結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2006年09月20日(水曜日)

脱工業化社会と商業基幹産業化に「心は燃やせ、頭は冷やせ」

2006年8月~9月「20日〆行動日誌」

□お盆もなく、仕事。仕事。「心は燃やせ、頭は冷やせ」

□8月21日。朝から『ファッション販売』『飲食店経営』の拡大媒体会議。しかし私、欠席。午後、小社顧問の川口信雄さんを交えて、会議。夕方、4時から、新橋の料亭「金田中」。あの有名な料亭。ほぼ貸切り。今日は「渥美俊一先生の傘寿を祝う会」。先生80歳のお祝いの日。私は、総合司会。ご参集は、渥美先生主催のペガサスクラブメンバー企業のトップ50名で、なおかつ渥美先生よりも年下の人。だからイオン名誉会長の岡田卓也さんも、セブン&アイホールディングス名誉会長の伊藤雅俊さんも呼ばれていません。でも日本のチェーンストアを代表する人物ばかりで、超豪華版の会合。スピーチをしてくださったチェーンストア経営者だけ上げておこう。まず開会の辞は私。次に、岡田元也イオン社長、大高善兵衛ヨークベニマル相談役、安部修仁吉野家D&C社長。鏡割りは二木英徳イオン名誉副会長、友和・小林肇会長。乾杯のご発声はコメリ捧賢一会長。実行委員の挨拶はAOKIホールディングス青木拡憲社長、アルペン水野泰三社長、サイゼリア正垣泰彦社長、ニトリ似鳥昭雄社長といった面々。一般新聞一面トップを飾る人ばかり。それが、あの怖い渥美先生をものともせず、ずばずば本音で語るものだから、会場、爆笑の渦。閉会の辞は夏原平和・平和堂社長。とてもいい会で、日本に本気でチェーンストアをつくろうと燃える同志の集まりとなった。私は最後に「チェーンストアの基幹産業化」という言葉を使って、会を締めくくった。商業界50年宣言の言葉。もうひとつ。実は私の両親が渥美先生と同い年の傘寿を迎えている。大学時代の恩師・壽里茂先生も傘寿。皆さん、次は米寿です。頑張ってください。

□22日、熱海後楽園ホテルで第3回商業界ゼミナール企画運営委員会。今回から会場を変えるので、委員の皆さんに、熱海までご足労いただいた。良かった。ひとつに団結した感じ。23日、商業界第58期定時株主総会。無事、終了。第58期決算・第59期予算、さらに中期3カ年計画とも満場一致で承認され、その後の取締役会で、私は、3年目の代表取締役となった。古くからの株主で、九州の壽屋を創業した壽崎肇さんのご発言は一生忘れない一言だった。感謝します。そして、皆様、よろしくお願いします。

□24日、朝から出版合同会議。午後、役員会。翌朝も役員会。夜は、高田馬場で、壽里茂産業社会学ゼミOB総会のための幹事会。私は大学生活の最後に「産業社会学」という学問を壽里先生から教わったのです。「脱工業化社会とはどんなものか」――30年ほど前、私たちの大きなテーマでした。今、脱工業化のひとつのベクトルが、確かに「商業基幹産業化」に向かっていると認識することができます。私は現在、「商業社会学」の真っ只中にいるのです。その壽里先生が、この秋、瑞宝中綬章を叙勲されます。おめでたいことです。うれしいことです。

□28日、月曜ミーティング&部長会。その後、9月1日発足の商業界プロジェクト人事内示。29日も。30日、昼、技秀堂の宗像章社長とランチミーティング。夕方、小社監査役に就任していただいた田村和巳先生を訪問。31日、これも小社顧問に就任していただいた川口さんとディスカッション。

□9月に入って、1日。プロジェクトのキックオフミーティング。4つのプロジェクトと事務局。動き出しました。59年目の会社。変革に向けて。2日、私の54回目の誕生日。私の人生は6年サイクルで回っている。この夜、その9回目の循環を振り返ってみる。いざ、第10サイクルへ。

