結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2007年12月14日(金曜日)

12月13日金属疲労患者の病院めぐり

ジャーナリズムの起源は、日記にある。

ラテン語のdiurnusがジャーナルとなった。
フランス語でjourは1日を意味する。
英語のjournalは日記、日誌である。

ブログは、
インターネットWebと記録logが合成されて、
Weblogとなり、
それが略されてblogとなった。

いわば、インターネット上の記録である。

私のBlogは[毎日更新]を宣言している。
毎日の日記、日誌である。

結城義晴を唱っている。
結城義晴の日記。

だから、結城義晴のBlog[毎日更新宣言]は、
Web上の結城義晴のジャーナルということになる。

Web上に公開しているが、
やや傲慢なところもある。

何しろ、日記なのだから。

見るのは、自由なのだから、
書くもの、自由だ。

そんなところがある。

日本のブログ利用者数は、2006年に2000万人を超えて、
2007年には3000万人になろうとしているらしい。

そんな日本の片隅の小さなインターネット上の記録。
結城義晴個人のジャーナル。

ご愛読を感謝するとともに、
万が一、失礼の段があれば、お許しを願っておこう。

 

さて、12月13日は、極めて個人的な、日記。


結城義晴の病院めぐり。
朝、一番で、東京赤坂の山王病院。
山王病院

ここには毎年、人間ドックでお世話になっている。

今日は血糖値検査。
8月のドックで、糖尿病と診断された。

実は昨年も、11月に糖尿病となり、
必死の努力で、12月正常体に復帰した。

今年、夏、再び、正式の糖尿病の断が下され、
この日、再検査となった次第。

前日の夜8時以降、絶食。
水分も取らずに、神妙にして、
神妙に左腕を出した。

採血。

そして、糖分の入った炭酸飲料を飲む。

30分後、60分後、120分後に、
右手、左手、右手と採血。

午前中で検査が終わり、
私は青山一丁目からお茶の水へ。
お茶の水
ここで、昼食。
検査は終わったのに、そば。
朝を抜いているのに、カロリー低い。
診断を聴くまでは、
まだ糖尿病患者。

今度は、出版健保会館へ。
出版健保1
その診療所。
こちらは皮膚科、内科など。

出版健保2

山王病院、出版健保以外に、私は、
緑内障と網膜剥離の手術後のチェックで、東邦大学付属大橋病院、
通風の治療で、藤中整形病院に通っている。

いろいろ、金属疲労が来ているのです。
55歳の私の体と心。
出版健保3

いつものお薬をもらって、山王病院に引き返す。
レモン
お茶の水の著名な喫茶店レモン。

そして、ジャジャーン。
山王病院4
山王病院1階ロビーのグランドピアノ。

真正糖尿病は、
境界型にもどったのです。

「まだ柔軟ですね」と先生談。

でも生活習慣病だから、
生活そのものを変えなければならない。

「自ら、変われ!」
それこそ。

だから、ここで宣言。
宣言好きの結城義晴。

3カ月後、正常域に達するよう生活改善いたします。

日付を区切ろう。

2008年3月20日、春分の日。
ここまでに、血糖値正常域にします。

ここからが大事なこと。
よく聞いてください。

だから皆様、ご協力ください。
「お酒は、ぬるめの燗がいい」
「肴は、あぶったイカでいい」

などと、結城義晴を誘惑しないように。
極力、でいいから。

お願いします。

酒の席には、付き合いますから。

と、お願いしたところで、ちょっとだけ、
風呂あがりの恵比寿ビール。

プハーッ。

美味かった。

なんだか、分らないが、感謝したくなる。
今日の1日に。
ありがとう。

<結城義晴>

2007年12月13日(木曜日)

伊藤園本庄洋介さんとマンハッタンの会席料理「会」&ティ・ストア

今年のアメリカ視察セミナー「プレミアム編」では、
最後にニューヨークを訪れた。

マンハッタンの熱気。
セントラルパークの安らぎ。
ダウンタウンのトレーダー・ジョーやホールフーズマーケット。
ニュージャージーのウェグマンやスチューレオナード。

そのなかで、11月16日の夜、
ディナーをとった「KAI」というレストランが、
私の印象に残っている。

kai4

伊藤園ノースアメリカのCEO本庄洋介さんが、
直接、ご案内くださったこともあるが、
日本の会席料理を、堂々、マンハッタンで紹介しつつ、
勝負しようという心意気が伝わってきたからだ。

