結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2014年04月29日(火曜日)

昭和の日に昭和生まれのリー・スコットと結城義晴の物語

「昭和の日」です。

それこそ昭和時代には、
「天皇誕生日」の祝日。

しかし昭和最後の64年1月7日、
その昭和天皇崩御。
1989年だった。

この後、バブル経済が崩壊していくが、
この1989年4月29日は、
「みどりの日」と名を改められて祝日となった。

さらに2007年の平成19年、
再度改定されて、
「昭和の日」となった。

『祝日法』の趣旨は、
「激動の日々を経て、
復興を遂げた昭和の時代を顧み、
国の将来に思いをいたす」。

何の日で今日は休んでいるんだろう
〈朝日川柳 大阪府・井丸昌紀〉

連休となると、
こんな気分になるのだろうし、
なぜか新聞もテレビも、
あまり「昭和の日」に触れる、
記事や番組は載せない、つくらない。

しかし私の生まれた激動の昭和、
復興を遂げた昭和を考えつつ、
この国の将来を思い続けたい。

昭和天皇崩御の1989年1月7日は、
土曜日だったが、
私は㈱商業界の社員で36歳。
その前日の6日金曜日、
『食品商業』編集長の辞令を貰った。

辞令の日付けは、
1月1日だった。

だから天皇崩御で、
国民が喪に服しているとき、
私自身は自分の雑誌をどう変えようかと、
燃えていた。

それから四半世紀が経過した。
三度の大きな震災がやって来た。

1995年(平成7年)1月17日、
阪神・淡路大震災、
2004年(平成16年)10月23日、
新潟県中越大震災。
そして2011年(平成23年)3月11日、
東日本大震災。

平成は震災の時代でもある。

関東大震災が1923年(大正12年)9月1日。
だから昭和の日に思い起こす昭和は、
震災から無縁の時代だった。

しかし太平洋戦争で、
日本は壊滅した。

そこから見事に復興を遂げ、
『Japan as Number One』を成し遂げた。
社会学者エズラ・ヴォーゲルの1979年の著作。

どこの国にも、
こういった復興の歴史はあるのだろうが、
私たち日本国民は、
何度も何度も復活した。

その復活の意志を確認して、
昭和の日を過ごしたい。

さて、昨日のDaily商人舎。
商人舎Magazineのなかの、
毎日のピックアップニュース。
ウォルマート第3代CEOリー・スコット引退

65歳での引退は、
極めて早いし、
私にはひときわ感慨深い。。

私は85歳まで、
現役を貫徹することを表明している。

スコットは1949年3月生まれ。
1979年、ウォルマート入社。
1993年、上級副社長就任、44歳。
1998年、ウォルマート・ストアーズ部門CEO、
1999年、本社副社長兼COO、
2000年、51歳で社長兼CEO。

そして2009年、60歳で退任し、
今年2014年、完全に引退。

私のことを書かせてもらうと、
1977年、㈱商業界入社。
スコットよりも2年早かった。

そして1989年、編集長就任。
1996年、取締役編集担当、43歳。
2002年、専務取締役、
2003年、代表取締役社長就任。
50歳だった。

そして2007年、54歳で退任。

その後、2008年に㈱商人舎を創業し、
代表取締役社長として現在に至る。

この代表取締役は、
生きている限り、
85歳までは続けるつもり。

リー・スコットは、
同世代の3つ上。

ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さんが、
1949年2月生まれだから、
本当に近い同じ年だ。

もちろんスコットや柳井さんとは、
比べ物にならないくらい、
私がかかわったのは小さな会社だ。

しかし、みんな昭和生まれ。

そのスコットと、
2005年4月27日に、
私は対面している。

そして一度、
このブログでも紹介したが、
「リー・スコットへの手紙」を書いて、
2005年5月『販売革新』誌の巻頭言に掲載した。

前略
4月27日、
西友沼津店では失礼しました。

まさか世界最大企業の最高責任者が、
完全なお忍びで、予告もなく、
新設店とはいえ、地方の店舗を訪れようとは、
私も全く想像できませんでした。
付き添うのはボディガードと通訳だけ、
ラフなジャケットとジーンズ。
そう言えば、故サム・ウォルトン翁が
店舗を訪問するときには、
いつもトヨタのピックアップトラックで、
ラフな格好だったと聞きます。
あなたもまったく、
そんな雰囲気を漂わせていました。

私は、沼津店の塩口永店長とは、
彼が、東京六本木ヒルズにある
西友のスーパーマーケット
「フードマガジン」の店長だったときに、
お会いしていました。

その塩口さんと、
沼津店のフードコートで話をしていたときに、
あなたは突然、やってきたのでした。

まず、4月末日の5000店突破、
おめでとうございました。
ブラジルでの100店を超える買収があって、
一挙に大台の5000店を超えたようですが、
苦戦の南米でもようやく
足がかりが着いたといったところでしょうか。

1月末日の2003年度決算も、
年商2563億2900万ドルと、
11.6%の成長。
1990年に買収した食品卸事業
『マクレーン』を売却した上での
120億ドル近くの売上高伸び率ですから、
依然、ウォルマートの勢いは止まらないと
表現してよいのでしょう。

私があなたと会って、
聞きたいことの最大のテーマは、
なぜ、ウォルマートは
成長し続けられるのか、
なぜ、ウォルマートに
大企業病は無いのか、という点です。

今回の突然の出会いでは、
そんな質問もできず、残念でした。
しかし、あなたは塩口店長に聞き、
指示しました。

「①店の営業状態はどうか。
②いつ黒字化するのか。
③この状態を1年間、維持せよ」

サムの質問やアドバイスとそっくりでした。
1992年にサムが亡くなり、
すぐにデビッド・グラスがCEOとなりました。
8年後の2000年、あなたは、
3代目のCEOに就任しました。
それから2001年、
世界最大の企業となり、
全米小売業の全部門で
シェアナンバー1の地位を獲得すると、
2002年、西友を買収して
日本進出を果たしました。

今年3月、私は、
『西友社員への手紙』の中でこう書きました。
「ウォルマートと西友は、
この微差の生存競争を拒否しようと考えています。
経費率が圧倒的に低い、
差異性のある流通企業をつくろうとしています。
その経費構造が
日本のマーケットに環境適応するか否かは、
それこそ歴史が証明することになります」

西友の社員の皆さんには、
こう問いました。
「あなたは、
この差異性のある企業づくりに、
意欲を感じられるか」

僭越ながら、
私があなたに期待することは
この点です。

是非、日本のマーケットにおいて、
「差異性のあるチェーンストア」を創ってください。
違いを持ち込むことこそ、
ニューカマーの役割であり、
責任でもあります。
それがマーケットの進化を生み出すのです。

ところで右手の骨折、
具合はいかがですか。
ミーハーなようですが、
あなたが右手を傷めているために、
左手で交わした握手は、今も力強く、
私の感触として残っています。 早々

尊敬するリー・スコット様

この誌面を通じたメッセージは、
当時の渡邉紀征西友社長の手で、
英訳されてスコットに送られた。

いま、西友は果たして、
「差異性のあるチェーンストア」になっているか。
ウォルマートに大企業病はないか。

引退したリー・スコットに、
聞いてみたい気もする。

商人舎主催で、
リー・スコット来日講演会など、
開催してみたいものだ。

昭和の日に、勝手に、
昭和生まれのアメリカ人のことを思う。

また、それもよし。

〈結城義晴〉

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