□4日、九州長崎へ。翌5日、6日と商業界九州ゼミナール長崎。4日は、前夜祭が長崎中華街のレストラン紅山楼で開催された。運営委員長はその紅山楼社長の王國雄さん。初日の夜は講義の後、4つの会場に別れて、飛び切りの食事と交流会。私は浜勝の卓袱料理。浜勝はご存知「リンガーハット」を生み出した会社。長崎を代表するちゃんぽんというメニュー。チェーンストア第1位はリンガーハットで、中華レストランナンバー1は紅山楼。私はそう思っている。長崎ちゃんぽんは商業界長崎同友会の代名詞なのです。素晴らしいゼミナールだった。私は初日の基調講演。最後は、王さんの親友のさだまさしさんが2時間40分のトークと歌を披露してくださった。話が2時間ほど。さださんのトークは、借金数十億円から立ち直った話。参集した商業者にも勉強になることばかり。感謝。帰郷して8日、朝から来客連続。16時、プロジェクト事務局とミーティング。

□11日、12日、札幌。日本セルフサービス協会の第41回スーパーマーケットトレードショー実行委員会。増井徳太郎協会会長、横山清実行委員会会長とも、すこぶるお元気。トレードショーもすこぶる好調。来年も楽しみ。商業界は全面的にご協力します。私自身も。「第40回の記念大会は、41回目のために存在した」――私はそう考える。その意気込みで取り組まねばならないと思う。13日、川口顧問とミーティング。14日午後、商業界リテールマネジメントスクールで講義。「商業界精神と商売十訓」。15日、商業界業態開発プロジェクトミーティング。出版社としてのわが社がどんな業態開発をするか。楽しみにしてください。週が変わって、19日。8時から火曜ミーティング。20日、会社でアメリカ視察セミナーの資料整理。秋のアメリカが私を待っている。

□秋に入っても、仕事、仕事。「心は燃やせ、頭は冷やせ」

〈結城義晴〉

2006年08月20日(日曜日)

真夏、人に会う、話を聞く。熱心に、丁寧に。

2006年7月~8月の「20日〆行動日誌」

■「人と会うこと、話を聞くこと」。これは私の天職です。その天職に従事していると、体の中から、元気が湧き上がってきます。最近は、「人の前に出ること、話をすること」が日常的な仕事のひとつとなっていますが、天職のほうをやっていると、心まで満たされてきます。そんな真夏の1カ月。

□7月21日、朝、目の検査。池尻大橋の東邦大学付属病院。右白目には傷跡が残っているものの、術後は順調。午後、『食品商業』拡大媒体会議。その後、役員会。夕方から、第一屋製パンの研修会。丸正チェーン社長の飯塚司郎さんとは20数年の付き合い。今回、飯塚さんからはたいへん深い学びをいただきました。ありがとう。

□24日、月曜ミーティングと部長会。その後、赤坂プリンスホテルでペガサスクラブの政策セミナーに出たり入ったり。多くのチェーンストアのトップ、幹部とお会いして、懇談、熱談。もちろんチェーンストア業界の第一人者・渥美俊一先生とも、直近のチェーンストア事情について意見交換。夜は、サミット専務の田尻一さん、取締役の和田広司さん、田村昭さんと赤坂で一献。「安土敏出版記念セミナー」へのご協力のお礼。当然ながら、サミット社長・会長を歴任された作家の安土敏(荒井伸也)さんの話題に。荒井学校の有力メンバーに対して、「皆さんよりも荒井さんと出会ったのが早かった」と変な自慢。25日も政策セミナー。この間、3日間にわたって全部長面談。

□27日、パレスホテル。イオン常務の堤是見さんとランチミーティング。28日、臨時部長会。夜、茅場町の焼酎の店「さとう」。私の『食品商業』編集長時代の元部下・町田成一君と一献。現在、「DANCHU」副編集長。「最近になって、1週間に一度くらい、結城さんの夢を見る」などと恐ろしいことを言う。振り返って見ると、私が一番、熱心に編集や執筆を教えた最初の部下。いわば、私の最初の被害者。それでも、いい気持ち。

