少ないエリアもある。
その中にセブン-イレブンの店舗があった。20110407202802.jpg

店は閉鎖されている。
しかしスーパーバイザーのトヨタ・ヴィッツが、
横付けされていた。
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海岸から離れたエリアでは、
ホームセンターが営業していた。
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そしてパチンコホール・ダイナムの新フォーマット「信頼の森」美田園店20110407202916.jpg

併設されているファストフード「めん六や」。20110407202937.jpg
元気に営業。

信頼の森は、「煙い・うるさい・わからない」を排除した画期的な店。
被災者や避難所暮らしのパチンコ愛好家が遊びに来ている。

沖慎司ストアマネジャーと握手。
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この店は、休暇中の社員が一人、津波にのまれて亡くなった。
隣の店で働いていた奥さんも亡くなった。

高速道路の反対側・名取地区のヨークベニマル名取西店
このエリアでは最も激しく被災した店舗。
しかし幸いにも津波被害にはあわなかった。
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ホームセンターのホーマックが併設されていて、
どちらも元気に営業中。
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テントに商品を積んでいる。
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ヨークベニマルとホーマックの間をつなぐモール部分の天井は、
崩落している。
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天井には大きな穴があいている。
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ヨークベニマルの入口ガラス面も壊れていて、
青いビニールシートがかけられている。
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鮮魚部門の天井との間も崩落し、
ブルーのシートがガムテープで止められている。20110406022510.jpg

ヨークベニマル名取西店店長の本多博文さん、49歳。
脂の乗り切ったYBマン。
リーダーシップを発揮して、
震災翌日の12日から店を開けた。
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その商人魂をたたえて、握手。

停電、断水、連絡も途絶え孤立した店舗。
夜通し店にいて、かたづけし、
12日、被災直後に必要な商品を店頭に持ち出して、
販売した。

お客は何重にもとぐろを巻いたように列をなして、
辛抱強く待ってから、買ってくれた。

店にある商品を順番に店頭に出して、
12日から15日まで4日間売り続けた。

電卓で打って、手から手で商品を渡した。

最初の頃は本部とも連絡が取れず、
近隣の店舗の店長と連絡をとりつつ、
知恵を出し合って、商品がある限り、売り続けた。

4日目には本部の手配で、
関西から冷蔵ケースの修理業者がやってきて、
元に戻してくれた。

そこで、16日、17日の2日を休業として、
従業員の疲れをとって、
18日から店内の一部で、
生鮮食品なども販売し始めた。

ただし1家族15個、20個と制限を加えた。
「どんどん売っても、
買えないお客様がいらっしゃるから、
公平とするために制限する」

これが本多店長の考え方だった。

お客様は驚くほど整然と、買い物してくれた。

業務総括マネジャーの土屋かほるさんは、
店長の判断力と指導力をほめたたえた。

ヨークベニマル名取西店。
まだまだ復旧には時間がかかる。
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しかし店長をはじめ、
すべての従業員の士気は高い。

YBマンとしての誇りや使命感とともに、
お客さまからの「ありがとう」の声が、
彼らを支えている。

なぜか、心から感謝したくなる。
「ありがとう」

(つづきます)

<結城義晴>

2011年04月06日(水曜日)

「東北関東大津波大震災」結城義晴・渾身の現地レポート・「序章 郡山編」

午前5時38分、福島第一原発、
流出していた高濃度汚染水が止まった。

一歩、進んだか。
期待させるニュース。
現場の努力に敬意を表したい。

原発の現場でも、
使命感に燃えて仕事してくれているに違いない。

いま、その使命感こそ、
私たち自身を支えるものだ。

立教大学総長の吉岡知哉さんから、
「新しい年度の初めにあたって」というタイトルで、
立教大学教職員に向けたメッセージが届いた。

「毎年4月、大学は新しい学生たちと新任の教職員を迎え、
新たな年度のスタートを祝います。
4分の1の学生が入れ替わるこの季節は、
大学という組織にとって、
毎年繰り返される再生の季節だということができます。

しかし、2011年4月は、
いつもとは大きく異なる春になりました。
3月11日の大地震の後、
私たちは卒業式と入学式を中止し、
授業開始をもひと月遅らせなければなりませんでした。
しかも私たちは今もなお、
終わりの見えない災害のただなかを生きています。

このたびの大震災は、未曾有の天災であると同時に、
人間社会と科学技術のあり方を根本から揺るがす出来事になりました。
学問を通じて文明社会の形成に大きな役割を果たしてきた大学は、
この出来事を真摯に受け止めるとともに、高等教育機関として、
困難を生き抜き未来を担う青年たちを育てていかなければなりません。

