昨日の2月1日。
私の携帯電話に入った伝言。
西端春枝先生からのもの。
すぐに電話して、お話した。
商人舎の設立が2月1日であることを、
西端先生はいつも意識していてくださる。
ほんとうにありがたい。
人の心のあたたかさ。
西端先生からいただいて、
私はもう一度、
自分にねじを巻いた。
マイカルの前身ニチイ。
その創業者は故西端行雄さん。
きわめてストイックな経営者で、
春枝先生はその奥さま。
お二人協力して、
当時のダイエー、西友に次ぐニチイをつくった。
お二人ともに、戦前は教師。
戦後のコペルニクス的な哲学の転換のなかで、
子供たちを教えていたお二人は、
心底、改心し、商売の道に入る。
戦前の教師の仕事の欺瞞性と比べて、
商売こそは、真に人の道に通じるものだった。
私は、この西端夫妻の真実を、
いつもいつも心の支えにしている。
これを、商売をする人たちを応援する私自身の立脚点にしている。
だから西端先生から、
商人舎発足の日に、
声を聞かせていただき、
励ましていただき、
褒めていただくことは、
私の、生きるエネルギーになる。
心から感謝しつつ、
私は真に生きる。
日経新聞スポーツ欄のコラム『チェンジアップ』
野球評論家・豊田泰光さんが書く。
「キャンプインの報が届くと、
若かりしころのキャンプの思い出がよみがえってくる」
昨日の2月1日は、プロ野球キャンプインの日。
このブログでもそのことに触れた。
「手取り足取り教えてくれるような先輩ばかりでは、
今の私はなかった」
過保護な養成・育成では、
真のプロフェッショナルは誕生しない。
これは仕事でも同じ。
「コーチ時代の経験も含めて言うと、
伸びるやつは勝手に学び、
ひとりでに育つものだ」
そして、言い切る。
「教えられて伸びるやつはまずいない」
私もこの点は、賛成。
一所懸命に育てようと、
かまえばかまうほど、育たない。
「昔の突き放したやり方は随分乱暴だけれど、
個人の才覚を自然と引き出していた」
「同時に、人間トータルの器を測るテストになっていた」
「プロには『教える』『育てる』はない。
『学ぶ』と『育つ』があるのみ」
今年の5月末。
満を持して商人舎ミドル・マネジメント研修会を始める。
その根本思想は、
「学ぶ」と「育つ」があるのみ。
豊田泰光は言う。
「何でも自分で考え、実践しなくては」
これを私は「脱グライダー人間」という。
「脱グライダー・ビジネスマン」という。
東日本大震災のときにも、
「何でも自分で考え、実践」した店長やリーダーが、
ライフラインを守った。
さて、今日は、
スーパーマーケット・トレードショー二日目。
昨日の初日は前年比105%の来場者数。
この時代、客数が伸びることは、
何より良い現象。
そのビッグサイトであった人びととの交友録。
トレードショー開会式のあとのセミナー会場で、
㈱マイヤ社長の米谷春夫さんと握手。
昨年4月に大船渡を訪れ、
米谷さんと涙の再開。
16店のうち6店舗を津波と地震で失ったが、
昨年中に3店舗を出店し、
今年は2店舗を計画。
「ファイティング・スピリットは健在です」
米谷さんの意志と言葉は、
商人にとって最も大切な店という形で甦った。
その後、今度は、「三陸復興」のパビリオンへ。
岩手県山田町、びはん㈱専務・間瀬慶蔵さんと握手。
店が津波に流され、
引き売りで自分のできることを貫徹、
地域に貢献した。
その中で、
地元特産の「山田醤油」を全国に向けて販売。
商人舎でも告知して、
販売協力を要請した。
そして今日になるが、
福島県いわき市のマルト社長・安島浩さん。
福島原発地域に近いいわき市で、
スーパーマーケットとドラッグストアと衣料品チェーンを展開する。
人々の生活のライフラインを守った。
そのマルトは、いま、
地域のお客様になくてはならない店になっている。
安島さんは言う。
「いろいろな人たちの助けがあったから、
ここまで来ることができた」
私は言う。
「被災地で頑張る会社がなければ、
そとからの助けもあり得ない」
安島さんが心棒になって頑張るから、
会社の人たちが頑張る。
そとから応援する人たちの助力も生きる。
それはお客様がそこにいるから。
スーパーマーケット・トレードショー初日、
私は西端春枝先生の心のあたたかさを知った。
そして米谷さん、間瀬さん、安島さんの頑張りを確認した。
人間の存在の意味を、
スーパーマーケット・トレードショーの現場で思い知った。
それが何よりの収穫だった。
<結城義晴>