□月が変わって、8月。その1日。朝、磯見請祐さん来社。『商業界』拡大媒体会議。夕方、大学時代の先輩・アイセック社長の土屋健一さん、ラジオNIKKEI編成センターチーフプロデューサーの高山孝進さんと新宿で一献。お二人にも学生時代、死ぬほどの世話になった。土屋さんの行きつけの料理屋で、先輩の貫禄で奢ってもらった。その後、ゴールデン街など3人でふらふら。怪しい中年探偵団。30年ほど前を思い出した。2日、昼、青山斎場。故・馬場貞男先生の告別式。酒販コンビニ「モンマート」の生みの親。コンビニの経営コンサルタントとして、一時代を画した先生。70歳を超えてから、慶応大学大学院に入学して、修士論文を仕上げられたとか。その探求心にも感服。合掌。

□3日、岩手県二戸へ。南部せんべいで有名な小松製菓を訪問。『商業界』工藤澄人編集長の取材に同行。素晴らしい会社。社長の小松務さんは商業界全国同友会連合会会長で、その小松さんに商業界の第58期決算の事前ご報告。真夏でもクーラーのない生活、クーラーのない事務所。昭和30年代までタイムスリップしたような錯覚の中で、私、人間を取り戻したような気分。二戸の町もご案内いただいて、感謝。そのまま、仙台に戻って、宿泊。朝、高速バスで、山形県酒田市入り。台風の影響でJRが不通のため。酒田ではト一屋社長の荒木俊彦さん訪問。荒木洋一副社長には初めて面談。店で売られているお弁当を昼食にいただいたが、これにはト一屋らしさが満ち溢れていた。荒木さんは商業界エルダー会会長で、全国商業界同友会の第一人者。ここでも決算のご報告。ありのままを。ト一屋のスーパーマーケットも視察。帰りに酒田の駅で列車を待っていたら、中年のご婦人と娘さんの会話が聞こえた。「ト一屋さんを曲がったところよ」。どこかの場所を教え合っているみたい。町の人々の目印になる店。頼りにされている。がんばってください、ト一屋の皆さん。

□7日、月曜ミーティング。真夏の早朝は気持ちいい。10時からキリンビールの陳列コンテスト審査委員会。水口健二先生とご一緒。マーケティング分野の第一人者。先生、お元気。書き下ろしの文庫本にサインをしてプレゼントしていただいた。感謝。午後、『食品商業』拡大媒体会議。8日、埼玉県東松山へ。もう恒例となってしまった商業界埼玉県同友会の暑気払い講演会。今回は私の講演の後で、とうふ工房わたなべの渡邊一美さんが体験談を発表。来年の2月ゼミナールに出てもらいます。小さな豆腐屋さんが、今、1店で年商3億円の超繁盛店に成長した感動の物語。渡邊さんの人柄がいい。私の『ノンコモディティ商品論』とこの日、完璧合体。これも嬉しかった。

□9日、小社監査法人の田村正巳先生、顧問弁護士の男澤才樹先生訪問。11日夜、立教大学大学院の私のクラスの学生たちが開催してくれた「全快祝」の会。これも嬉しい。12日、朝一番の新幹線で、福井へ。ユース前社長・木瀬貞造さんの告別式。ハッピーリタイアの人。葬儀、告別式、身辺整理。すべて自身で済ましてからの見事なご逝去。私も、こうありたい。黙祷。

□14日、月曜ミーティング。10時、日本リテーリングセンター(JRC)事務局長・宮本田鶴子さん、来社。特別の打ち合わせ。15日、小社役員会。16日、『コンビニ』拡大媒体会議。17日、我孫子。商業界会館社長の小熊覚三郎さんを訪問。コビアンというレストランのオーナーで商業界同友会エルダー。決算のご報告。小熊家特別仕様の座禅部屋、二人向かい合って、話を聞く。その後、鉢山町の渥美先生宅へ。特別の打ち合わせ。そして薬膳中華料理。18日、税理士の金子先生を迎えて、決算役員会。

□人に会う、話を聞く。熱心に、丁寧に。天職といわないまでも。皆さんも、どうぞ。元気が出てきます。

〈結城義晴〉

2006年07月20日(木曜日)