亡くなられた方々を悼み、
被災者の方々が一日も早く
安心して生活できるようになることを願いながら、
私たちは私たちの使命を強く自覚し、
研究と教育という日々の営みを着実に進めていくことが
何よりも大切だと思います」

「私たちの使命を強く自覚」し、
「日々の営みを着実に進めていく」

大学も小売りサービス業も商売も、
まったく変わらない。

さて昨日の朝、私は横浜を発って、
東北に向かった。
今回の「相棒」は鈴木國朗さん。
㈱アイダスグループ代表取締役社長。

スーパーマーケットのマーチャンダイジングとマーケティング、
そしてプロモーションの指導に関しては、
ナンバー1のコンサルタント。

『食品商業』には、私が編集長になる前から、
四半世紀以上、1号も欠かさず、原稿を書き続けている。
さらに『販売革新』『チェーンストアエイジ』にも連載をもっている。

私の盟友の一人。

その鈴木さんと一緒に、東北の被災企業を巡り、
経営者や働く人々の「使命感」を知る旅。

湾岸道路から東北自動車道へ。
東京スカイツリーの雄姿が、
私たちを送り出してくれた。
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東北自動車道に入って、
私は電話で、
㈱ヨークベニマル社長の大高善興さんと話した。

現在、ヨークベニマルは、
福島県郡山市の本部に加え、
栃木県宇都宮市の御幸ヶ原店内に、
仮設本部を設けている。

原発の問題はいまだ解決していない。
だから万が一を想定して、
2本部制をとっている。

これはリスクマネジメントの基本中の基本。

いわき市のマルトも、
いわき市内の本部に加え、
今回、茨城県内に第2本部を設定した。

大高社長は語る。
「私の仕事は、社員を守ること。
なのに店長たちは、口々に言う。
店を開けさせてください、と」

そのヨークベニマルを見に行く。
宇都宮、黒磯を過ぎて、
郡山に入る。

福島県第一の都市にして、
第一の商都。
県庁所在地の福島市に対する郡山市は、
たとえて言えば、
東京に対する大阪というより、
ローマに対するミラノに近い。

その郡山、まずはイトーヨーカ堂郡山店。
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タクシーで買い物に訪れる顧客がいる。
平日というのに、それくらいお客が入っている。

福島第一原発から60キロ圏に入る街。
福島県の浜通りから避難している人たちも多い。

総合スーパーの生活全般に対する総合性が、
現在の郡山のマーケットに、
ぴったりと合っている。

西友ザ・モール。
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震災後、休業中。

そしてご存知、郡山を本拠とするヨークベニマル。
福島県に66店展開。
郡山市内に16店のドミナントを築いている。
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店頭に、ポスター。
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「がんばろう! 福島」

そして店舗入り口の青果部門のトップには、
地元福島産の野菜コーナー。
「がんばろう ふくしま!
地産地消運動」

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放射能被害で出荷停止となったり、
風評被害に遭ったりと、
農産物や牛乳に被害が出ている。

ヨークベニマルは地元の企業として、
安全・安心を確認したうえで、積極推販している。

店舗は元気だが、
震災被害は鮮魚部門の天井と壁面などに受けた。
そこで応急処置として、
青いシートを張っている。
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ヨークベニマルは郡山から始まった。
そして今、盤石の高占拠率をほこる。

この郡山でのローカルチェーンの考え方を、
福島、会津若松と拡げていって、
福島で絶対的な信用と売上げをつくる。

それを宮城県に43店、
山形県に15店、
茨城県に26店、
栃木県に20店、
すこしずつ広げて、
日本を代表するスーパーマーケットのリージョナルチェーンをつくった。

しかし今回の東北関東大津波大震災は、
このリージョナルチェーンであっても、
全体にわたって影響を受けることを教えた。

とりわけ、福島・宮城・茨城の浜通りの店舗群は、
決定的な打撃を被った。

そのうえ、原発問題は、
時間を経ても打開策が、おぼろだ。

大高善興社長は、言う。
「毎日、ニュースばかり見ていると、
気が滅入ってくる。
そうするとトップマネジメントとして、
消極的になるばかりだし、
冷静な意思決定ができなくなる。