マディソンアベニューの店舗は1階に、
グリーンティの小売り店舗がある。
ITO EN Tea Storeという。

kai2

当然ながら、日本人スタッフの細やかな応対で、
緑茶をアメリカ人や国際人にお勧めしようという狙い。
kai3

伊藤園は2000年にこのニューヨークに事務所を開設し、
2002年から「おーい、お茶」の販売を開始した。

しかし、無糖茶自体、アメリカ人になじみはなく、
当初は苦労の連続。

しかし、ブランドを変え、パッケージを変更し、
「ティーズ・ティ」ブランドが、米国内に確立。
2006年度6000万ドル(約70億円)の販売額となった。

ホールフーズやウェグマンには、棚を取って、
販売されている。

レストラン「会」はその、グリーンティの象徴のような店なのだ。
2階が、シックな会席レストラン。

「会」という名称は、
「一期一会」の「会」からとった。

同時に「会席料理」の「会」を意味している。

きちんとしたディナーでありながら、
「日本人のもてなしの文化を伝えたい」と本庄洋介さん。
アメリカに溶け込んで、グリーンティ・ビジネスを仕上げたいと必死だ。
kai5

会席料理は、欧米のディナーメニューと異なり、
メインディッシュらしきものがない。
淡々と、料理が出てきて、
淡々と、味わう。

西洋料理は、前菜から始まって、スープ、サラダ。
そして待ってましたとばかりに、
肉料理のメインディッシュがやってくる。
そこで、「会」の山崎料理長は、
メニューに和牛のステーキなどを加えた。
これ、絶品。
ニューヨーカーも、舌鼓を打つ。

お酒も、私の好きな恵比寿ビールから、清酒、焼酎、
もちろんワインまで揃う。

酒が良く、料理が旨い。
季節の花などもテーブルにあしらわれ、
ニューヨークの会席料理という「異国情緒」が楽しめる。

なんだか旅行雑誌の紀行文のようになってきたが、
スーパーマーケットの視察に明け暮れていた私は、
この夜、安らぎをもらったのだった。

本庄洋介さんに感謝。
ご案内いただいたセミナー団員・小川安弘さんにも感謝。

<結城義晴>

「会 レストラン」
住所:822 Madison Avenue New York, NY 10021
Tel :212-988-7277
営業時間:火曜日ー土曜日
       ランチ  :12:00-2:30PM
       ディナー: 5:30-9:30PM
定休日:日曜日・月曜日

2007年12月12日(水曜日)

ジャーナリスト辻和成さんを悼む

辻和成さんが、逝った。
2007年12月8日、土曜日。

享年55歳。
フリージャーナリスト。
本名、森田和成。

昨11日、通夜。
本日、告別式。
辻和成通夜1

12月1日に脳幹出血で倒れ、
意識が戻らず、
7日間頑張ったが、
残念なことに、
そのまま帰らぬ人となった。

ご冥福を祈りたい。
辻和成通夜2

私は、11月27日、28日、辻さんとご一緒した。
倒れる3日前だった。
東京・赤坂のグランドプリンスホテル赤坂。
ペガサスクラブ政策セミナー。
一番後ろの列の隣の席。
並んで座って、学んだ。

辻さんは足を引きずっていた。
「大丈夫?痛風じゃないの?」と声をかけたが、
「いや、違う。大丈夫、すぐ治る」

熱心にメモを取り続けた。

㈱商業界の発行する『商業界』『販売革新』『食品商業』、
そして『飲食店経営』『コンビニ』。
さらに『月刊食堂』『商工にっぽん』。
こういった専門経営雑誌にとって、
辻和成は、欠かせないジャーナリストだった。

一言でいえば、
「編集長の代わりができるジャーナリスト」。

私も、『販売革新』『食品商業』の編集長をやっていたが、
私の代わりに辻さんがインタビューや取材に行ってくれる時は、
安心していた。

編集長の代わりが務まるし、
場合によってはそれ以上の仕事をしてもらえる。

実際に、丁寧に取材し、裏を取り、
厳密に、詳細に、原稿にする。

まさに、この面でのプロだった。
本物のジャーナリストだった。

プロや本物が少なくなった。

「男は黙って、原稿勝負」

そんな人だった。
辻和成

昭和27年生まれ、私と同い年。
宿澤広朗が逝ったのと同じ年。

私は、辻和成をライバルと見ていた。
出版社㈱商業界の経営という仕事を離れ、
やっと同じ土俵で競い合おうと考えていた矢先の逝去。

無念でならない。

しかしジャーナリストには、書いたものがある。
物書きには、書き物が残る。

そして子供たちも。

辻さんの3人のお嬢さんに会った。
しっかりした美しいお嬢さんたち。

辻和成は、立派な作品を残した。
辻和成2
合掌。

<結城義晴>

2007年12月11日(火曜日)