今日も一日・元気と勇気の「平和産業・人間産業・地域産業」

2006年6月~7月の「20日〆行動日誌」

□2006年6月から7月、私は4キロ痩せた。会合の壇上でスピーチしている写真が残っているが、げっそりとしている。「結城は癌じゃないか」という噂が流れた。それを私自身に向かって直接、言う人もいた。でもご心配なく。「今日も一日、元気と勇気」を売り物にしている私です。大丈夫です。「今日も一日、元気と勇気」。自分で言ってるだけですが…。自分に向かって言っているのですが……。

□6月21日、米国視察セミナーから帰国。22日、ミーティング、残務処理などしてから、みなとみらいへ。オール日本スーパーマーケット協会総会出席。北野祐次名誉会長もお元気。荒井伸也会長もいつもながらシャープ。夜は若手トップ(といっても、もう20数年のお付き合いの方々ばかりだが)と熱談。23日、帰社して、出版合同会議。午後、『コンビニ』拡大媒体会議。24日、池袋・立教大学の気分のいいキャンパス。この間、土曜日は夜中まで『商業界3カ年計画』策定会議。26日、27日、28日とその3カ年計画の最終段階。

□29日、午後、茨城県潮来へ。商業界鹿島同友会主催の経営塾に出講。加藤榮一同会会長はセイミヤ会長でもあるが、商業界のエルダー、商業界関東山静同友会会長などたくさんの要職を務めてくださっている。感謝。経営塾は350人もの参加で大盛況。夜は潮来ホテル宿泊。翌朝、7時前のバスで帰社。朝、10時から『商業界3カ年計画』社員発表会。2月ゼミナールが終了してからずっと懸案事項だったテーマの初公開。カルロス・ゴーンのようにはスマートにいかなかったろうが、とにかく終わった。これから出発。これからが大事。これからもっともっと私自身が変わる。会社も変える。変革のとき。顧客満足と利益志向で、それ以外のことには目もくれず、一挙に、変わります。乞う、ご期待。

□7月にはいって、3日。いつものように、月曜ミーティング。8時。その後『商業界』拡大媒体会議。午後、伊藤園大陳コンテスト審査委員会。4日、熱海後楽園ホテルへ。来年2月の第75回商業界ゼミナールはこのホテルが舞台となります。熱海も数年前の没落温泉街の印象から少しずつ確実に再生し始めています。

□5日、愛媛県松山へ。道後温泉で、えひめ女性同友会20周年記念式典。加藤智子名誉会長、おめでとう。私は言葉を贈った。「世の中には男性と女性しかいない。男性の私は、女性商人に感謝しよう。辛抱強さ、一途さ、しなやかさをありがとう」。夜はふなや泊。7日、第2回商業界ゼミナール企画運営委員会。東京ドーム後楽園ホテル。いつもと雰囲気を変えて、来年の企画やテーマについて、ディスカッション。メインテーマは「蘇れ!商人の原点」と決定。原案は私がつくることになっていますが、今年は苦労しました。その後、青山の三井住友銀行へ。8日、池袋と神谷町。最近はいつものこと。皆さんご苦労様。

□月曜ミーティングから週は始まる。10時30分、役員会。午後、パチンコトラスティボード有識者懇談会。11日、12日、箱根。湯本富士屋ホテルで商業界全国同友会連合会総会。今回はイオン名誉会長で商業界同友会のエルダーでもある岡田卓也さんもご参加下さって、盛況。翌朝は岡田さんの講演。「平和産業、人間産業、地域産業」――このコンセプトはすばらしい。手放しで絶賛。この2日間もホテルにパソコンを持ち込んで、仕事。ぎりぎり資料が出来上がりました。