だからニュースは朝晩、1回ずつしか見ない」

トップとして強い意志をもって、
将来を見つめなければならない。

「これが最後の仕事」
それが大高さんの心意気。

さて郡山では、㈱ニラクの本部を訪問した。
パチンコホールのチェーンストアとして、
49店舗を展開し、
売上高2089億3円(平成22年3月期)、
経常利益38億円。

従業員数は1583名。

ニラク本部では、谷口晶貴会長と谷口龍雄副会長が迎えてくれた。
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ニラクは49店中、昨日現在で、
44店の営業にこぎつけた。

1店舗は福島原発20キロ圏にあり、立ち入り禁止区域。
1店舗は同じく20キロから30キロ圏内にあり、
こちらも営業再開の目途は立たない。

だが、店舗を3つに分類して、すぐに対策を練った。
①すぐに営業できる店
②復旧が早い店
③時間がかかる店

その中で46店までは4月第2週までに再開の予定。

谷口さんの話。
「パチンコホールには絶対的なファンのお客様がいらっしゃる。
ファンにとっては、こういった震災で被災されたときなど癒しとなる。
パチンコはオリンピックやワールドカップなどの大イベントの時にも、
根強いお客様があって、客数の落ち込みは少ない。
今回の震災の時にも同じだった」

ニラクでは約700人が社員。
約800人がパートタイマーやアルバイト。
震災などで店舗の閉鎖や休業があると、
そういった人たちは一気に収入が下がる。

そこで震災勃発直後に、
社長名でまず、
「ワークシェアリングのうえで雇用確保する」
メッセージを発信した。

当初は20%マイナスを予想したが、
今のところ10%に至っていない。

一つだけ残念なことは、
1583名の従業員のなかで、
1人、亡くなった点。

公休をとって、陸前高田での葬儀に参列していた人。
こういったケースは意外に多い。

谷口会長は最後に言った。
「踏ん張る覚悟はできている。
ひとつだけ、原発問題が引っ掛かる」

福島の発電力は全国の12%を占める。
その福島の電力のうち県内で使うのは12%。
残りの88%が首都圏に供給されている。

県外への電力供給88パーセントは、
だれが決めたか否かにかかわらず、
福島の使命となっていた。
それを県民が背負った。

大高さんにしても、谷口さんにしても、
郡山の経営者はそれを実感していて、
私たちの想像を超えた複雑な重圧を感じている。
最後に全員で写真。
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前列、私の隣がニラク会長の谷口晶貴さん。
後列真ん中が副会長の谷口龍雄さん。
そしてその左隣は人資部マネジャーの末次秀行さん、
その隣がニラク大学リーダーの遠藤信秀さん。
右端は経営企画室長の大石明徳さん、
私の後ろは、
今回の「相棒」アイダスグループ代表・鈴木國朗さん。
この旅は、
人間と組織の使命感を明らかにするに違いない。

私はそんな予感を抱きながら、
郡山を後に、東北自動車道を北へ。
私たちは、仙台を目指した。 (つづきます)

<結城義晴>

2011年04月05日(火曜日)

店を開けよう、売場に立とう!これが私の誇りです!「マルトの大震災孤軍奮闘物語」〈後篇〉

昨夜、桜の下の坂道をのぼりながら帰った。
ふっと、歌が口をついて出てきた。

友よ 夜明け前の闇の中で
友よ 戦いの炎を燃やせ

夜明けは近い
夜明けは近い

友よ この闇の向こうには
友よ 輝く明日がある

岡林信康の作詞・作曲。

この闇の向こうには、
輝く明日がある。

心にしみる。

今朝の朝日新聞最終面に、
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」
これも、すごくいい。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

人々の面倒を見て、
世話を焼いて、
自然に親しみ、
自然におののき、
そのうえで、
「褒められもせず、
苦にもされず。
そういうものに、
わたしはなりたい」

この謙虚さが、
とりわけて、いい。

さて、「マルトの大震災孤軍奮闘物語」

「私たちの使命は
地域のライフラインを守ることです」

そう決意して、震災翌日の3月12日から営業を始めたマルト。

しかし3月14日、福島第一原発で水素爆発のニュース。
マルト本部からは13時時点で、
北部の4店舗に指示を出した。
「直ちに閉店して、避難してください」

翌3月15日には、政府の30キロ圏内屋内退避の指示が出た。
各店長からは、従業員が出勤しないので営業できないとの報告。
さらにトラック運転手はいわきに入ることを拒否し、
タンクローリーもいわきに入らなくなった。
これによって入荷なし、ガソリンなしの状況に追い込まれた。

