弥生三月は突然、
やってきます♫
大学時代の1年先輩のよしあきらさんが、
作詞作曲した歌。
3月1日にはなぜか、
いつも口づさむ。
急に青いインクで
手紙を書きたくなります♫
三拍子のワルツの曲だった。
その3月になった。
日曜日。
ロンドンから娘が帰ってきた。
1週間ほど滞在する。
元気に仕事をしているようで、
ちょっと安心した。
娘の家のそばには、
セインズベリーの小型店がある。
「ローカル」
便利なエクスプレスストアだ。
マークス&スペンサーの改装店舗にも、
行ってみたそうだ。
イギリスはスーパーマーケットの国だ。
最大の小売業がテスコ(Tesco)。
スーパーマーケットチェーン。
27.9%のシェアを持つ。
第2位が セインズベリー(Sainsbury’s)。
シェアは15.2%。
第3位がアマゾンUK。
第4位がアズダ(Asda)。
ウォルマートの傘下にあったが、
ウォルマートは撤退した。
12.5%のシェア。
そこに第5位アルディ(Aldi)と、
第8位リドル(Lidl)が参入して、
急速にシェアを伸ばしている。
アルディが11.0%、
リドルが7.8%。
ドイツのボックスストア二強が、
イギリスの市場を荒らしまわっている。
アルディに続いて6位はモリソンズ(Morrisons)、
第7位にマークス&スペンサー(Marks & Spencer)。
M&Sは1978年の8月に、
日本のダイエーと業務提携した。
そしてM&SのPB「セントマイケル」を、
ダイエーが独占販売契約した。
ダイエーは高品質PBへ転換する時期だった。
M&Sは世界的評価を得た高品質PBの先駆者で、
アメリカのチェーンストアとは一線を画していた。
だから最適の学習相手だった。
ダイエーの幹部やバイヤーがM&Sを訪問し、
さまざまな資料を貰い、
現場、現物でノウハウを吸収した。
私もダイエーでセントマイケルのバッグを買った。
いかにも英国らしいチェック柄のデザインで、
簡素な造りだったし、安かった。
それに毎日、資料やカメラを入れて、
会社や取材に持って行った。
いつの間にか使わなくなったが。
日本人には合わなかったのだと思う。
さて日経新聞夕刊「あすへの話題」
狂言師の野村萬斎さんのエッセイ。

「宗論」
「自身や自国の『ファースト』が声高に響く世の中と
極めてグローバリズム的な五輪が開催される世の中」
それが共存する現在。
「とは言え、五輪において各選手は、
自身と自国のプライドをかけて勝負に挑む」
「試合というまさに『試し合う』ことによって、
相互理解が深まり、尊重し合える絆を生む」
「勝負はついても貶(おとし)めることはしない。
互いの健闘を讃(たた)え合える関係は美しい」
ラグビーではそれを、
「ノーサイド」と呼ぶ。
そこで狂言が出てくる。
「宗論(しゅうろん)」という作品。
「中世には新興宗教だった浄土宗と法華宗の僧侶が、
修行の帰りに道連れになる」
「仲良く旅をするが束(つか)の間、
互いの宗派の違いに気付いて喧嘩になる」
「殊に情強(じょうこわ)者と評される法華僧は、
浄土僧を毛嫌いし離れようとするが、
浄土僧は執拗に絡みつく」
ここからが面白い。
「陳腐な宗論にも及び、
互いの宗旨を揶揄(やゆ)して
イジり合うが決着はつかず、
最後は肉弾戦とばかりに
踊念仏対踊題目になり、
繰り返し唱えるうちに互いに
『南無阿弥陀仏』と『南無妙法蓮華経』を、
取り違える」
愉快な2人はそこでハタと悟りを開く。
「元々の本質は変わらない。
法華も弥陀も隔たりは無い筈だと」
「2人は悟ってまた同道するのである」
狂言の常でこういった悟りの状況では、
陳腐な言葉を並べるよりも、
謡(うたい)の調和によって2人の和解を示す。
「その方が観客の感性に訴えて
観客の腑(ふ)に落ちるのだ」
「謡の後、2人は映画のエンドロールが
無言で流れるかのような静寂の中、
橋掛りを通って幕に消えて行くのだ」
人間の修行は果てしない。
「命には終わりあり、
能には果てあるべからず」
「世阿弥も仰せである」
いい話だ。
キリスト教徒とユダヤ教徒。
そしてイスラム教徒。
いずれも旧約聖書を原点としている。
浄土宗と法華宗の僧侶のように、
隔たりは無い筈だと悟ることはできないか。
「南無阿弥陀仏」と「南無妙法蓮華経」
取り違えても仏の道に変わりはないのだ。
〈結城義晴〉