□翌13日、朝から「商業界3カ年計画」社内説明会。その後、会議連発の予定をすべてキャンセル。14日、東京・立川。多摩信用金庫主催の「物産展特別講演」。㈱商業界と財団法人食料農商交流協会が始めた『食生活プランナー』のお知らせも。「食育」はわれらのテーマ資源です。15日、16日、久しぶりの休み。17日は夕方、川越へ。ヤオコー常務・大塚明さんと、鰻のいちのや。「海の日」の祭日ということもあって、行列のできる鰻屋。大塚さんの優しさに、生き返る気がした。18日、『ファッション販売』『商業界』の拡大媒体会議。私は欠席。すみません。19日、朝、人形町。「オーエンス」で川口信雄さんと打ち合わせ。20日、出版合同会議。

■「今日も一日、元気と勇気」が、今日も私を助けてくれた。この言葉に、感謝。

〈結城義晴〉

2006年07月04日(火曜日)

スーパーマーケットマンよ、M&Aに備えよ!

スーパーマーケットM&A

ショッキングな統計がある。
レコフというM&A仲介業者の調査。
昨2005年、日本中の全業種の企業買収発生件数は2841件。
前年対比で24%の伸長率を示した。
13兆4782億円という資金がM&Aに投資された。
さらに「ウェッジ」という雑誌に
「M&A人気業種ランキング」が掲載された。
現在の日本で、
M&Aしたいと望む会社や人物が多い業種の順位である。
1位 IT関連
2位 人材派遣・アウトソーシング関連
3位 薬局
4位 ビルメンテナンス関連
5位 食品スーパー
なんと、わがスーパーマーケットが
企業買収の対象として引っ張り凧なのだ。
5番目に人気がある。
実際にこの数年、
名だたる地域スーパーマーケット企業が
ナショナルチェーン、リージョナルチェーンの傘下に入った。
商社系や百貨店系、あるいは鉄道系の小売業グループの系列に入る事例も多い。
場合によっては、
アメリカやヨーロッパの国際チェーンストア企業が買収に絡むこともある。
資本の集約化が進んでいる。
これは確実なのだ。
なぜか。
そして、なぜ、今なのか。

日本のローカルチェーン天国
一つの理由は、日本の小売業、とりわけスーパーマーケット業界の特性にある。
私は、日本スーパーマーケットは「ローカルチェーン天国」の住人であったと思う。
アメリカを見ても、ヨーロッパのイギリスなど小売先進国を見ても、スーパーマーケットは上位寡占が進んでいる。
日本はこれだけ小売業が進んでいながら、特にスーパーマーケットには寡占現象が見られない。
多分、生鮮食品や日配品、惣菜が発達した消費市場をベースにしていることと関連していると思う。
ドライグロサリーのようなコモディティ化が進みにくい商品群が生鮮・準生鮮の分野だからである。
日本における生鮮食品のオペレーション革新の歴史は、生鮮のドライグロサリー化であった。
だから日本ではローカルチェーンが発達し、「ローカルチェーン天国」となった。
しかし、生鮮・準生鮮が、部分的に規模の経済に乗り始めた。
だから「食品スーパー」が資本集約の対象になり始めた。
もちろん、戦後スタートした企業における後継者問題もあろう。
企業とはゴーイングコンサーンで、成長し続けなければならないから、ローカルチェーンも、県単位を越えた出店戦略を持たねばならなくなるという問題もあるだろう。
成長の軌道に乗っていればいるほど、リージョナルチェーンへの経営戦略をとらねばならなくなる。
私は「クリティカル・マス」という考え方を、小売業に当てはめて考えている。
「クリティカル」とは「臨界の」という意味。
「マス」は「量」。
「クリティカル・マス」は1990年代から、世界の金融界、ITの世界で語られ始めた概念だ。
「ある限定されたマーケットで、一定の臨界量を超えると、最初に超えた者に、圧倒的なご利益が与えられる」。そのポイントを「クリティカル・マス」という。
それが生鮮・準生鮮の比率が高い日本のスーパーマーケット業界にも訪れようとしている。
だから、日本のスーパーマーケットにM&Aが進んでいる。
このクリティカル・マスと並んで、「範囲の経済」の概念が1990年代に登場した。
「クリティカル・マスは絶対的な数量の大小によって決まるものではない。範囲に対して相対的に決定されるものだ」
だからローカルチェーンの、リージョナルチェーンによるM&Aが日本で、今、多発している。
しかしこれは、「規模の経済論理」にスーパーマーケットが転換したという意味では断じてない。
コモディティ・グッズの規模の集約化は進んだ。
さらに生鮮・準生鮮というノン・コモディティのシステム・イノベーションも進化した。その結果、部分的にコモディティ化が進んだ。
だから、M&Aのメリットが少しだけ表面化してきた。
それが現状の日本スーパーマーケット業界なのである。
M&A人気業種順位5位とはこう言った意味なのだと、私は理解している。