このときいわき市内のほとんどのメーカーは営業所を閉鎖し、
従業員の退避を指示した。

マルトはいわき地区の従業員2000名のうち、
子どもを抱えるパートタイマーなど3分の1がいわき市から避難し、
3分の1はガソリンががないので出社できず、自宅待機。

そこでマルトは拠点となる5店舗に営業縮小することを検討した。

そしていわき市対策本部のいわき市長に状況を報告。
「店を閉店する可能性があります。
市民に食料の配給をお願いします」

3月16日には中岡店をはじめ、
高坂店、城東店、君ヶ塚店、湯長谷店に営業を縮小。

10時の開店前には、1000人のお客様の行列ができた。
閉店した13時にも、1000人の行列があった。

まさに配給所の役目を担ったわけだが、
閉店時には騒ぎ出すお客様への対応で、
やむなく警察に出動要請し、沈静化せざるを得なかった。

この日には、バイヤーが商品調達に動いた。
茨城県水戸市の笠原店、日立市の滑川店まで、
100キロ、80キロを自らトラックで走った。
そのために警察署に災害対策車両の申請をし、
災害対策本部には、
閉鎖道路を走ることができる災害救援物資搬入車両の申請をし、
その了解をとった。

災害対策本部からは、特別に、
従業員のガソリン配給を受けることになった。
これは4月3日まで続いた。

警察も災害対策本部も、
マルトを地域のライフラインと認めたのだった。

もちろん被災直後から、
CGCジャパン本部や各支部、
原信をはじめとした仲間の企業から、
センターには商品がどんどん送られてきていた。

CGC東海本部からのトラックが一番最初に着いたというが、
マルト社長の安島浩さんは、それがとても印象に残ったという。

ボランタリーチェーン本部から、全国の仲間企業から、
救済物資はマルトのセンターに届けられた。
それは小売業のプロの手によって、
即座に店頭に並べられ、地域住民に配給されていった。

一方、災害対策本部や市への救援物資は、
いつまでも仕分けされることなく、
放置されたり、廃棄されたり。

小売流通業の役割・機能が、
十二分に発揮されたわけだ。

3月18日になると、従業員には疲れのピークが訪れた。
しかし「お客様の家庭備蓄は1週間」と考え、
「今が踏ん張りどころ」と気力で頑張った。
副会長の安島光子さんは、五升釜で90キロのコメを炊き、
毎日、従業員のために大量のおにぎりを作った。

震災後10日経って、21日は雨の予報だった。
放射能雨として、街中、人が外に出なかった。
車も道を走らなかった。

この日、マルトは震災以来初めて、
全店、休業とした。
そして駐車場の案内はこれまで、
若い社員やアルバイトがやっていたが、
放射能雨の影響をかんがみて、
以後、年配の幹部たちが駐車場の案内担当を代わった。

放射能の数値が地域ごとに発表されるようになって、
真っ先に逃げ出していた医者たちが、
いわきにもどってきた。

そして25日、マルトは従業員に、
特別慰労金を現金で支給することに決め、
支給した。

なんとか気力を前向きに保つためだった。

次々に問題がふりかかった。
新しい課題が出てきた。

その都度、その都度、
社長を中心に意思決定し、
命令系統を一元化して対処してきた。
すべての店長がその決定を自分のものとして、
店を守り、お客を守った。

「毎日、祈る思いでした」
社長・専務、口を揃える。

そして4月1日。
「今日から気持ちを変えて平常に戻す」

私たちがマルトを訪れたのが、
4月1日だった。

マルトがこの震災に対して、
事前準備していて良かったこと、
無我夢中で心掛けたこと。

第1は、決意。理念と言い換えてもいい。
「店を開けることを使命と誇りにする」

「店を開けよう、売場に立とう。
それが私の使命です。
それが私の誇りです」

第2は、トップマネジメントの意思決定。
現場でものを考え、現場でものを決める。

第3は、即断即決。
非常時、有事には大本営方式で指示命令系統を一本化する。
それができた。

第4は、全国ネットワークや人的関係の重要さ。
マルトの場合、CGCジャパンに加盟し活動していた。
それが商品の集荷補充に何よりも貢献した。

そして第5に、健全な財務。
マルトはキャッシュフロー経営を貫き、内部留保していた。
さらに今回は20億円の地震保険に加入していた。
財務体質の良さは、
非常時の即断即決につながる。