国際チェーンストア協会日本事務局長・西村哲が甦った夜

12月10日、東京・虎の門パストラル。
「アーマ・ジャパン会」の忘年会が開かれた。
アーマ会1

アーマ・ジャパンは故西村哲さんが代表取締役だった会社。

アーマ・ジャパンはCIES(国際チェーンストア協会)日本事務局を担い、
西村さんは、その事務局長として活躍された。
コーネル大学のセミナーや通信教育も貴重な事業として、展開された。

西村さんが、3年前の11月6日、急逝されて、3年が経過する。

この夜は、西村さんに薫陶を受けた人々、
コーネル大学の卒業生等30数名が集まっての忘年会。

ニッコーレン(株)社長の本間健伍さんが、
すべてを仕切ってくださった。
心より、感謝。

ご挨拶は、日本生活協同組合連合会会長・山下俊史さん。やました日生協会長1
「最近、何かと露出しておりますが、
胸を張ってお話しさせていただいております」
山下さんは、この夏、会長にご就任されたばかり。
とたんにミートホープ問題が飛び出した。
キチンと対応された姿勢は、見事。

『生協法』が50数年ぶりに改正された。
生協のかじ取りは、極めて、重要な仕事。
よろしく頼みます。
山下会長山下さんと牧田きみよさん。
その後、全員が一言、挨拶。

この感じは、西村琉。

ずっとアーマ・ジャパンで、
西村さんのサポートをしていた牧田きみよさんも、
わざわざ富山から来てくださった。

元ダイヤモンド・フリードマン社長の岩崎幸久さんも、
顔を見せてくださった。

【結城義晴の述懐】
私は、30年前、(株)商業界に新卒として入社し、
『販売革新』編集部に配属された。
私の入社後の9月、西村さんは、
『チェーンストアエイジ』編集長というポジションを投げ打って、
アメリカのコーネル大学に留学された。
それだけでも凄いと、私は思った。

同時に西村さんは『販売革新』の特派員となって、
頻繁にアメリカレポートを送ってくださった。
特派員・西村哲との窓口になったのが、新米記者の私だった。

毎月の原稿のやり取りや、
特派員手当の手配を、
私は担当した。

入社2年目に、全米チェーンストアの取材に回った時には、
ニューヨークで西村さんのお世話になった。

その後、私たちの交流は、
流通に関するジャーナリストという関係以上に深まった。

私が(株)商業界の経営陣に入り、
現場の第一線を退いたときにも、
お祝いをしてくれた。
そのときにも、あの、人懐っこい笑顔で、
励ましてくれた。
「まあ、まあ、飲もっ」

今、私は、西村さんの仕事の一部を、
引き継ごうとしている。
コーネル大学関係の事業である。

不思議なご縁を感じざるを得ない。

あの世で、西村さんが、言っている。
「結城さん、あなたなら、立派にやれる」
「まあ、まあ、飲もっ」

合掌。

中締めは、第1期生、イトーヨーカ堂の松下伸吾さん。
三本締め、決まった。
松下さん

最後の最後に、全員で記念写真。
アーマ会2全員で、ポーズ。
アーマ3元気がないので、Vサイン。
アーマ4まだまだ、親指立てて、ポーズ。

アーマ5まだまだ元気が足りない。
拳骨でポーズ。
誰だ! パー出してるのは?
岩崎さんでした。

皆様、ありがとうございました。

西村さん、ありがとうございました。

<結城義晴>

2007年12月10日(月曜日)

12月商戦の「劇激変」と<正義の変革>

Everybody Good Monday!

2007年12月第2週です。
いよいよ、楽しい時が迫ってまいりました。
年末商戦です。
ニューヨーク20071117ニューヨーク・ロックフェラーセンター。
というより、全世界的・全国的に、
クリスマス商戦に向けてまっしぐら。
これがいいのです。現在は。

そして、12月25日まで突っ走り、
12月26日は、ガラリ一変させる。
えっ? 別世界っ?
とお客様に、驚いていただくくらい激変させる。
売場を、店を、商品を、人を。
そして、日本的な年末年始へなだれ込む。

それが、今年の年末商戦です。

ほかのどの店よりも、激しい「激変」です。
劇的な激変です。
「劇激変」です。

それにはクリスマスまで、クリスマス一色で染める。

もちろん、年末年始の暮らしに対する布石は打って、
周到にお客様にはお知らせしておきます。

そして、「劇激変」させる。
売場を、店を、商品を、人を。

楽しいでしょ?