クローガーの死んだ店
6月中旬、アメリカ・テキサス州。
商業界主催のアメリカスーパーマーケット視察セミナー。
オースティンではクロージングセール真っ只中のアルバートソンを訪れた。
アルバートソンは2005年段階で全米第2位のスーパーマーケットチェーン。
いわゆるナショナルチェーンである。
20世紀終盤には、アメリカのエクセレントカンパニーとしてモデルにされた企業。
そのアルバートソンが、3分割されて、M&Aに遭ったのが昨年。
オースティンの店舗群は、スーパーバリュに買収されて、営業を続けるという方針が出されたものの、訪れた店舗は閉店セールの最中で、かつてアルバートソンにあこがれたツアー団員に衝撃を与えた。
翌日、ダラス・プラノ地区のクローガー店舗を訪問。
道路を挟んだ向かいには、オーガニック&ナチュラルスーパーマーケットとして既存店前年比12.8%を挙げる178店舗のホールフーズマーケットが出店している。
全米第1位のクローガーの店舗も、一目瞭然で「死んだ店」となっている。
床はぴかぴかに磨かれている。
生鮮売場を含めた商品も整然と並んでいる。
いたるところに販促の仕掛けが施され、満載のハイ&ロー・プロモーションである。
しかし、顧客はピクリとも反応していない。
英語で言えば、かつての「メインストリーム」の店舗は、死んだ店も同然の状態になっている。
それでもクローガーの全体の成績は、悪くはない。
私は、「スーパーマーケットのナショナルチェーンは成立しない」のではないかと仮説を立てた。
このツアーで、最初に訪れたのが、ワシントン州のシアトル。
イチローとジョージマで有名なマリナーズの本拠地である。
このエリアにはクローガーの傘下にあるQFCというスーパーマーケット企業がある。
同じようにホールフーズとぶつかっている。
しかし、こちらは互角の闘いぶり。
店舗はかつての「メインストリーム」ではない。
なぜダラスのクローガー本体の店が死んでいて、シアトルのクローガー子会社QFCの店が生きているのか。
スーパーマーケットは、いやチェーンストアは、ローカルチェーンの単位が戦略単位として最重要だからである。
私はそう強く確信した。

商人の本籍地と現住所
翻って、日本スーパーマーケットのM&Aに関しても、ローカルチェーンの単位を重視しない場合には、破綻が待っている。
生鮮食品・準生鮮食品の革新が進むほどに、この分野もコモディティ化してくる。
すると必然的にM&Aの対象となってくる。
これは、寂しいことかもしれないが、否定できない。
しかしローカルチェーンの単位こそ、最も重要なものなのだ。
このことは、M&Aを推進する側にも、M&Aされる側にも、知っておいてもらいたい。
M&Aを推し進めて、大きくなっても、アルバートソンのようになる危険性をもつ。
日本ではこの危険性のほうが大きいかもしれない。
M&Aされる企業には、ローカルチェーンとして社会的機能を有するからこそ、買収されたのだと知ってもらいたい。
企業買収する側も、会社を買うわけであるから、良いものを安く買いたいはずだ。
M&Aの俎上に載るのは、利益の出る可能性がある企業や店舗である。
この理解の上に、最後にM&Aされる企業の経営者、幹部、社員に言いたい。
「商人の本籍地」と「商人の現住所」の考え方を明確にせよ、と。
商人の本籍地とは、スーパーマーケットマンとしての原点である。
あなたの商人としての原点は、何だろうか。
「店は客のためにある」だろうか。
「今晩のおかず屋」だろうか。
「内食材料提供業」だろうか。
「ライフスタイルアソートメント」だろうか。
そして、そのためにあなたとあなたの会社は、どんな理念武装、理論武装、技術武装をしてきただろうか。
この本籍地の確認が出来ていれば、なにも恐れるものはない。
現住所がどこに移動しようが、あなたは必ず社会貢献できる。
生きてゆける。
家族を養ってゆける。
スーパーマーケットM&A時代の会社と個人の生き残り方は、「商人としての本籍地と現住所」の自覚に他ならないのである。