安島光子副会長は語る。

「このいわきで20坪のお店から始めて、
従業員を子どもとして、家族として、
今日を築いてきました。
その店長たちから店を開けたいという要望が上がり、
店長を中心に営業を続けてきました。
社員の奥さんやおじいちゃん、おばあちゃん、
子どもたちも店を手伝ってくれました。
取引のないメーカーや問屋の人たちまで、
手伝ってくれました。
これがマルトの財産です

本部で2時間半も話を聞いた後、
本部から車で10分ほどのところにあるマルト中岡店を見に行く。
被災が最も著しかった店舗だ。

夜間専用出入口から安島浩社長に案内されて入る。
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被災したとは思えない売場にまず、驚く。
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しかし、福島産のホウレンソウやカキ菜などの野菜が、
放射能汚染で出荷停止になったこともあるのか、
青果はあまり動いていないという。

地場やさい生産者グループのコーナーには、
伊藤園の協力で野菜ジュースが並ぶ。
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鮮魚の冷蔵平ケース。
お勧め品の生食用のタコやボイルイカが並んでいる。
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海辺のいわき市民は、豊富な魚介類をいつも食している。
その期待にこたえるために、
マルトは今できるだけの、精一杯の品揃えをしている。
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4月1日に震災後初めてまかれたチラシが、
店内のあちこちに張り出されている。
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鮮魚売り場の寿司コーナー。
桜の花が飾られ、寿司予約も受け付けている。
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精肉売り場もご覧のとおり、充実。
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惣菜売り場。そのまますぐに食べられる商品の動きは早い。
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品薄といわれる卵も販売されている。
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ミネラルウォーターは安く販売されている。
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アルカリイオンの水2リットルサイズが100円。
1人2本まで。売れている。
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飲料売り場。水以外も品揃えされている。
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チルドデザート類は入荷も少ない。
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シリアル商品は欠品状態。
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同じく、パスタ類も欠品している。
主食になる保存食品へのお客のニーズは高い。

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そのため主通路では、餅とシュガーロールの大量販売。
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エンドではレトルトご飯とカレーの展開。
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CGCブランド商品のエンド。
CGCグループからの協力なしには、
営業を続けることができなかった。
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原信から届いた乳児用ミルク。
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紙製品は豊富な品揃え。
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エンドではカイロや湯たんぽの防寒商品を展開。
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ガスボンベも販売している。
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安島社長が丁寧に説明してくれた。
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そして中岡店の2階を視察。

落ちそうなコーナー天井を支える支柱。
その奥を水色シートでふさぎ、安全対策をほどこしている。

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天井をビニールが覆っている。

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その奥で忙しそうに働くスタッフの皆さん。
いわき市指定の学生服を明日から販売する。
その準備に追われているのだ。
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防災シートの前に並べられた各学校の制服。
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準備をしていたスタッフの皆さんに無理を言って、記念撮影。
右から2番目が衣料品ファミリーの安島ゆみ子社長。
地域の皆さんのために、頑張ってください。
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最後に、勿来地区店舗運営部次長・SC中岡店店長の遠藤孝さんと握手。
左は、リテイルマネジメントオフィス代表の高木和成さん。
商業経営問題研究会(通称RMLC)の代表世話人。
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㈱マルトグループホールディングスの安島誠人専務と、
㈱くすりのマルトの安島力社長も最後に、中岡店に駆けつけてくれた。

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この日、マルトのトップも本社社員も、
震災後初めてスーツを着た。
昨日までは、皆、作業着スタイルだったという。

4月1日は新たな復旧へのスタートである。
だから、初めてチラシも打った。

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チラシをまいて、市民を安心させる。
店を開いて、不安な市民の心を安堵させる。
福島原発問題は、まだまだ時間がかかる。

それでも、
いわき市民の生活は日常を取り戻しつつある。

中岡店の明かりが灯っている。
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酒のマルトも元気に営業している。
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そして最後に、
安島祏司会長と安島光子副社長の笑顔。
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お二人によって、20坪の小さな店から始まったマルトは、
いわきになくてならない存在になりました。

いわきの誇りです。
いや日本商業の誇りです。

店を開けよう、
売場に立とう。
それが私の使命です。
それが私の誇りです。

ありがとう。
心から感謝。

<結城義晴>

[追伸・良いお知らせ]

マルトの店で設置されていたピュアウォーター機。
停電・断水期間があったため、4月1日に訪問した際、
機械を洗浄し、水質検査を行っている点検中だった。
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このピュアウォーター機は、
㈱寺岡精工の純水造水機「ECOA」。
いま、ネット上で話題になっている。