もう、楽しさが極まって、
25日の夜には、みんな、
家には帰りたくなくなってしまう。
高校の文化祭の前夜祭の気分。

いかがでしょう。
HEB2007-11-15その2
どうやって、お客様をびっくりさせるか。
家族や恋人にも、協力してもらいましょう。
乗りに乗って、劇激変に参加する。
周りを巻き込んで劇激変を高揚させる。
1年に一度くらいは、
こんなことも許される。

1年に一度くらい、
このお店はこんなことをやっている。
お客様に、そう感じてもらう。
その熱意や、意気込みが大切なのです。

こんな生き方をしている人が集まっているお店なんだ。
こんな人生観をあのお店の人たちは持っているんだ。

それを伝えることです。

人生を楽しんでいることを、伝える。

それが商売です。
それが仕事です。

商業とは、それを伝えることができる機能なのです。

さて、お知らせ。

2008年に入って、
私が最初の講演をするのは、
新春特別セミナー&賀詞交換会
「基調講演」です。
商人ねっと・日本経営コンサルタント株式会社が主催します。

毎年、私は、その年の最初の講演には、
その年のテーマを込めて、
いつも以上の力を入れます。

昨年までは、商業界ゼミナールの基調講演を担当していました。
だからそれに全力を挙げていました。
今年はそれがありませんので、
この「新春特別セミナー」の「基調講演」を、
それに代えようと考えました。

実は、来年の76回の商業界ゼミナールでも、
私は同じようなテーマを提案していました。

「自ら、変われ!」

いま、アメリカで、
「バリュー・イノベーション」
という言葉が使われています。

私の意図する「自ら、変わる」ことは、
このバリュー・イノベーション<価値ある変革>と同義です。

では「価値」と何か。
価値とは、「社会正義が求める良きもの」です。

したがって、<バリュー・イノベーション>は、
「正義の変革」と翻訳することができます。

時代逆行の変革もあります。

それでは意味がありません。
害毒をまき散らすようなものです。

ここで「メッセージ」。

自ら、変われ!

「正きによりて滅ぶる店あらば、
滅びてもよし。
断じて滅びず」<新保民八>

現実を顧みると、
正しくないものは即座に、
滅びる。
しかし、正しさを唱えるものが、
滅びてしまうことも、
大いにある。

なぜか。
正しくあることを目指しているのに、
なぜ、
滅びるのか。

それは、
イノベーションがないからである。

イノベーションとは、
不断の自己革新である。
「店が客のためにある」ことに向けた、
絶え間ない現状否定である。

「滅びてもよし。断じて滅びず」
商人の心意気のように聞こえる。

だが私は「滅びてもよし」と
「断じて滅びず」の間に、
「自ら、変われ」
という強い意志が、
横たわっていると考える。

商人の歩む道は、
「正義」を貫き、
「革新」を続けるところから、
拓かれるのである。

1月16日、「新春特別セミナー」
そして「基調講演」、
ご期待ください。
ご参加ください。

<結城義晴>

2007年12月09日(日曜日)

ジジと表彰状[日曜版]

紙が来ました。
イワサキさんというコーチの人が、
届けてくれました。

ユウキヨシハルさん、
喜んでいるみたいです。

家族の人は、
そうでもないらしいけれど。
表彰状1
ユウキヨシハルさん、
少年ソフトボールの監督、
していました。

ずいぶん、熱心だったらしい。

あるとき、
横浜市の大会で、
港北区の代表チームを率いて、
優勝しました。

ボクが生まれるずっとまえ。

それで、この前、
「表彰状」、
もらったんです。

でも「表彰状」には、
表彰状2
味がない。
臭いも、あまりしない。
食べられない。

表彰状3
だから、
ボクには関心、
ない。

ユウキヨシハルさん、
優勝トロフィーというのも、
出してきた。
トロフィー

トロフィー2
これも、味はない。
かび臭い。
食べられない。

表彰状4
ボクが好きなのは、
これです。
「シーバ」。
今日は、かつお&たい味。

表彰状5
それから、
お水。
ろ過水。

おいしい。

表彰状6
「ヒョウショウジョウ」
テーブルの上においてある。

ボクの定位置。
丸いテーブルの、
窓側のイスのところ。

ユウキヨシハルさん、
ボクには、一緒に、
喜んでもらいたいみたい。

表彰状7
今日は暖かい日曜日。
おなかもいっぱいだし。

ボク、定位置、
好きです。

なんというか、
安心する。
表彰状8

ボクは、
シンプルライフ。

それが、
いいんです。

ときどき、
ユウキヨシハルさんと、
一緒に、
喜んで、
生きていこうと、
思います。
<『ジジの気分』(未刊)より>

2007年12月08日(土曜日)