〈結城義晴〉

2006年06月20日(火曜日)

網膜剥離手術から120日後の[行動日誌再開宣言]

2006年5月~6月「20日〆行動日誌」

□6カ月ぶりの行動日誌です。5月1日に網膜剥離の手術をしてから120日間、確実に私の人生にとって最も苦しい時期のひとつに数えられる日々を過ごしてきました。この間、雑誌とホームページ上の「20日〆行動日誌」も休載しておりました。ご心配をおかけしました。11月に入り、2006年も終着駅が見えてくる段階で、2007年に向けて、「行動日誌」再開宣言です。

□前回は5月20日〆で終わっています。従って再開は、5月22日(月曜日)から。朝8時、恒例の「月曜ミーティング」。昨年、10月3日にスタートして、ずっと続けている「部長以上の総長ミーティング」です。午前中は、東邦大学付属大橋病院で、目の検査。術後は良好。午後、『飲食店経営』拡大媒体会議。夕方、白石製菓社長・白石純一郎さん来社。23日、早朝役員会。午後、来年2月に開催される第75回商業界ゼミナールの最初の企画運営委員会。24日、札幌。日帰り。寺岡ニューバランスフェア講演。毎年楽しみにしてくださっている私のファンの方がいて、そんな人たちが少しずつ増えています。うれしいことです。

□25日、午前中、『販売革新』拡大媒体会議。午後、キャピトル東急ホテルで、パチンコチェーンストア協会総会。私はこのたび、大学生懸賞論文の審査委員長の役をおおせつかって、その授賞式と総評をしたのです。26日、新大阪。小社発行『スーパーマーケット創論』の発刊記念パーティ。その関西バージョン。私が基調講演、著者の安土敏さんが3時間近くのメイン講演。近来にない講演会だったと自負しています。27日、立教大学で講義の後、会社で会議□29日、30日、再び札幌。日本チェーストア協会北海道支部の総会で記念講演。31日、午後、渥美俊一先生と面談。

□6月に入って、1日。朝から、人事制度改訂チームのミーティング。夜、帝国ホテル。イオングループのマスコミ懇親会。岡田元也社長もこの後の怒涛の展開を予感させるきっぱりとした気配。オリジン東秀・高梨和人社長とは固い握手。「故・安澤秀雄氏の遺志を継ごう」。5日、東邦大学医学部付属大橋病院にて、検診。網膜剥離の術後も順調。夕方、役員会。16日、川口信雄氏とディスカッション。8日、午後、東京プリンスホテルで日本ボランタリー・チェーン協会40周年記念式典。私も、同協会に貢献したという功績で、感謝状を拝受。9日昼、労働組合と団体交渉。10日、池袋・立教。12日、団交。13日、福岡。寺岡ニューバランスフェアで講演。そのまま、新幹線で豊橋へ陸路4時間半の長旅。ホテル日航豊橋。商業界全国女性経営者ゼミナール。ちょうどワタミの渡邊美樹さんの講演が始まったばかりで、それを聴講。同感。夕食懇親会にも参加。翌日14日、最終講演。出来栄えは、自分で言うのもなんだが、上級。結語は「おもしろきこともなき世をおもしろく棲みなすものは心なりけり」(高杉晋作)。