寺岡精工担当者からのコメント。

暫定規制値を超えるヨウ素131が検出されていた
福島県飯館村役場の水道水を原水として、
ECOAの放射性物質除去能力を実際に試したところ、
ECOAでろ過した純水からは放射性物質は検出されませんでした。
逆浸透膜を使った浄水器で
放射性ヨウ素131と放射性セシウムの除去が確認できた始めてのケースです。

協会・団体を通じての質問が多数寄せられているという。
http://www.teraokaseiko.com/news/topics/11_3_30/index.html

スーパーマーケットが水道の水を
安全な水として提供できるようになるなら、
良いニュースだ。

2011年04月04日(月曜日)

「店を開けることが私たちの使命」福島県いわき市「マルトの大震災孤軍奮闘物語」〈前篇〉

Everybody! Good Monday!
[vol14]

すべての人々にとって、
良い1週間が始まりますように。
より良い1週間でありますように。

2011年、第14週。4月第2週。

東京大学地震研究所の調査で、
岩手県宮古市では、
津波の高さは37.8メートルだった。

我々の想定をはるかに超えた自然の力だった。
旧約聖書の世界では、「神」は「自然」とイコールだった。

原始宗教は、信仰の対象そのものが、
自然である。

プリミティブな「自然崇拝」がいま、また、
私たちの心のなかに、
ちょっと芽生えた気がする。

しかしそれよりも強く大きくなったのは、
人と人との心のつながり。

瓦落ち塀倒れたる者同士こころゆるして給水を待つ
<ひたちなか市 篠原克彦 朝日歌壇より>

それが私たちの復旧から復興への原動力だ。

4月に入り、今週から本格的に、
新たな気分で生活や仕事に臨む。
被災地の人々はそんな状況ではないが、
それ以外の地域の人々は、
戸惑いながらも日常にもどっていく。

ひとつずつ、
すこしずつ、
いっぽずつ。

横浜は、桜が咲き始めた。
今週が最盛期。
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岸根公園武道館横の桜。

菊名池公園の桜。
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桜の季節が、
私たちの気分を和ませてくれる。

さて昨日は、甲子園選抜高校野球の決勝。
九州国際大学付属高校と神奈川の東海大学付属相模高校。
どちらも大学の付属高校。
私は「博多生まれの横浜育ち」。
どちらも応援したが、両方勝つことはできない。
神奈川が勝った。

それにしても、春の甲子園、
粛々と終わった感が否めない。
短かった。

例年よりも、私自身が、
中身に集中しなかったからだろう。
それが東北関東大震災のときの高校野球だったと、
覚えておきたい。

励ましにはなる。
気分も晴れる。

けれども根本的なところで、
まだまだ解決に至る道が明らかでない。

だから甲子園野球も、
どこか「上の空」で傍観している感じ。

しっかりしなければ。
自分に言い聞かせつつ、
「シゴト」という使命感の領域に入って行って、
自分を鼓舞する。

さて今週は、
石原慎太郎東京都知事が「自粛」を訴えたけれど、
花見最盛期。

大いに桜を愛でて、
日本人であることを実感したい。

全国のお店でも、
このプロモーションを中心に積極的に展開されることだろう。

ただし「花見」と盛り上がるより、
「桜を愛でる」の心持ちが、
ぴったりしているのではないか。

上場企業の決算発表が次々に行われる。
経済記者は忙しい。

7日の木曜日の深夜から、
アメリカ・オーガスタでゴルフのマスターズが始まる。
ついでながらこの日、第69期将棋名人戦も始まる。
羽生善治名人に森内俊之九段が挑戦する。
ともに40歳。
脂の乗り切った日本を代表する頭脳。

そういったことやそういった人たちにも、
期待をしつつ、私たちの誇りにしたい。

10日の日曜日は、統一地方選挙

12の都道府県知事選挙と、
4つの政令市長選挙。
それに道府県議員選挙に、
政令市議会議員選挙。

なんとも盛り上がりに欠ける統一地方選だが、
いつものように小売業・サービス業の従業員のみなさんに、
投票を呼び掛けたい。

日曜日に仕事をする関係上、
小売り・サービス業従業員の投票率は低い。

しかしだからこそ、
「選挙に行こう・投票しよう」

日経新聞のインタビュー「領空侵犯」に、
野村證券チーフエコノミストの木内登英さん登場。
2001年9月11日の米国同時多発テロの経験をもとに、
「9・11後のくじけぬ米国は震災に見舞われた日本の参考になる」

