結城義晴のBlog[毎日更新宣言]
すべての知識商人にエブリデー・メッセージを発信します。

2014年10月25日(土曜日)

ベラ・チャスラフスカ、ポリティカル・アスリートの「波乱の人生」に思う

日本の秋、真っ盛り。
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横浜駅前の彫刻。
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テーマは、
あら「今日は」

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「こんにちは」と読む。

小渕優子から、宮沢洋一へ。
経済産業大臣が換わって、
それでも金まみれの政治家であること、
その金の使い方が低俗であることが判明。

松島みどりのうちわの問題も、
政治家として低級きわまりない。

自民党政権が続くと、
いつもいつも、
こんなことが表出する。

それが自民党の体質であるし、
そしてそれが、
我々日本国民がいま、
選んだ政権である。

我々に振り返ってくる事実である。

帰国してから二日目。
実によく寝た。

睡魔が襲ってくる。

慣れない運動をすると、
最近は2日目に、
体が痛くなってきたりする。

それに近い睡魔の感覚。

帰国する3日ほど前から、
手足に湿疹が出た。

これもホテルと外食、
移動の生活を続けていると、
私の体に現れる現象。

日本の家庭の食事をして、
ある程度、規則正しい生活をすると、
すぐに治る。

美しい日本の秋を堪能しながら、
体調を回復させる。

体がまだまだ現地体勢。
ブログもまだ、
時差時間でお許しいただこう。

「無理はいいけど、無茶はするな」
西端春枝先生の言葉が思い出されて、
ホッとする。

さてベラ・チャスラフスカさんが、
来日している。

1964年の東京オリンピックで大活躍。
それから50年後の今年10月10日に、
記念式典出席が開催され、来日。

日経新聞で、
編集委員の田辺省二さんがインタビュー。

1942年、プラハ生まれ。
1964年の東京、1968年のメキシコ、
両オリンピックで、7つの金メダル獲得。

私よりも10歳年上。
東京オリンピックの年、
私は12歳の小学校6年生だったか。

そのころの担任の太田実先生の影響を受けて、
器械体操を始めていた。

その後も、中学高校と、
器械体操を続けた。

チャスラフスカの美しい姿にも、
遠藤幸雄のキレ、山下治広の独創性にも、
憧れた。

チャスラフスカも述懐する。
「猫のような柔軟な動きの日本選手にあこがれ、
技をずいぶんと教えてもらった。
だから私の体操の半分は日本生まれなの」。

東京オリンピック開会式。
「よく覚えています。
今日と同じ青空でした」。

「国立競技場で入場行進を終えると、
聖火を掲げたランナーが階段を駆け上がり、
聖火台に赤い炎が燃え上がった。
あの瞬間は今も強く心に残っています」。

「東京五輪は、
敗戦から立ち直った日本を
世界に示す絶好の機会、
すばらしい大会でした」

波乱の人生。

68年春、チェコスロバキアでは、
一気に民主化運動が燃え上がった。

ソビエト連邦の支配下にあって、
全て共産主義的な体制に押さえ込まれていた。
それに対する民主化運動。

プラハの春。そう呼ばれた。

その高揚もつかの間。
ソ連軍介入で短い「春」は、
あっという間に押しつぶされる。

10月のメキシコ五輪。
チャスラフスカは、
表彰台の上で抗議の意志を示した。

「プラハの春」のとき、
チャスラフスカは『二千語宣言』に署名。
民主化支持の姿勢を鮮明にした。

共産党政権は何度も、
署名の撤回を求めてきた。

チャスラフスカは、現在まで、
非共産党員を貫いている。

脅しを受けても主張を変えない。

秘密警察からは危険人物と目され、
スポーツ界からは追放される。

「権力ににらまれるのを恐れた知り合いは
私を避け、次第に遠ざかっていきました」

仕事のない日が6年、7年続く。

「あるとき、見かねた女性が
仕事を紹介してくれました。
『清掃の職があるから、代わりに働かないか』と。
私の顔は国中に知れていて、実名は使えません。
スカーフで顔を隠し、彼女の名前をかたって
仕事場に通いました。そんな日々が続きました」

あのチャスラフスカが、
顔を隠して清掃の仕事をした。

20年に及ぶ弾圧。
そして1989年11月17日、
「ビロード革命」。
英語では「Velvet Revolution」。
共産党支配を覆した民主化革命。

この革命の1カ月後、
ルーマニア革命。
こちらは大きな流血が起こったが、
チェコスロバキアでは無血の革命だった。

そこで、軽くて柔らかなビロードにたとえて、
この名がある。

共産党政権崩壊の日、
バーツラフ・ハベル元大統領に呼ばれ、
民衆の集まるバーツラフ広場バルコニーに立った。

「広場に集まった人はみんな、
私が不遇の生活を強いられたことを知っていて、
大歓声で迎えてくれました」

「もし『二千語宣言』署名を撤回していたら、
こんな大群衆の前には立てなかった」

「日本の友人にも顔向けできなかったはずです。
自分を信じ、勇気を持って危機に立ち向かえば
必ず報われる日が来る。
その信念が私を支えてくれたのです。
後になってそんな思いがこみ上げてきました」

革命後は大統領顧問に就任、東奔西走。

しかし1993年1月1日、
チェコスロバキア連邦共和国の連邦制解消。
チェコ共和国とスロバキア共和国に分離。

「ビロード離婚」などとも呼ばれたが、
チャスラフスカはチェコに残り、
チェコオリンピック委員会会長、
チェコ日本友好協会会長などを歴任。

その後、私生活で不幸な事件が起き、
心身を病み、長い療養生活。

しかしそれも克服し、
5年ほど前から、
再び三度、活動。

チェコオリンピック委員会名誉会長として、
2020年の東京五輪開催を後押ししてくれた。

そして最後に語る。
「次の大会は、
日本人の人間性と謙虚さを
示す場にしてほしい」

あの強くて可憐なチャスラフスカが、
政治の面でも、
仕事の面でも、
生活の面でも、
艱難辛苦の人生を歩み、
いま、日本の秋を、
同じように味わっている。

元気が出てくるし、
我々日本の商業人も、
ポリティカル・マーチャントで、
なければならないと思う。

ベラ・チャスラフスカが、
ポリティカル・アスリートであったように。

〈結城義晴〉

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