□翌15日、商業界米国スーパーマーケット視察セミナー出発。今年もバス1台で充実の参加者。私とシアトル在住のノブ・ミゾグチ氏とのダブルコーディネーター、山本恭広『食品商業』編集長も事務局として帯同。団長はマックスバリュ西日本会長の原田昭彦さんにお願いして、豪華首脳陣のツアー。まずシアトルに降りて視察後、初日夕方からミゾグチ宅でウェルカムパーティ。2日目も都市型スーパーマーケットをさまざまな視点から視察後、セーフコフィールドでマリナーズの試合観戦。イチローは今年もホームランで私たちを迎えてくれた。バリー・ボンズの豪快なホームランも良かった。

□3日目はオースティンに移動。4日目、そのオースティンの視察。私たちのツアーは「今、ウォルマートにできないことをやれる企業が生き残る」というアメリカ小売業の共有コンセプトをもとにしている。だからテキサス州ではウォルマートを中心に、HEバットの3フォーマットやホールフーズマーケットの旗艦店、ユニークなローカルチェーンをたっぷりと見る。朝の講義をはじめとして、バスの中でも、終始、話し続ける。アメリカのハイテンションの中でしゃべり続けていると、私の中のすべてが融解してくる。

□5日目、オースティンからダラスへ。ウォルマートのエコストア、アップグレード実験店、クローガー、スーパーターゲットなど視察。ウォルマート実験店には驚いた。グルッと回って、私はレジ前のベンチに座り込んだ。しばらく立ち上がれなかった。2年前に沼津で会ったCEOのリー・スコットの顔が浮かんだ。その勇気に学んだ。それでも実験店。その晩はブラジル料理でフェアウェルパーティ。短いツアー。しかし、いつもどおり充実。帰国して21日。今月も、私の人生の中の1カ月は、1カ月以上の意味を持っていた。

〈結城義晴〉

2006年05月25日(木曜日)

女性商人に感謝しよう

えひめ女性同友会創立二〇周年。
はるかな歳月におめでとうを言おう。

「商人である前に、人間であれ」
倉本長治主幹は言った。
これを借りると、商人である前に、女性であれ、人間であれ。
商人である前に、母であれ、妻であれ、人間であれ。
士農工商の階級制度に抗するように、商人は闘ってきた。
社会的に有意義な役割を果たし続けることによって、
それを示してきた。
しかし女性商人は、その上で女性としての闘いを続けてきた。

この辛抱強さに、敬意を払おう。
この一途さに、脱帽しよう。
このしなやかさに、感服しよう。
世の中には男性と女性しかいない。
男性の私は、女性商人に感謝しよう。
辛抱強さ、一途さ、しなやかさをありがとう。

えひめ女性同友会創立二〇周年。
はるかな歳月におめでとうを言おう。

 ㈱商業界社長 結城義晴
 

2006年05月23日(火曜日)

あるがままに受け入れる

結城義晴・4月から5月にかけての「20日〆行動日誌」

□人間ドックを除いては、小学校4年の夏の水晶体摘出の手術、中学1年春の盲腸の手術以来の入院を経験しました。「あるがままに受け入れる」――これが今月の私でした。
□4月20日の夜、名古屋に入って、コンサルタントの木村博志さんと一献。翌朝はユニーの研修に。午後は前村哲路常務にご案内いただいて、ユニーやイオンのショッピングセンターを視察。感謝。前村さんとは意気投合。商業界ゼミナールのテープの愛聴者。

□24日、8時、月曜ミーティングと部長会。25日、午前中、テンポスバスターズの森下篤史社長来社。午後、パチンコチェーンストア協会訪問。山田孝志会長に面談。夕方、『販売革新』拡大媒体会議。26日、目の治療。今年、2月ゼミナールが終了してから調子が悪くなった右目の治療です。夕方、役員会。27日、朝から静岡へ。ユニーの研修。雨模様。今回も木村さん同道。講演し、食事して、そのまま、帰京。三井住友銀行へ。夕方、『パチンコホール経営革新』の販売会議。その後、役員会。28日、横浜大口のユニー関東本部へ。研修。2時間55分の熱演。最後に力が入った。午後、山王病院へ。そのまま医師の指示で、タクシーで池尻大橋の東邦大学医学部付属大橋病院へ。即、入院。診断は網膜剥離。29日、30日と繰り返しの検査。

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