「委縮の悪循環を断つ」には、
「売り上げの一部を被災地支援に充てる、
寄付付き商品が登場」するはず。

この案はとてもいい。

小売業も流通業も、
こういった商品には大いに販売協力すべきだし、
この趣旨の商品開発も積極的に進めるのがいいだろう。

「少なくとも個人も会社もいつもの仕事をきちんとこなす、
日常を取り戻す努力が社会を動かし、
復興につながるのだと思います」

賛成。

さて先週金曜日の4月1日。
私は、茨城県の潮来市から、
福島県の浜通り・いわき市に足を伸ばした。

いわきでは㈱マルトを訪れた。
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このいわきを中心に、
スーパーマーケットとドラッグストア、
さらに衣料品店ファミリー、酒のマルトを展開する。
典型的なローカルチェーンである。

震災の3月11日の翌日12日から、
一日も休まず、元気に営業し続けている。
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前列左から、安島祏司会長、安島光子副会長、
後列左から安島誠人専務、安島浩社長、安島力くすりのマルト社長、
そして商業問題研究会代表世話人の高木和成さん。

福島第1原発に対する避難命令とその風評被害で、
市民の2割が避難した。
あるいは「逃げ出した」
しかしまだ30万人の市民は、
ここで生活している。

マルトはその市民のライフラインとなって、
営業を続ける。

いわき市内に病院・診療所など医療機関が100カ所ある。
福島原発の放射能漏えいニュースが広がった3月15日には、
そのうち、医療行為を続けていたのはたった3軒に減っていた。

全メーカーがいわき営業所を閉鎖した。
全マスコミがいわきを去った。

それでも30万人の市民は、
いわきで生きていた。

マルトは被災翌日から、
店を開けた。
営業を続けた。

「マルトはいわきの宝だ」
私は声高らかに、
そう叫びたい。

いわき市は人口34万人。
広さは東京23区の2倍。
東西南北に車で1時間で行き着く。
ローカルチェーンを展開するにはぴったりのエリアである。

マルトがスーパーマーケットを24店舗、
ヨークベニマルが9店舗、
イオンとイトーヨーカ堂がそれぞれ1店舗、
そして地元スーパーマーケットが4店舗。

3月11日2時46分、
地震が発生したとき、
「立っていられない」揺れだった。
「6メートルの津波がくるぞ」
このニュースに全員が避難。

スーパーマーケットのマルト安島浩社長は、
東京出張で銀座線の電車の中にいた。
くすりのマルトは、安島力社長以下、主要メンバーが、
千葉県幕張のJAPANドラッグストアショーに参加していた。
衣料品のファミリーは安島ゆみ子社長以下、
これまた幹部がビッグサイトの展示会に参加中だった。

その中で、マルト本部では、
安島祏司会長、安島光子副会長、安島誠人専務が、
創業50年史の打ち合わせをしていた。
スーパーマーケット24店の店長のうち、
3分の1が公休をとっていた。

そこに最大震度マグニチュード9.0の大地震、
続いて大津波。

マルトは、全体でどう初動したか。

第1に「被害状況はどのくらいか」の確認。
お客様・従業員の怪我などの確認、
店舗の被害、電気、ガス、水道の確認。
ところが電話は不通。
携帯電話も使えなくなった。
たった一つ本部の公衆電話は生きていた。
そこで各店の公衆電話に連絡し、
安否や被害状況を把握した。

第2は、「明日の営業ができるか」の確認。
開発部スタッフが全店舗を現地調査。

第3は、「幹部はどこにいるのか」の確認。
いっせい携帯メールで、経営会議メンバーの安否と居場所を調べた。

店舗は商品が散乱し、
ゴンドラや冷蔵ケースが破損した。
防煙たれ壁の一部、天井ボードの一部が落下し、破損した。
防犯カメラも破損し、
正面サッシガラスは割れた。
駐車場に段差ができた。
外壁も割れた。

特に基幹店舗の中岡店では、
2階部分の強制排煙ダクトが8カ所落下し、
天井全体の軽天が外れ、
消火栓から散水してしまった。

店が壊れた。
電気も水もない。
しかし従業員にもお客様にも怪我はない。
駐車場は使える。

そこで、被災した3月11日、
倒壊ゴンドラや冷蔵ケースを移動し、
散乱商品を撤去した。

命令系統を一本化し、
「やる」方針を決定した。

「店を開けることが私たちの使命」

しかし各店ごとに状況は違う。
店長には「自分で判断してくれ」
そこで全店長が踏ん張った。

12日、全店が、
駐車場での販売を開始した。

いわきではマルトだけだった。

お客様はマルトに殺到した。

旗艦店舗の中岡店には、
1500人もお客が並んだ。
店頭では50人もの社員がずらりと揃って、
1個100円、1個200円で、
商品を手渡した。

お客さんたちは口々に、
「ありがとう」という言葉を発した。
「ありがとう」が連鎖のように響いた。
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13日には、店内の危険区域を封鎖し、
一部店内営業を開始した。
入場制限し、出入り口を1カ所に変更し、
レジは半分以下だった。