サミット店長連絡会と学習院マネジメントスクールで講演・講義

師も走る師走。
結城も走った。
12月第1週金曜日、7日。

朝から東京・西永福。
スーパーマーケット・サミット(株)本部。
店長連絡会で講演。
サミット講演1
全店長参集の上、商品部・本部スタッフがほぼ全員。
大会議室だけでは足りず、
隣の中会議室に大型ビデオスクリーンが用意され、
そこでも私の話を聞いてくれた。
総勢200数十人とか。
サミット講演3
田尻一社長も、朝6時の新幹線で大阪から帰社。
ビデオスクリーン組の中に入って聴講。
このあたりサミット流、田尻型。

さて私の掲げたテーマは、
「今、劇的な競争環境変革が起こっている!」
サミット講演2
2010年に向かって、不思議な感じのする変革が進んでいる。
最初はローマのユリウス・カエサルが決めた西洋の暦。
その人間自身が決めた12カ月、1年、10年、100年、1000年。
20回の100年と、10年。
ただそれだけのことなのに、
2010年に向けて、ざわざわとした感じがある。
私には、それが感じ取れる。

そんな産業構造や競争環境の変化を、
現象の列挙によって明らかにするのではなく、
本質的な問題を整理するというアプローチ法で解説。
いつものやり方。

ご理解いただけただろうか。

もちろん店長をはじめとする、
現場の人々のモティベーションアップも、
狙いとした。

ご清聴を、感謝したい。

今後、私の講演ビデオは、
各店舗で、この日に聞けなかった人々に見てもらえるらしい。

担当の人事部マネジャー藤谷佳且さんには、特に感謝。

講演の後、田尻さん、藤谷さんと、近くの寿司屋で昼食。
私の話の中にあった「商人の本籍地と現住所」には同感してくれた。
田尻一
今、田尻さんの関心はマーチャンダイジングにある。
その考え方の現場への定着を課題にしている。
最近リニューアルした町田店に体現されている。
私も早速、見に行きます。

田尻一さん、トップマネジメントとして、
堂々としてきた。
その考え方、話しぶり、振る舞い、
すべてにわたって、期待超越。
私も、我がことのように嬉しい。

後で藤谷さんのメールで知ったが、
「大変な反響」だったとか。
ありがとうございます。

そのままタクシーに飛び乗って、
環八、第三京浜を走り、新横浜へ。

日本チェーンドラッグストア協会事務総長・宗像守さんと面談。

いつも熱くなる。
今日も、熱くなった。

世の中を変革させることに挑戦する同志。

宗像さんは、この日本の薬事法改正にあたって、
業界、行政、立法を含めた全体のキーマン。

登録販売者制度への準備は
着々と整っている。
テキストには専門用語に丁寧にルビが振ってある。
試験問題も出来上がっている。
抽象化の力のつぎに、具現化の力が発揮された結果。
素晴らしい。

そのあと、目白へ。
夜の学習院大学目白キャンパス。
西5号館3階301号教室。
学習院1
学習院マネジメント・スクールで講義。

『田島義博記念・DSCM基礎コース』
学習院2

テーマは「グローカル時代の流通業の課題と対策」

製造業・卸売業・小売業の若くて、意欲的な人財が、
秋から冬にかけて、毎週金曜日の夜、11回にわたって勉強、研究する。

その、第10回目。
皆、仕事が終わってから、駆け付けてきての勉強。
それでも熱心。
私も、張り切って、脱線も多かったが、
2時間15分ほど、語りまくった。

実は、私、無性に嬉しかったのです。

若い人たちに、
自分が体験してきたこと、
考えていること、
こうなって欲しいと思うこと、
それを伝えること。

学習院3
講義が終わってから、アサヒスーパードライで乾杯。
一人ひとり、全員が、感想や質問を語ってくれた。
私は、できる限り丁寧に、正直に、答えた。
これも、無性に、嬉しかった。
不思議です。

ありがとう。

家に帰って、気がついたら、
一日中、立ちっぱなしで、
講義したり、ディスカッションしたり。
腰が痛かった。

師は走るではなく、
結城、立ちっぱなしの一席。

お後がよろしいようで。

<結城義晴>

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