断水の店舗では生ものや店内加工品はない。
川の水でトイレの水を確保した。
ガソリン不足で出勤できない従業員が多数いた。
乗合で従業員を集め、
とにかく店を開け続けた。

マルトには「緊急マニュアル」があった。
CGCジャパンから支給されものだが、
それが大いに役に立った。

震災のための机上訓練や実地訓練もしていた。
店長はベテランぞろいで、柔軟に店舗対応を落とし込んだ。
初期の商品は250品目に絞り込んだ。

これは新潟県中越地震の時に、
小千谷の原信に救援に行った経験が活きた。

さらにCGC本部、東海CGC本部、千葉CGC支社などからの救援商品、
原信、おーばん、タカヤナギなどの仲間企業からの援助が奏功した。

「地域のライフラインを守ることが、
私たちの使命と誇りです」

このこと一心に全幹部、全従業員が一致した。
それがまさに地域の人々のライフラインを守った。

「市民生活を守る砦たれ」
故倉本長治商業界主幹の言葉だが、
それをマルトは全うした。

しかし、マルトに降りかかった試練は、
それだけではなかった。
<明日に続きます>

マルトの物語を書きつつ、
今週が始まる。

今朝の日経MJの最終面。
「底流を読む」で、編集委員の田中陽さんが、
この春の新入社員に向けてメッセージを発している。
「被災地で奮闘する先輩と、
有事の場所で聞いた『ありがとう』は、
業界の存在意義を浮き出させた」

マルトの奮闘は、
まさに地域小売業の存在意義を、
ありありと示したものだ。

心の底から勇気が湧きあがってくる。

いざ、4月第2週へ。
Everybody! Good Monday!

<結城義晴>

2011年04月03日(日曜日)

ジジと結城ゼミだけの修了式[2011日曜版vol14]

ジジです。
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あの地震のあと、
ボクはすみっこにばかり、
います。

ユウキヨシハルのおとうさんは、
いたこにいったり、
いわきをおとずれたり、
あいかわらず、いそがしい。

じっとしていられないようです。

でもボクは、
あまり、
かわりません。
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お祈りは、しているけれど。

おとうさんはきのう、
rikkyoへいきました。
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サクラの花がさきはじめた。

イチョウは、
まるはだかだけれど、
天にむかって、
元気そうです。。
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そこで、結城ゼミだけの、
修了式。

みんながあつまって、
ガウンをきてる。
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そろって、記念写真。
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こころから、おめでとう。
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そのあとで、教会へ。

ふるいふるい教会。
関東大震災もくぐりぬけた。
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パイプオルガンもあります。
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ここでも写真をとります。
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おごそかな気持ちになる。
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結城ゼミ二期生、
りっぱです。
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ふたたび、
こころから、
おめでとう。

おとうさんも、
ほこりにしています。
結城ゼミのみなさんを。

それから結城ゼミだけの、
ちいさな懇親会。

ボクはねてますが。
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はじめに、黙とう。

東北のひとたちに、
北関東の人たちに、
やすらかな日々が、
おとずれますように。
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そしてしずかな懇親。

おわりに、
おとうさんへのプレゼント。
シェフの特別デザート。
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そして児玉桜代里さんから、
花たばの贈呈。
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さいごにもういちど、
みんなで写真。
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これでおわかれです。
さみしいけれど、
あえないわけではない。

ともに研究したり、
はなしあったりすることが、
なくなるだけ。

おとうさんは、さいごにいった。
「ながいつきあいに、しましょう」

でも、ボクがきになるのは、
お花です。
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きれいな花束。
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ゲンキそうな花。
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おとうさんがもちかえって、
なぜか、ソファーにおいてあります。
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ちょっと、気になる。
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おはよう。
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こんにちは。
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ゲンキ?
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お花は、ゲンキです。
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ボクもちょっと、
ゲンキをもらいました。

東北や茨城のひとたちが、
ゲンキでいられますように。

こんやも、
やすらかに、
ねむることができますように。

<『ジジの気分』(未刊)より>

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